インバウンドコラム

平均単価2.5倍、金沢のサステナブルな着地型旅行会社の価格競争に陥らないためのインバウンド戦略とは

2024.04.09

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インバウンド向けビジネスを展開する事業者の方に、現場の最前線の事例を紹介してもらうシリーズ。今回は、石川県金沢市で地域資源を活かしたサステナブルな着地型体験を提供する、株式会社こはく代表取締役の山田滋彦氏に話を伺った。

2018年に創業した同社は、コロナ禍を経て新規事業立ち上げや既存ビジネスの販売戦略を大きく変えた結果、2023年の売上は、2019年比1.5倍の6000万円に、平均単価も2.5倍となり、利益を出せるモデルへ転換した。

地域に根差した旅行体験を提供する着地型観光の領域で利益を上げるのが難しいといわれるなか、なぜそれが実現できたのか。コロナ禍で測ったビジネスの転換や少人数で高単価の商品を造成して販売するための工夫など、トークライブで伺った内容の一部をお届けする。


▲インバウンドにも人気の料理体験ツアー

 

文化や伝統産業の魅力を伝えるべく、金沢を拠点に着地型観光事業を展開

株式会社こはくは、国内外のお客様へ金沢を拠点とした着地型の観光体験事業、魚や野菜、加工品などの地域産品を販売するEC事業、地域のコンサルティング事業の3つの事業を展開しています。

2018年に会社を創業し、2019年から着地型観光事業をスタートしました。その後、コロナ禍で地域産品EC事業やコンサルティング事業を始めて今に至っています。

私はIターンで石川県金沢市に移住しましたが、留学や仕事での海外生活を経て、日本の文化や工芸の素晴らしさに気付かされ、それを多くの人に伝えたいと思ったのがきっかけです。

そのため、事業が地域や伝統産業の継承などに貢献しているかを大切な価値観と位置づけて運営しており、2022年から、サステナブルツーリズムに関する国際基準の取得を目指して、ツアー事業者や旅行会社を対象とした国際認証団体「Travelife(トラベライフ)」にも取り組んでいます。

スタッフは10名弱で、私以外は全員女性です。正社員は2名で、残りはパートや業務委託などです。正社員2名は事業部を横断して関わっており、それ以外は基本的に着地型観光事業の専属です。


▲少数精鋭で3つの事業に取り組む株式会社こはく

それぞれがマルチタスクをこなしており、たとえば、自社運営のツアーの場合はガイドを自社スタッフが務めることもあります。なお、着地型観光は海外の旅行会社との取引が中心ですが、営業、受注後のやりとり、請求など、取引のフェーズで担当者が変わるのは望ましくないのではないかと考え、一気通貫で一人のスタッフが担当し、スムーズなコミュニケーションを心掛けています。

UターンやIターンが多く、また育児中のスタッフもいるので14時までの勤務を可能にするなど、柔軟に働ける環境づくりを大切にしています。

 

「アーリーマジョリティ」をターゲットに、独自性のあるツアーを提供

サステナブルツーリズムを重視し、着地型観光事業においても、地域の希少な資源や魅力を活かすことを大切に、地域の事業者と連携して独自性のあるツアーを提供しています。

たとえば、近江町市場ツアーや手毬寿司作り、せり見学といった食に関わる体験。お座敷遊びや三味線、加賀蒔絵、加賀友禅といった伝統に触れる体験などがあり、こうした体験を行うスペースとして、築100年の元染物店を改装したスタジオを所有しています。また、農業収穫体験やサイクリングといったアクティビティ、パートナーと連携して九谷焼や武道のツアーにも対応しています。

▲所有するスタジオでの手毬寿司作り体験

ツアーの価格は1人1万円くらいから高額なものだと1人6~7万円程度です。基本プランを用意したうえで、顧客の要望に応じて一部テーラーメイドで対応しています。そうすることで、比較的手間をかけずとも、顧客の満足度を高めることができます。

ツアーのターゲットは、イノベーター理論で言うところのイノベーター、アーリーアダプターに続く、「アーリーマジョリティの先頭」を狙った商品を造成しています。彼らは、新製品や新サービスに対しての興味関心があり、情報収集をして検討をしたうえで購入する層です。イノベーターやアーリーアダプターよりはやや慎重に判断するタイプですが、市場を作っていく層と言われています。

ツアー参加者の内訳は、7割が欧州、2割は米豪、1割は日本を含む東アジアとなっており、シニア夫婦や子連れ家族、新婚夫婦やパートナーなどのFITが85%を占めています。

▲金沢中心部にある体験スタジオ

 

