インバウンドコラム

【DMO研究】1泊100万円の城泊を展開、地域DMOキタ・マネジメントの「手放す」インバウンド戦略

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「1泊100万円でお城に泊まる」というインパクトある宿泊体験を推進したのは、愛媛県大洲市の地域DMOである(一社)キタ・マネジメント。その金額設定やこだわり抜いた演出などが注目を集め、日本でも多数のメディアにも取り上げられた。

訪日客をターゲットに作られた100万円で城に泊まるキャッスルステイがどのようにして生まれたのか、またDMOのターゲットやインバウンド戦略について、(一社)キタ・マネジメント企画課の井上陽祐氏と、ホテルを運営するバリューマネジメント(株)から大洲市役所に出向する吉田覚氏に伺った。

インタビューをしたのは、公益財団法人日本観光振興協会に勤務する大須賀信氏だ。

>>前編:大洲市の地域DMOに学ぶ、歴史的資源の「保全・活用」で稼ぐ町づくりの秘訣

 

大洲城キャッスルステイ誕生に至る背景

日本初「1泊100万円」はいかにして生まれたのか?

─ 1泊2名で100万円~のキャッスルステイ(城泊)。とてもインパクトが大きい企画ですが、誕生に至った背景からお聞かせいただけますか。

吉田:前編で井上が話した点在する古民家を改修し分散型ホテルにする計画がスタートした当時、すでに分散型ホテルは世の中に存在し、物珍しさはありませんでした。分散型ホテルだけでは大洲の認知度を上げることは難しく、事業運営も厳しいだろうと考えていました。しかし、日本初や先進事例といった目玉があれば注目されやすくなる。ここはメディアなどに取り上げられるような、打ち出し方が必要だろうという話になりました。

ちょうどその頃、税金での維持が困難になってきた文化財保全の施策として、城や神社仏閣の利活用の重要性が取り沙汰されるようになりました。その先駆けとして大洲で城に泊まれることになったら、非常に注目度の高いイベントになるだろうと一気に話が盛り上がりました。

▲大洲城は地域のシンボルの1つ(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

 

100万円の価値を作りだす、平均単価は160万円

─ 100万円という価格はどのように設定したのですか。

吉田:値段については、「2人で城に泊まる、1泊100万円」というインパクトが大事でした。通常の値段設定のロジックとは逆で、まず値段があり、そこから100万円の価値をどう提供できるかを考えていきました。

単にお城に泊まる貴重な体験といった話題性だけでなく、歴史や文化を体感してもらいたい。そこで、リビングヒストリーをテーマに、甲冑を着たゲストが城入りをする入城体験のセレモニーを実施したり、江戸時代から受け継がれる火縄銃を利用して鉄砲隊が祝砲をあげたり、神楽の演奏があったりなど、有形、無形の文化財を体験できる演出を用意しました。地域の伝統文化をずっと守り抜いてきた地元の皆さんにもパフォーマーとしてかかわってもらい、出演料も渡しています。また、100万円のうちの10万円は、大洲城と臥龍山荘の使用料として市に支払い、建物の保全等にも役立てる仕組みにしています。

▲宿泊者が甲冑を身に着けての入城体験(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

─ 現在までのキャッスルステイの実績を教えてください。

吉田:2020年7月からスタートし、これまでに9組の方が利用しました。これまでに東京を中心に会社を経営されている方々や、弁護士、医師、また、ユーチューバーの方にも泊まっていただきました。コロナ禍で海外という旅行先を失い、国内で価値あるものを探していたようで、100万円という物珍しさだけでなく、皆さん深い学びを求めて来てくださいます。

キャッスルステイには、専用のコンシェルジュがつき、お客様のご要望に合わせたテーラーメイドの滞在を用意するのですが、なかにはお連れ様のためだけに打ち上げられる花火をオーダーしたり、滞在の翌日、町歩きに完全ガイドをつけて町づくりの取り組みを学んだりする方もいます。知的好奇心を満たすアクティビティを求める方が多く、平均価格は160万円くらいです。

 

訪日客の満足度向上に向けたストーリーやコンテンツ磨き上げ

─ 100万円は基本料金で、さらにオプションがつくとはびっくりです。特に海外のお客様からの注目度が高い取り組みだと思いますが、反応はいかがでしょうか。

吉田:海外からのお客様についてはコロナ禍の痛手で、全ての予約がキャンセルになりました。キャッスルステイは年間30組を上限としていますが、海外との往来が今後活発になればインバウンドのお客様も訪れると思います。ただ、日本人であれば言わずとも伝わるお城の価値がうまく伝わらず結果として不満足につながる恐れもあります。サービスを根底から考え直したり、価値のプレゼンテーション方法を我々目線でなく、外国人目線で構築し直したりする必要があると思います。

また、最初は100万円というインパクトのある宿泊体験を打ち出したものの、次のステップとして、城泊の本質は何かという点や、文化財のサステナビリティといった点も、発信を強化していく必要があると考えています。

▲宿泊者は、天守閣のスペースに畳と布団を敷いて寝泊りする(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

 

インパウンドのターゲット設定と戦略

最大限の効果を狙うために、地域DMOがとる「手放す」戦略

─ 今後インバウンドが回復する中で、キャッスルステイの存在はとても楽しみかと思いますが、これまでのインバウンドの受入状況はいかがでしたか。

井上:コロナ禍前の2018年度には、約12,000人の外国人観光客が大洲市に来訪していました。韓国が54.7%。中国が8.8%、台湾が12.7%、香港が9.6%と、約85%が東アジアからです。宿泊に関しては、大洲市の全宿泊者数に占める外国人の割合は約2%。外国人が泊まりたい宿泊施設がなかったために、非常に低い数字となっています。

