インバウンド特集レポート
反中が「空前の日本語ブーム」に向かわせた?
「留学生、技能実習生なども増加傾向」というのも、ベトナム市場のもうひとつの実態といえる。どういうことか。
朝日新聞2014年9月5日によると、「南シナ海のベトナム沖から中国が石油掘削施設を撤収して1ヵ月半がたつが、ベトナム国内の「反中国」ムードが収まらない」「国営テレビは中国の連続ドラマの放送を打ち切り、観光業者による中国へのツアーの多くも中止されたままだ」(「ベトナム冷めない「反中」 政治的な対立は沈静化」)という。
ベトナムでは、南シナ海における中国との確執を契機に、これまでの依存し過ぎた対中関係のバランスを改めようとする動きがあるというのだ。それがベトナム人の関心を日本に向わせる背景となっているというのが、次の記事だ。
「ベトナムで空前の日本語ブームが起きている。昨年度の日本への語学留学生は前年度の4倍で、日本語試験の受験者も東南アジアで断トツだ。
ブームの背景にあるのは、国際環境の変化だ。日中関係の悪化で中国からベトナムへ拠点を移す日系企業が増え、商工会の加盟数は1299社(14年4月)と、5年で約1.5倍も増えた。いまや学生にとって日本語習得が「就職への近道」になっているのだ」
(「ベトナム、日本語熱沸騰」朝日新聞2014年9月9日)。
ベトナムからの留学生も増えている。同記事では、「日本語教育振興協会(東京都渋谷区)によると、02年度に日本国内の日本語教育機関で学ぶベトナム人は198人で全体の0.5%。ところが13年度には前年度比4倍超の8436人になり、2386人の韓国を抜いて2位」という。
ベトナム国家観光局の統計をみると、13年のベトナム人の主な渡航先とおおよその数は、国境を接する中国100万人、カンボジア100万人、同じアセアン域内でビザが不要なタイ50万人、シンガポール30万人、マレーシア20万人、それ以外では韓国11万人だという。このうち、中国への渡航はビジネス目的が多いと考えられる。
昨年12万人を超えたベトナム訪日市場。この国の海外旅行の時代はまだ始まったばかりだが、今後の伸びしろは大きいといえるだろう。
神戸で神戸牛が重要!訪日ベトナムツアーの9割はゴールデンルート
では、ベトナムの訪日旅行市場の現状はどのようなものなのか。HISホーチミン支店の井口唯さんに話を聞いた。以下、その一問一答。
――ベトナム人の一般的な日本ツアーのコースや日程、料金は。
「ツアーコースは9割以上が大阪→京都→名古屋→富士・箱根→東京、またはその逆をたどるゴールデンルート。
一般的な日本滞在中の日程は以下のとおり。
1日目 朝大阪着 神戸・大阪観光 大阪泊
2日目 京都観光 観光後名古屋へ 愛知県泊
3日目 富士・箱根観光 河口湖の温泉ホテル泊
4日目 東京観光 東京泊
5日目 早朝便で帰国または東京観光後、午後帰国
ベトナムの日本ツアーのパンフレット(ゴールデンルート)
ゴールデンルートの料金は2,000ドル程度。この金額には全日程の宿泊や観光、食事、ホテル、査証、バス、保険などすべてが含まれる」。
――他のアジア諸国の訪日ツアーと比べてベトナムならではの特徴はあるか。
「いまのところベトナムの訪日ツアーの内容には他国と比べて特徴は少なく、どこの旅行会社も同じようなツアーを出し、同じような価格設定というのが現状。社会主義の国であるため、まだ規制が多く、自由な価格競争も難しい。たとえば、弊社がすべて5つ星ホテルに泊まるデラックスツアーや、札幌雪祭りやハウステンボスへ行くツアーなどのスペシャル企画を打ち出しても、なかなか売れないのが現状だ。
ちょっと面白いのは、ゴールデンルートでは必ず神戸に立ち寄ること。その目的は、瀬戸大橋を見て神戸牛を食べること。実際には神戸牛は大阪でも食べられるし、わざわざ往復2時間かけて神戸に行くより、大阪でじっくり時間をかけて観光したほうがいいと思うので、弊社では、たとえば大阪のインスタントラーメン発明記念館などを組み込んだツアーを企画してみるのだが、ツアーコースに神戸が入っていないと選んでくれない。宿泊についても、東京や大阪にこだわり、八王子や立川ならいいけど、横浜はダメだという。このようにベトナム人は先入観が強いというか、ちょっと頑固でミーハーなところがある」。
ベトナム客は神戸で神戸牛を食べないと気がすまない!?
