インバウンドコラム

かまいしDMCに学ぶ、観光規模が小さいエリアの持続可能な地域経営の「リアル」

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東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県釜石市、そこで地域DMOとして観光地経営に取り組むのが「株式会社かまいしDMC」だ。持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)にとりわけ力を入れている同社の努力もあって、釜石市は、2018年以降4年連続で「世界の持続可能な観光地100選」に選ばれ、2019年には「グリーン・デスティネーションズ・アワード」のブロンズ賞を獲得した。

今回は、かまいしDMCのこうしたサステナブルな地域経営の実態を探るべく、地域連携DMOである一般社団法人秋田犬ツーリズム事務局長の大須賀信氏が、かまいしDMCの代表、河東英宜氏にインタビュー。「サステナブル」を軸に、かまいしDMCの取り組みや財源、そして今後の展望などについて話を聞いた。

 

かまいしDMCが展開する事業とサステナブル・ツーリズム

屋根のない博物館「オープン・フィールド・ミュージアム」で持続可能な観光を

大須賀信氏(以下、大須賀):まず、サステナブル・ツーリズムの分野で、かまいしDMCさんがどのようなことに取り組んでいるのかを教えていただけますか。

河東英宜氏(以下、河東):当社で取り組んでいるのは、岩手県釜石市の観光振興ビジョン「釜石オープン・フィールド・ミュージアム構想」という事業です。エリア全体を屋根のない博物館に見立て、地域の営みを展示するというコンセプトのもと立ち上げられました。製鉄の歴史をはじめ、震災時の出来事や、震災後から復興に向けた取り組みなどを紹介しています。同事業を支えているマネジメントシステムが、サステナブル・ツーリズムです。釜石市は、世界持続観光協議会が設けたサステナブル・ツーリズムの国際指標「GSTC」の認証団体の1つである、オランダのグリーン・デスティネーションズのプログラムを取り入れて、GSTC認証の獲得を目指しています。ちなみに、オープン・フィールド・ミュージアムについては、当社が商標登録を受けています。

▲世界遺産・橋野高炉

大須賀:特に震災以降に限らず、製鉄の街としての歴史、いわゆる隆盛を極めた時代から、斜陽になった時代までも含めて紹介しているのでしょうか?

河東:そうですね。例えば、製鉄で栄えた時代の釜石市の人口は約10万人でしたが、1960年代から急激に減少し、現在は約3万2000人にないます。こうした課題を先に経験してきた地域として、どのような対応をしてきたのか、あるいは、していくのかを紹介するのもひとつの「展示」として捉えています。

 

震災の経験を観光に転換「防災」ツーリズムにも力を注ぐ

大須賀:オープン・フィールド・ミュージアムは、鉄の街としての歴史と震災以降の取り組みが主な要素ですか?

河東:あとは、漁業林業等ですね。そのような生業があるということを見てもらうのも、ひとつの観光資源になっています。現在は国内客がメインですが、インバウンド向けには、ラグビーと防災関係、そしてアドベンチャー・ツーリズムを行っています。

大須賀:約3万2000人の街とはいえ、ラグビーのワールドカップも開催された釜石市には、興味があります。ラグビーを通じたスポーツ振興で、インバウンドへの認知度が高まったという実感はありますか?

河東:ワールドカップ開催前から開催後にかけて、コロナ前には、ニュージーランドやオーストラリアからラグビーをやっている高校生が来訪していたので、ラグビーがなければ市の若い人たちも外国人との交流が持てなかったと思います。アドベンチャー・ツーリズムに関しては、「みちのく潮風トレイル」という青森から福島までをつなぐ、海山の景色が美しいトレイルコースがありまして、コロナ前には外国人も増えてきていました。それと、漁業と観光の一体化をテーマに、SUPで定置網まで行き、漁業を見学して、漁師さんから魚をもらい、キャンプ場で焼いて食べてもらうということもやっています。これは、外国人だけはなく、日本人にも人気があります。

大須賀:防災についても気になります。アドベンチャー・ツーリズムは欧米人が好むだろうし、ラグビーもラグビー強豪国など、ある程度マーケットの想像がつきます。しかし防災という分野は、インバウンドに対するアピールとして、珍しい観点だと思います。どういった国や地域がターゲットになるのでしょうか?

