インバウンドコラム
観光の現場では、成功事例が数多く共有されている。国の報告書、自治体の事業成果、DMOの活動紹介。どれも一見すると前向きで、参考になりそうなものばかりだ。
それでも現場を歩いていると、不思議な感覚に出会うことがある。成功事例は増えているはずなのに、なぜか同じ課題が繰り返されている、という違和感だ。
オーバーツーリズム、人材不足、事業の継続性、住民との摩擦。論点は整理され、対策も講じられている。それでも「どこかで見た構図」が、地域を変えて何度も現れる。
この違和感の正体はどこにあるのだろうか。
成功事例を否定したいわけではない
最初に明確にしておきたい。ここで言いたいのは、成功事例の共有そのものを否定したいわけではないということだ。成功事例は必要だし、現場の努力や工夫が可視化される意義は大きい。実際、成功事例から学べることも多い。
問題は、それしか共有されない状態が続いていることにある。報告されるのは、
・うまくいった取り組み
・想定通り成果が出た施策
・評価された事業
一方で、そこに至るまでの試行錯誤や、うまくいかなかった判断、途中で行き詰まったプロセスは、ほとんど語られない。もちろん、こうした傾向は、行政や事業者だけでなく、観光メディアや情報発信の側にも当てはまる。
「失敗」は、本当に失敗なのか
現場をよく見ると、いわゆる「失敗」とされるものの多くは、実は構造的な学びの宝庫でもある。たとえば、モデル事業として始まった取り組みがある。補助金を活用し、人を配置し、一定期間は何とか回った。しかし、事業期間が終わった瞬間に人も体制も維持できず、静かに終了していく。このケースは、決して珍しくない。
だが多くの場合、「成果が出なかった」「継続できなかった」という一言で片づけられ、なぜそうなったのかは共有されない。
・どこで判断を誤ったのか
・何が想定と違ったのか
・本当は、どの条件が足りなかったのか
こうした情報こそ、次に同じことを繰り返さないために必要なはずだ。
成功が目的化する構造
なぜ失敗が語られにくいのか。背景には、観光行政や事業の構造そのものがある。
予算事業では、成果を示すことが求められる。評価されるのは「できたこと」「達成したこと」だ。その結果、
・計画通りに進んだ部分だけが切り取られる
・想定外やつまずきは表に出にくくなる
気づけば、「成功を報告するための事業」になってしまう。
これは誰かの怠慢というより、そうならざるを得ない仕組みの問題だろう。
認証や対策導入が、目的になった瞬間
同じことは、サステナブルツーリズムや認証制度にも当てはまる。認証を取ること自体は、決して悪いことではない。地域や企業が一定の基準に向き合うことには意味がある。
ただし、認証を取った瞬間に「やった気」になってしまうと、むしろ現場からは遠ざかっていく。
・日々の運営は本当に変わったのか
・負荷は減ったのか
・地域との関係性は良くなったのか
こうした問いが置き去りにされたまま、「取得したかどうか」だけが評価軸になると、学びは蓄積されない。
本当に共有すべきなのは、プロセスだ
観光に必要なのは、完璧な成功談ではない。むしろ、どこでつまずいたのか、なぜ続かなかったのかというプロセスだ。
成功事例は再現されにくい。一方で、失敗の構造は、驚くほど似ている。
・人に依存しすぎた
・事業期間後の体制を描いていなかった
・現場負荷を見誤った
・住民への説明が後手に回った
こうした話は、派手さはないが、次の判断に確実に役立つ。
学びが共有されない限り、同じ景色が繰り返される
成功事例が悪いのではない。失敗が語られないことが問題なのだ。
観光が一定規模を超えた今、「うまくいった話」だけでは、次の局面を乗り切れない。現場は、すでに多くを学んでいる。ただ、それが共有されていないだけだ。
次に必要なのは、失敗を責める発想ではなく、失敗から学ぶ仕組みをどう作るかだ。観光が同じ課題を繰り返さないために、今こそそこに目を向ける必要がある。
※本記事は「観光フィールドノート」の一編です。続きの思考は、月1回配信しているメール版で記しています。 → メルマガのご案内はこちら
著者プロフィール:
株式会社やまとごころ 代表取締役 村山慶輔
アクセンチュア株式会社を経て、2007年にインバウンド観光情報サイト「やまとごころ.jp」を立ち上げる。 観光事業者・自治体・国と日々の実務に向き合いながら、考え続ける立場として、インバウンド戦略、観光政策、事業づくりに携わってきた。著書に『観光再生〜サステナブルな地域をつくる28のキーワード〜 』ほか。
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