インバウンドコラム
今話題のトピックスにフォーカスして話を聞くトークライブシリーズ「観光・インバウンド業界のトレンド」。今回は、デジタルノマドの動向をテーマにお送りする。話を伺ったのは、デジタルノマド研究の第一人者であり、自身も50カ国以上を旅してきた専門家の山梨大学田中敦教授。そして、これまでに世界200都市以上を訪れ、デジタルノマドとして4回目の世界1周に挑戦するAkina Shuさんだ。
日本政府が出入国管理及び難民認定法の一部を改正し、今年3月末からデジタルノマドのビザ制度を開始したことで、デジタルノマドが観光業界から注目されている。ただ、デジタルノマドの属性や特徴、どう受け入れるべきなのかなどまだ知られていないことも多い。今回は、デジタルノマドに詳しい2人が描く現在のノマド像や受け入れの課題などトークライブで伺った内容の一部をお届けする。
▲COLIVE FUKUOKAの最中に開催されたDigital Nomad Summitにて(左から3番目がAkinaさん、5番目が田中教授)
デジタルノマドを巡る日本の法改正の動き
デジタルノマドの動き自体は以前から世界中であった。近年、国内で注目されるきっかけとなったのが、2023年5月に観光庁が策定した『新時代のインバウンド拡大アクションプラン』だ。外国人観光客の呼び込みから視野を広げ、教育、文化芸術、ビジネスの観点から、インバウンド需要をより大きく効果的に根付かせる方策を取りまとめたものだ。
このなかでビジネスにおける「人的交流の促進」のための方策として、「国際的なリモートワーカー(いわゆる「デジタルノマド」)の呼び込みに向け、ビザ(査証)・在留資格など制度面も含めた課題についての把握・検討を行い、本年度中の制度化を行う」とあり、実際にデジタルノマドに関するビザ制度は2024年3月29日付けで告示、3月31日から施行された。
ビザ発給の条件は、観光目的での日本入国にあたりビザ取得が免除されている国および地域の国籍を持ち、かつ年収が1000万円以上。対象国は約50カ国・地域で日本での滞在期間は6カ月以内と定められている。これまで多数のデジタルノマドに関する現地調査を重ねてきた田中教授は「この日本の6カ月という期間は諸外国と比べると短めと言える」と話す。
▲調査を通じて訪れたインドネシア・バリのコワーキングスペース
諸外国は経済効果を期待して滞在期間を長めに設定
「エストニアは月収4500ユーロ(約75万円)以上のノマドに対し上限1年間の滞在を認めています。アラブ首長国連邦(UAE)は月収3500ドル(約55万円)以上で1年、ポルトガルも収入制限を設けながら最長5年を認めて人気の地となっている。韓国も2024年1月から最長2年のビザ制度を設けました」と田中教授。
今やグローバルな争奪競争の様相を呈しているのは、デジタルノマドに地域活性への期待がかかるからだ。いち早くデジタルノマドの誘致に動いたポルトガルのマデイラ諸島は、人口8000人の村に年間6000人以上のデジタルノマドが訪問。推定3000万ユーロ(約50億円)の経済効果をもたらしているという。また、世界最大級のノマドフェスが開催されるブルガリアのスキーリゾート地、バンスコはノマドコミュニティを擁し、年間4.8億円の経済効果があると報じられた。
田中教授はデジタルノマドへの期待を話す。「チャンスは非常に大きいと言えるでしょう。ところが、まだデジタルノマドの存在自体が社会に浸透していません。まさにこの1年が勝負であり、滞在先としての日本の真価が問われています」。
単身から家族まで多様なデジタルノマド像
デジタルノマドに明確な定義はない。場所に縛られることなく、「ノマド(遊牧民)」のごとく世界中を旅しながら仕事をする人達のこと、である。旅行者という観点で見たとき、デジタルノマドの特性は端的に「高学歴・高収入・長期滞在」となる。田中教授が「日本のデジタルノマドのアイコン的存在」と評するAkina氏は、デジタルノマドの特徴を次のように挙げる。