河東:釜石市のほかにも、ハワイとインドネシアのアチェ州に津波博物館があります。当社からハワイの津波博物館に行ったり、インドネシアのアチェ州ではJICAと連携して、釜石市の防災プログラムを輸出しようという取り組みを行ったりしています。またASEANから、防災関係の30名ほどの官僚の方に来ていただき、いわゆる小型MICEのようなことを行いました。

大須賀:津波を経験した国などがターゲットになるということですね。震災の経験を観光に転換していくことは、なかなかできないことですね。

河東:釜石では、市内の小中学生99.8%、学校の管理下にあった全員が津波の難を逃れました。東南アジアの国々からしてみると、あれほどの災害でこれだけの生存率だったことを不思議に思う部分もあるようです。釜石の防災システムを輸出しながら、諸外国と交流していくのもありなのかなと思います。東北の片田舎にインバウンドを誘致するには、コンセプトを絞っていかないと難しいですから。

大須賀:重々承知しています。絞って尖らないと来ないですよね。でもこの防災という観点は相当尖っていると思います。世界的にも、防災でインバウンドを誘致するDMO、DMCは聞いたことがありません。防災で誘客するということについて、地域の方々のご意見はいかがでしたか?

河東:震災でたくさんの方が亡くなっていますので、立ち上げ当初は、それでお金をもらうのか、それを売りにするのかという議論が非常にたくさんありました。そのため、勉強会を開いたり、ガイドの仕方を記したマニュアルを作ったりして、地域の合意を得ていきました。

 

DMO・DMCの財源

観光の規模を考慮して「ふるさと納税」を活用

大須賀:やはり、住民との丁寧な意見交換や意思疎通は必要だったということですね。次に、もうひとつの大きなトピック、財源の話を伺いたいです。かまいしDMCさんは、ふるさと納税を財源として活用していますよね。その理由や、今後の方向性などを教えていただけると嬉しいです。

河東:かまいしDMCが観光で成り立っていくためには、観光の市場規模が小さすぎるという部分があります。設立当初はふるさと納税の認知度が低かったのですが、ふるさと納税がこのDMCの財源に成り得るのではというのは、設立前から考えていました。そのため、設立前の段階で市役所に財源にさせてほしいと提案していました。寄付額も最初は5600万円程度でしたが、3年で7億2000万円までに成長しています。当社の手数料はその中のほんの数%なのですが、それでもDMC運営のひとつの財源になっています。

大須賀:7億円までいくと、1%でも700万円以上ですよね、数%でも2、3千万にも成り得るわけですから、DMCの規模から考えても大きな財源ですね。かまいしDMCさんのふるさと納税の売れ筋や人気商品はどのようなものですか。また、その他の財源にはどのようなものがありますか。

河東:水産物の加工品がメインで、ウニなどはすぐに品切れになりますね。当社では市内にファブレスラインをいくつか持っており、加工品を企画する際、製造ラインを持っている市内の会社に「このような商品が作れないか」と持ちかけています。その会社の余力を見ながら商品を一緒に作っていき、それらをふるさと納税に出したり、当社のオンラインショップで販売したりしています。

▲かまいしDMCが運営するオンラインショップ

ジェラートについては、先日自社工場を立ち上げ、フル稼働しています。地域商社以外には、研修事業が好調です。防災や震災後の街づくりをテーマにした国内向けの研修事業が比較的好調で、企業研修や修学旅行の受け入れなどが伸びており、1カ月先まで予約でいっぱいです。釜石を題材に超大手企業が、新卒研修や、マネージメント研修をしており、財源確保はもちろんのこと地域価値を高めているとの確信をもって取り組んでいます。

大須賀:私も近々伺いたいと思っています。最近ふるさと納税を財源にするDMO、DMCが増えていますが、事業計画を立てる時に、不安定なふるさと納税の財源をどのように見込んでいるのかが気になります。

河東:前年レベルで固く保守的に見積もってはいます。ただ前年レベルなので、普通の中小企業と同じで、わからない部分はありますね。当社も現在は市の(株式の)出資率が49.8%までに調整しており、25%を切るところまで持っていくつもりで、行政に頼りすぎない普通の中小企業になっていきたいと思っています。その部分では、事業見通しの不確実性が高まっていくことは仕方がないことだと思っています。

 

サステナブル経営のポイント、財源の多様化

大須賀:同じ重点支援DMOの特定テーマ型とはいえ、“行政”ベースの当社とは性質が違っていて、経営方針や財源も含めて、どちらかというと“民間”のイメージであるのがかまいしDMCさんですね。かまいしDMCさんは、複数の財源を持って運営されているので、ひとつが多少変動しても他でカバーでき、全体ではある程度財源を見込むことができる。基礎中の基礎ですが、財源の多様化はやっていかないといけませんよね。財源の補足や、現在考えていることなどがあれば、ぜひ教えてください。

