インバウンドコラム

ハラール・ヴィーガンでご当地料理、個人経営の飲食店が訪日客対応で地域のパイオニアになれた理由

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世界的にベジタリアンやヴィーガン人口が増加するに従って、飲食店による食の多様性へ対応もより一層求められるようになっています。最近は、食品メーカーがべジタリアン・ヴィーガン対応の商品開発を加速させたり、大手チェーンの飲食店でもベジタリアンメニューが販売されるようになっていますが、使用する調味料や食材の種類が増えたり、オペレーションが煩雑になることなども課題として挙げられています。また、すでに仕入れのサプライチェーンの基盤ができているケースも多く、それを変えることは簡単ではないという声も聞かれ、日本では取り組みが遅れています。

そうした点からも、実は個人経営の中小規模の飲食店にこそ勝機があると考えています。

兵庫県姫路市で創業32年を迎えた個人経営の居酒屋「ごん太」は、2018年からご当地料理を中心とするハラール・ヴィーガン対応に取り組み、現在は外国人在住者や訪日外国人の来店が後を絶たない店になりました。個人経営の店が、独自にチャレンジしてきた取り組みの経緯や、いかにして地域の求心力となりえたのか、具体的事例を交えて紹介します。


▲ハラール料理があると知り、3日連続でやってきた中東からのお客様との写真

 

時代の変化と共に売上減少、新たな顧客獲得に向けて取り組んだ2つの施策

日本初の世界遺産として名高い姫路城。そこから徒歩10分ほどの場所にある歓楽街に居酒屋「ごん太」はあります。1991年にオープンし、当初は会社帰りの人や出張者で繁盛していましたが、時代の流れと共に職場の飲み会の機会減少や若者の酒離れが進み、収益は低下の一途を辿っていました。

「このままでは経営を続けるのも難しいと思った」と話す女将の矢野真弓氏。新たな一手の必要性を感じ、県外客から多く寄せられていた「姫路のローカル料理を食べたい」という声に応える形で、ご当地メニューの品揃え強化を図ることにしたのです。

「ちょうどその頃、お世話になっている信用金庫から誘われて、食の多様性対応のセミナーに参加しました」と矢野氏。「当時『ハラール』についてはニュースで耳にしたことがある程度で、何の知識もなかったんです。でも姫路を訪れたムスリムの方が食事をする場所がなく困っているという話を聞き、せっかく来てくれた方に申し訳ない、姫路に満足して帰ってもらいたいという気持ちが大きくなって」と、一念発起。ご当地料理とハラール対応の二軸で新たなマーケットの開拓にも繋げていきたい、と2018年に業態改革に挑みました。


▲飲み屋やスナックなどがひしめく歓楽街にある居酒屋「ごん太」。客席は64席

 

業務効率目指し食材大幅見直し、メニューは原則「ハラール対応」に

「最初の頃は、タジン鍋を使った中東の料理などムスリムの方に迎合した現地のハラールメニューをわざわざ作ってみたのですが、食材のロスが発生して困っていました」と矢野氏。かつ「海外から日本に来た方が食べたいのは、自国の料理ではなくご当地の味だ」という大前提に気づき、思い切って通常のメニューをハラール対応メニューに統一することに踏み切りました。

現在は、牛肉は但馬牛かハラール黒毛和牛を選択できますが、それ以外の料理にはムスリムに対応した調味料や素材を使い、酒やみりんは不使用。焼き鳥にもハラールチキンを使うなど、食材を統一することでオペレーションの煩雑さをなくしています。

生姜醤油をつけて食べる「姫路おでん」や、加古川の名物「かつめし」をアレンジした「ごん太の鶏かつめし」、明石焼きにソースをかけて食べる「ごん太明石焼き」など姫路近郊のご当地料理をはじめ、定番の居酒屋メニューもムスリムが食べられるように改良していきました。


▲「姫路おでん」と「ごん太の鶏かつめし」。ムスリム対応メニューがデフォルトに

2種類を使い分けていた食材や調味料も、大変だったので統一することに。「一般の方にも受け入れられる味に仕上がるかという不安はありましたが、たとえば焼き鳥は醤油と砂糖のシンプルなタレに変更する一方、炭火で焼いて香ばしさを出すなど、味を補う工夫をしていきました」(矢野氏)


▲調理器具のみ分別し、ハラール専用のものを使っている

結果として、客からの評判は上々。ご当地料理を目的に来店する日本人観光客や出張者が増えると共に、ハラールメニューの噂を聞きつけた留学生や企業関係者など近隣の在住外国人が足を運んでくれるようになりました。

「試行錯誤はありましたが、一般客もムスリムの方も同様に喜んでくれる顔が嬉しくて。挑戦してよかった」と矢野氏。売上も徐々に回復し、取り組みの成果を実感できたといいます。

 

納得できる味つけの実現が大きな壁になったヴィーガン料理

ハラール対応に活路を見出したのを受け、次に取り組んだのが、フードダイバーシティのもう1本の柱となるベジタリアン・ヴィーガン対応です。急速に拡大しているグローバルなトレンドであり、マーケットとしてのポテンシャルを考えると外せないものでした。

「ハラールが思ったより早く反応を得られたので軽い気持ちで取り組んだのですが、最初はかなり苦労しました。ベジタリアン・ヴィーガンの方も満足できる食べ応えのあるご当地料理を提供したいと、当初は肉や魚の代用品に頼ってメニューを開発していたんです」(矢野氏)

