インバウンドコラム
難易度が高いインバウンド旅行者向けのマーケティングについて、実践者にそのコツやポイントを聞くトークライブシリーズ、訪日マーケティングの極意。今回は、宮城県仙台市で「研修・講演」「翻訳・通訳」「インバウンドプロモーション」の3つの事業を柱とする、株式会社ライフブリッジ代表取締役の櫻井亮太郎氏に話を伺った。
円安が進むなか、魅力的なスポットを比較的安価に楽しむことができる点も相まって、外国人から日本が注目されている。一方で、コロナ禍を経て、世界情勢や政治によって左右されるインバウンド市場の脆弱性を思い知らされたいま、訪日客のみをターゲットにするのではなく、日本人にも刺さるコンテンツ造成が重要になってくる。
インフルエンサーとして情報発信しながら、外国人日本人問わず満足させるツアーコンテンツを企画する櫻井氏。コンテンツ造成に必要なことや、情報発信をする上でのポイントなどトークライブで伺った内容の一部をお届けする。
▲ロケ地を観光地に変えてしまった爆破ツアー(出典 https://setup-japan.jp/)
あれこれ要素を詰め込むのではなく、「一本勝負」のコンテンツ造成を
「自分たちの地域の魅力をPRしようとすると、自然が豊かで海の幸も山の幸も美味しくて、人もフレンドリーで……といった具合に色々な要素を詰め込みがちです。2010年代はこうした幕の内弁当的に魅力を打ち出す自治体が非常に多かった」と櫻井氏は指摘する。
すると、どこも代り映えがせず、旅行者は結局どこに行けばよいか判断が難しくなった。櫻井氏は「弁当の比喩で言えば、肉一本勝負の米沢牛弁当を作ること。これが地方の勝ち筋です」と話す。櫻井氏が地方に目を向けるようになったのには理由がある。もともと仙台出身だった櫻井氏は中学卒業後、海外ドラマに影響されて渡米。その後、イギリスにも渡っている。その10代20代の頃の海外暮らしのなかで日本の地方の魅力に気付き、まだ多くの外国人に知られていない日本の地方を発信したい、と強く思うようになった。
26歳のときに帰国し金融機関に勤務するが、2006年に故郷の仙台で会社を設立。コンテンツを造成し、チャネルの構築をしたうえで販売、受け入れ環境を整備し、情報発信するという「つくって、売って、受け入れ、発信」を一気通貫でサポートする事業を展開している。クライアントは飲食店、物販店、宿泊施設、交通事業者、DMO、自治体など。自身もDMOの副会長を務めるなど、観光まちづくりの最前線にいる。
そんな櫻井氏は「都市圏と離れていればいるほど、時間と距離を越えてでも行きたくなるテーマ性と没入感を併せ持つ強いコンテンツをできるだけたくさん作るべき」と話す。
▲自身も登録者数15万を超えるYouTuberの櫻井氏
インパクトある画像がウリに「爆破体験」ツアー
ユニークな事例がある。櫻井氏が手掛けた栃木県栃木市の「岩船爆破体験ツアー」だ。これは戦隊シリーズの実際のロケ地でヒーロー達と同じ音や光、そして臨場感たっぷりの温度を体験できる企画。毎回10組が参加し1時間半で3回の爆破タイムを用意。インパクトのある画像が撮れるためSNSへの投稿で自然に広がっていったという。
「戦隊シリーズのファンだけではなく、最近はウェディングの前撮りで使われることも多くなっています。また、マタニティや七五三、修学旅行など人生の節目や記念日での利用も増加中です」と櫻井氏は思わぬ利用例を挙げてくれた。3人まで参加可能で1組35000円。高いと捉えるか、安いと捉えるかは人によって大きく変わる。興味がある人とない人が大きく分かれる企画の方が高単価でも集客できる、というのが櫻井氏の持論だ。
地元の宮城県では「Be Samurai」という、本物のお城で侍になりきることができるツアー企画を造成した。舞台は白石城天守閣。参加者は鎧や兜を身にまとって、台本通りに城主役を演じる。決闘シーンなども複数のカメラで撮影し、編集された動画ファイルが参加者に納品される仕組みだ。「インバウンド版もあり、その場合はシェイクスピア風の中世の英語のセリフに。価格は15万円からです」。全国各地に城は多数あれど、撮影に協力してくれる場所はほとんどない。この「ここでしか経験できない」というのは地方発ツアーの大きな武器となる。
▲城を使った本格的な撮影体験ができるBe Samurai
ディズニーランドを参考に作った「キツネルーム」で強力な観光スポットから誘致
宮城には「世界でここだけ!?」と言えてしまうかもしれない強力な観光スポットがある。それが、キツネを抱っこできる「宮城蔵王キツネ村」だ。訪れる半数が外国人で大いに賑わっているが、日帰り観光のケースが多かった。櫻井氏はこう振り返る。「青根温泉の宿の女将さんが売上で悩んで相談してきました。車で30分ほどの距離にキツネ村があるのだから活かさない手はない。そこで考えたのがキツネルームです。客室の2室をベッドカバーからクッションから何から何までキツネに変えました。夕飯にもキツネの要素を入れ、コスプレもできるようにしました」。
