インバウンドコラム
アフターコロナの観光・インバウンドを考えるVol.8 世界一幸福な国フィンランドの観光戦略〜ライフスタイルで世界を惹きつける秘訣とは?〜
2020.06.11
新型コロナウィルスの世界的大流行を受け、自由な旅行が制限されるなか、新しい観光の在り方について模索が始まっている。2020年3月、国連の「世界幸福度ランキング」で3年連続1位を獲得したフィンランドではライフスタイルそのものが魅力的な観光資源となり、世界中から観光客を惹きつけている。
今回は、元フィンランド政府観光局日本局長、株式会社Foresight Marketing CEOの能登重好氏(以下、能登)をゲストに招き、ライフスタイルを活用した観光戦略と政府が推進する「サステナブル・トラベル・フィンランド・プログラム」についてお話を伺った。モデレーターは株式会社やまとごころ代表取締役の村山慶輔(以下、村山)が務めた。
1)フィンランドの観光戦略
日本は中国、ロシアと並ぶ3大マーケットのひとつ
村山:フィンランドの旅行マーケットについて簡単に教えてください。
能登:フィンランドにおけるインバウンド客数はロシア、ドイツ、スウェーデンがトップ3で日本は8番目ですが、中国、ロシアと並び最重要3大マーケットの一つと位置付けられています。なぜなら、北欧5カ国を訪れる日本人旅行者の宿泊先を国別にみると、フィンランドが39%と最も多くなっています。平均は約15%ですから、倍以上のシェア率です。北欧5カ国の中でもフィンランドを滞在先に選ぶ日本人旅行者が非常に多く、特殊なマーケットであるとわかります。
村山:フィンランドの観光戦略の特徴を教えてください。
能登:フィンランドは世界中の人が知っているような有名な観光地や世界遺産を持っているわけではないので、森や湖など豊かな自然とそこに根付くライフスタイルそのものを観光コンテンツとして誘客を図っています。
フィンランド人のライフスタイルとは、スポーティ、自然に親しむ、シンプル、Less is more、DIY精神、平等といった特徴があります。「Less is more」とは、モノをたくさん所有することが良いことではなく、モノが少なくても楽しめるという考え方です。モノが壊れたら自分で修理したり、サマーコテージも数年かけて自分で建てるといったDIYも盛んです。また、ヨーロッパで最初に女性に政権を与えたのはフィンランドですし、フィンランド政府観光局のトップマネージメントの半数以上は女性が占めます。男女平等だけでなく、年齢の平等も浸透しています。こうしたライフスタイルを活かしたプロモーションをグローバルとローカルで展開しています。
季節変動をカバーするライフスタイル・プロモーション
村山:ライフスタイルを活用した観光戦略を具体的に教えてください。
能登:代表的なものを4つ挙げると、暮らすように旅することをコンセプトとした「デザイン・プロモーション」、「サウナ・プロモーション」、「Rent a Finn」、そして政府観光局がいま、一番力を入れている「サステナブル・フィンランド」があります。デザインとサウナは日本マーケット限定のローカルプロモーションです。
昨年から始まったRent a Finnは一般のフィンランド人がホスト役になって現地を案内するもので、フィンランドに旅行したい人とホストしたい地元の人をマッチングさせるSNS連動型のプロモーションです。2年目の今年はコロナ禍の影響で直接対面ができない状況なので、オンラインでストリーミング配信をしています。
村山:デザイン・プロモーションは10年以上前から展開しているとのことですが、始めたきっかけはなんですか。
能登:春と秋のローシーズンの落ち込みを克服するために始めたのがきっかけです。ライフスタイルであれば、どの季節に来ても同じように楽しめます。デザインを切り口にヘルシンキに長期滞在してもらい、暮らすように旅してもらうことを目指しました。
村山:サウナも特徴的な取り組みですね。
能登:サウナはフィンランドの生活に根差した独自の文化です。「サウナに入れば皆平等」という言葉もあり、平等を尊重するフィンランドの国民性も一緒にアピールできます。
村山:サウナのようなローカルなプロモーションは各国で実施していますか。
能登:実は日本だけです。ちょうどミレニアム世代を中心にサウナがブームになりつつあり、日本にはお風呂文化があるのでサウナも受け入れやすいだろうとベストタイミングを見極めてスタートさせました。人前で裸になることに抵抗がある国も多いので、サウナ・プロモーションは日本に的を絞ったものです。
商品イノベーションに必要な4つのポイント
