インバウンドコラム
北九州といえば、近代から高度経済成長期にかけて「製鉄」で栄えた工場・メーカーの街。最近では「環境未来都市」を標榜し、産業観光、視察旅行としては海外からも多く訪れるが、訪日の個人旅行においては「門司港レトロ」が知られるくらいで、「観光」というイメージがなかった。
しかし、この夏インバウンドへの起爆剤になりうるふたつのニュースがある。
ひとつは7月12日に就航したスターフライヤーの北九州―釜山線、もうひとつは北九州市小倉に8月にオープンした「北九州市漫画ミュージアム」を中核とするサブカルチャーの複合施設「あるあるCity」。まだ、スタートしたばかりだが、外国人集客の糸口を大きく手繰り寄せている北九州の現在をレポートする。
目次:
1.北九州に集積があった漫画文化、ほかのサブカルとともに外国人集客につながるか
2.スターフライヤーによる北九州~釜山便で韓国人の流れが変わった!
1.北九州に集積があった漫画文化、ほかのサブカルとともに外国人集客につながるか
この春、北九州市の中心部、小倉駅新幹線口に隣接してサブカルチャーの複合施設「あるあるCity(http://aruarucity.com)」がオープンした。新幹線口からペデストリアンデッキをたどれば2分程度の近さでアクセスは抜群にいい。
8月3日には、その中核施設として「北九州市漫画ミュージアム(http://www.ktqmm.jp)」が5・6階に開館した。
「見る」「読む」「描く」の3つをテーマに、4つのゾーンで構成されている。
松本零士氏(『銀河鉄道999』、『男おいどん』他)を中心に、わたせせいぞう氏(『ハートカクテル』他)、北条 司氏(『キャッツ♥アイ』、『シティーハンター』他)など、北九州ゆかりの作家の作品を集めた常設展示ゾーン、懐かしい名作から最近のヒット作まで数万冊の漫画単行本を集める閲覧ゾーン、トークショーなども行われる企画展示室、体験教室や作画指導などが行われるイベントコーナーと、そんなに漫画好きでなくても、ワクワク、ゆっくり楽しめる内容になっている。
もともと明治期に官営八幡製鉄所が設立されて以来日本各地から人が集まり、門司港は国際貿易港として海外との交流も多く、多様な文化が花開いた北九州。戦後は貸本屋や映画館が全国でも多い地域だった。松本零士氏は、小学生から貸本や映画を楽しみ、また駐留していた米軍の影響で外国の漫画も手にしていたという。そのような文化土壌がこれだけ多くの漫画家を輩出していった背景にあることがよくわかる。
「漫画ができるまで」といった解説も、改めて興味深く体験することができる。
さて、日本人であれば楽しいこの施設も外国人旅行者の視点から見たらどうだろうか?
インバウンドにかかわる人であれば、日本の漫画、アニメが共通の話題のきっかけになることが多いことが理解できる。『ONE PIECE』や『NARUTO』など日本国内と似た感覚で東アジアの若者を中心によく知られている。
私の韓国人の友人は『銀河鉄道999』も「ちょっと昔の漫画だよね。知っているよ」との弁。知人の中国人は、「日本語学校に1週間行って、その後は漫画を読んで日本語を覚えた」という。
それほど文化的な浸透力を持つ漫画だが、このミュージアムでは海外の漫画動向を紹介するコーナーはあるが、翻訳はない。そもそもホームページにも外国語はなく、フロアガイドも含めて今後作成していく予定とのこと。(北九州市文化スポーツ局 漫画ミュージアム)
