インバウンドコラム
今、インバウンド業界で話題のトピックスにフォーカスして話を聞くトークライブシリーズ「観光・インバウンド業界のトレンド」。今回は、中東エリアをテーマにお送りする。話を伺ったのは、湾岸諸国を中心とした中東地域を主な対象とし、インバウンド事業、輸出事業、イベント事業などを手掛ける株式会社ジェイ・リンクス代表取締役の金馬あゆみ氏だ。
コロナ禍を経て訪日旅行者が急激に増加している中東市場。総数は多くないながらも、直近の伸び率が大きく、エリアとして注目されている。富裕層の割合が多く、多額の消費が見込まれる点もその一因。ところが、宗教や食文化を始めとする相違点が多いため、取り組みに二の足を踏んでいる事業者も多いのではないだろうか。
これまで約10年の間に、累計1000人以上の中東からの訪日旅行者のアテンドをしてきた金馬氏が考える、彼らの特性やニーズ、受け入れの注意点やプロモーションについてなどトークライブで伺った内容の一部をお届けする。
▲現地でよく飲まれるアラビックコーヒー。同じおちょこサイズの陶磁器や切子などがお土産としても喜ばれる
中東の人々の楽しみは旅行の「土産話」
中東というと、一般的には、アラビア半島を中心としたアラブ首長国連邦やイラン、イラクに加え、北アフリカ諸国などを含めた地域のことを指すが、金馬氏が主な対象としているのは、GCC(湾岸協力会議)加盟国の6カ国(アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カタール、クウェート、バーレーン、オマーン)だ。
「世界銀行の調査でGCC6カ国全てが最上位の高所得国に分類され、そのうち4カ国が全世界の国際観光支出ランキングで上位15位以内に入っていることからも、高付加価値旅行者の多い地域と言えると思います」と金馬氏は話す。
GCC諸国の国民はほぼムスリム(イスラム教徒)で、家族や親戚の結びつきが強いため、一族で集まる機会が多く、子どもは結婚するまでは実家で暮らす。週末になると親族や気心の知れた仲間で集まり、甘いものを食べたりコーヒーや紅茶を飲んだりしながら会話を楽しむのも中東の人々の娯楽の一つだ。
「彼らは旅行の後、親族や友人にお土産を渡し、写真や動画を見せながら旅先での経験を話すことが楽しみの一つです。ここでの口コミの効果は侮れず、話を聞いて次に日本に来る人から同じ場所や体験などのリクエストが届くこともよくあります。お土産は買った場所がすぐにどこかわかるように、製品に何らかの情報を付けておくこともおすすめします」と金馬氏は指摘する。
なお、中東諸国の人々の間では「インシャアッラー(神がお望みであれば)」というフレーズがよく使われる。大切な約束でも彼らにとって予定は絶対ではないため、反故にされることが珍しくない。日本とは価値観が大きく異なるため注意したい。
時間や約束への感覚が大きく異なる、中東人の気質
金馬氏が中東を含むイスラム圏からの訪日旅行の取り扱いを開始したのは、一杯のラーメンがきっかけだった。
「友人の紹介で出会った神戸ムスリムモスクの理事から、死ぬまでに一度日本のラーメンを食べることが夢と聞きました。豚などムスリムが食べられない食材を聞き、飲食店の友人に頼んで彼が食べられるラーメンを作ってもらったところ、涙を流して喜ぶ姿に心を打たれました。同時に、日本語ができない旅行者はもっと困っていると聞き、彼らと日本の橋渡し役を担おうと決意しました」
そんな中東の旅行者の気質はどのようなものだろうか。
「時間の感覚については日本人とは大きく異なります。まず依頼も直前のことが多く、先のことを前もって決めない傾向があります。そのうえ、急な変更やキャンセルも頻発。自由度の高い行程を望み、無理を言ってくることも少なくありません」と金馬氏は中東の旅行者の特徴を列挙する。
時間や約束に対する感覚が違うため、遅刻や急な変更などで事業者泣かせの面はあるが、その一方で義理人情に厚い一面もある。良くも悪くも思ったことをストレートに口にするところがあるが、ネガティブな発言であっても基本的に悪意はない。
「裏表がないことが分かれば逆に接しやすいのが彼らの良い点です。義理人情にも厚く、一度恩義を感じるとずっと感謝し応援してくれます。言い争いになることもありますが、怒りの感情を引きずらず、数時間後や翌日には忘れたかのようにケロッとしているので付き合いやすいと言えます」。
▲金馬氏とイスラム圏の方のご縁はこのラーメンから始まった
ゴールデンルート中心の中東からの旅行者、人気の旅先は? ハラール食対応のポイント
旅のルートは東京(成田または羽田)から入国し、関西国際空港から出国するケースが最も多い。短いと1週間程度だが、リピーターでは1カ月以上の長期滞在も増えてくる。近年、特に30代以下の若年層からは、自然や美しいビーチを楽しみたいとのことで、初来日であっても北海道や沖縄がリクエストに入ることが増えてきている。同行者に子どもがいると、高い確率でアクティビティが旅程に組み込まれる。これは子どもの教育を兼ねて家族旅行するケースが多いからなのだとか。