「神戸牛を食べるなら神戸でなければならない」というような思い込みは、海外旅行が始まって間もない国の人たちに共通している傾向かもしれない。何度も日本に来られるわけではないから、来たからには当初の目的を貫徹したいという思いが強いと考えられる。情報豊富なリピーターの多い国から来た旅行者とは感覚が違うのは当然だろう。
――ベトナム人は日本のどんなことに関心があるのか。それがツアー内容にどう反映されるのか。ベトナム人らしい立ち寄り先はあるか。どんなお土産が人気か。
「日本の伝統的なものより、まずは有名なことに関心があるように思う。たとえば、固有名詞でいうと、六本木、歌舞伎町、銀座、道頓堀、富士山、雪、寿司など。
一般にブランドものより100円均一やドンキホーテ、ヨドバシカメラなどの量販店での買い物を好むようだ。そのため、東京や大阪などで必ずショッピングフリータイムを2、3時間設けている。
ベトナム人らしい立ち寄り先というのは、神戸を除くといまは特にない。お土産はお菓子や食品などを買う傾向が強い。スーツケースや電化製品などを買う方もいるが、他の東南アジアのお客様より少ないように思う」。
――ベトナム人には日本食は問題ないか。またホテルやそれ以外で何かお困りのことは。
「日本食はほとんど問題ない。焼肉やしゃぶしゃぶ、寿司、和定食など、日本食としてよく知られているわかりやい料理が好まれる。ひとつ注意しなければならないのは、ベトナムではいま中国との関係が良くないため、中国客が多いレストランにお連れするとクレームを受けることがある。
ホテルでも特に困ったことはない。ただし、ベトナムではどんなに小さいカフェでも、家庭でもWiFiが当たり前のように普及しているため、WiFiがないホテルに泊まると驚かれてしまう。こういう点に関しては、あらかじめ日本の遅れているところとしてご理解いただくようご説明している」。
ベトナム客に留意するポイントはこれだ!
このようにベトナムの訪日旅行市場は、海外旅行の黎明期を迎えた国に共通して見られる微笑ましい特徴に加え、留意しなければならないいくつかのポイントがあるようだ。
昨年6月、アセアン・インドトラベルマート2014の商談会場で会ったハノイツーリストのLuu Duc Ke社長によると「これまでベトナム人の海外旅行先として人気の高かったタイで近年クーデターが起き、中国との関係も悪化したことから、両国を避ける動きが強まっている」という。
「現在、ベトナム人にビザが免除されているのはアセアン10カ国のみ。だから、もし日本でビザが緩和されたら、間違いなくベトナム人は日本へ行きたいと思うはず。日本の魅力は桜や紅葉に代表される自然の美しさ、近代的でありながらとても清潔な国であること。日本料理も食べたいし、買い物もしたい。ベトナムの経済水準はまだ低いので、リピーターが現れるようになるには時間がかかるが、少しずつ日本に行きやすい環境が整い始めている」と同社長は語る。
同じ会場にいた別のベトナム人関係者はこんな話を聞かせてくれた。「いまベトナムでは中国に対する反感が高まっていて、国内にあふれる中国製品を排斥する動きも強まっている。でも、ベトナムは親日、いや尊日の国だ」。
彼によると、訪日したベトナム客が家電量販店で電気製品を購入しようとしたとき、あまりのメイド・イン・チャイナの氾濫ぶりに唖然とするという。せっかく日本に来たのだから、メイド・イン・ジャパンを買いたいのに残念だと思うようだ。こうしたことから、これは家電量販店に限った話ではないが、ベトナム客の来店がわかったら、商品の薦め方に工夫が必要だ。レストランやホテルの客室の振り分けも、中国客とベトナム客がいたらフロアを別にするなど、細かい配慮も求められる。
気になるのは、日本側の受入態勢の問題だ。Luu Duc Ke社長は「ベトナムの旅行シーズンは4月、6月(夏休み)、10月。だがこの時期、日本ではバスやホテルの客室が取りにくい」と語っている。
この点について、株式会社ティ・エ・エスの友瀬貴也代表取締役は「華人ビジネスの影響を受けやすいタイのように、ツアー代金が急速に値下がりすることはあまり考えられないため、ベトナムは日本にとってはありがたい市場だ。しかし、9割のツアーがゴールデンルートというだけに、昨年すでにバスやホテル不足から予約を受けられない事態も発生している。これは対ベトナム市場に限ったことではないが、日本の受入態勢の問題をどう克服していくかが、今年ますます問われるだろう」と指摘する。
始まったばかりのアセアン第二陣。今回の内容はあくまで入門編に過ぎない。さらなる誘客を進めるためにも、それぞれの市場についてもっと理解を深めなければならない。
Text:中村正人
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