インバウンドコラム
観光庁の2026年度予算は、総額1383億円と過去最大規模となった。国際観光旅客税の引き上げ(1000円から3000円)を背景に、オーバーツーリズム対策、地方誘客、受入環境整備、観光産業支援などに大幅な予算が配分されている。
数字だけを見れば、「観光を戦略産業として本気で位置づけた」とも読める。だが、今回の予算をどう評価するかは、それほど単純ではない。問われているのは、予算が増えたこと自体ではなく、それによって観光の運用が本当に変わるのかという点だ。結論から言えば、今回の予算で最も起きやすい失敗は、「対策を入れたことで、問題を解決した気になってしまうこと」である。

誘客と管理を、同時に設計する段階に入った
2026年度予算は、大きく次の4分野で構成されている。
・受入と住民生活の質の両立:317億円(前年比2.57倍)
・地方誘客の推進による需要分散:749億円(2.33倍)
・観光産業の活性化:68.6億円(2.21倍)
・その他(安全対策・効果測定等):248.7億円(3.91倍)
(観光庁2026年度予算の詳細はこちら)
特に象徴的なのは、地方誘客が全体の半分以上を占める一方で、その前提条件としてオーバーツーリズム対策が100億円規模まで拡充されている点だ。
地方誘客とオーバーツーリズム対策は、別々の政策ではない。人を地方に呼び込むのであれば、同時に「増えた状態をどう扱うのか」を設計しなければ、現場はもたない。今回の予算は、観光政策が「誘客をすればよい」段階を越え、増えた後をどう運用するかという局面に入ったことを示している。
オーバーツーリズム対策は、導入した瞬間からが本番
オーバーツーリズム対策は前年比8倍超と大幅に増額され、混雑の可視化、予約制、ICT活用、マナー啓発など、必要なメニューは一通りそろった。ただし、最大の落とし穴は、それらを導入したことで安心してしまうことだ。
混雑や摩擦は、設備や仕組みが足りないから起きているだけではない。判断基準が曖昧なまま、誰が止めるのか、誰が説明するのかが決まっていない。そうした状態で対策だけを入れても、問題は形を変えて繰り返される。
なぜ規制ではなく管理なのか。人を来させないことではなく、来た人をどう動かすかが問われているからだ。実際、最初に矢面に立たされるのは、現場で説明を求められる自治体職員や、調整役を担うDMOである。対策は「解決」ではない。運用が始まって初めて、評価されるものだ。
地方誘客は、「整備の次」を用意できるか
地方誘客関連では、文化資源、国立公園、ローカル鉄道など、地域の「素材」への投資が目立つ。方向性としては妥当だが、これまでの経緯を振り返ると、整備だけで終わってしまった例は少なくない。
見た目は良くなった。
だが、売れない。予約につながらない。日帰りで消費が伸びない。
こうした状態が続けば、「分散」は定着しない。
今回の予算が本当に突きつけているのは、「何を整備するか」ではなく、「誰が、どう運用し、どう価値を残すのか」という問いである。地方誘客は、整備とプロモーションだけでは成立しない。
サステナブルツーリズムは、万能薬ではない
持続可能な観光(サステナブルツーリズム)関連施策も拡充されている。ただし、ここにも注意点がある。認証を取ること自体が目的化した瞬間、サステナブルはむしろ現場を遠ざける。
地域が認証を取得しても、そこにある宿泊施設、観光事業者、旅行会社の運営が変わらなければ、実態は何も変わらない。サステナブルは理念でも称号でもない。日々の判断と運用の話である。地域と民間が噛み合わなければ、サステナブルは「正しさ」だけが先行し、現場の負担になる。
観光貢献度を可視化しなければ、議論は必ず歪む
オーバーツーリズムが注目されるほど、「観光は迷惑」「インバウンドは負担」という印象が強まりやすい。一方で、観光が地域にもたらしている便益は、ほとんど語られてこなかった。
混雑やゴミといった“問題”は、写真や映像で示しやすい。一方で、雇用の維持、交通インフラの存続、文化や自然への再投資といった観光の貢献は、分野がまたがり、中長期で効いてくるため見えにくい。
可視化されない方が、実は楽だった側面もある。数字で示せば説明責任が生じ、比較もされる。しかし、その「楽さ」の代償として、現場では次のような状況が続いてきた。
なぜ観光を続けるのか。なぜ規制ではなく管理なのか。この問いに、自治体もDMOも、十分な材料を持たないまま説明を迫られてきた。
観光貢献度の可視化は、観光を良く見せるための広報ではない。観光を続けるかどうかを、感情ではなく判断できる状態をつくるための防御線である。可視化がなければ、自治体は語れず、DMOは管理できず、事業者は協力の理由を失う。これは理念の話ではなく、運用の前提条件だ。
国に求められるのは、「成功」よりも「失敗」を扱う覚悟
今回の予算には、施策の効果測定やデータ整備も盛り込まれている。だからこそ、国に求められる役割も変わる。
必要なのは、成功事例を並べることではない。なぜうまくいかなかったのかを、構造として整理し、次に活かすことだ。
混雑はなぜ解消しなかったのか。
認証はなぜ形骸化したのか。
地域と事業者は、なぜ噛み合わなかったのか。
こうした問いを正面から扱えるのは、現場から距離を持つ国しかいない。
まとめ:予算は増えた。しかし、安心する理由にはならない
2026年度予算は、観光を戦略産業として「続ける」ための大きな節目だ。ただし、対策を積み上げただけでは、現場は変わらない。
対策を入れたことで満足していないか。
認証を取ったことで安心していないか。
成功事例だけを見て、失敗を避けていないか。
予算が増えた今こそ、問われるのは覚悟だ。成果が出なかった施策とも向き合い、次の判断材料として扱えるか。それができなければ、今回の過去最大予算は「投資」で終わる。できたときに初めて、「成果」と呼べるものになる。
観光は、放っておけば評価される産業ではない。だからこそ、測り、説明し、引き受ける覚悟が求められている。
※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら
著者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
アクセンチュア株式会社を経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。 観光事業者・自治体・国と日々の実務に向き合いながら、考え続ける立場として、インバウンド戦略、観光政策、事業づくりに携わってきた。著書に『観光再生〜サステナブルな地域をつくる28のキーワード〜 』ほか。
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