インバウンドコラム
2024年の訪日外客数は累計で3687万人と過去最多を記録した。一方で、日本を含む世界の有名観光地などではオーバーツーリズムが深刻な課題となり、住民の生活や環境への影響がこれまで以上に問題視されるようになっている。観光地や宿泊施設には、これまで以上にサステナブル・ツーリズムへの取り組みや認証制度への対応が求められている。
こうした背景を受け、2024年度には東京都と東京観光財団(TCVB)が、都内の観光関連事業者を対象に、都市部を含む地域の取り組みや飲食店・観光事業者の事例、さらには国際的な組織の動向などを学べる「持続可能な観光 基礎講座」を全4回にわたり実施した。
第4回は、宿泊施設向けの認証制度を運営する株式会社サクラクオリティマネジメント代表取締役の北村剛史(きたむら・たけし)氏が登壇。北村氏は、国際基準に従うためのツールとしてだけではなく、認証取得を「世界に向けて日本が独自の強みを発信するチャンス」と捉えている。本記事では、宿泊施設の認証制度であるサクラクオリティの内容や、その活用方法などを、北村氏のサステナビリティへの考えと共に紹介する。
▼第1回レポート
東京都が推進する持続可能な観光 GSTC公認トレーナーに聞く「サステナブル・ツーリズムの最前線と国際認証の仕組み」
▼第2回レポート
品川宿で交流型宿泊サービスを提供する宿場JAPAN 渡邊崇志代表に聞く「都市圏での地域を巻き込む宿泊施設と観光まちづくり」
▼第3回レポート
サステナブル・レストランの啓蒙を進める協会代表に聞く「食に求められる持続可能性と事例からの考察する観光の未来」
日本の宿泊施設の品質向上を目指すサクラクオリティ
北村氏は、日本の宿泊施設の品質向上を目的として、ニュージーランドの宿泊施設認証制度「クオールマーク」を参考に、ホテルや旅館等の宿泊施設を中心とした日本独自の品質認証制度である「サクラクオリティ」を2012年に設立。その後、持続可能な観光を取り巻く環境を踏まえて、ESGやSDGsの視点に特化した品質認証制度「サクラクオリティグリーン」を導入した。
サクラクオリティグリーンは、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)の基準をもとに172項目で審査され、評価は5段階で示される。2025年1月末日現在、148の宿泊施設が認証を取得している。
現在、観光業界におけるサステナビリティは、欧米主導の国際基準がスタンダードとなり、環境負荷の低減や地域社会への貢献を評価する認証制度が普及している。なかでも、GSTCの基準は「持続可能な管理」「社会」「文化・コミュニティ」「環境」の4分野に分類され、国際的な指標として活用されている。
北村氏は、サステナビリティの推進にあたり、国際基準に従うことは1つの手段と捉えつつも、それが必ずしも万能ではないと説く。欧米主導のスタンダードでは、「環境」が重視されがちであるが、実際は4つの分野それぞれが、密接にかかわっていると指摘する。
例えば、経営方針は企業文化を示し、地域経済への貢献は地域の文化意識を反映し、文化遺産の保護はその土地の歴史的な価値を守るための取り組みでもある。環境保全もまた「自然に育まれ、自然に還す」という意識のもと、文化の一部として捉えられる。
やみくもに国際基準に従えばいいと考えるのではなく、地域資源や、地域が持つ文化や価値観を踏まえて、それらが密接に関係していることを考慮しながら、実践することが重要だという。日本には昔から大切にしてきた価値観や考え方、また独自の環境保全のための取り組みもあるが、それらを考慮せずに欧米の基準に合わせてジャッジしてしまうと、日本らしさが損なわれる可能性があると指摘する。
持続可能な観光の実現には、欧米の基準を参考にしつつも、日本独自の文化や制度を活かした基準を確立することが不可欠だという北村氏は、「サステナビリティへ取り組むことは、日本の文化発信の機会であり、大きなチャンス」と強調する。
そもそもサステナブルな思考が根付いている日本文化
日本には、欧米の認証基準が普及する前から、サステナブルな考え方が、文化の根底にあると北村氏は話す。例えば、日本人の協調性や調和を重んじる利他的な価値観は、人と人との関係だけでなく、自然環境との共生にも及んでおり、持続可能な観光の概念とも深く結びついていることが挙げられる。
代表的な例が、世界的にも話題となった「MOTTAINAI(もったいない)」の精神である。資源を無駄にしないという日本独自の価値観を表す言葉であるが、これが世界的には「環境保護」の視点で優れた取り組みとして注目された。
また「里山文化」という言葉に代表されるように、自然と人が調和しながら資源を持続的に活用する知恵が古くから受け継がれてきた。こうした考え方は、日本人の生活や企業文化のなかにも深く根づいているだけでなく、日本の持続可能な発展を支える基盤となり、GSTCなどの認証基準にも合致するものとなっていると北村氏は指摘する。
▲自然と調和する日本の里山文化
さらに、日本の法律や制度にも、環境を守るための仕組みがすでに多く組み込まれているという。例えば、ペットボトルに関しては、プラスチックの使用を理由に欧米からは否定的な評価を受けがちだ。ただ、日本では回収率が世界トップクラスであり、リサイクルを前提とした仕組みが確立されている。ほかにも、漁業では、将来の水産資源を守るために、魚網の目の大きさに関する規制を設け、稚魚を捕獲しないようにしている。さらに、切り花についても、欧米では「ワンウェイフラワー(使い捨ての花)」と見なされ問題視されることがあるが、日本では華道の文化があり、ホテル等においては、生けた花をその後、押し花やドライフラワー、アロマとして再利用、また堆肥化することで、新たな価値を生み出している。