能登:新しい商品を開発するときには、部外者、若者、奇抜なアイデア、地元コーディネーターの4つが必要だと考えています。サウナもオーロラもしかりですが、ローカルだと当たり前すぎて気付かない魅力に部外者が気付くことも大いにあります。また、若者ならでは発想、リーチの広げ方も有効です。奇抜なアイデアでも切り捨てずに、じっくり育てておいてタイミングをみて外に出すこと。まさに今回のコロナ・ショックのような劇的な状況変化においては、今まで通用しないと思っていたアイデアに出番がくるかもしれません。
村山:日本でもよそ者、若者、バカ者とよく言いますが、ここでは地元コーディネーターが入っているのが特徴ですね。
能登:新しいアイデアが出たときに、現地の人を説得して、それを一つの旅行商品として作り上げるには地元コーディネーターの存在が欠かせません。
2)フィンランドが最も力を入れるサステナブル・ツーリズム
「選ぶ」「選ばれる」両方の視点が入ったサステナブル誓約
能登:2年前から始まったサステナブル・フィンランドは受入側のエコロジカルな配慮はもちろんですが、旅行者側にも、その地域に住む人々の文化を尊重する配慮を求める、いわゆるレスポンシブル・トラベラーを歓迎しようという取り組みです。フィンランド政府観光局がサステナブル誓約をネット上に掲げ、旅行者にシェアしてもらったり、賛同する人にはメールアドレスを登録してもらう運動を続け、現在、約1100人の署名が集まっています。誓約の一例としては、「ベリーとキノコは摘んで食べてもよいが、踏み固められた道を外れない」という自然享受権についても明記があります。他にも、むやみに写真を撮らない、大声で話さない、ゴミは持ち帰るなど旅行者に守ってもらいたい事項が入っています。
サステナブルな旅をするための10のヒントを旅行者に提示
村山:観光地として自分たちを選んでもらうと同時に、来る人を選ぶという視点も入っていますね。
能登:フィンランドが目指すツーリズムの主張を盛り込みながら、それに共感・賛同してくれる旅行者に来てほしいという姿勢が表れています。
旅行者向けにフィンランドでサステナブルな旅をするための10のヒントも公開されています。例えば、ハイシーズンを避けて長期滞在する、公共交通機関を利用する、水道水を飲むなどフィンランド人のように生活を楽しみながら旅しようと呼び掛けています。
村山:地域を守るためとはいえ、旅行者が減る心配はありませんか。
能登:長期的な視点で、サステナブルな考えを共有する旅行者が増えることが国として得策だと考えています。
ビジネスの土俵に立つためのサステナブル認証制度
村山:もし誓約に反した旅行商品が造成された場合、どうなりますか?
能登:特に対策等は打たないと思います。フィンランドでは我々と違う人もいると幼少期から教育を受けるので、違うことに対して大らかです。国としてはサステナブルな取り組みを推進するため、サステナブル・トラベル・フィンランドという認証制度を昨年から始めました。7つのステップをクリアすれば、認証ロゴを掲出でき、公的機関からの支援も受けられます。旅行者も企業もこの認証があるかないかでホテルや旅行会社を選びます。ヨーロッパの旅行業界ではサステナブルな取り組みをしていないベンダーとは取引しないという姿勢が顕著で、ビジネスの土俵に立つために欠かせなくなっています。
村山:自然環境を維持しつつ、観光客を誘致する。この2つがバランスよく両立するためにはどのような取り組みが必要ですか。
能登:フィンランドの人口は約550万人、面積は日本の9割程と圧倒的に人口密度が少なく、旅行者が殺到する程ではないので、自然とのバランスが取れているのだと思います。湖や森の管理は担当省庁が厳しく管理しています。しかし、オーロラで人気のラップランドではハイシーズンは込み合っているそうなので、今後の課題です。
村山:旅行者の数を増やすことに執着していない印象を受けるのですが。
能登:確かにマスツーリズムではないところでプロモーションしたいという姿勢は明確です。個人客をターゲットに安売り合戦をせず、きちんと利益を確保できる旅行商品づくりをしています。旅行者は海外からが3割、7割は国内客です。
3)フィンランドのコロナ後を見据えた取り組みやそこからのヒント
日本とフィンランドのアウトバウンド、インバウンド
村山:フィンエアーでは7月から成田・名古屋・関西空港からヘルシンキへの航路再開が予定されているそうですが、フィンランドを訪れる日本人観光客に人気があるものは何ですか。
能登:実は日本人客の約66%が女性です。その女性たちが必ず立ち寄るのがスーパーです。ローカルなライフスタイルを垣間見ることができ、楽しい発見があるのが理由です。
村山:一方、フィンランド人は日本に何を求めて旅行するのでしょうか。