我々がインバウンドの誘客に力を入れ始めたのは2019年度から2020年度です。コロナ禍もあり、プロモーションの成果が顕在化するのはこれからと思います。

─ インバウンド向けのプロモーションやその戦略について、具体的に力を入れていることをお聞かせいただけますか。広域連携DMOのせとうちDMOと一緒に、というか、かぶせてマーケティングを行っているように見受けられます。個人的にはそのやり方に新鮮味を感じます。

井上:地域DMOという一番小さい事業組織の我々にしかできないことを考えたときに、やらないことを決める、つまり手放すことも大切だと思っています。力を注ぐのは「観光資源の磨き上げ」「受入態勢の整備」「大きな組織との連携」です。逆に「マーケティング」「情報発信」に対しては、「手放す」戦略で、そもそも予算を組んでいません。ほかのDMOではよく、市や行政からの交付金で、PR素材をつくってプロモーションを行っていますが、我々はそれをやっていません。小さな組織がどれだけ熱心にプロモーションに取り組んでも焼け石に水です。マーケティング戦略やPRは大きな組織へ素材を渡して発信してもらう方が情報はより拡散されます。そのための連携を深めておくことは大切なことです。せとうちDMOが29の重点支援地域を選定していますが、大洲エリアも当初からその1つとして入っており、連携が組みやすかった点は幸いでした。

また、分散型ホテルやキャッスルステイでは宿泊客を増やせたとしても、年間2万人泊程度が限度だろうと思っています。これ以上増やすと観光公害が起こってしまいますから、2万人泊に増やしたときに最大の経済効果を得るには、最も地域でお金を消費できる層のいるマーケットを狙うしかありません。
基本的に、旅行市場は欧米豪の方々が火付け役としてデスティネーションを開拓し、中国、韓国、台湾の感度の高い方々がそれに続きます。実際はアジアの方々がリピーターに繋がりやすいので、数は大きくなりますが、狙うべきターゲットは先駆的存在である欧米豪に絞っています。

大きくマーケティングするよりも、とがって小さくマーケティングしていくというのもDMOの戦略です。せとうちDMOと同じ層をターゲットに定め、欧米豪州の方々の平均滞在日数14日間のうちの1泊を大洲に来てもらう、というインバウンド戦略を描いています。ひと言でいうと、コバンザメ戦略です。

▲知的好奇心の高い欧米豪をターゲットとして定める(提供:一般社団法人キタ・マネジメント)

─ 実は御社のSNSを拝見して、あまり活発にやられていないのだと感じましたが、今のお話を伺って納得しました。SNSをやれやれと言われて振り回されているDMOがとかく多いですが、割り切っていていいな、と思いました。せとうちDMOという意識が高い広域連携DMOのエリア内なので、割り切ってお任せできるという点はあるのでしょうね。

吉田:せとうちDMOのほかには、JNTOとの連携強化も重要視しています。JNTOのオウンンドメディアであるJapan’s Local Treasuresにいろいろな写真素材やコンテンツ素材を提供しています。また、JNTOに取り上げてもらうためには、世界の潮流にのっていないとなりませんから、今ですと大洲のコンテンツをサステナビリティの観点で見せて、記事化してもらうことにも取り組んでいます。

 

地域の事業者や住民との関わり方

ふるさと納税の商品開発で寄付額11倍に、事業者との関係性も構築

─ 分散型ホテルや大洲城キャッスルステイは、大洲市の中心である城下町をメインとした事業だと思いますが、大洲市内のほかの地域の事業者の方とはどのような関わり方をされていますか。

井上:一番接点が多いのは、ふるさと納税事業です。大洲市のふるさと納税は当初100品目程度でしたが、DMOが事業に関わり、商品開発を始めてから4倍近い370品目に増え、寄付額も11倍になりました。ふるさと納税の受託事業を行うにあたり、スタッフが大洲市内の海沿いから山奥まで様々な事業者を回り、DMOの活動を説明しています。ふるさと納税の寄付額が増えるにつれて「DMOは、市街地の城下町での活動が中心だと思っていたけれども、ふるさと納税頑張っているよね」と、その認知も広がっています。ふるさと納税をきっかけに、地元の事業者の売り上げに貢献し、かつ、地元の方とのつながりやDMOの活動への理解を深めることに役立っていると思います。

 

財政基盤の安定と優秀な人材確保で、より強い組織へ

─ 最後に、今後のDMOとしての課題や目標をお聞かせいただけますか。

井上:課題は、DMOとしての収益がまだ限られるため、人材の確保が困難であることです。そのため、現在は市役所や銀行から出向や兼務で入ってくださっている方に助けられて運営している状態です。今後出向者がいなくなっても自立して運営できる強い組織にすることが目標ですね。
来年度以降、不動産事業は回収フェーズに入り、観光やその他委託事業でも収入が見込まれています。それを人材投資に回すことで、優秀な人材も確保しやすくなり、組織全体が強化されていくと思います。

─ 色々なお話を伺って、インバウンド再開が活発になってからの活躍がとても楽しみです。2回にわたっての貴重なお話をありがとうございました。

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