実際、北村氏は140以上の宿泊施設で認証を進めるなかで、既に高い水準でサステナブルな取り組みが実施されていると感じているという。
持続可能な観光における宿泊施設の取り組みと課題
今後、持続可能な観光をさらに推進するために、宿泊施設においてどのような取り組みが必要とされるのか、紹介する。
水資源に関する課題
2024年時点で、世界の人口の約40%にあたる36億人が水不足に悩まされている。こうした状況を受け、海外では水の消費に基準を設け、使用を制限する動きが広がっている。特に、宿泊施設ではシャワーやバスでの水消費が多いため、各国で流量基準が設定されている。例えば、米国では9.46L/分、韓国では7.59L/分と規定されている。一方、日本は世界的に見て水資源が比較的豊富であることから、国として明確な流量基準を設けていない。しかし、水を大切に使う文化が根付いていることもあり、基準がなくても独自に流量を設定しているケースが多い。北村氏の調査によると、日本のシャワーの流量は一般的に15L/分で設定されている。
▲Global Sustainable Tourism Council(GSTC)2024年研修資料より抜粋
食品ロス削減の取り組み
ホテルなどのビュッフェ形式の飲食においては、適切な仕入れや提供量の調整に加え、利用者の意識改革も不可欠だ。日本では、環境省の支援を受けた「mottECO(モッテコ)」運動が推進され、食べ残しの持ち帰り文化を広めることで食品ロス削減を目指しているが、衛生面から持ち帰り不可というケースもあり、今後の普及が課題となる。
▲Global Sustainable Tourism Council(GSTC)2024年研修資料より抜粋
認証取得は目的ではなく、意識改革と行動変革の手段
日本文化がすでに持続可能性を包含しているとはいえ、持続可能な観光の推進には、基準の設定や法整備も含む、新たな取り組みも欠かせない。特に、一過性な試みに終わらせず、経営の一環として定着させるためにも、研修制度の整備や企業理念への組み込みといった、現場のスタッフが日々サステナビリティを意識し、実践し続けるための環境整備は欠かせない。社員全員で実行することで、持続可能な観光の推進と新たな強みの創出へとつながっていく。
法人向け(B2B)では、欧米を中心にサステナビリティ認証が取引条件として求められることが増えている。特に国際企業や環境意識の高い業界では、認証の有無がビジネスチャンスを左右する。一方、個人旅行者向け(B2C)には、施設がどのようにサステナブルな取り組みを行っているかを伝えることがより重要になる。特に若い世代は、学校教育を通じてSDGsの考えに触れてきた影響もあり、認証マークよりも具体的な取り組みや成果に共感しやすい。
今後、認証の取得はますます進むと予想されるが、それ自体が目的になってはいけない。重要なのは、認証やその取り組みを進めるためのツールとして活用し、どのような変化を生み出せるかを明確にし、現場レベルで実践することだ。認証取得の過程でスタッフが顧客やステークホルダーとのやりとりを重ね、成功体験を積み重ねることで、モチベーションが向上し、職場全体の意識改革につながる。この積み重ねが組織全体の前向きな風土が育み、新たなビジネスの機会が広がっていく。
例えば、採用の場面でも、企業のSDGsへの取り組みが学生から評価され、新入社員の採用につながるケースがある。サステナビリティ意識の高さが、優秀な人材を引きつける要因になる。
北村氏は、日本におけるサステナブルな観光を発展させるには、認証取得を単なるチェック作業で終わらせないことが重要だという。
ゴールのない旅 改善作業を繰り返しながら進むサステナビリティへの対応
サステナブルな取り組みは、一度きりの施策で完結するものではなく、継続的な改善が求められる。北村氏はこれを「ゴールのない旅」と表現、認証取得はあくまでスタートラインであり、環境や社会の変化に応じて施策を見直し続ける姿勢が重要だと指摘する。
しかし、過度に構える必要はない。北村氏は「まずは試してみることが大切」とも述べている。完璧を目指すのではなく、できることから始めること。街の清掃や地域のお祭りに参加することで、地域の課題や改善点に気づくだけでも充分に意味があり、結果として文化保全などのサステナビリティへとつながる可能性がある。
これまで述べてきたとおり、日本にはもともと持続可能な文化が根付いている。欧米主導で普及してきたサステナビリティへの対応を単なる環境負荷軽減と捉えるのではなく、日本の文化や価値観を世界へ発信するチャンスだと北村氏は強調する。
「日本人ならではの価値観に基づいて事業を進めていれば、認証が認められないことはない。これまでやってきたことは、武器になるから、ぜひ続けてほしい」と話して締めた。
<主催の東京観光財団より> 財団では、持続可能な観光・ビジネスイベンツ開催都市としての成長・発展を目指し、令和5年度より「TCVB Sustainable Tourism Partnership」を立ち上げた。本取り組みは、賛助会員と連携して推進しており、現在、パートナー企業・団体を募集している。関心のある方は、ぜひ問い合わせていただきたい。 |
<関連リンク>
■TCVBサステナブル・ツーリズム・パートナーシップについて
・取り組み概要はこちら
・パートナー企業・団体募集のご案内はこちら(2025/3/28〆切)
■東京都・TCVBによる「持続可能な観光」の推進に関する事業について
・「持続可能な観光」セミナー全4回の詳細はこちら
・アーカイブ動画(第1回、第2回、第3回、第4回)はこちら
■株式会社サクラクオリティマネジメント(株式会社日本ホテルアプレイザル)
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