インバウンド特集レポート

日本のマインドフルネスは、なぜ世界に響くのか ─ 我執を手放す体験が示す、観光の意味のデザイン

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コロナ禍を経て、旅の価値観は「モノ消費」から「内面の充足」へと大きく移行したと言われます。私自身、全国通訳案内士として多くのお客様を案内する中で、心を整え、自分自身を見つめ直す体験を求めて、日本の精神文化に関心を寄せる方が増えているように感じています。

本稿では、日本のマインドフルネスや精神性が訪日客にどのように受け止められているのか、またそれを体験として届ける際の工夫や課題、そして今後の可能性について考察します。

 

日本文化に見るマインドフルネスのかたち “整える”から“手放す”の実践

近年、「マインドフルネス」は世界的な共通語となりました。欧米で広まったマインドフルネスは、多くの場合 Self-care(自己のメンテナンス)として語られます。ストレスを軽減し、集中力を高め、個としての自分を整えるための実践です。

一方、日本の精神文化に根づいたマインドフルネスは、少し異なる方向を向いています。その本質は Self-transcendence(自己超越)、すなわち「我執(=自分本位の視点)を手放すこと」にあります。自分の感情や評価への執着を離れ、場や相手、自然との関係性の中に身を置く。そのとき初めて、周囲があるがままに見え、今、何をすべきかが自然と分かってくるのです。

これは日本人が古くから大切にしてきた在り方であり、宗教というよりも「生き方の美意識」として、日常の中に静かに息づいてきました。

マインドフルネスイメージ画像

 

茶道で体感する日本文化のマインドフルネス、訪日客が受け取る気づきと学び

マインドフルネスを感じる日本文化体験の代表格の一つである茶道は、お茶を飲むという日常の行為を、禅の哲学をベースに芸術へと昇華させた文化です。お茶をいただく所作の中には、相手を敬い、自らを慎む「和敬」の精神が、極めて具体的なかたちで組み込まれています。

たとえば、亭主は、茶盌(ちゃわん)の最も美しい面を客に見せるため正面を改めて向け、客は、他の客より先にいただく際には同席する人々への敬意から「お先に」と謙虚に挨拶を交わします。お茶を飲むときは、亭主の心尽くしで用意された茶盌への敬意を表して正面を避けていただきます。さらに、道具を拝見する際は、亭主の大切な道具を万が一にも落として傷つけぬよう、自らが低く身を屈めて手元で鑑賞します。そこにあるのは、自分をよく見せようとする意識ではなく、自分以外の全てへ心を向ける姿勢です。

客の視線が自然と向かう茶室の床の間には、「野に咲くように」楚々とした季節の花が、ありのままの生命を宿しています。作為を誇るのではなく、自然の移ろいを感じ取り、その一瞬を愛でるための設えです。

このように茶道は、集中の技法としてのマインドフルネスではなく、我執を手放し、周囲との関係性の中に身を置く自己超越の在り方を、日常の所作を通して体験させてくれる芸術です。私の茶道体験にお越しになるお客様からは、「茶道の所作や設えの一つ一つが、自分の国の文化には存在しない美しい意味と意図を持っている」と、深い感動の声をいただくことが少なくありません。

こうした「我執を手放すマインドフルネス」を、身体感覚として象徴的に示したのが殺陣(たて)体験でした。侍体験に同行し、一連の学びの最後に真剣で巻藁(藁を束ねた試し切り用の的)を切る体験を、通訳である私もお客様のご厚意で体験させていただいたことがあります。その際、指導者の指示に素直に従い、余計なことを考えず「今ここ」に集中して刀を振り下ろしたところ、驚くほどきれいに切ることができました。

一方で、男性のお客様は何度挑戦しても思うように切れませんでした。よく見ると、ハリウッド映画の殺陣のように「格好よくやりたい」という意識が前に出てしまい、刀の入り方が不自然になっていたのです。「うまくやりたい」「格好よく見せたい」という、自分を主役に据えた意識、すなわち我執が前面に出た瞬間、身体の動きはかえって硬くなります。反対に、自らを慎み、場と指導者の言葉に素直に身を委ねたとき、結果は自然についてくるのです。

それ以来、私は同体験に同行する際、「格好よく切ろうとしなくて大丈夫です。一度その気持ちを手放して、先生の動きを素直になぞってみてください」とお伝えしています。これは単なる技術の話ではなく、日本文化体験を通して体感する、自己超越としてのマインドフルネスそのものだと感じています。

殺陣体験イメージ画像

 

なぜ茶道は「分からない」で終わるのか、意味を伝えることで深まる体験の質

日本でマインドフルネスを感じる体験は、もちろん茶道や殺陣に限られたものではありません。たとえば源泉掛け流しの露天風呂では、自然の音に包まれながら静かに地から湧く天然の湯に身を浸しているうちに、自然と呼吸が整い瞑想を始めるお客様が少なくありません。ただ環境に身を委ねることで、自分という意識が薄れ、「大きな自然の一部」として存在する自分をふと認識する。マインドフルネスを自然なかたちで体験できる場は、温泉や森林浴など、身近なところに数多くあります。

