インバウンドコラム
ここ数年、メディアを中心に訪日中国客の旺盛な購買力が喧伝されてきました。彼らが家電量販店やドラッグストアで買い物する光景は”爆買い”と称されています。日本人が1970年代に「エコノミック・アニマル」と蔑称されたことにならえば、「ショッピング・アニマル」とでも言わんばかりの好奇のまなざしが、彼らに集中的に注がれました。
いったいどうして”爆買い”伝説は生まれたのか?実際はどうだったのか?
本連載第2回では、その真相を点検したいと思います。
中国客”爆買い”伝説の起源
中国人観光客をめぐる報道は、北京オリンピックが閉幕した2008年秋頃から急増します。まず一部の雑誌が火をつけ、テレビが後追いしました。何より世間の耳目を集めたのは、彼らの豪勢な買いっぷりでした。たとえば、こんな感じです。
「お客様は中国人。銀聯リッチを狙え。内なる外需、中国人観光客の争奪が始まった」
「一度に800人が九州上陸。クルーズ船の観光&お買い物ツアーに密着。100万円の真珠、お買い上げ」
(日経ビジネス2008年9月29日)
「旅費よりお土産代のほうが高い!ビックリ!中国人観光客お金持ち東京お買い物ツアー」
「化粧品大人買い!、バーバリーどか買い!」
「ひげそり10コにつめ切り100コ買い!」
(週刊女性2008年12月23日)
「爆買!世界一の貪欲民族が続々と上陸!中国人富裕層で儲ける」
(月刊宝島2009年11月号)
「中国発弾丸買い物ツアー」
(読売新聞2010年8月9日)……。
団体バスで店に押し寄せ、フロアを一時的に占拠。商品によっては棚の在庫がなくなるまで集団で買い尽くすという奇矯な消費行動は、まさに”爆買い”イメージを喚起するものでした。これまでもロシアや中東系の富裕層が都心で高額消費をしていることは知られていましたが、少人数のグループにすぎません。やっぱり、団体は目につくものです。街に溶け込むことのない異形の集団に見えてしまう。こうした姿を見せるのは香港、台湾を除く中国本土客だけでしたから、”爆買い”は中国人観光客の代名詞となったのです。
なぜ急に中国人は金持ちになったのか?多くの日本人はそんな疑念や当惑をおぼえながら、オリンピックを開催できるまでになった中国の経済成長と重ね合わせて彼らの存在を直視せざるを得なかったといえます。それは「欧米市場に代わる輸出先をどこに求めるか」「内需縮小をいかに補うか」という長年の日本経済の課題にわかりやすい回答を与えてくれました。2005年の反日デモを契機に年々嫌中気分の高まる日本人も。
「これを商機につなげない手はない」「お金を落としてくれるなら、来てもらおうじゃないか。彼らだって実際の日本の姿を見れば、考えも変わるだろう」。
そんな甘い期待も芽生えたようです。
当時のぼくも、前述した雑誌メディアで一連の中国客”爆買い”伝説の流布に関与していたことを白状しなければなりません。2004,5年と政治的な理由で停滞していた訪日中国人の伸びが06年に前年度比25%と急増、08年には100万人に到達します。こうしたなか、「お一人様炊飯釜10個お買い上げ」だなんてお笑い”爆買い”シーンは、中国人観光客という新しい外来消費者の存在を世間に知らしめる好機になると考えました。彼らのメイド・イン・ジャパンに対するまなざしを見て、悪い気がしなかったのも確かです。
こうしてさまざまな立場の人々の思惑が一致、きちんとした実態の検証もなく、期待値だけが一気に高まりました。久しく景気のいい話とは無縁だった日本人は、「中国人観光客はカモネギ」と考えることに合意したのです。無理もなかったといえるかもしれません。
買い物しか映さないテレビ報道
そんなふくらみきった期待も、尖閣事件と震災で急速にしぼんでしまいました。問題は、メディアはもちろん、インバウンド関係者も含めて、当の中国客のツアーの内実や彼らの胸のうちをどこまで理解していたか、ということではないでしょうか。
今年5月、ぼくはある中国団体ツアーを同行取材しました。震災後、初めて成田入りした中国客ということで、溝畑宏観光庁長官が出迎えにきてテレビ報道もされたため、ご記憶のある方もいるかもしれません。そのツアーを催行したのは瀋陽の旅行会社で、社長が旧知の友人という縁から、3泊4日の東京滞在をツアーの皆さんと一緒に過ごしたのです。
翌朝、ホテルの前には各局のテレビ報道陣が待ち構えていました。彼らはツアーの全行程を追っかけ取材するというのです。もっとも、彼らが撮りたいのは皇居やお台場の観光ではなく、百貨店からマツモトキヨシ、ドン・キホーテ、LAOX、さらには御徒町にある中国客に絶大の人気を誇る老舗ディスカウントストア多慶家まで、とにかく買い物シーンでした。
わずか10数名のツアー客に対し、それを上回る数の報道陣が追いかけるという構図です。ひとりの客に数社のカメラが順番に、何をいくら買ったかしつこく尋ねます。そんなうんざりする光景を見て、ぼくは彼らに問いかけました。
「中国客の買い物シーンは何年も前からさんざん撮ってきたでしょう。いまさら同じ絵を撮ることに何の意味があるんですか?」
しかし、現場のスタッフにその手の質問をするのは詮無いことのようです。デスクから中国客が何を買ったかとにかく撮ってこいとだけ言われたそうです。なかには中国のどこから来たツアーかすら把握していないカメラマンもいました。事前の下調べもせず、決めつけで報道を取り仕切るデスクと称される人たちは罪つくりというべきでしょう。