アイディアのヒントはディズニーリゾートのオフィシャルルーム。メインのスポットに行く前のワクワク感、楽しんだ後の余韻。実はここにも「テーマ性」「没入感」というキーワードが隠れている。「キツネ一色の世界を用意してあげれば、お客さんの気分も高揚し、没入して楽しんでくれるのです」。
テーマ性と没入感を併せ持ったコンテンツの強みは、PRをメディアなど外部に協力してもらえる点だ。櫻井氏は「他の地域がやったことがない尖った企画を仕掛けると、かなりの確率でメディアが取材をしてくれてローコストでPRできます」と話す。
実は宮城蔵王キツネ村は影響力のある日米カップルYouTuberが紹介したことをきっかけに、世界中に拡散されてブレイクしたという経緯がある。櫻井氏はインフルエンサーの活用法についてこう説く。
「予算に余裕があれば、投資だと思って最初は影響力のあるYouTuberを一人呼んでみましょう。キツネ村のように、テーマがはっきりしており他地域には存在しない魅力的なコンテンツは、インフルエンサーとの相性が良ければその情報は瞬く間に拡散され、その動画をみた同様のテーマに興味を持つ他のインフルエンサーへ連鎖することで更なる拡散が期待できます」
▲ディズニーをヒントに誕生したキツネルーム
訪日客を魅了する観光コンテンツ造成の5つの秘訣
3つの具体的な事例が出揃ったところで、櫻井氏が考えるコンテンツ造成の5つの秘訣をまとめたい。それは、「日本らしい」「ユニーク」「映像に残せる」「テーマ性」「バランスの取れた顧客ポートフォリオ」である。
「日本らしい」とは、それを見たら外国人が日本を想像する要素。例えば、カラオケ、アニメ、ラーメンなど。海外にも同じようなものはありながら、異なるものであるとよりベターだ。お城は非常にわかりやすい例と言えるだろう。
「ユニーク」は唯一無二であること。同じようなことを東京や大阪で体験できてしまったら、わざわざ時間をかけて地方に行く理由はない。
今の時代を踏まえて意識したいのが「映像に残せる」という点。体験した旅行者本人が熱量を持って発信できる。この拡散力は侮れない。
「テーマ性」はいかに尖らせることができるか、ということ。櫻井氏は「難しく考えず、〇〇好きの人だったら何をしたら喜ぶか?を考えれば尖った企画が出ます」と企画立案のコツを教えてくれた。最後に「バランスの取れた顧客ポートフォリオ」。インバウンドを狙おうと考えると、台湾、中国、欧米豪など、どこの市場をターゲットにするかを意識してしまいがち。櫻井氏はそれに異を唱える。「テーマ性さえしっかり持たせていれば、市場を絞る必要はありません。むしろ、絞らない方がいい。日本人も外国人も楽しいテーマ性が高いものを作りましょう」。
立案の前に大事なのがリサーチだ。身の回りになぜか外国人が訪れている場所があるはず。SNSや動画のコメントを読むと、彼らが何に心をつかまれているのかがわかる。それを企画に活かしてやればいいのだ。
▲食事にも色を出すことで徹底的にキツネ好きを喜ばせる
インバウンド受入は、カタカナ接客英語で売上を2倍に
一方でインバウンドの受け入れにあたっては、スタッフが英語力を不安に感じて消極的になってしまうケースが特に地方ではよくある。櫻井氏は「スタッフが外国人対応が苦手で……など事業者からよく言われますが、商品を買ってもらったり、レストランでサーブしたりといった程度であればカタカナ接客英語で十分」と話す。
例えば、注文を取るとき。日本人は「Would you like~」といった正しい文法の英語を使いがちだ。でも、
※㋒の時はウを発音する時のとうに口をすぼめる
また、
・「お飲み物はいかがですか?」は「三品 トゥー 樹林?(サンピン・トゥー・ジュリン?)」(Something to drink?)
・「全てお揃いですか?」は「伊豆ダロー」(Is that all?)
・「もう少しいかがでしょうか?」は「サンモー」(Some more?)
・「この刺身とこの酒を合わせると最高ですよ」は「このsashimiとこのsakeをtogetherするとbest match OK?」
といった具合に、正確な英語を日本語読みで伝えるより、英語風のカタカナで言った方が伝わると櫻井氏は言う。「研修で伝えると多くの方は、その程度でいいのですか?と驚くのですがいいのです。日本中の事業者がこの意識を持てれば、冗談抜きで売上は2倍になると思います」。
強いコンテンツを造成した後は、研修でスタッフの英語恐怖症を取り除いて、しっかりインバウンドに備えたい。
プロフィール:
株式会社ライフブリッジ 代表取締役 櫻井 亮太郎
仙台市出身。中学卒業後に単身渡米。英国リッチモンド大学 国際経営学科卒業。10年間の海外生活を経て1999年に帰国。外資系金融機関での勤務後、2006年に故郷仙台で(株)ライフブリッジ設立。欧米豪向けインフルエンサー(YouTube・Instagram)としての知見を活かし【SNSを活用したインバウンド施策】を展開。独自メソッドによる【その日から使える! 売上UPにつながる「カタカナ接客英会話」】を開発。内閣府クールジャパン地域プロデューサー、(一社)宮城創生DMO副会長。
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