インバウンドコラム
日本最大の会員数を誇るDMO、京都に誕生
日本最大の会員数を誇る京都市観光協会が、DMOとして産声をあげたのは2017年11月28日のことだった。
DMOは「Destination Marketing(Management)Organization」の略で、観光地域づくりを通じて、稼ぐ地域を作るためのかじ取り役としての役割を担う。観光庁は、欧米など先進国では以前から存在するDMOの考え方を取り入れた日本版DMO登録制度を、2015年に創設した。
京都市観光協会と同時期に45の組織がDMOとして登録されたが、京都市観光協会の最大の特徴は、会員数の規模。2018年8月時点で1446件と、DMOの中でも群を抜いた会員数だ。
DMOの創設に先立ち、これまで京都市のインバウンド事業を担っていた京都文化交流コンベンションビューローの国際誘客推進部長が、京都市観光協会のプロモーション担当参事を兼務し、中長期のマネジメント戦略などの企画・総括を担うこととした。加えて、データ分析やマーケティングの体制を整えるため、民間シンクタンクからデータサイエンティストの堀江卓矢氏を迎えるなど、組織強化に積極的に取り組んだ。そして2018年4月、同協会は京都文化交流コンベンションビューローからインバウンド事業を移管、6月に開催した総会では、2020年までの3カ年の経営戦略を発表するなど、本格稼働に向けて着々と取り組みを進めている。
今回のシンポジウムでは、DMOとして生まれ変わった京都市観光協会の今後の取り組みを報告するとともに、世界的にも認知度が高まる観光先進地域京都に期待されていることは何か、そしてDMOとしてのあるべき姿について、有識者を交え活発な意見交換が行われた。
世界基準を目指して 京都が変わらねばならないこと
【基調講演】
小西美術工藝社 代表取締役社長 /京都国際観光大使 デービッド アトキンソン氏
文化財などの修理、施工を手掛ける小西美術工藝社の社長を務めるアトキンソン氏は、京都が、米旅行雑誌コンデ・ナスト・トラベラーや英旅行雑誌ワンダーラストの読者投票で上位にランクインし、世界的な認知度が高まっていること、また戦略面においても、民泊に対する考え方と対応方法や宿泊税の導入などは、プラスの方向に進んでおり、ここ数年で大きな実績を出していると述べた。一方で、「シンポジウムテーマでもある“世界基準を目指すにあたって京都が解決すべき課題”はたくさんある」と話した。以下にアトキンソン氏の発言を要約する。
観光における過去の成功モデルはもう役に立たない
まず前提として、戦後から今まで日本で実施されてきた観光のやり方を続けてもうまくいかない。
当時は、日本の人口が激増している時代で、新しいターゲットが次々と現れていた。満足度の高さはお構いなし、交通機関と旅行会社主導のもと、観光地があるからそこに観光客を送客するというやり方で、それでもビジネスとして成立していた。私は、過去のことを批判するするつもりはない。当時はそのスタイルでうまく回っていたが、今とは時代が全く違う。もちろん、旅行会社や交通機関にもDMOに加盟し貢献してもらうことは大切。だが、“事前にお客様からお金をもらっているため、旅行の満足度はあまり関係ない”という交通事業者都合の観光戦略になってはいけない。今の時代に即したやり方に、観光の戦略も変えていくことが必要だ。
今訪日している観光客がどこを訪れているかを調べることには、価値がない
DMOが陥りがちな過ちとして、“今来ている外国人観光客がどこを訪れているかを調査する”ことだ。これらを調べても、価値がないし発展性もない。DMOがすべきことは、より深い調査をすること。どういうものがあれば、更に訪れてもらえるかを考えることや、今来ていない人がどうやったら来てくれるかを調査し、興味を持つ情報を発信し、訪れてもらえるようにすることだ。そして、京都の場合、それは“自然観光”ではないか。これまで京都は、歴史・文化の魅力発信を中心に行ってきたため、歴史・文化に興味がある人が訪れてきた。それは大変良いことだが、国の調査によると、歴史・文化に興味がある観光客は24.4%、それに対して自然観光へのニーズは約80%もある。ハイキングコースやサイクリングルート、庭園観光などの自然観光も京都の魅力ではないか。歴史・文化以外の入り口を増やすことで、訪れてもらうきっかけに繋がるし、訪れたら周辺の観光施設にも自然と足を運ぶだろう。
何回も京都に来たいと思わせることが、DMOの役割
日本が観光を盛り上げていこうと決めた今から5年前の訪日外国人客数は800万人だったが、2017年は2869万人近くの人が訪れた。2018年は、3200~3300万人ぐらいまで伸びることが予想され、政府が掲げた目標2020年に4000万人も実現可能な数字として見えてきた。
ただ、気を付けなければいけないのは、今後も初めての訪日客数がこれまでと同じスピードで増え続けるわけではないということだ。あと、4-5年もすると、初訪日する人の数が減っていくだろう。つまり、京都に来るリピーターの数も減っていく。初訪日の際に、京都を訪れた人が、”また行きたい”そう思ってもらえるよう、満足度を高めるような整備をしなければ、京都の観光は衰退していく可能性もある。
DMOの最大の使命は、京都での体験がどうだったか、課題といった情報を吸い上げて、その情報を提供すべきところに提供し、解決することだ。
これまで、京都は、日本の観光産業の中で、最先端の場所であると思われてきた。今は多少遅れているかもしれないが、一番先頭に立ち、京都が成功事例を示し、全国がそのモデルをベースにして成功していく。それが実現できることを願っている。