露天風呂イメージ画像

それに対して、観光の文脈で「体験」として提供される日本文化の中では、坐禅体験と茶道体験が、マインドフルネスを感じる機会として特に多くの人に親しまれています。

坐禅体験では、「調身・調息・調心」などの考え方が比較的分かりやすく言語化され、参加者も体験の目的を理解しやすい傾向があります。

一方、茶道体験になると状況は変わります。茶道は「日本の総合芸術」と呼ばれるほど含まれる要素が多く、所作や約束事も多岐にわたります。そのため、「どこまで説明し、どこから説明しないか」の線引きが難しく、結果として「難しくなるといけないから」と説明を控えるケースが少なくありません。その結果、体験が理由の分からない動きの連続となり、お客様にとっては「美しいけれど、よく分からなくてミステリアス」という印象だけを残してしまうことがあります。

私は茶道体験に同行する中で、同じような質問を何度も受けてきました。体験を終え、車に乗り込んだ途端に、「さっきの動きは、何をしていたの?」「お茶盌を回すと聞いたことはあるけれど、この体験では何も言われなかった。私の飲み方は大丈夫だった?」と。

本来、心を整え、マインドフルネスを感じられるはずの体験が、意味を受け取れないまま疑問を残して終わってしまうことも少なくありません。もちろん、作法を押し付ける必要はありませんし、完璧にやっていただく必要もありません。しかし、「作法は難しいから」という理由で説明を省略してしまうことは、お客様の知りたいという気持ちに十分応えられていないとも言えます。お客様の多くが求めているのは、単なる「茶道体験」そのものではなく、茶道に表れている「日本人の在り方や美意識の理解」だからです。

様々な所作や作法の意味を端的に説明すれば、お客様の受け止め方は大きく変わります。意味を知った瞬間、茶道は“ただ飲む体験”から、“学びと気づきを伴う体験”へと変わるのです。その結果、「茶道の所作や設えの一つ一つが、自分の国の文化には存在しない美しい意味と意図を持っている」と、深い感動の声をいただくことができるのです。

茶道イメージ画像▲所作の意味を知ることで体験の受け止め方が変わる茶道(筆者提供)

 

観光は「意味」のデザインへ、体験価値を高める説明と余白の設計

一方で、説明しすぎることもまた体験の質を損ないます。伝える側のエゴや親切心が前に出すぎると、言葉が空間を埋め尽くし、静寂や余白が失われてしまいます。反対に、何も語らなければ受け手を置き去りにした自己満足に終わります。

すべてを言葉で説明することが大切なのではありません。意味を受け取るための最低限の手がかりを渡したうえで、あとは静けさの中でその場を味わってもらう時間を残すこと。その余白があってこそ、マインドフルネスは「説明されたもの」ではなく、「自ら感じ取るもの」になります。

現在、観光の価値は「何を見たか」「体験したか」から、「何を理解し、どのように心が動いたか」へと移っているように思います。その鍵となるのが、体験の背景や意味を、どのようなストーリーとして伝えるかという点です。そこでは、情報量を増やすことよりも、どの部分に光を当て、何を語らないかという取捨選択が重要になります。

観光事業者に求められているのは、体験をただ並べることではなく、「意味をどう伝えるか」を設計する視点だと思います。単なる説明ではなく、文脈や背景を丁寧に共有することで、お客様はその体験を「消費」するのではなく、自らの内面と結びつけて受け取るようになります。

茶道が日常の一服のお茶に精神性を与えてきたように、地域の日常もまた、解釈を添えることで世界に通用する価値へと磨き上げることができると考えています。

 

内面の変化をもたらす、日本のマインドフルネスと観光の価値

日本のマインドフルネスの本質は、「今に集中すること」だけではなく、「我執を手放し、他者や場に心を開くこと」にあります。

茶道は、その在り方を日常の所作を通して体験させてくれる文化です。意味を知って味わう一服は、お客様の内面に静かな変化をもたらします。点前(てまえ)を眺めるだけの体験ではなく、周りの人や自然とのつながりに気づき、感謝の気持ちが生まれ、日常に溢れている小さな幸せをあらためて感じ取る時間でもあります。

そのような変化こそが、これからの観光が提供すべき価値ではないでしょうか。日本文化に宿る自己超越のマインドフルネスは、特別な修行としてではなく、日常の延長線上で人の心を整えてきました。だからこそ今、世界が求めている体験として、静かに、しかし確かな存在感をもって受け止められているのだと思います。

 

著者プロフィール

全国通訳案内士/茶道裏千家準教授/和の伝統文化教養キュレーター 服部花奈(はっとり かな)

2009年より全国通訳案内士として活動し、要人・富裕層を中心に日本各地を案内。茶道を軸に、能・狂言・三味線・日本舞踊・和菓子など、日本文化を横断的に学び続けている。屋号は「マインドフルネスジャーニーズジャパン」。日本的な「我執を外すマインドフルネス」を自身の指針とし、通訳案内の現場経験をもとに、日本の精神文化をどう伝えるかを探究・発信している。

 

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