でも、よく考えてみてください。なぜツアーの皆さんはカメラに追いかけまくられることを承諾したのか。自分が海外旅行先で同じ目に遭ったらどうでしょう。理由ははっきりしています。そのツアーは、温家宝首相来日とワンセットの政治ショーだったのです。それは、海外のインバウンド・ツーリズムの世界ではよくあるメディアを使った宣伝・誘客手法のひとつともいえます。政治家か芸能人なのかはともかく、誰かに光を当てて、いかにこちらを振り向かせるか。日本のテレビ局はまんまと乗せられちゃったわけです。では、誰がそれを仕掛けたのか。話は単純ではありません。同じ時期、中国でも今回のツアーを取材した中央電視台をはじめ大量のテレビ報道あったことは知っておいていいでしょう。
しかし、日中関係というのは一筋縄ではいかないものです。その瀋陽の旅行会社は来日から数ヵ月たった現在も、東京行きツアーをほとんど催行できずにいます。ワンセットだったのが中国側ではかえって裏目に出たのか。東京が放射能汚染地域ではないかとの根深い不信も相まって、彼らとその関係者らの努力も誘客効果にはつながりませんでした。
買い物する気も失せるツアーの内実
それでも、ぼくは彼らの滞在中、ツアーの皆さんの買い物にとことんつきあいました。販売員の通訳をしたり、誰かがほしいという商品を一緒に探してあげたり……。中国インバウンド客に対する最大の貢献は、買い物にまつわる課題のソリューションにあるのです。
3日間あちこち訪ねてよくわかったのが、ツアーは忙しすぎて、すべてにおいて時間がないこと。さらに、後の回で説明しますが、ツアー造成上必ず立ち寄らなければならない契約免税店の問題があります。バスの中で友人の社長はこんな話をしました。
「中国人の最大の関心事は買い物。観光は二の次。でも、彼らはどこで何が買えるか情報(店舗、商品)がない。しかも、立ち寄り時間は短いので、買いたいものが見つからない。もっと買いたくても時間がない。結局、9割のお客さんが買い物に満足しないまま帰国することになる」。
中国客の買い物には、以下の3つの世界があると社長は言います。
- ①女性客を中心に美容健康にまつわるメイド・イン・ジャパンの実用品(化粧品、薬、健康食品など。マツモトキヨシ、ドン・キホーテなどで購入)
- ②帰国後に渡す土産(以下の3パターンあり)
- A:上司や身内に渡すもの(お金に糸目はつけない。デジカメ、炊飯器、時計など。LAOXなどで購入)
B:同僚や友人に渡すもの(化粧品、健康食品などの中級品。お金を渡され、購入を頼まれる場合も)
C:不特定多数の知人に配るもの(安くて量が多いのがいちばん。100円ショップで購入)
- ③ブランド品(自分のために大人買いする中国人特有の見栄の世界。オーダーメイドスーツ、バッグ、宝飾品など)
まるで中国社会の縮図が見えてくるような多様な買い物ニーズを、限られた時間内で満たすのは容易ではありません。訪日中国人の52.2%(2010年)を占める団体バスで毎日移動を続けるツアーの形態は、およそ中国の人たちが買い物を楽しめるような環境とはほど遠いのです。彼ら自身、買い物する気も失せるようなツアーの内実を半ば諦めて受け入れているのが実情です。背景にはツアー代金の不当な安さがあります。そうした彼らのフラストレーションが何かの弾みで点火する瞬間こそ、我々の垣間見た”爆買い”シーンだったのです。
こうしてみると、中国客”爆買い”伝説とは、日本側の自己都合にまみれた他力本願と、当事者意識を欠いた一方的な思い込みが生んだまぼろしだったのではないか、とすら思えてきます。一般に政府・自治体やインバウンド関係者は、自分の管轄や商域しか見ていません。もっとトータルにツアー全体のあり方を見直すことが必要なのです。
今後も”爆買い”が続くか疑わしい
というのも、近年のさまざまな情勢の変化から、今後も彼らが”爆買い”してくれるかどうかは、大いに疑問といえるからです。理由は3つあります。
①中国人観光客だって成熟する
②中国側の関税強化で個人のお土産にも税金がかかる
③中国も内需拡大したい
海外旅行解禁から約10年を経て、彼らが「弾丸買い物ツアー」で帰国後の面子のために実用品を大量に買い漁るような旅ではなく、自分のためにのんびり旅がしたいと考えるのは自然の流れでしょう。1980年代に始まった台湾人の日本ツアーも当初は”爆買い”が見られましたが、30年を経たいまではスマートな旅行者として日本の街に溶け込んでいます。地域格差が大きい中国ではタイムラグがありますが、”爆買い”旅行者の比率はしだいに減少すると考えられます。観光庁がまとめた「訪日外国人消費動向調査」によると、国別一人あたりの消費額のアジアのトップは中国で、「日本でしたいこと」はショッピングですが、「次回したいこと」では温泉や日本食といった本来の日本観光の魅力を味わいたいとの回答が増えるといいます。中国人観光客も少しずつですが、成熟していくはずです。
2010年10月以降、個人が海外で購入した物品に対する関税のチェックが中国の税関当局によって強化されるようになったことも、”爆買い”が萎縮する要因です。中国政府がなぜこのような措置を下したかについては、中国の内情を知れば納得せざるを得ません。要は、中国も内需拡大したいのです。ですから、日中双方のメディアで盛んに取り上げられた中国客のメイド・イン・ジャパン礼賛や”爆買い”報道を、中国政府がどれだけ苦々しく思っていたかは想像に難くありません。国民に対して「なぜ日本で買うのか。中国で買えよ」というのが中国政府のホンネでしょう。これまで通り”爆買い”中国客の来日を呼び込もうという姿勢だけでは十分ではないことを今回は強調しておきたいと思います。
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