インバウンドコラム
インバウンド向けビジネスを展開する事業者の方に、現場で経験したリアルを具体的に紹介してもらうシリーズ。第4回目は、大分県湯平(ゆのひら)温泉で家族経営の宿を営む旅館 山城屋代表の二宮謙児氏に話を伺った。
二宮氏が経営する「山城屋」は、大分市内から車や電車で約1時間、最寄り駅は無人駅で路線バスもないという立地ながら、外国人のお客様が8割を占める。2022年秋の入国規制緩和直後から、海外リピーターを中心に予約が入り、連日満室となっている。不便な立地で全6部屋という小さな旅館ながら、なぜ訪日リピーターを獲得できているのか? 二宮氏が15年以上前から取り組んできた施策や、小規模旅館ならではのおもてなし術などトークライブでお話しいただいた内容の一部をお届けする。
▲タイから来たグループのお客様
2023年のインバウンド率9割超、2024年6月まで予約が入る大分の温泉旅館
私は由布院から20分ほどの場所にある湯平温泉で「山城屋」という旅館を経営しています。由布院は全国的に知名度が高い温泉地ですが、湯平温泉も歴史は古く、温泉地としては鎌倉時代までさかのぼり、メインストリートの石畳は300年以上前のもので、とても風情があります。
山城屋は1泊2食付きで1人1万8000円(1室2名利用時)、家族経営の小さな旅館ですが、2006年ごろからインバウンド個人客(FIT)をターゲットにさまざまな施策に取り組んできました。その結果、2023年は現時点でインバウンド率90.2%となっています。既に2024年の6月までインバウンドのお客様から予約が入っており、日本人の旅行者から「いつ空いているのか?」と聞かれるほどです。国・地域別では、1位韓国、2位香港、続いて中国、タイ、シンガポールなど東南アジア勢が多いですが、欧米の方もいて、これまで32カ国のお客様が宿泊されました。
知名度がないのであれば自ら行動、海外の雑誌社へアプローチ
外国人のお客様が増えた最初のきっかけは、15年前に旅行雑誌ABロードと韓国の新幹線であるKTX機内誌に紹介されたことです。韓国のメディアが九州の温泉地を取材に来るになあたって、由布院、黒川、別府の他に、もう一つどこか温泉地を探しているという話を聞きつけて、「ぜひ湯平温泉を見に来てほしい」と手を上げました。その結果、名だたる温泉地を抑えて、一番小さな湯平温泉の紹介に、一番多くのページを割いていただきました。
石畳を歩く浴衣姿の写真が見開きで大きく掲載され、山城屋も詳しく紹介してくれました。家族経営の温かい雰囲気が伝わる写真で、いわゆる大型温泉旅館とは、良い意味で差別化となったのか、その後、韓国からのお客様が爆発的に増えました。なかには山城屋が掲載された雑誌の切抜きを持って訪れる韓国人観光客もいて、この雑誌と同じように台所で一緒に写真を撮ってほしいと頼まれたり、とにかく大反響でした。
▲雑誌に掲載された写真
韓国人旅行者を獲得できたことで、これはもっと外国人のお客様を増やせるのではないかと本腰を入れました。もともと山城屋は由布院や別府の旅館と比べると宿泊代がそれほど高くないので、週末は若いカップルなどが泊まりに来ていました。ただ、平日は空室が目立つ状態でしたので、平日にインバウンド客が泊まってくれたらいいのではと考えました。
香港へプロモーション旅行、メディア訪問で誘客に繋げる
6年前には、女将である妻と二人で香港へ仕事半分、観光半分のプロモーション旅行に出かけました。事前に日本政府観光局(JNTO)の香港事務所に連絡をして、メディアを数社紹介してもらい、自分達で直接アポイントを取りました。女将は英語が得意だったので、助かりました。
旅行中に雑誌4社とテレビ局1社に会い、「日本に来る機会があったら、ぜひ一度自分たちの旅館を見に来てください」とアピールしたところ、1年後、その時に訪問したテレビ局のプロデューサーの1人から連絡があったのです。10人以上の撮影クルーを引き連れて山城屋へ取材に来てくれました。海外において知名度のない観光地や宿は、やはり直接情報提供をして、知ってもらうのが一番の近道だと実感しています。
こうして韓国、香港からのお客様を獲得できたことにより、世界最大の旅行クチコミサイトTripAdvisorの2017年度トラベラーズチョイスアワードで日本の旅館部門3位に入りました。最初は信じられませんでしたが、これまで来てくれたインバウンドのお客様たちがSNSでたくさんクチコミ評価をしていただいた結果であり、本当にありがたかったです。
なお、女将が大学で外国語を専門に学んでいたこともあり、外国人のお客様との会話は女将、宿泊にまつわるメールのやり取りは私、と役割分担しています。今は便利な翻訳ツールもありますし、宿泊予約に関連するフレーズはほとんど定型文にしているので、家族経営でもなんとか賄えています。予約は、自社のHPもありますが、海外旅行OTA(オンライン・トラベル・エージェント)経由が多く、Booking.com、Expedia、Agodaなど12~13の予約サイトを活用しています。
食の多様性へは和食をベースに柔軟に、できないことは「はっきり」と伝える勇気も
食事は、基本的に日本人のお客様と同じメニューを出しています。
和食はもともとベジタリアンに近いところもあり、食に関するリクエストはできる範囲で対応します。例えば、事前に牛、豚がNGだと連絡があった場合は鶏肉に変更しています。