河東:実財源とはいえ、ふるさと納税も含めて市からの委託事業が7割なんです。その比率を下げていくことが当社の次の課題です。そのために、研修プログラムの強化のほか、今年度はジェラート事業を始めました。工場やキッチンカーに投資し、2022年にはまた別の事業を立ち上げる予定で、財源の多様化をやっていかないとサステナブルにならないなと感じています。

 

DMO・DMCが抱える課題と今後の展望

いかにして「宿泊者数」をキープするか

大須賀: DMOの在り方は色々とあると思いますが、かまいしDMCさんの取り組みは、ひとつのロールモデルだと思いました。色々なことに成功されている反面、困っていることや、実は解決できていないこと、失敗してしまったことなどもあると思います。今後の課題などはありますか?

河東:現在はまさに成長段階と位置付けていまして、振り返る感じではないのですが、先ほどの財源の多様化がまずひとつあります。大きな失敗はあまりないですね。小さく始めて、それがいけると思ったら続けていますので、投資して失敗したという経験はありません。ただひとつ、最大の課題が宿泊者数減です。新型コロナウイルスの影響もありますが、その前から宿泊者は減ってきていました。一番の理由は復興事業です。

大須賀:それは特殊な悩みですね。

河東:復興作業員の方がたくさん泊まっていたので、宿泊者数が高い水準で保たれていたのですが、道路などが10年で完成して建設会社の方たちが宿泊しなくなりましたので、宿泊者数が軒並み減少しています。それを観光で埋められるかというと、毎日宿泊していた方たちの数なのでとても無理なわけです。

大須賀:宿泊者数はKPIとして、どうしても観光庁から要求される数値のひとつなので、そこが減少してしまうとなかなか辛いものがありますね。河東さんは以前、道路事情が良くなったがために、観光客が日帰りや素通りしてしまうとお話されていましたよね。

河東:そうなんです。来ていただけるだけで嬉しいのですが、ほとんどが日帰りで、当社のプログラムに参加した後は宿泊せずに帰ってしまいます。

 

採用の秘訣は、出身者と移住者のバランス

大須賀:誘客のためには、高速鉄道網や高速道路などの交通機関は開通してほしい。しかし、開通したら素通りもしくは短時間で次のところに行ってしまい、宿泊してくれないという副作用がありますので複雑な心境ですよね。現在かまいしDMCさんは、何人ぐらいの規模で事業をされていますか。

河東:現在は22人です。出向者はおらず、15人が正社員で、あとはパートとアルバイトです。そのうち11人がIターンです。これを他の自治体に話すとびっくりされますね。

大須賀:Iターンが半分もいらっしゃるのですね。実は当社も半分は外からの人なんです。私と外国人スタッフ2人を含めて、8人中4人が移住者です。やはり、外から来た人はアイデアや考え方が地元の人とは違ってすごく刺激になります。ただ、地元の人はその土地ならではの知識や感覚を持っていますから、バランスが大事だと思います。Iターンの方たちは、他の目的で帰ってきた方たちをリクルートしたのか、もしくはかまいしDMCへ直接応募してきたのですか?

河東:後者です。

大須賀:かまいしDMCさんがやっていることに魅力を感じて、移住してくれたんですね。それは理想形ですし、好事例ですね。当社の課題でもあるのですが、例えば雇用された人たちも昇給がないとモチベーションを上げられないですし、やる気が出てこないと思います。かまいしDMCさんが人事の側面で、独自にやられていることはありますか?

河東:先ほども申し上げましたが、市の(株式の)出資率が49.8%になりましたので、今年からはボーナスなどを当社で決められると思います。とはいえ、当社では制度よりも、来ていただく方が何をやりたいのかという部分と、そのキャリアを実現させてあげることに重きを置いています。

大須賀:今後やりたいことはありますか?

河東:次の課題は、研修プログラムの整備です。現在、まったくセールスを行っていないのですが、口コミでの受注を回すので、精一杯になっています。また、農業と漁業という一次産業への着手もテーマですね。あとは、観光庁から、テーマ型DMOとして横展開をしてくださいとのお話がありますので、岩手県内で展開するのか、全国的に展開するのかを考えなくてはいけません。現在は、当社のモデルを見たいとか、参考にしたいと言ってくださるところがあれば、受け入れている状況です。

大須賀:本日はどうもありがとうございました。

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