着地型観光が抱える「儲からない」「人手不足」にどのように取り組んだのか

2019年に、着地型の観光事業を立ち上げた当初は「儲からない」「人手不足」の2つの大きな壁に直面していました。コロナ禍の空白の期間を経て、それをいかに工夫して乗り越えてきたかお話していきます。

まず、1つ目の「儲からない」について。たとえ良い商品が形になったとしても、限られた人数で営業から販売まで一気通貫で行い、利益を生む必要があります。そのためには、商品の価値を理解し、適切な価格で購入してくれる販売ルートに絞る必要があります。

創業当初は小さい会社なのに、BtoB、BtoCといろいろと手を出し過ぎて、どれもが中途半端になっていました。そこで私は分散していた営業力を、BtoBのプル型の営業手法に絞る決断をしました。

基本的には、自社のWEBサイト(英語)を構築し、海外旅行会社から問い合わせをしていただく形です。金沢観光や体験に興味がある旅行会社から連絡をもらうので、制約率は高くなります。

現在、弊社の販売チャネルの約7割が海外の旅行会社となっています。全体で30社ほど、密にやりとりする会社は10社ほどです。

2つ目の「人手不足」の問題については、自社の努力だけでは全てを賄えないと自覚し、自分たちの強みを活かしながらパートナーと協業することで対応しています。先ほど述べたように、やらないことを決め、人的資源を重要な箇所に集中させることも大切だと実感しました。さらにオペレーションの非効率なプロセスを洗い出して改善し、少人数でも回る仕組みを整えました。

▲パートナー企業と連携して実施する九谷焼の体験ツアー

 

価格交渉に巻き込まれないための工夫

私たちは海外の旅行会社は商品造成のパートナーだと認識し、彼らの意見を取り入れた商品造成をしています。かつては「金沢の魅力を伝えたい!」とプロダクトアウト視点が強かったという反省があります。今は旅行会社の意見を極力反映させ、マーケットインの視点を強くしてバランスを取っています。

ここで重要なのが「安く売らない」こと。そのためにも、旅行会社がして欲しいことを細かくヒアリングして、提案力やコーディネート力で付加価値を生み出し、利益率を高められるよう工夫しています。

▲1グループ13万円で提供しているお座敷体験

また、海外の旅行会社にアプローチする際に、事前にサステナビリティを大事にしている会社かどうかを確認しています。思想がずれていると、単なる価格の交渉になりがちです。観光を通じて地域に経済貢献したいという想いに共感できる会社をパートナーと捉えて組むことが、何より大切だと考えています。

利益を確実なものにするために、粗利と営業利益を体験ごとに可視化しています。ただ、利益幅が小さくても継続する価値があるツアーもあるので、一律の目標値を設定するのではなく、柔軟に決めています。

 

わずか3カ月で新商品を作るための秘訣

コロナ禍前と比べて、商品造成のスピードも早くなりました。以前は、年に1度の商談で決めていましたが、今は旅行会社と2~3週間に一度ぐらいのペースでリモートミーティングを繰り返して、3カ月ほどの期間で商品を造成しています。加賀友禅や加賀太鼓の企画も海外旅行会社とのリモート商談を重ねる中で生まれました。

そのプロセスで非常に有効なのが動画というツールです。1、2分程度のツアーのダイジェスト動画をこちらで作成します。新商品であっても、海外旅行会社から要望をもらい、ある程度決まったらすぐに撮影します。すると、動画に対して具体的なフィードバックがあるので商品に反映させます。

たとえば、加賀友禅の企画はもともと色付け体験を含む予定でした。ところが、先方から「体験寄りも、本物の加賀友禅を鑑賞したり、職人さんからの話を聞く時間を長く取りたい」との意見があり、体験を簡素化したこともありました。

▲加賀友禅の工場、パートナーとなる旅行会社と共に体験を作り込んでいく

動画について、多くの会社は「中途半端なものは出せない」と思いがちですが、構える必要なありません。ツアーの概要やハイライトに加え、先方が知りたい場所の雰囲気や空気感を伝えるツールとして、コストをかけずに素早く対応するため、プロのカメラマンではなく社員が撮影しています。写真よりも動画の方がより伝わるので、ぜひ、動画を通じたコミュニケーションを試してみてください。

 

株式会社こはく 代表取締役 山田滋彦

京都の大学を卒業、総合商社でアフリカ、中近東等の海外の自動車事業開発、管理、米系総合コンサルティングファームで、製造業向けの事業計画立案からトランスフォーメーションの実行を支援に従事。2018年にコンサルティングファームを退職し、金沢へ移住し、古民家再生、地元産品通販、体験型観光などを手掛ける株式会社こはくを設立。

 

▼石川県内のサステナブルツーリズムを考えるセミナーのレポートはこちら
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