※市の外国語版ホームページの紹介
英語版:http://www.city.kitakyushu.lg.jp/english/e20100047.html
中国語:http://www.city.kitakyushu.lg.jp/chinese/e20100040.html
韓国語:http://www.city.kitakyushu.lg.jp/korean/e20100041.html
中国、台湾、韓国、香港、アメリカ、オーストラリアなどの漫画の動向が紹介されるコーナー。一番右が韓国の「少年ジャンプ」
しかし、ビジュアルに訴える漫画ならば、言葉がなくても楽しむ外国人は少なくない。自由にゆっくり閲覧できるコーナーのホワイトボードには韓国語、タイ語の感想も見受けられる。ここにはコンシェルジュのコーナーもあり、取材時のコンシェルジュはベルギー人から『風の谷のナウシカ』などの問い合わせもあったそうだ。外国人が好むポイントだけでも翻訳やPOPを作成すると、全面的に翻。訳をつけなくてもさらに魅力的なになるはずだ。
「北九州市漫画ミュージアム」が入るアニメ、漫画、フィギュア、ゲームのショップ、よしもとの劇場が集まった「あるあるCity」全体でも、外国語表記は1階玄関のフロア看板が英・中・韓で表記がされているだけで、ホームページやフロアガイドは日本語のみ。
運営するアパマンショップネットワークの館長は「オープンしたばかりで手探りでやっている状態。ホームページやフロアガイドなど多言語で作成していきたいが、あまりノウハウもない。これからも地域密着型で、一致団結してやっていきたい」と語る。
だが、取材当日も隣接するホテルから10名ほどの中国人旅行者のアテンド依頼が入っているとのこと。
日本のサブカルチャーを集積したこの施設の外国人集客のポテンシャルはかなり高いといえる。
ウィッグ1000種類以上、人気キャラクターのコスプレ衣装が揃う「Maple」のスタッフにきいてみると、1万円相当のコスチュームをお土産に買っていく外国人も多いそう。こういうコスプレ衣装はインターネットで購入るが、実際に現物を比較、試着できるところは少ないので喜ばれるのだとか。このショップの運営会社(http://rakushow.info)は年に数回野外での撮影会を行っていて、9月に開催される小倉城でのコスプレ撮影会を北九州市と一緒に共催している。北九州市在住の外国人の参加はあるそうだ。
4階のプリクラショップでは、無料でコスプレ衣装を借りてプリクラ撮影ができる。簡単な登録が必要だが、もちろん外国人でも利用できる。しかし、残念なことに英語での解説もないので、教えない限りこのサービスを知ることができない。
どちらの施設もオープンしてまもなく、全体のオペレーションに躍起になっていて、やっと外国人のことを考え始めたという状況。事前に戦略的に外国人対応を考慮していれば、もっと大きな集客効果があったかもしれない。
しかし、言葉による説明があまりいらず、熱心なショップスタッフとも商品を通してコミュニケーションしやすいこれらの施設は、北九州においてインバウンド受け入れの中核になる可能性は極めて大きいといえよう。
2.スターフライヤーによる北九州~釜山便で韓国人の流れが変わった!
それでは、北九州全体への訪日旅行の動向はどうなのだろうか?