京都市版DMOの使命とその役割
【登壇者】
京都市長 門川 大作氏
文化庁 地域文化創生本部 事務局長 松坂 浩史氏
東洋大学国際観光学部 教授 矢ケ崎 紀子氏
デービッド アトキンソン氏
一般社団法人日本旅館協会 会長 北原 茂樹氏
京都大学経営管理大学院 教授 若林 靖永氏
京都市が抱える「混雑の一極集中」の解決
京都市長の門川氏は、DMOとして生まれ変わった京都市観光協会には「これまで課題として認識していたけれどもできていなかったことを実行してほしい」と話した。具体的な課題の一つとして、京都観光が、季節・時間・場所に集中していることを挙げた。「2月と4月では混雑度合いが3倍の差がある。また、有名な観光地へ観光客が集中しており、山科・大原といった地域を訪れる人は少ない。DMOには、こういった課題解決に向けて取り組んでほしい。更には、『課題と認識していないことを浮き上がらせて認識させる』ことにも取り組んでほしい」そう述べた。
出来ていることは民間に任せ、DMOは将来のお客様確保に向けた取り組みを
東洋大学教授の矢ケ崎氏は、京都市観光協会がDMOとして掲げた目標や、その実現に向けて提示した具体的な施策を「実行」に移すことが一番大切、そして実行の上では2つのポイントを押さえてほしいと話した。1つ目は、DMOのポジションを正しく理解すること。「出来ていることは民間に任せ、DMOがすべき『将来のお客様の確保』に向けた取り組みに注力すること。そのためには、京都での経験に奥深さを感じさせるよう、品質担保を促すようなことも必要」と話した。2つ目は、1446件の京都市観光協会会員同士が協働できる“実態ある現場”を作ることと述べ、DMOが地域のマネジメントとしてきちんと機能することへ期待を寄せた。
マーケティングを実践できている組織が見当たらないからこそ、今がチャンス
日本旅館協会会長の北原氏は、データの収集と共有について言及。今の宿泊施設に必要なことに「これまでは観光客対応は、女将さんの経験とそれに基づく勘を頼りにしてきたところが大きい。ただし、これからは、京都の旅館に求められているのは何か、何を課題と感じているのかといった観光客のニーズを、数字やデータを通じて従業員全員が共有し対応できるようにしたい。宿泊施設としても調査やデータ提供など連携しながら取り組みたい」と話し、データベースを通じた情報の共有の重要性に触れた。
基調講演に続いて登壇したアトキンソン氏はDMOの役割である「マーケティング」についてより詳細に触れた。「マーケティングとは、調査をして、市場を細かく分解し、それぞれの市場に対して商品を作り価格を決め、情報を発信する、という一連の流れのことを指すにもかかわらず、情報発信にばかり注力する組織が多い。例えば、今大原に人が来ていないからと言って情報発信したとしても、実際に人が訪れるとは思えない。本来は、大原に人がいかない理由、どうすれば訪れたくなるかを聞き、どんな商品をいくらであれば買いたくなるか、どこにいる人に発信すればいいかを考え、媒体を絞って発信する。それがDMOの役割のはず」そう話した。そして、全国どこを見ても、この一連の流れが実行できている組織は一つも見当たらない。だからこそ、今がチャンスと強調した。
司令塔として、継続的に観光客が訪れてもらえる取り組みを
一方で、文化と観光にも深いかかわりがあり、観光利用を通じて文化を楽しめる環境づくりを担う文化庁の松坂氏は、2015年に大改修を行った姫路城のケースを紹介。「大修理が終わった2015年の観光客は290万人だったが、2017年には180万人とたった3年で100万人以上も減少した。修理が終わった時点で文化庁の仕事は終了となるが、その後も継続的に観光客に訪れてもらうような取り組みが必要。こういうケースこそ、DMOに司令塔となってもらいたい。その中で文化庁としてもできることに取り組みたい」と話した。
観光を尊敬と憧れのまなざしを集める仕事にし、将来の担い手を確保
セッションの最後には、門川氏が京都市としての決意を表明。1つは、観光を新しい3K「給料がいい・休暇がとれる・希望がある」産業として、尊敬を集め、担い手を確保できる仕事にしていくこと、2つ目は、文化を残すために、観光を活用していきたいと話した。「住民は利便性を、観光は非日常を求める。住民が住むことが難しい伝統的な京町家も、観光があることで、本物として残していくことが出来る。こういった伝統産業を残していくことが京都の使命。様々な分野で観光に携わる皆様に当事者意識をもって取り組んでほしい。行政は全力で応援していく」そう強調した。
編集後記:
ウェスティン都ホテル京都で盛大に開催された発足記念シンポジウム。来賓、登壇者の顔ぶれ、会場、参加者規模などからも、京都市観光協会の本気度がひしひしと伝わってきた。国内外問わず多くの観光客が押し寄せ、一見すると順風満帆のように思われる国際観光都市京都、だからこそ多くの課題を抱えていることを実感させられた。本格稼働を始めた日本最大のDMOの今後の動きや取り組みに注目していきたい。
【開催概要】
2018年9月18日 (月)14:30~17:30
京都市観光協会DMO発足記念シンポジウム
京都観光ビジョンNEXT~世界の観光をリードするエキスパート集団を目指して~
場所:ウェスティン都ホテル京都
主催:公益社団法人京都市観光協会
共催:京都市
協力:文化庁地域文化創生本部、公益財団法人京都文化交流コンベンションビューロー
後援:観光庁、京都商工会議所
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