インバウンドコラム
今話題のトピックスにフォーカスして話を聞くトークライブシリーズ「観光・インバウンド業界のトレンド」。今回のテーマは今注目のLGBTQツーリズムだ。LGBTQは性的少数者を表す総称とされるが、消費額が大きいため市場規模は日本円で32兆円とも試算されている。
話を伺ったのは、株式会社アウト・ジャパンの小泉伸太郎氏。LGBTQフレンドリーなランドオペレータ「Out Asia Travel」を設立し、欧米などの富裕層やLGBTQ旅行者を中心にオーダーメイドの旅行手配を手掛けている。同時に、LGBTQマーケティングのプロとして多数の講演に登壇し、豊富な知見を伝えている専門家だ。
今、国内観光業においてLGBTQがホットトピックスになっているのには理由がある。2024年10月、LGBTQツーリズムの国際団体、IGLTAの世界総会の日本誘致に成功し、大阪開催が決まったのだ。今後、この取り組みを皮切りに日本でも注目度がいっそう高まると予想されるLGBTQツーリズム。地域での受け入れに際し心掛けるべき点など、トークライブで伺った内容の一部をお届けする。
▲2024年LGBTQのコンベンションが大阪で開催される(写真一番左が小泉氏)
世界の市場規模は約32兆円、LGBTQ旅行者のニーズとは
LGBTQツーリズムの説明に入る前に、LGBTQとは何の頭文字かという基本から押さえておきたい。Lは「レズビアン」、Gは「ゲイ」、Bは「バイセクシュアル」、Tは「トランスジェンダー」(性別違和に苦しむ人。かつては「性同一性障害」という言葉が使われていたが現在は国際的に廃止されている)。Qは2つの意味があり、1つ目は「クエスチョニング」で自身の性が定まっていない、揺れ動いている、または決めたくない人。2つ目は「クィア」でLGBTに当てはまらないジェンダーやセクシュアリティが非典型な人全般を指す。
「LGBTQツーリズムとは、これらLGBTQ旅行者をマーケティング対象にした観光施策のことです。国際旅行におけるゲイやレズビアンの比率は約10%で約7000万人、世界のLGBTQツーリズムの市場規模は2180億ドルと試算されており、日本円で約32兆円と非常に大きなマーケットと言えます」と小泉氏はLGBTQツーリズムを説明する。
性的マイノリティとして生きる彼らは、国によってはそれだけで犯罪者になってしまうリスクがあるため、安全かつフレンドリーな旅行先を強く求めている。LGBTQに人気が高い旅行先として小泉氏は次の場所を挙げた。「パレードのようなイベントが開催されたり、ゲイバーやクラブが充実したりしている大都市は人気です。また、バンコクなどゲイフレンドリーなリゾート地も選ばれます。スペインや南アフリカなど、同性婚が認められたことで旅行客が増えた国もあります」。
▲パレードが行われるような都市が旅先として人気
消費額の高いLGBTQ旅行者に見られる3つの特徴
今、世界の観光局や観光施設ではLGBTQ向けの特設サイトを制作したり、旅行事業者やメディア向けの視察旅行を開催したりなど、LGBTQマーケットは活況を呈しているという。その理由に消費額が大きいことが挙げられる。LGBTQインバウンドは富裕層の一部としても認識されており、コロナ禍前は1人当たりの消費額は5000~7000ドル(75万円から105万円)が平均だったが、現在は1人1万ドル(約150万円)を消費するケースが珍しくない。消費額が高い理由としては、ダブルインカムノーキッズで可処分所得が大きいケースが多いことや弁護士、医者、経営者などの割合が多いからと考えられている。
その他にLGBTQ旅行者には一体どんな特徴があるのか。小泉氏は「SNSの投稿頻度が高い、ロイヤリティが高い、サービスへの厳しい目を持つ」の3点を挙げた。
「FacebookやInstagramに飛行機の機内やホテル、食事などの画像を投稿する人の割合が高いのが特徴です。全世界にネットワークがある彼らは安心安全でコストパフォーマンスが優れている情報をSNSで発信しています。
また、旅において安心感を特に大事にしているため、気に入った場所に何度も足を運ぶ傾向が強いという。概して目線が細やかなのでサービス面には厳しい面もあるが、これは逆に言うと、一度満足したらリピーターになり得るとも言える。
▲大阪ではゲイのブロガーを招致し情報発信した
旅行者受け入れにあたって、ありがちな接客ミス
LGBTQ旅行者が来日した場合、具体的にどのように過ごすのか。小泉氏は「他のインバウンド旅行者とそこまで変わらない」と説明する。「先日、アメリカやカナダなどから9人のゲイの男性がグループで来日しました。大阪でお好み焼きを食べたり、奈良で鹿と戯れたり、文化体験を楽しまれたりしていました。実は他の旅行者と同じ行動パターンです」。
他のグループも屋形船に乗ったり、USJを訪れたりと特別な動きは取っていない。LGBTQかどうかは関係なく、旅行者がどういう人かを理解し寄り添って提案することが重要だ。ただし、共通しているのはナイトライフの充実を求めている点。LGBTQのバーやクラブには行きたがる傾向があるという。