代替肉などフードテックの食品を、無理に使う必要はありません。仕入れの手間も原価もかかりますし、海外の方にとっては既に食べ慣れた食材でしょう。既存の料理の味を代替肉で完全再現しなくても、日常私たちが使っている食材に置き換えて、仕上がりが美味しければそれでいいのです。

また、すべてを手づくりにこだわらなくても大丈夫です。矢野氏も「最後まで試行錯誤したのが、味の決め手となるソースでした。なかなか納得のいくものができなかったのですが、『オタフクソース』が動物性由来原料不使用、化学調味料不使用、アルコール不使用の有機お好みソースを発売したことを知り、使ってみたら納得いく味になった」といいます。


▲ホルモンの代わりにお麩を使った佐用名物「ホルモン焼きうどん」、蛸の代わりにエリンギを使った「姫路焼」。活用できるものは活用し、無理のないところから取り組んでいく

「今あるメニューを少し変えるだけで提供できる料理がたくさんあることが分かりました。どうしても無理ならレトルトを使うのもアリですし、難しく考えすぎないというのがうまくいくヒントかもしれません」(矢野氏)

このシンプルな答えにたどり着き、「ごん太」のベジタリアン・ヴィーガンメニューは徐々に数を増やし、現在20種以上のラインナップを揃えています。

 

料理長やスタッフの「食の多様性」への理解とお客様目線の対応がカギに

食の多様性対応に取り組む上での重要ポイントとして、スタッフの理解と協力体制も挙げられます。厨房を受け持つ料理人がいる場合はなおさらのこと。「ごん太」の山本料理長は有名和食店での経歴を持つ、プロとしてのこだわりも強い方です。

「だからこそ最初にきちんと話し合い、フードダイバーシティの考え方を共有しました」と矢野氏。「使えない食材や調味料があること、調理工夫が必要になることも理解した上で、『いろいろなお客様に喜んでもらえるようなメニューを作っていきましょう』と賛同してくれました。同じ志を持てたことは大きかったです」。現場では店長の久能氏が率先し、料理長と協力しながら味の開発に取り組んでくれたことにも感謝しているといいます。


▲(左から)山本博義料理長、矢野真弓氏、久能里美店長

ホールスタッフも同様に、海外の方が来て「おいしい」と言ってくれることに喜びを感じてくれているそうです。矢野氏も含めて英語が流暢なスタッフは1人もいませんが、来店した外国人のお客様に声掛けして、一緒に写真を撮ることを心がけています。その写真をSNSにアップすることで口コミが拡散し、「ごん太」の認知度も高まっていきました。Googleに寄せられたコメントにも、ひとつひとつ丁寧な返信に努めることでファンが拡大していったのです。

注文などの言語対応には、タブレット端末を活用しています。「ハラール」「ベジタリアン・ヴィーガン」のページを作り、写真つきでメニューを紹介。利用者にとっても分かりやすく、店側のオペレーションも容易でスタッフの負担も軽減できるでしょう。


▲注文用のタブレット端末、英語への対応はもちろん「ヴィーガンメニュー」のコーナーも

心のこもったインバウンド対応は言葉を超えますし、「あなたのことをちゃんと理解します」という姿勢が何より重要です。スタッフみんなでそれを体現している「ごん太」のチームワークがそれを可能にしているのだと思います。

 

更なる市場獲得にむけサービスの質向上と「食」のエンターテイメント化

インバウンド再開後は、コロナ禍中に海外からSNSをフォローしてくれた方も満を持して来日、来店。地域では「外国人客の多い居酒屋」として注目を浴びています。
グローバル対応によって日本人客が減ったわけでもありません。健康志向からベジタリアン・ヴィーガンメニューを選択する方も多く、確実に全体の集客に繋がっています。もともと日帰り観光が主流だった姫路エリアですが、夕方から開店する「ごん太」を訪れるために滞在時間を延長する例もあり、経済的にも地域に貢献しているといえます。


▲ベジタリアン・ヴィーガンメニューでの来店は特に欧米の方が多く、グループ内に1人でも対象者がいれば選ばれる可能性が高い

さらに世情を考えると、「ごん太」にはまだまだ伸びしろがあり、ムスリムはあと6割、ベジタリアン・ヴィーガンはあと5割増が見込めるでしょう。よりスムーズな言語対応や、現地の方に好まれる香辛料などを使ったアレンジ、提供の仕方などを工夫することで十分実現可能な数字です。

矢野氏も「食時間そのものを楽しんでもらえるよう、たとえば自分たちで調理の仕上げをしたり、トッピングができるようにするなど、メニューにエンターテイメントの要素を盛り込んでいきたいなと考えています。新たに外国人スタッフも採用し、職場環境も少しずつ国際色豊かになってきました」と意欲的。今後の躍進も楽しみです。

居酒屋「ごん太」は決して特別な店ではなく、どこでも身近にあるような地域に根差した飲食店です。売上の低迷という課題を回復に導くことができたのは、視野を拡げて時代とお客様のニーズをくみ取り、最初の一歩を踏み出したからこそ。食の多様性対応は大がかりな試みだと誤解している方もいますが、できることから少しずつで構いません。個人事業主の方も、ぜひチャレンジしてみてもらいたいと思います。

(写真提供:居酒屋ごん太)

 

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