多くの日本人にとって馴染みが薄いのが中東の食文化。ハラール認証を取得しなければならないのか、と心配になる事業者も多いが、実際はそこまで要求されないことの方が多い。
また、日本にやって来た当初は食事を気にする傾向が強い旅行者でも、次第に食べられるものが少ないことに気付き、時間の経過とともに緩くなるという傾向もある。食事については、天ぷらやラーメン、唐揚げに加え、エビフライや、ハンバーガー、ピザなどが好まれる傾向にある。懐石料理など繊細で説明が必要な料理はまだ理解されにくく、現地でポピュラーになってきた寿司も生のネタは食べられない人が多い。日本では新鮮さや素材の味を謳いがちだが、スパイスを多用する中東の人たちには味気なく感じられがちなので注意したい。
▲現地料理では様々なスパイスが使われ、大皿でシェアするスタイルが定番
プロモーションで重視すべきは「子ども」「女性」
金馬氏は受け入れ側として外せない要素をこう話す。
「彼らは情報収集にSNSをとても活用します。ゴールデンルート以外に北海道や沖縄など知名度が上がってきている地域はありますが、それ以外は中東の方々にとってまだまだブラックボックスです。それでも遠方を含めSNSで見つけた情報を基にリクエストを受けることが増えてきているため、どの地域にもチャンスはあると思います。ただし、スタイリッシュな宿や良い景色など彼らが好みそうな所があったとしても、周囲の飲食店や移動手段、環境なども合わせた総合点が誘客には大事です」
プロモーションなどで情報を発信する際、どの層に向けるべきなのは悩みどころだ。金馬氏は「中東市場の場合、子どもと女性をターゲットにすべき」と明かす。
「子どもがいる家族連れの場合、子どもがアニメなどで影響を受け、日本へ行きたいというリクエストを母親が了承して訪日が決まるケースがよくあります。夫婦やパートナーなどペアの旅行の場合も、たいてい女性が主導権を握っています。情報発信は子どもと女性に絞るのが効率が良いと思います」
情報収集に関しては、特にTikTok、Instagram、Snapchatがよく使われており、若年層においては圧倒的にTikTokが多い。旅マエはYouTubeも使われるが、旅ナカになると減る傾向が見られる。中東の旅行者はSNSに強く、相当に使いこなしている層が多い傾向にあるという。
落ち着いて、スピーディーで柔軟な対応を、旅行者受け入れの心構え
中東からの旅行者を受け入れるにあたって、事業者が留意すべきこととは何なのだろうか。金馬氏は受け入れにあたっては「スピードと柔軟性が大事」と指摘する。
「失注の一番の要因は、返事の遅さです。こちらが問い合わせたときに、『上司に相談して明日折り返します』などと言われると別の会社に当たろうとなります。また、予約しようにも申込用紙のダウンロードを求めるなどスマホで完結できない場合や、いつ返事が来るか分からなさそうなお問い合わせフォームは、特に時間のない時は『この会社への依頼はやめよう』となります」
彼らからは急な要請が多いが、焦らずにできる範囲で素早い返事をと金馬氏は続ける。
「特に細かいリクエストはWhatsAppなどで数日前から当日に届くことも多いです。現地のエージェントからはurgent/emergency(緊急)と急かされますが、これが普通なので、焦らずその時点でできること、できないこと、保留とする部分を分かる範囲ですぐ返事することが大事です」
正確性やルールを重視するあまり、機会損失する例も多々あるそうだ。
日本人は「間違いがあってはならない」「嘘を言ってはならない」「丁寧にしなければならない」と考え過ぎる傾向があり、それで商機を逃している。例えば、旅行者が一度に多くの商品を購入しようとする際、丁寧な梱包で時間がかかる場合は、「待たされるならもういらない(もっと適当で良いから早くしてほしい)」と途中で購入を止められてしまうといった具合だ。特に高付加価値旅行者においては、待たされたくないという気持ちに臨機応変に寄り添うことも重要だ。
最後に金馬氏はこう話す。
「日本人は真面目な人が多いので、リクエストにきちんと応えようと諸々確認しているうちに時間切れとなることが非常に多いです。返事が遅いと失注のリスクが高まるため、残念ながら次回以降の依頼を諦めることもあります。お客様からは『寿司体験』『忍者体験』『アート』『島』『メディテーション』といったワードでリクエストが届くことがあり、東京や大阪などから少し離れていても、返事が早く柔軟性がある事業者にはチャンスがあります。中東からの訪日旅行者はリピーターも増えてきているため、『臨機応変に』を念頭において商機を掴んで欲しいと思います」
プロフィール:
株式会社ジェイ・リンクス 代表取締役 金馬(きんば)あゆみ
アルゼンチンでの日本語教師や帰国後の貿易商社での海外営業を経て、2008年に株式会社ジェイ・リンクスを設立。湾岸諸国を中心とした中東地域を主な対象とし、インバウンド事業、輸出事業、イベント事業などを手掛ける。近年は現地でのプロモーションや、現地ネットワークと現場の一次情報を生かした現地調査サポートおよびアドバイザリー業務なども行っている。
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