2010年は約11万人の外国人旅行者数だが、直行路線の増減により大きな影響を受けてきた。下関~釜山の関釜フェリー、北九州~大連線、2012年4月に済州航空が北九州~釜山を福岡便にするなど運航休止も続いた。
しかし、2012年7月12日に地元に本拠地を置くスターフライヤー(http://www.starflyer.jp)が1日2便、北九州~釜山便を運航開始。日帰り運賃を設定するなど積極的な販売も功を奏して、韓国人旅行者数も増えているという。
北九州市のインバウンドを担当する観光・コンベンション課に、釜山直行便スタート以降の状況を聞いてみた。
「今まで『産業観光』『環境』という、ふたつの柱で海外からの工場見学、環境施策視察などは多かった。トヨタ、日産など自動車メーカーの工場が集中しているので、1回の視察で異なる工場を見学することも可能なことや、ロボットで有名な安川電機では、実際にロボット機械がロボットを製作している場面を見ることができるなど評判は上々。けれどもこれらは、団体による申し込みによって成立し、定時的に開催してはいないので、個人旅行者にとっては楽しみにくい現状だった。
スターフライヤー就航に際して、韓国の旅行代理店の招聘事業などを行ったら、3泊4日を主としたFIT向けの新商品を作ってくれた。エア&ホテルが主流で、韓国で有名な別府にも近く、福岡インとは違ったコース設定ができるのが魅力。以前からあった外国人旅行者向け特典ブック『ウェルカムカード』(4カ国語併記)を旅行代理店に渡して配布してもらうなど活況です」
スターフライヤーを利用した商品の代表例を、釜山の旅行社「Ntabi」の商品『STARFLYER 北九州定期便就航 北九州4日間』(http://ntabi.kr/busan_ntabi/article
/product_detail.asp?article_code=NTB_102695&event_Code=EVE_426145)でみてみよう。
この商品は、北九州市内ホテルで3泊しながら、自分で他の地方へ行く商品。北九州市内の観光スポットや見どころも詳しく紹介している。価格は249000W(約17500円)と驚くほどの安さだ。
韓国をはじめ、台湾、香港など個人旅行者が選ぶのは「エア&ホテル(航空券と宿をセットにしたスケルトンタイプ)」が主流。そこでFIT市場では”今までになかった新しい情報・スポット”が求められる。
その意味では、「あるあるCity」「北九州市漫画ミュージアム」は格好のニュースであり、旅行代理店のホームページなどで紹介されることも多くなりそうだ。
今年、台北の漫画博にJNTOのブースで「北九州市」が参加したところ、一般の来場者を含め、たいへんな人気だったという。そのことからも漫画・アニメに対する関心の高さがうかがえる。
※一般的に台湾の「旅行博」など博覧会では、格安特典があるなど集客の仕掛けが行われている。そのため、日本に比べ、一般の来場者が非常に多い。
北九州では、門司港レトロ地区、小倉城をメインとした市中心部エリア、「スペースワールド」と「いのちのたび博物館」がある東田地区などが外国人旅行者が足を運ぶスポットになっている。JRで移動できて、アクセスが外国人旅行者にわかりやすい。また和の雰囲気やレトロの趣など絶好の写真撮影スポットとして人気が高い。これからは、日本人、特に女性に人気の工場夜景ツアー(クルーズ)を、外国人にもプロモーションしていく。「日本人が好きなところに行きたい」韓国人には、好まれる可能性は大きい。
小倉駅からJRで約16分の門司港レトロ(左)と、街の中心にそびえる小倉城(右)
多言語表記など取り組みとしてはもちろん不十分だが、「漫画」「工場夜景」など他になく、また視覚で楽しめる、アジア人が好きな写真撮影にも絶好な都市型観光の素材が北九州にはある。「門司港レトロで袴を着付けて歩こう」などの体験型商品が、わかりやすく、便利に利用できるとますますディスティネーションとしての魅力は増えるだろう。
北九州市にある弁当の『丸ふじ』のように、「外国人にも楽しんでもらいたい」と積極的に漫画やアニメ素材を使い、プロモーションをしている企業もある。地元の食材を使いながら「銀河鉄道999弁当」や「MAJOR弁当」など漫画をテーマにした弁当を販売している。
「以前、外国人へのおもてなしセミナーでは、韓国人にも中国人にも”あたたかいものはあたたかく”と弁当が受け入れられないときいた。けれども、実際に北九州在住の若い中国人女性にきいてみると”若い人には食材や調理法を選べば、弁当も好まれるはず”というので、共同で研究しています。韓国人も買ってくれている。最初に興味をもつきっかけが”漫画”や”アニメ”なのでは」
と後藤祐平代表取締役社長は語る。
現場での熱心なマーケティングが実を結びつつある。韓国語のホームページも開設して、アピールをすすめている。
北九州の都市型観光の新しいチャレンジはまだ始まったばかり。行政、民間が力を合わせて、共通のビジョンをもってすすめていくとユニークなインバウンド集客の展開ができるはずだ。「コレがあるから北九州に行きたい」と言われる都市になれば、他の地域も大いに参考にできるのではないだろうか。
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