▲Akina氏がこれまで訪れたのは50カ国、200都市以上に上る
「体感的にデジタルノマドの8割は欧米人で、特にアメリカの人たちは時差がない中南米を選ぶ傾向があります。また物価が高い北欧の方もスペインやポルトガル、南アフリカなど縦移動をして時差がない地に移る傾向があります」。時差は外せない要素の1つのようだ。
ノマドワーカーのために世界各都市の情報をまとめたサービス「Nomad List」。ノマド専用のSNSとも言えるこのサイトには、様々な指標によるランキングのコンテンツがある。4月時点ではバンコク、メキシコシティ、ブエノスアイレス、クアラルンプール、東京が人気の5都市として表示されていた。アジアの中では今、タイやインドネシアがデジタルノマドの聖地として認識されており、先進国より物価が安めの国が人気だ。円安を背景に東京の人気も急上昇中だという。デジタルノマドと一口に言うが、実際はどんな人たちなのか。Akina氏はこう説明する。
「最近はフルリモートの会社員が増えた印象です。『Remote Year』のようなリモートワークプログラムに参加するのも、いかにも会社員という方が多いですね。友人のメキシコ人YouTuberのSergioなどは皆さんが想像する、組織に縛られないデジタルノマド像そのままの方かもしれません」。 単身のイメージが強いデジタルノマドだが、Akina氏は家族連れも「体感では2割いる」と話し、こう続ける。「日本人家族でも例があります。今の時代、お子さんがインフルエンサーになってお金を稼いで親の収入を上回ることも。これはレアケースですが、ノマド同士のカップルが結婚すると子どもができてもノマドを継続する傾向はあると思います」。
▲Nomad Listの人気都市ランキング
出典 https://nomadlist.com/
福岡が国内のノマド受け入れでリードする理由
諸外国と比較して対応が進んでいるとは言えない日本の中でも、福岡はデジタルノマドの受け入れの動きが盛んで、国内における先駆けの地と言える。2023年10月には初となる大規模なイベント「COLIVE FUKUOKA」が催された。これは海外デジタルノマドの誘客プロモーションプログラムで、24カ国のデジタルノマド約50人を招いて、各種交流イベントも多数開催された。
共同ホストとして、COLIVE FUKUOKAの立ち上げから携わったAkina氏はこう指摘する。「まず福岡は地理的条件からも東アジアの各都市に近いという利点がある。また、福岡市がスタートアップ都市を宣言しているように開業率が高く、起業の地としての魅力も。そこに起因して官民ともにスピード感があるため、流動性の高いデジタルノマドとの相性が良いのだと思います」。
▲福岡を舞台に1カ月開催されたCOLIVE FUKUOKA
COLIVE FUKUOKAでの交流イベントでは、世界中からやって来たデジタルノマド達とコワーキングスペースを回ったり、カラオケや屋台など日本の文化を楽しめるプログラムを作ったり、ビジネスについてのカンファレンスを行った。Akina氏はイベントをこう振り返る。「私としては彼らの悩みが聞けたのが収穫でした。初訪問の国では何をどうすればいいのか全くわからないのです。そんなときにコミュニティがとても大事になります」。
トークライブが開催時、ペルーに滞在中だったAkina氏はこの後、コロンビア、カナダ、フランス、スペインを訪問したうえで日本に帰国後、「COLIVE FUKUOKA 2024」に携わる予定とのことだ。
▲COLIVE FUKUOKAではさまざまな交流イベントが開催された
スピード感と官民連携で地方にもチャンスあり