また、経験を積んだことで、香港の人は冷たい水、中国の人は温かい飲み物を好むことがわかってきたので出し分けています。宿の名物メニューの一つに大女将お手製の甘みそで味付けした、茄子の味噌田楽がありますが、韓国の人には辛みそを添えています。お箸などのカトラリーも日本人のお客様の場合と同じようにセットしますが、海外のお客様用に味噌汁用のスプーンを付けるようにしています。
ただ、ヴィーガンなどの厳密な対応が求められる場合やハラールのリクエストに関しては、できることとできないことをはっきりと伝えることが大切です。その結果、お客様に選ばれなかったとしても仕方ないと考えています。
食事でもう一つ気を付けているのはアレルギー対応です。朝食でピーナッツ豆腐を出しているのですが、そのことを必ず伝えています。見た目だけではアレルギーとなる食材が入っているか判断できない料理もあるからです。
日本と海外ではアレルギーに対する意識や知識量に大きな差があることを感じます。
なお、外国人のお客様を受け入れたいと考える宿泊施設や飲食店の方々には、学んでから受け入れるよりも、まずは一度受け入れてみようと伝えたいです。ベジタリアンやヴィーガン、アレルギーなども、多くの場合事前に伝えてくれますし、可能な範囲で対応しながらその都度改善していくのも1つの方法です。
外国人にとって難しい日本の公共交通機関は動画で解説
湯平温泉はアクセスが非常に不便なところです。7割の方が公共交通機関でいらっしゃいますが、一番の課題は最寄り駅が無人駅かつ、2両編成の電車の前の車両しかドアが開かないことです。過去には駅で降りそびれてしまうお客様もいるほどでした。
そこで、由布院からの乗り換えや最寄り駅での下車方法を動画で撮影し、地元留学生の協力を得て英語、韓国語、中国語の字幕をつけてYouTube上に公開し、予約したお客様には動画を案内しています。
また、動画を制作したことで、多くのお客様がローカル線の乗り換えで迷っていることが明らかになり、湯平駅のホームに、列車の降車方法を記載した四言語の横断幕を設置してくれるようになりました。それ以降、駅で降りそびれる方も減ったように思います。
▲最寄り駅までのアクセス方法を解説
訪日リピーターを獲得するコツは観察と安心感
外国人のお客様が宿に到着したら、必ずしていることがあります。チェックインの手続きと同時に、明日の予定を聞き、翌日の予定を一緒に計画することです。お客様のスケジュールにあわせて、出発時間や目的地へのアクセス方法、乗り換え方法などをまとめて、メモを手渡しています。そうすることで、翌日のスケジュールを明確になり、安心してゆっくり食事や温泉を楽しんでいただくことができるからです。
▲ゲストの翌日のスケジュール立てを女将がサポート
よく、なぜこんなにリピーターの方が多いのか聞かれますが、お客様が不安なこと、困っていることがないか良く観察して、それを解消し、安心して滞在してもらえるように心がけているからはないでしょうか。その結果、日本に旅行へ行くなら、この宿が安心!とリピートしてくれる方が増えたのだと思います。入国規制が緩和された2022年10月からの1年の間でも、既に2回目、3回目というリピーターがいます。なかには、5回目という香港からのヘビーリピーターもおり、大変うれしいことです。
お金をかけずとも、インバウンド客が喜ぶ仕掛けを工夫する
海外のお客様だからと言って特別なおもてなしをしているわけではありませんが、意外と喜ばれているのが、スリッパの名札付けです。食事会場の廊下に脱ぎっぱなしになっているスリッパを揃え、紙で書いた名札を置いています。顔と名前を覚えるのが得意な女将が、スリッパを間違えないようにと始めたことなのですが、海外の方々は「私たちのことをよく見てくれている、気にかけてくれている」と感動し、なかには名札がついたスリッパを記念撮影する人もいます。
▲スリッパの上に名前を書いた紙を置く心配りがゲストの感動に
また、お客様が思わず記念写真を撮りたくなるようなスポットを宿に作りました。石畳の雰囲気がジブリ映画『千と千尋の神隠』に似ているという若い方の声を聞いて、旅館玄関にカオナシのパネルを置いたところ、写真を撮って、SNSで紹介してくれるようになりました。また、お風呂の入口においてあるトトロのぬいぐるみと共に、記念撮影をしていく人も多いです。
これらのアイデアはインターンで山城屋に来た高校生が「海外では日本のアニメが人気。アニメにちなんだ本やスポットがあるといいのでは」という声をもとに始めました。最初は漫画『ワンピース』の英語版を館内に置いたところ、反応が良く、部屋に持ち帰って読む方も出てきました。
お客様をよく観察すること、また若い人や外部の人の意見を取り入れて、次のおもてなしに生かすことが大切だと感じています。
(写真、資料提供:旅館山城屋)
プロフィール:
旅館山城屋 代表 二宮 謙児
1961年大分県生まれ。大分県信用組合勤務を経て、有限会社山城屋代表に就任。(一社)インバウンド全国推進協議会会長も務める。2017年トリップアドバイザー「日本の旅館部門」で満足度全国3位。2020年 中小企業庁「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定。2021年 中小企業庁「中小企業白書・小規模事業白書」にて事例紹介。著書に『山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由』(あさ出版)がある。
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