インバウンドコラム
新型コロナウイルスの影響により、国境閉鎖や移動制限の措置が取られたことで、世界の航空会社は大幅な減便を余儀なくされた。とりわけ国際線需要は著しく低迷し、コストや人員削減では間に合わず、破綻に追い込まれるケースも出ている。
今回のゲストには、航空業界の専門家である一般財団法人 運輸総合研究所客員研究員で、全日本空輸株式会社常勤顧問の藤村修一氏を招き、新型コロナウイルスが航空業界に与えた影響と航空インフラ存続のために各国政府が行なう支援策、また今後の入国制限緩和に向けた最新の動向もお話いただいた。
主な航空会社10社だけでも約2兆円の赤字
世界の航空各社は新型コロナウイルスが発生した1月以降、大幅な減便を余儀なくされてきた。4月前半に底打ちした後、国内線を中心に徐々に便数は戻り始めているが、損失は深刻だ。2020年4月~6月期決算では、デルタ航空で約6100億円、アメリカン航空で約2100億円、エールフランス・KLM航空で約3100億円、ANA約1088億円、JAL約937億円など主な10社で約2兆円にのぼる赤字となっている。英国のフライビー、タイのノックスクートは清算、アエロメヒコ、ヴァージン・アトランティック、タイ国際航空は運航継続するものの、破綻申請した。
航空インフラ存続に向けた各国政府の動き 国有化の動きもあり
アメリカ政府は米国の航空会社各社に対して、合計約2.7兆円の雇用助成金を出して、9月まで雇用を継続させている。しかし、助成金の期限を過ぎる10月以降は大幅な解雇が予想される。藤村氏は「アメリカでは国有化された航空会社は過去に1社もなかったが、今回の米国政府の貸し付けにはワラントが設定されており、国有化のオプションが付けられたことは驚きだ。もっとも、航空会社再生後に売却してキャピタル・ゲインを狙っているとの見方もある」と指摘する。
ドイツ政府はルフトハンザ航空に対して、約20%の株式取得を含めた合計約1.1兆円の支援を実施。財政状況が傾いていたアリタリア航空は今回のコロナショックで完全国有化された。シンガポール航空に対しては政府系投資会社から約1.2兆円の資金調達が行われ、日本の大手2社ANAとJALも金融機関から資金調達を実施している。
発着枠保持は死活問題 U/Lルールの免除で救済
U/Lルール(Use it or Lose it rule)とは、国際航空運送協会(IATA)が定める国際的な発着枠調整ルールのことで、混雑空港で割り当てられた発着枠のうち、少なくとも8割以上運航しないと、翌年同時期の枠は没収されてしまう。今回のコロナ禍は不可抗力によるものであるため、2020年夏期はU/Lルールは免除されている。しかし、いまだ感染拡大が続く状況を受け、IATAでは2021年3月までU/Lルール免除期間を延長するよう各国当局に申し入れしているところだ。
欧州では低リスク国からの入国制限を徐々に緩和
欧州では7月以降、感染のリスクが低い国からの入国を緩和していく「リスク・ベースト・アプローチ」という方法を採用している。英国では6月8日からすべての渡航者に14日間の自主隔離を要請していたが、7月10日以降はEU加盟国をはじめ、日本、韓国、台湾など50以上の低リスク国からの入国者に対して、自主隔離の義務を免除した。
EUでは3月中旬から域外からの渡航を原則禁止していたが、6月30日に域外からの観光客や出張者を自主隔離せずに受け入れることのできる低リスク国のリストを公表。日本、韓国を含む域外15カ国が対象となり、感染が多い米国などは除外された。しかし、その後の感染拡大を受け現在は11か国へ縮小。リストは感染状況をみながら2週間ごとに更新される仕組みだが、勧告のためEU加盟国に対する強制力なく、最終判断は各国ごとに委ねられる。ドイツでは、日本がドイツからの入国を禁止しているため、reciprocity(相互主義)の観点から、日本からの入国は認めていない。
日本では16の国・地域を対象に入国制限緩和を検討
一方、日本では現在159の国と地域を渡航中止勧告、入国拒否の対象としている。入国を許可された外交官、日本人帰国者などに対しては、全件PCR検査の実施と14日間の自主隔離が必要だ。入国制限緩和に向けては、感染状況が落ち着いている16の国・地域(ベトナム、タイ、豪州、ニュージーランド、カンボジア、シンガポール、韓国、中国、香港、マカオ、ブルネイ、マレーシア、ミャンマー、モンゴル、ラオス、台湾)を対象に調整に入ったが、欧州で始まっているリスク・ベースト・アプローチについては、日本では実質まだ動いていないのが現状だ。藤村氏は「1社ではなく、航空業界全体とインバウンド業界等も巻き込んで、一緒に政府に働きかけをしたい」と呼び掛けた。
今後の見通し、完全回復には4~5年かかる
日本の国内線便数は例年の1/3~1/4程度にとどまっているが、Go Toキャンペーンの開始により徐々に回復傾向にある。ただ、国際線については未だ回復の目途が立たず、2019年と同等レベルまで戻るには4~5年かかるとの見方もある。
また、航空運賃については、立ち直り当初は顧客獲得のため、価格を下げるケースもあり得るが、感染防止策にかかる手間やコストが価格に反映されると、高くなる可能性もある。機内の空気は高性能フィルターで2~3分間に1回総入れ替えが行われる仕組みであるため、IATAでは座席の間引きをする必要はないとの見解を出している。
非接触型でスムーズな入国アプローチの確立がインバウンド回復への近道
インバウンド回復に向けては、藤村氏は「利用者と航空会社と空港にとっても負担が少ない新たなルール作りが必要だ」と指摘する。まずは低リスク国からの入国について、事前PCR検査陰性証明書提出によって、到着時PCR検査と自主隔離の免除をすることだ。安心・安全でスムーズな入国を実現することが需要回復への近道だと説く。
最後に藤村氏は「各国へ科した制約さえ外れれば、訪日したい人は世界中にたくさんいる。来るべき回復期に向けて一緒にがんばりましょう」とメッセージを送った。
【登壇者プロフィール】
全日本空輸株式会社 常勤顧問 運輸総合研究所 客員研究員 藤村 修一氏
東京大学工学部計数工学科卒業後、1980年ジェットエンジンの整備士として全日空に入社。フルブライト奨学生としてマサチューセッツ工科大学経営学部に留学し、1987年に経営学修士号を取得。その後、全日空にて、ネットワー戦略部長(2005-2009)、執行役員ロンドン支店長(2009-2012)、取締役専務執行役員国際提携担当(2018-2020)など数々の要職を歴任。現在は、スターアライアンスのアライアンス運営委員会の議長を兼務している。
2014年に出版されたハーバード・ビジネス・スクールのケース「ANA(A)」および 「ANA(B)」では、全日空を国内線航空会社から国際線航空会社へ変革する主人公として登場している。
【開催概要】
日時:2020年9月11日(金)17:00~18:00
場所:ZOOMウェブセミナー
主催:株式会社やまとごころ
【今後開催予定のセミナー】
◆観光ユニコーン・KLOOKが見る世界の観光の新潮流とは?/withコロナ時代の観光戦略 vol.11
2020年9月25日(金)16:00~17:00
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