インバウンドコラム
拡大する中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。2012年10月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)の春秋航空日本を設立。今年に入り、上海以外の地方都市からの日本路線も続々就航させています。彼らの描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのか。関係者らのインタビューをもとに、同グループのユニークな取り組みをお伝えします。
日中関係が最悪といわれるなか、中国からの訪日客が増えています。
こうした事態に戸惑いを感じるむきもあるかもしれませんが、中国の消費者の立場で考えれば、これだけ航空路線の拡充と円安基調が定着すると、訪日旅行意欲がかきたてられるのは無理もないことです。
中国メディアがどんなに騒ごうと、政治と民間交流は別の話。個人レベルでは日本に行ってみたいというわけです。
そんな中国の訪日旅行市場の今後の動向を占う上で注目すべきは、春秋国際旅行社の果敢なビジネス戦略です。
5月に開かれた上海旅游博覧会(WTF2014)でも、同グループの出展ブースが最も活況を呈していたことは、前回報告したとおりです。
いったい春秋国際旅行社とはどんな会社なのでしょうか。
取扱・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社
春秋旅行社の創業は1981年。87年に海外インバウンド客の受入を開始。春秋国際旅行社と改称しました。
その後、全国に販売ネットワークを広げ、現在、全国39都市に支店を開設。2000店舗を超える代理店を持っています。
国内・海外を合わせた旅行取扱人数と売上は、15年間連続1位(2013年)という中国のナンバーワン旅行会社なのです。
同社は自前のエアラインを所有していることが最大の特徴です。春秋国際旅行社を母体として、2004年春秋航空を設立。これは中国で現在唯一の格安航空会社(LCC)です。
国内においては上海、瀋陽、石家庄の3拠点をハブと位置付けし、全国主要都市への路線網を拡げています。
国際線においても、日本以外に、ベトナムのダナン、マレーシアのコタ・キナバル、カンボジアのセムリアップ(アンコール・ワット)、タイのバンコク、チェンマイ、プーケット、シンガポールなど東南アジアのレジャー路線を中心に、着々と新規路線を開拓しています。
すでに国内106路線、海外41路線(2014年6月現在)と路線網を持っています。
春秋航空は積極的な広告戦略でも知られています。
上海市内の地下鉄駅構内や車両に随時、新規就航路線を告知する広告を打ち出しています。近年、中国経済の減速が指摘されるように、ここ一、二年地下鉄構内の派手な広告が姿を消しているなか、春秋航空の存在感は圧倒的です。
何より注目すべきは、初めての国際線就航地として茨城空港(2010年)を選んだことに象徴されるように、日本市場への果敢な挑戦です。
さらに、春秋グループは、昨年10月、日本で4番目の格安航空会社(LCC)として春秋航空日本を設立。この夏国内線の運航を開始する予定です。
今年3月には上海・関空線も就航。7月以降、関空線を大幅に拡充し、天津、重慶、武漢、大連からの就航も予定されています。
中国・春秋航空、関空路線を大幅拡充(日本経済新聞2014年5月28日)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ280AR_Y4A520C1TJ2000/
訪日路線網の拡大で新しいツアー造成を
では、春秋グループが描く訪日旅行戦略とはどのようなものなのでしょうか。
上海旅游博覧会(WYF)閉幕の翌日(5月12日)、春秋国際旅行社本社で日本出境部経理の唐志亮氏に話を聞くことができたので、以下紹介します。
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Q.今回のWTFで御社は最大規模のブースを展開、多数のスタッフを会場に送り込み、即売にも力を入れていました。何をいちばん売りたかったのですか?
A.「会期中限定のキャンペーン料金を打ち出し、海外ツアーを販売するのが目的でした。販売コーナーの周囲には、クルーズや航空(春秋航空)、ビーチリゾート、自由旅行、都市観光バスなどのブースを個別に整え、プロモーションにも努めましたが、メインは販売です」
Q.訪日旅行商品としてはどんなものがありますか?
A.「現在、春秋航空は上海から茨城、高松、佐賀、関空と4つの日本路線があり、それらの都市を組み合わせたツアーです。
これから夏にかけて、北海道やファミリー向けにUSJやTDRを付けた本州のツアーも、市場のニーズに合わせて販売します」
Q. 御社の特長は自前の航空会社を持っていることですね?
A.「春秋グループが他社と違うのは、自前の航空会社を持つだけではなく、旅行会社と航空会社が対等な関係にあることです。
一般にこの業界では、航空会社が旅行会社の上位にあり、路線開拓に合わせてツアーを造成させるという主従関係にある場合が多いですが、弊社は母体が旅行会社でもあり、ともに協力しながら発展していくというのがビジネスモデルです。
春秋航空の路線計画はレジャー市場に合わせて展開されます。 日本の航空会社が中国路線ではビジネス路線に注力しているのとは対照的です。もちろん、我々もビジネス客の動向も合わせて考えていますが、メインはレジャー市場です」