LGBTQ旅行者を日本国内で受け入れる際、陥りがちなNG例がある。ホテルにて男性二人でチェックイン、ダブルの部屋で予約が入っていた場合にフロントの担当者が「失礼しました。すぐにツインの部屋に変更いたします」と受け答えしてしまうケース。男性のカップルの可能性があるので「ダブルルームのご予約ですね。ありがとうございます」と答えるのが正解だ。同様に女性旅行者から「恋人へのお土産を探しているのですが」と聞かれた際に、「男性のものでは〇〇が人気ですよ」と答えてしまうのも誤り。同性カップルであることも想定し、「パートナーの方はどんなものがお好みですか?」と聞くのがよいだろう。
小泉氏は「今後は恋人と言えば異性、という先入観を捨てましょう」と話し、こう続ける。「男性同士や女性同士のカップルもダブルルームを利用します。ダブルルームに男性と女性の備品を一つずつ置くような対応もやめましょう。旅館などでいまだに男性用の大きめの浴衣と女性用の小さめのものが置かれていることがあります」。
国際会議大阪大会は、知見とネットワーク拡大の好機
受け入れの際、自社のサービスがLGBTQフレンドリーになっているかどうかを見直す好機として捉えたいのが、今年10月23~26日に大阪で開催されるLGBTQツーリズムの国際団体、IGLTAの世界大会だ。IGLTAは1983年に設立、世界80カ国に2400以上のメンバーを抱え、旅行会社やホテルや航空会社などが加盟している。まだ情報量が少ないLGBTQ市場に対し、直接的にアプローチできる団体だ。
毎年、コンベンションを開催しており、41回目の開催が大阪となる。大阪はこの誘致のため世界一のゲイブロガーを招いたり、観光情報サイト「Visit Gay Osaka」を制作したりなど、2017年から継続して誘致活動を行って、アジア初の開催地の座を射止めた。大阪は「24時間多様な方を受け入れる」「富裕層を獲得する」「欧米マーケットを取り込む」という3つの目標を掲げ、市場調査の末にLGBTQに的を絞ったという経緯がある。
小泉氏はIGLTAの世界大会を大阪に誘致できた意義をこう説明する。「IGLTAには海外の旅行会社やメディアなどが加盟しています。そのネットワークと繋がれる価値は計り知れません」。
また、多種多彩な講演が予定されており、知識が増えて視野が広がる好機となる。LGBTQの業界において日本の存在感はまだ大きくないが、大阪は大きな注目を浴びている。うまく関わることで直接契約の可能性も大いにあることだろう。
▲IGTLA世界大会誘致に向けて、大阪では魅力を伝え続けてきた
LGBTQツーリズムは理解を深めるところから
今後、LGBTQツーリズムを取り込んでいきたい、そう考えても何から始めるべきかわからないという事業者が多いのではないだろうか。小泉氏は「最初は地盤を整えましょう」と呼び掛ける。「遠回りに思えるかもしれませんが、まずは理解を深めるところから始めることをお勧めしています。LGBTQの方が日頃どんな思いを抱き、何を求めているのか。そこをわかっていないと何も始められません。そこに取り組んだ後に自分たちの観光資源やサービスを棚卸し、どう提供していくのかを考えてIGLTAに加盟したり、視察旅行を開催したりと展開していくのがよいでしょう」。
▲大阪が運営するLGBTQ向け観光情報サイト「VISIT GAY OSAKA」
小泉氏は、日本人の優しい気質は安心と細かい配慮を求めるLGBTQの方に合っているため、今後はどの地域にもチャンスはあると話す。
「LGBTQ旅行者の多くが富裕層と聞くと、うちの施設/地域では受け入れられないとターゲットから外してしまうケースもよくありますがそれはもったいない。LGBTQの方が全員5つ星ホテルに泊まるのかと言うとそうではなく、普通に食事やツアーやお土産にお金を使います」。どの地域のどんな事業者にもチャンスはある。ただし、LGBTQの方と富裕層はニーズが似ているため、寄り添って細かくケアすることが肝要なのだという。
最後に小泉氏は日頃の意識が大切だと結んだ。「LGBTQの方かどうかを見た目で判別することはできません。目の前のお客様がLGBTQであっても不快な思いをさせないよう、普段の言動から気を付けていきましょう」。LGBTQインバウンドの取り組みは、理解と日頃の意識変革から始まると言えそうだ。
▼IGLTA大阪総会への参加登録はこちらから。アジア圏からの参加者特別料金が設定されている。
(写真提供:株式会社アウト・ジャパン)
プロフィール:
株式会社アウト・ジャパン 取締役会長 小泉 伸太郎
1968年東京都生まれ。立教大学卒業。ホテル、スキーリゾート開発会社等での20年のインバウンド経験を活かし、LGBTQフレンドリーなランドオペレータ「Out Asia Travel」を設立。LGBTQ旅行者の日本旅行手配にて多くの知見を持つ。2015年にはLGBTQ研修などを行う株式会社アウト・ジャパンを設立し、LGBTQマーケティングのプロとして多数の講演に登壇。IGLTA(国際ゲイ・レズビアン旅行協会)のアジアアンバサダーも務めており、日本人として初めて「Ambassador of the year 2016」を受賞。また、世界有数のLGBTQマガジンの一つである英『Attitude』誌の2022年1月号の特集「Attitude101」で、日本人初のTravel部門の1人に選出される。
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