能登:ヨーロッパにはないエキゾチックな魅力を感じていると思います。それから、冬でも太平洋側は晴天が多く、太陽の光が溢れている点。日本のシンプリシティや礼儀正しく控えめな人間関係にも共感しています。日本のアニメ・漫画も人気ですし、最近ではスキーも注目されています。フィンランドは雪が多いですが、実は標高が高い山があまりないので、ニセコのようなパウダースノーに憧れを持つフィンランド人は多いと聞きます。
女性の活躍とテクノロジーの活用
村山:フィンランドでは女性の社会進出が日本よりもずっと進んでいますが、観光分野においてもその恩恵がありますか。
能登:フィンランドのDMOでは多くの女性が要職に就いており、そのおかげでコミュニケーション能力が高いと感じます。特に情報発信の仕方や旅行者のニーズを掴むのが上手です。
村山:5GをはじめとするIT技術力の高さも観光分野で活かされていますね。
能登:交通システムをワンストップでコントロールするアプリMaaS(Mobility-as-a-Service)を開発したのもヘルシンキの会社です。技術だけでなく、ユーザーインターフェイスやデザイン性の高さも支持される理由となっています。
ターゲットを1国に絞らず、複数のマーケットでポートフォリオを形成
村山:長年フィンランドの観光施策に携わってきたご経験から日本でも取り入れられそうなヒントは何かありますか。
能登:フィンランドでは以前、ロシア市場に最も注力していたのですが、数年前にロシアから観光客が一気に来なくなって苦しんだ経験があります。日本も1つの市場に偏りすぎず、いろんなマーケットを組み合わせてポートフォリオを形成することが大切です。フィンランドのインバウンド市場において日本はベスト5に入っていないのに最重点市場になっているように、数だけで重要マーケットとみなすのではなく、強みを発揮できるマーケットを見極めるようにしてほしいです。
ライフスタイルのコンテンツ化では、外部の意見を取り入れる
村山:ライフスタイルを旅行商品化するコツは何かありますか。
能登:そこに生活している自分たちでは気付かないことが多いので、外部の意見を聞くことが大事です。例えば、フィンランドではサマーコテージが広く普及していますが、今まで観光資源として外に向かってアピールしてきませんでした。アフターコロナにはコテージ1棟丸ごと借りて、予約やアクセス方法はアプリで管理し、家族だけでコテージに長期滞在しながら、ケータリングはITで注文するようなスタイルも出てくるかもしれません。
「デスティネーション・プロモーション」から「デスティネーション・マネジメント」へ
村山:能登さんはデスティネーション・プロモーションとデスティネーション・マネジメントの違いも説いていらっしゃいますね。
能登:デスティネーション・プロモーションはどなたでもどうぞ来てくださいと来客数を増やすことが目的ですが、デスティネーション・マネジメントは地域との親和性が高いお客様を呼ぶことを目指します。ヨーロッパでは既にデスティネーション・マネジメントに重点が置かれています。
村山:最後に観光事業者にメッセージをお願いします。
能登:今後はインバウンドとアウトバウンドの垣根がなくなってくると予測されます。両方を促進できるよう支援していこうと思います。
【登壇者プロフィール】
能登 重好氏
元フィンランド政府観光局日本局長
株式会社Foresight Marketing CEO
大手旅行代理店勤務を経て、1993年フィンランド政府観光局にマーケティングマネージャーとして入局、1996年より同日本局長。20年以上にわたりフィンランドのプロモーションに関わっている。2010年に株式会社Foresight Marketingを設立し、現在もVisit Finland (フィンランド政府観光局の現在名)の業務を助けるほか、バルト三国の政府観光局の日本代表、EUによるプロジェクトのマーケットスペシャリストとしてプロモーションの戦略立案、マーケティングにも関わる。
【開催概要】
アフターコロナの観光・インバウンドを考えるVol.8
「世界一幸福な国フィンランドの観光戦略 〜ライフスタイルで世界を惹きつける秘訣とは?〜」
日時:2020年6月5日(金)16:00~17:00
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆アフターコロナの観光・インバウンドを考えるvol.10「オンラインツアー・体験の最前線 ~事業者の取り組みから今後の可能性を考える~(仮)〜」
2020年6月19日(金) 15:00~16:00
<応札未経験者対象>
■2020年6月17日(水) 14:00〜14:30
■2020年6月30日(火) 14:00〜14:30
<応札経験者対象>
■2020年6月25日(木) 14:00〜14:30
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