インバウンドコラム

気候変動対策の転換点、COP29が示した観光業界の新たな役割と未来

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アゼルバイジャンの都市「バクー」で、2024年11月11日~24日に、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)が開催された。そのなかで、私たち観光業界が注目するべき出来事があった。COP29期間中の11月20日を「観光デー」として、初めて観光大臣による会合が設けられたことだ。世界の気候変動対策における観光産業の役割が改めて注目された。

COP29会議では、各国政府をはじめ、観光業界関係者も含めて700名以上が参加し、アゼルバイジャン観光庁とUN Tourism主導のもと、持続可能な観光の実現に向けた具体的な議論が深められた。

筆者が所属するアジア・エコツーリズム・ネットワーク(AEN*に対して、同会議から招待状が届いたので、今回参加した。その様子をレポートする。

*AENは、国連ワン・プラネット・ネットワークの持続可能な観光プログラムのパートナーの1つであり、また、グラスゴー気候変動行動宣言の署名者および支援組織でもある。

 

COP29で、観光産業対策が盛り込まれるに至った背景

世界の観光産業の炭素排出量は8%にとどまるも、10年間で40%増加

2024年の国連気候変動会議(COP29)で、観光産業の役割や取り組みが本格的に議題にあがった背景には、コロナ禍からの回復期を迎えた観光業界で、持続可能性を競争力と回復力の源泉と捉え、社会と環境への責任を果たそうとする動きが加速していること、そして気候変動が観光産業に与える影響がますます深刻化し、従来のビジネスモデルでは対応が困難な状況に直面しているという現実がある。

実際に、観光産業は世界の炭素排出量の8.8%を占めるとされている。2009年から2019年にかけての排出量は約40%増加し、5.2ギガトンを排出したとのデータもある。

このような状況を踏まえ、COP29では、観光産業の温室効果ガス排出削減や気候変動への適応力強化が喫緊の課題として認識され、具体的な対策が議論されるに至った。

 

COP29会議における3つのハイライト

会議の成果、各国政府が、観光産業において何に取り組むのか?

観光事業者がCOP29について押さえておきたい点は以下の3点だ。

1.52カ国がCOP29宣言を承認

今回のCOP29で、52カ国が署名した「観光業における気候変動対策強化に関するCOP29宣言」は、観光業界が気候変動対策の中心的な役割を担うことを明確に示した。同宣言は、観光業を気候変動の影響を受けにくい、低炭素なセクターへと転換させ、経済発展と地球の持続可能性を両立させるための具体的な行動を呼びかけている。

署名国は、気候変動に関する計画を策定する際、観光に関する対策を必ず組み込む必要が生じる。これは、観光業界が各国政府の気候変動政策において重要な位置づけを占めるようになったことを示すものだ。

今回署名したブラジルの観光大臣、セルソ・カビニョ氏は次のように語る。
「ブラジルは責任を持って気候変動政策に取り組むことを約束する。これは、子供たちのために、貧困を減らし、教育を促進するためでもある」

また同じく署名をしたカザフスタンの観光スポーツ副大臣、イェヴジャン・エルキンバエフ氏は、観光と環境は同時に計画を進めるべきだと語り、自国の取り組みを次のように紹介した。
「国立公園の生物多様性の保護、文化の育成、INSTO(持続可能な観光地づくり国際ネットワーク)、UN Tourismベスト・ツーリズム・ビレッジや、グリーンデスティネーションズといった取り組みを進めている」

2.グラスゴー宣言の強化

COP29では、2021年のCOP26で採択された「グラスゴー宣言」がさらに強化された。同宣言は、観光セクターが気候変動対策を加速し、10年間で観光産業部門での二酸化炭素(CO2)排出量を半減させ、2050年までにネット・ゼロエミッションを達成することを目指すもの。COP29では、グラスゴー宣言の署名国を増やすとともに、具体的な行動計画の実施状況を報告し、さらなる取り組みを加速させるための議論が行われた。

グラスゴー宣言の実施報告書2024によると、すでに900以上の署名者が370以上の行動計画を策定しており、行動計画の74%では排出する二酸化炭素量の測定に重点が置かれ、92%の行動計画には、脱炭素化に向けた活動が含まれている。COP29期間中には、デスティネーション・カナダやサマルカンド地域観光局(ウズベキスタン)など、新たに58の組織が署名に加わり、宣言への支持が拡大した。こうした動きは、観光業界が気候変動対策に真剣に取り組んでいることを示している。


▲COP29会場で「化石燃料はもういらない」のボードを掲げて抗議する人たち

 

3.ハイレベルラウンドテーブル会議のハイライト

COP29で開催されたハイレベルラウンドテーブル会議では、学術界、政策立案者、民間セクターの専門家が集まり、二酸化炭素排出量の測定、気候変動への適応、資金調達などのテーマについて話し合が行われ、観光業界の気候変動対策への意欲を一層高めるものとなった。

二酸化炭素排出量の測定について議論されたハイレベルラウンドテーブル会議1で、UN Tourismは、観光の持続可能性を測るための新しい枠組み(MST)を発表し、この枠組みが観光業界の気候変動対策を後押しすることを強調した。

また、二酸化炭素排出量の測定については、世界、国、企業、そして製品ラベルの4つの視点から議論が深められた。測定の取り組みを拡大することで、より根拠に基づいた対策が可能になるため、それぞれに合わせた測定方法が求められる。専門家からは、技術的な課題だけでなく、革新的なビジネスモデルの構築や、人々の行動変容を促すための取り組みの重要性が指摘された。

サステナブルな観光業を持続するために必要な資金調達について話し合われたハイレベルラウンドテーブル会議2では、観光産業が気候変動対策の中心的な役割を果たせることが改めて示されている。その実現のためには、従来の協働を超えた「共創」の重要性、システム、資金、権限を組み合わせた革新性、そして利害関係者だけでなく株主の視点も考慮した経営の必要性が強調された。なお、現在、観光業においてもESG基準に沿った資金調達が活発に行われるようになっていることが報告された。

 

気候変動に対して、観光業界も優先事項として取り組むべきとき

今回COP29において、宣言に署名したのは52カ国となったが、193の国連加盟国のうちの一部に留まっている。しかしながら、気候変動は、海面上昇や生物多様性の損失などとも密接に関連しており、個別の単独の国で対処するべき問題ではなくなっている。また、世界で10人に1人が従事している観光産業では、気候変動により5人に1人の雇用が失われる可能性があることも指摘されている。それらのことを考えると、観光業界を含む全ての人々に影響を与える深刻な問題であり、優先事項として取り組む必要があるだろう。

脱酸素に関して、各業界はビジネスとして捉えて積極的に動いている様子が見られるが、観光業界においては、一部の宿泊施設を除くと、コスト高と捉え、様子見という状況が多いように見受けられる。地球温暖化対策の重要性を全ての業界が認識し、オープンソースで使えるカーボンフットプリント(製品やサービスの原材料調達から廃棄、リサイクルまでのライフサイクルで排出された温室効果ガスをCO2排出量に換算し表示する)計算機や、省エネ・再生可能エネルギー設備の導入、森林管理等による温室効果ガスの排出削減・吸収量を国が認証する制度である「Jクレジット」の利用方法が簡素化される必要があるのではないだろうか。


▲COP29会議に参加した高山氏

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