Q. 自前のエアラインを持つことで、他の旅行会社にはない、どんな訪日ツアーが商品化されているのでしょうか?
A.「そうはいっても、お客様のニーズに合わせた商品造成が基本となりますから、東京・大阪のゴールデンルートがいちばん人気であることは、実は変わりません。
そこで、弊社の場合は、春秋航空の乗り入れている高松や茨城を起点としてゴールデンルートに新しい変化を加え、3月15日から就航している関空+X、それ(X)は九州(佐賀out)であり、中部であり、鳥取(2012年9月、同社は米子空港へのチャーター便を計画するが、中止された)であり、四国(香川out)であるといったさまざまな組み合わせが可能となります」
Q. 関空就航の意味は大きいですね。さらに、まもなく春秋航空日本が国内線の運航を開始します。
A.「それ以後は国際線に加えて、成田―高松、佐賀、広島の国内線も組み合わせることができるようになります。それだけでなく、たとえば、佐賀inで福岡から他社便を利用し、人気の北海道に行くというツアーも考えています。
実は、春秋航空は今後さらに新千歳や那覇など日本各地に就航する考えを持っています」
Q. とはいえ、昨今の日中関係の悪化は気になるところですね。中国からの訪日客は増えていますが、日本からの訪中客は減少の一途をたどっています。
A.「確かに、政治的にはそうかもしれませんが、私には何とも言いようがありません。でも、はっきり言えるのは、日中間の民間交流は止まらないということです。
弊社の役割は、そのためのベースづくりをすることだと考えています。2011年5月、東日本大震災後、中国から初めて東北を訪ねる旅行関係者のツアーを実施したのも弊社です。上海・茨城線を利用したものですが、その後も茨城線は運航を続けました。
これからは中国からの訪日だけでなく、日本からの訪中の双方向の交流を進めたいと考えています。
そのためにはさまざまな手を打たなければなりません。また就航地を増やしたからといって、すぐにツアーのバリエーションが増えるかというと、そんなに簡単ではない。
新しいツアーコースの造成においても、東京や大阪は外せないと考えています。中国の消費者は、やはり日本に旅行に行く以上、東京や大阪には絶対立ち寄りたいのです。お客様のニーズがそうである以上、いきなり東京や大阪なしの新しいデスティネーションだけのツアーの造成は難しいと考えています。
佐賀線があるので、なんとか九州を売りたいと考えていますが、九州だけのツアーではまだなかなか売れない。そこで、佐賀inで春秋航空日本の国内線を利用して成田に飛び、東京に立ち寄り、茨城outとなるコースや、佐賀inで九州と中国地方を周遊し、関空outとなるコースなどを仕掛けたいと思います。
ツアー企画を成功させるためのポイントは『人気の場所+新しいデスティネーション』の組み合わせなのです」
Q. なるほど、明確な戦略を持ちつつも、あくまで現実的な戦術をとるわけですね?
A.「もちろん、今後はFITも増えていきますから、着地型の商品(日本国内で造成される中国客向け商品)も作っていくことになると思います」
唐志亮さんは1983年上海生まれの「80后」世代。福岡、京都(大学)、東京(就職)と8年間日本で暮らしたそうです。春秋旅行社入社は2年半前。「まだ経験が足りませんが、日本の事情には通じているので、それを活かしたい」とのこと。上海人の若い世代らしく、とても明快なビジネス戦略を言葉にしてくれました。
春秋航空日本を設立した理由
先頃、春秋航空日本の国内線の運航開始が6月末から8月上旬に延期となったことが報じられました。それ以前に他の国内LCCも減便を迫られる事態が伝えられていたばかりでしたから、日本のLCCの抱える課題が浮き彫りにされた面がありました。
春秋航空日本、8月に就航延期、高松線減便も−最大1万席に影響(トラベルビジョン2014年6月8日)
http://www.travelvision.jp/news-jpn/detail.php?id=61885
それでも、春秋航空が日本路線を拡充する動きは止まりません。その目的は何なのか。彼らは日本におけるLCC設立をどう位置づけているのでしょうか。
昨年11月、春秋航空日本市場開発部の孫振誠部長に話を聞いています。以下、その内容です。
Q. 中国の旅行会社で自前の航空会社を持っているのは春秋旅行社だけだそうですね。なぜ航空会社を所有しようと考えたのですか?
A.「航空会社を設立する前から、春秋旅行社ではチャーター便ビジネスを積極的に手がけてきました。中国は団体客が多く、ツアーコストを下げられるチャーター便利用のツアーは人気があるのです。1997~2004年までの7年間で約3万便。こんなに飛ばせるなら、自社で航空会社を持ったほうがいいと考えるのは当然です。ドイツの旅行大手TUIが航空会社を持っていることから、我々も学んだのです。
国内線の申請は2004年、就航は05年6月18日からです。最初は便数が多くないため、運営は苦しかったです。1日10機以上飛ばないと赤字になる。それでも、コストを下げるためのあらゆる工夫をして1年目から黒字となりました。中国では、それまでLCCの運営は不可能と言われていましたが、我々は不可能を実現したのです」
