インバウンド特集レポート
ビザ緩和が日本旅行ブームに火をつけた
中国インバウンド大盛況の舞台裏を考えるうえで、日本のビザ緩和策も重要だ。今年中国客が激増した理由について、日本政府観光局(JNTO)上海事務所の山田泰史副所長は以下の3つの点を指摘する。
①円安の定着
②中国からの航空路線の拡充とクルーズ客船寄港の増加
③中国人に対する観光ビザ発給要件の緩和
このうち①と②についてはすでに触れたが、実は大きく市場を動かしたのが③「中国人に対する観光ビザ発給要件の緩和」なのだ。
今回の措置が運用されたのは今年の春節前の1月19日から。ポイントは「一定の経済力を有する過去3年以内に日本への短期滞在での渡航歴がある者とその家族」に対する個人観光数次ビザの発給要件の緩和である。要は、ここでいう「一定の経済力」の指す年収基準が下げられたのだが、これに本人を伴わない家族のみでの渡航も認めたことで、上海や北京などの沿海都市部に住む富裕層のみならず中間層まで含む日本への渡航が容易になった。
国土の広大な中国では、各地域の経済発展状況に準じ、8ヵ所ある日本総領事館の担当エリアごとにそれぞれ適用基準が異なっている。これまで日本政府は中国人に対する観光ビザの発給要件の緩和を小出しに進めてきたが、一定期間内にビザなしで何度でも入国できる今回の数次ビザの緩和が中国側に与えた心理的な影響は大きかったようだ。
今回の措置の発表は昨年11月8日に行われたが、その反響はすでに成熟市場となっていた沿海都市部だけでなく、訪日旅行市場が十分に形成されていなかった地方都市にも広がった。ビザ緩和で日本旅行へのハードルが下がるとの情報は中国国内に広まり、ブームに火がついた。昨年末の時点で中国の旅行関係者は「これで訪日旅行の次のステップが始まる」と期待を込めたという。2015年が日本旅行の飛躍の年になることは、中国側では早い時期から予測されていたのだ。それゆえ、精力的に航空路線を拡充し、クルーズ客船の大量投入を進めたのである。
訪日中国客には2つの異なる顔がある
訪日中国旅行市場が拡大し、多様化するなか、中国客には2つの異なる顔があることをあらためて確認する必要がある。特に近年登場してきた個人客の動向は注目だ。
9月下旬、上海発茨城行き春秋航空に搭乗していた米国系IT企業に勤める李淑雲さん(28)は、同僚の女性とふたりで国慶節休暇を使った初めての日本旅行を計画していた。ふたりはオンライン旅行社で航空便やホテルを手配し、今夏開業したばかりの二子多摩川エクセル東急ホテルに宿泊した。日本でのスケジュールを事前にほとんど決めておらず、『孤独星球 东京到京都』(世界的なガイドブックシリーズ『Lonely Planet』の中国語版 ゴールデンルート編)を機内で目を通しながら日本滞在中の予定を考えるという。
同機には、AKB48劇場に行きたいと話す20代半ばのいわゆる「オタク(宅男)」6人組の上海人男性グループもいた。上野のビジネスホテルに予約し、1週間東京に滞在するそうだ。
彼らは、スケジュールはすべてガイドにおまかせの団体客とはまったく異なり、目的を持って日本を自由に旅する個人客である。その行動半径やスタイル、旅の動機は、これまでの団体客には見られなかったものだ。中国では「自助游(個人旅行)」という。
中国の書店では、個人客のニーズに合わせた旅行書が流通している。今年2月に出版されたガイドブック『日本自助游』は、全国の交通機関の乗り方を中心に実用情報が載っており、若い個人客が初めて日本をひとり歩きするのに重宝する内容だ。
もっとも、彼らの主な情報源はむしろネット上の口コミで、いわゆる旅行「攻略」サイトや微信(We Chat)などのSNSの利用が定着している。彼らがいま日本のどんなことに関心を持っているかについては、以下の「攻略」サイトをチェックしてみると面白いだろう。
中国の個人旅行者向けガイドブック『日本自助游』(人民郵電出版社 )
穷游(貧乏旅行)
http://place.qyer.com/japan/
去哪儿(どこへ行く?)
http://travel.qunar.com/p-gj300540-riben
訪日客の動向に詳しい一般社団法人アジアインバウンド観光振興会(AISO)の王一仁会長は、中国に個人客が出現した背景についてこう語る。
「いま中国の旅行市場で注目すべきは、C-Tripに代表されるオンライン旅行社の勢いだ。同社の関係者によると、訪日市場の伸びは前年比で7倍増。上海市場では旅客のすでに半分、北京で30%をオンライン旅行社が占めるという。彼らの多くは個人客なので、個人向けの移動や宿泊、通信サービスなど新しい商機が生まれている」。
中国人の日本旅行が解禁されて15年目に当たる今年、2つの初めてがある。まず中国が国・地域別のランキングでトップになったこと(以下、韓国、台湾、香港、米国が続く)。訪日中国人の数が訪中日本人を逆転するのも、実は初めてだ。
この15年間で中国の海外旅行客は進化した。それをリードするのが上海などの沿海都市部から来る個人客である。一方、いま始まったばかりの内陸都市発の団体客もいる。彼らはいわば10年前の上海人である。中国インバウンドの実態は、こうした異なる2つの層が10年遅れのタイムラグをはらみながら同時に進化していく過程にある。当然受入側も、まったく異なる対応が求められるだろう。
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