今後も国境を越えて移動するデジタルノマドは多様性を増し、数も増加するとみられるが、日本で受け入れる際に何が必要なのか。田中教授は福岡にヒントがあると言う。「官民連携してコミュニティを作ったうえでの受け入れは素晴らしいものがありました。動きも非常に迅速でした。今もCOLIVE FUKUOKAの参加者はライングループで情報共有しています。今後は福岡だからできた、と言われないよう日本各地でワーケーションを通して培ったノウハウを活かしながら、世界のデジタルノマド誘致に向けてイベント開催などのチャレンジを仕掛けて化学反応を生み出していただきたいですね」。
Akina氏は「日本はまだ受け入れの競合がいない」と話す。「世界中のコリビングスペース(シェアハウス兼ワークスペース)の情報が集まっているポータルサイトColiving.comでjapanと検索してみても、まだ情報が少ない状況です。ただ、こういう手数料がかかるサービスを使わず、colivingと都市名を入れてGoogleやInstagram検索するデジタルノマドが多いのも実情。ここで検索上位を取ることも大事だと思います」。
最後に、田中教授もAkina氏も日本の地方の可能性に言及する。
「従来の価値基準での観光地として一流かどうかは全く関係ありません。今のところは民間を中心としたコミュニティから輪が広がるところが多いので、デジタルノマド呼び込みに熱い思いのある人たちを軸に、行政を巻き込んで展開していくのが穏当だと思います」(田中教授)
「重要なのはスピード感です。デジタルノマド村の受け入れ先候補として、イタリアの地方もあがっていましたが、動きが迅速だったマデイラ諸島がデジタルノマド村の地を勝ち取ったという事実がありますが、これは日本にも当てはまると思います。スピード感を持って官民で取り組めば、今はどこでもチャンスがあると感じます」(Akina氏)
▲デジタルノマド誘致に力を入れるポルトガルのマデイラ諸島
デジタルノマドを巡る国際的な争奪戦はすでに号砲が鳴らされている。これまでに培った知見を活かしながらデジタルノマドの特性に沿ったサービスを用意し、受け入れの準備を整えたい。
プロフィール:
山梨大学 生命環境学部地域社会システム学科 教授
デジタルノマド&ワーケーションラボ 代表
田中 敦
JTBに入社後、米国本社・欧州支配人室勤務やインバウンド、MICEを経験した後、㈱JTBベネフィットを起業、取締役に就任。JTB総合研究所を経て2016年以降、山梨大学にて現職に転身。ワーケーションの第一人者として、政府・民間でのアドバイザーや地域のコンサルティングに従事し、50カ国以上でデジタルノマドに関する現地調査も行う。2024年4月に日本初のデジタルノマド&ワーケーションラボに専門特化した研究機関と情報メディアを創設。テレワーク・ワーケーション官民推進協議会(観光庁・総務省)運営委員。日本デジタルノマド協会顧問他、公職多数。
ノマドライフを紹介するメディア「Nomad University」創設者
Akina Shu
世界を舞台に活躍する「デジタルノマド」、横浜市生まれ。「ストーリーで多様性のある社会に」をビジョンに、デジタルノマドのライフスタイルを普及するメディア「Nomad University」を2021年に創設。海外ノマド団体や日本のコリビング・ワーケーション関連のアンバサダーを務めると共に、日本の企業・地方行政向けに、海外ノマド誘致に関するアドバイスや講演を行う。海外ノマドを日本に誘致するコリビングプロジェクト開催も実施。海外においても、日本を代表するデジタルノマドとして数々の基調講演(英語)に登壇。日本デジタルノマド協会顧問
※COLIVE FUKUOKA2024の参加申し込みはスタートしている。20%OFFになる招待券はこちらから。
▼福岡のデジタルノマド誘致事例
24カ国から50人が滞在、消費額2000万円超。自治体初 デジタルノマド誘致プログラムが福岡にもたらしたもの
▼世界のデジタルノマドビザの状況は?
2023年世界のビザ開放度はコロナ前水準へ、デジタルノマドビザ導入は50カ国に-UN Tourism
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