インバウンドコラム
観光客数が増え、消費額も伸びている。統計を見れば、日本の観光は確かに「成長局面」に入ったと言ってよい状況にある。
一方で、各地の現場や自治体、DMOの関係者と話していると、数字ほどの手応えが共有されていない場面にしばしば出会う。
「増えているのは分かるが、地域として良くなっている実感が持てない」
「住民にどう説明すればいいのか、言葉に詰まる」
そんな声だ。
たとえば、混雑対策や受け入れ人数の調整について説明会を開いても、「それで、この地域には何が残るのか」と問われ、答えに窮する。数字は示せても、意味を語れない。こうした場面は、決して珍しくない。
観光客数が増えているのに、納得が生まれない。このズレの正体を考えるうえで、避けて通れないのが「観光貢献度」という視点である。
なぜ「観光貢献度」は、これまで曖昧だったのか
観光の成果は、長らく「人数」や「消費額」で語られてきた。分かりやすく、比較もしやすい指標だからだ。ただ、それらはあくまで一部であって、観光が地域にもたらす影響のすべてではない。
混雑や生活環境の変化、担い手の疲弊、地元経済への波及の偏り。こうした要素は数値化が難しく、評価の枠外に置かれがちだった。結果として、「観光は増えている」という説明はできても、「それが地域にとってどういう意味を持っているのか」を語る言葉が、十分に整ってこなかった。
完璧な指標はいらない。まず「説明できる軸」を持つ
ここで誤解してはならないのは、観光貢献度を“正確に測り切る”ことが目的ではない、という点だ。
必要なのは、評価や序列づけのための指標ではなく、説明と合意のための軸である。「なぜ、この地域はこの時期に受け入れるのか」「なぜ、これ以上増やさない判断をしたのか」「なぜ、この施策に予算を使うのか」
こうした問いに対して、数字や状況を交えて説明できるかどうか。観光貢献度とは、そのための補助線に近い。
観光貢献度は、立場ごとに見方が違っていい
もう一つ重要なのは、すべての関係者が同じ指標を見る必要はないということだ。
自治体であれば、住民生活とのバランスや公共負担との関係が重要になる。DMOであれば、周遊や分散、滞在の質が問われる。観光事業者であれば、現場の持続性や人材確保、収益構造が軸になる。
同じ「観光貢献度」という言葉でも、立場によって見る角度が違うのは自然なことだ。むしろ、その違いを前提にした整理がなければ、議論はかみ合わない。
「可視化」は、広報ではなく運用のためにある
近年、「見える化」や「可視化」という言葉をよく耳にする。だが、それが資料づくりや発信で終わってしまうと、現場の判断にはつながらない。
可視化は、「受け入れ人数を調整する」「時間帯や動線を変える」「価格や予約方法を見直す」といった運用の判断に使われてこそ意味を持つ。
数字を出したことで「やった気になる」瞬間こそが、最も危うい。観光貢献度は、成果を示すためではなく、次の判断をするためにある。
観光の価値が語られなければ、観光は支持されなくなる
日本では近年、観光を巡る議論がどうしても「迷惑」や「問題」に寄りがちだ。オーバーツーリズム、民泊トラブル、マナー違反。メディアやコメント欄を見れば、観光やインバウンドが“負の存在”として語られる場面も少なくない。
課題を直視すること自体は重要だ。ただ、その一方で、観光が地域や社会に何をもたらしているのかが語られなければ、観光は「我慢を強いる存在」として固定化されてしまう。
海外に目を向けると、この点は比較的はっきりしている。
観光施策に1ドル投じることで、どれだけの経済効果が生まれるのか。雇用や税収、関連産業への波及を含め、定量的に示す試みが行われている国や地域は少なくない。専門機関が経済波及効果を試算し、その結果を分かりやすく発信する。
「この予算は、結果としてこれだけのリターンを生んでいる」
そう説明できるからこそ、観光は“コスト”ではなく“投資”として理解されやすい。日本でも、本来はこうした整理がもっとあっていい。観光の課題を直視することと、その価値を示すことは、矛盾しない。むしろ、貢献を語れないままでは、観光そのものが持続可能でなくなる。
測れないからやらない、ではなく、測りながら育てていく
観光貢献度に、最初から完成形はない。地域ごとに条件も課題も違う以上、共通の正解を求めすぎると、動けなくなる。大切なのは、小さく始め、使いながら更新していくことだ。
観光が一定規模を超えた今、「増えたかどうか」だけでは説明が足りない時代に入っている。だからこそ、測り、考え、言葉にし、修正していくプロセスそのものが問われている。
観光貢献度とは、観光が地域に何をもたらしているのかを説明するための言葉だ。
観光は、放っておけば評価される産業ではない。評価されなければ、守られもしない。観光客数が増えた先で、何を残し、何を引き受けていくのか。その説明責任を果たせるかどうかが、次の信頼を左右する。
※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら
著者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
アクセンチュア株式会社を経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。 観光事業者・自治体・国と日々の実務に向き合いながら、考え続ける立場として、インバウンド戦略、観光政策、事業づくりに携わってきた。著書に『観光再生〜サステナブルな地域をつくる28のキーワード〜 』ほか。