Q. 黒字になった理由をどうお考えですか?
A.「以下の5つの理由があります。 ①チケットはすべてネット販売 ②1機あたりの1日の運航時間を11時間とすること(通常は9時間) ③座席数は180とする(通常は157) ④オフィスビルは質素にするなど、できるだけ余計なコストをかけない ⑤搭乗率が高い(05年以来、平均95%を維持)
春秋航空の方針は、これまで飛行機に乗ったことのない人に乗ってもらおう。バスのように気軽に使ってもらおう、というものです。だから、席が余ったら1円でも乗ってくださいと。それをやったら、2012年秋の上海・茨城線で失敗しましたが(笑)。中国国内で反発が出たんです。発売後、3日目で中止となりました」
春秋航空、佐賀・高松~上海の「1円航空券」中止(2012年10月19日)
http://www.j-cast.com/2012/10/19150671.html
Q. 日本を最初の就航地に選んだ理由は何だったのですか?
A.「国際線は2008年頃から計画を始めました。これから中国は海外旅行客が増大するだろう。弊社が使うエアバスは運航効率から考えて5時間圏内だったので、東南アジアの一部や韓国、日本の中から最初はどこに飛ばすか考えました。
当時は日本からの訪中客が多かった。経済交流も進み、双方の国の人的往来が頻繁でした。また中日路線は利益率がいいという経済的な理由もありました」
Q. そして、2013年10月に春秋航空日本株式会社を設立されました。その目的は?
A.「日本で航空会社を設立した目的は、現状では中国からの乗り入れの難しい成田や羽田から国際線を中国に向けて飛ばすことです。
実は、LCCである春秋航空は中国でも北京になかなか乗り入れできないのです。でも、日本の航空会社であれば、成田や羽田を利用できる。これは茨城線就航後、すぐに考えたことです。
今後は中国の地方都市からも日本路線を増やす予定です。
中国は人口が多いので、1%でも1300万人、大きいですよ。最近、中国人は年に何回も海外旅行に行きます。日本は近いし、1990年代からたくさんの中国人が日本に留学したり、仕事をしたり、つながりが多い。日本の良さをよく知っているんです」
春秋航空、関空拠点化へ−7月に武漢、天津、重慶線開設、上海線増便も(トラベルビジョン2014年5月28日)
http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=61719
民営企業ゆえの徹底した顧客目線のビジネス
春秋グループの歩みを見ていると、国際標準に即した明確な戦略を持ち、一つひとつ市場を着実に開拓していけば、結果がついてくるということを教えられます。
そもそも新規路線の就航のための努力は、中国でも日本でも基本的に変わらない。いかに地元に受け入れられ、協力してもらえるかにかかっている。
日本路線の開設や日本法人の立ち上げも、これまでずっと中国国内で経験してきたことの積み重ねだったといえます。
ところで、取扱人数・売上ともに中国ナンバーワンの旅行会社とはいうものの、実際に訪ねた春秋旅行社本社の店舗は実に質素でささやかなものでした。カウンターの前に客が座り、スタッフが対面して静かに接客している光景は、ほとんど日本の旅行会社の店舗と変わらない印象でした。
同社のコスト削減の姿勢は徹底していることで知られています。
これは春秋航空本社ビルでも同じでしたが、昼間オフィス内は基本的に電気や冷房は付けないそうです。コスト引き下げのために関係各社や自治体に協力を求める以上、自らも姿勢を正すべきというトップの意向によるものです。
実は、先日成田の春秋航空日本のオフィスを訪ねたのですが、冷房を使わず、そこでも大きな扇風機が回っていたのは印象的でした。
ビジネスのあらゆる局面で政治に翻弄されがちな中国で、国営企業に比べ立場の弱い民営企業が生き残るには、マーケットのニーズにとことん忠実であること。徹底した顧客目線でビジネスを展開していくことが、ある意味日本以上に求められる面があるのに違いありません。
春秋グループの関係者と話をしていると、日本から学びたいという謙虚な姿勢も明快です。JTBとの提携や春秋航空日本の設立も、日本のサービスや安全基準を自社に取り入れることが強く意識されています。
確かに、中国を取り巻く国際情勢の行方は見通しが立てにくいと考えるむきは多いでしょう。しかし、重要なのは、個別の企業が具体的に何をやっているか、それで判断するしかない。春秋グループのブレない取り組みを見ていると、その思いを強くします。「国進民退」といわれる中国にも、こうした良質な民営企業があることを知っておくことは、時代のムードに安易に流されないためにも大切だと思います。
国内外のレジャー市場に注力し、茨城や高松、佐賀といった日本の地方都市にあえて路線を築いてきた春秋航空の取り組みは、東アジアにおけるLCCのビジネスモデルのひとつの先駆けといえるのではないでしょうか。
春秋航空と春秋航空日本の路線網の拡充がもたらすのは、中国客の訪問地の分散化です。
新たに就航する国際線と国内線を組み合わせることで、これまで実現できなかった多数の周遊ルートが考えられるからです。近年、過度な集中が懸念されている東京・大阪のゴールデンルート一辺倒だった中国客のツアーコースに新しいバリエーションが生まれていくことを期待したいと思います。
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