インバウンドコラム

高付加価値な体験で訪日富裕層を地方へ誘客 ー四国ツアーズの挑戦

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四国八十八ヶ所巡りや瀬戸内サイクリングなどの地域資源を、高付加価値な体験として訪日富裕層に届けている四国ツアーズ株式会社。2020年7月、インバウンド専門のDMC(ディスティネーション・マネジメント・カンパニー)として愛媛県松山市に設立された同社は、四国に根ざした旅行ビジネスの構築に取り組んできた。

全国各地で“地域DMC”の必要性が高まるなか、地域の独自資源を活かしながら、事業を継続、成長させていくためには、何が必要となるのか。商品設計、販路開拓、人材育成、行政との連携──地域旅行ビジネスの現場で積み重ねてきた実践から、そのヒントを探る。今回は、四国ツアーズ株式会社の取締役会長である中野隆氏に、同社の取り組みと今後の展望について話を聞いた。

四国ツアーズが提供するツアーの様子▲サイクリングツアーの様子(提供:四国ツアーズ株式会社)

 

四国ツアーズの事業概要とターゲット顧客

インバウンド専門の地域DMCとして四国で創業

四国ツアーズ株式会社は、インバウンド専門のDMC/ツアーオペレーターとして、2020年7月に愛媛県松山市を拠点に創業した。同社では、四国および瀬戸内地域を中心に、主に欧米豪市場を対象とした、ガイド付きのカスタムメイド型・高付加価値の旅行商品を提供している。

また、地域に根ざした企業として、そのネットワークを活かし、四国や瀬戸内周辺の自治体などからの受託業務も手がけている。

訪日富裕層の60〜70代が中心、「歩く旅」に高い関心

同社の主な顧客層は、60〜70代の経済的にゆとりのあるセミリタイア層や富裕層で、知的好奇心の高い人が多い。顧客全体の6〜7割を米国人が占めており、ほかにオーストラリア、欧州、東南アジアからの旅行者も一定数を占める。日本での滞在期間は2〜3週間が一般的で、そのうち四国には1週間程度滞在するケースが多い。訪日自体が初めての旅行者もいれば、これまで何度も日本を訪れているものの四国には初めての人も多いという。

四国エリアは、お遍路を目的とした旅行の人気が高い。過去にはニューヨークタイムズなどの海外メディアで紹介されたこともあり、白衣や菅笠を着用して四国八十八か所を巡礼する本格派の旅行者から、一部の札所を訪れる仏像好きまで、ニーズの幅は広い。彼らに共通しているのは、「歩く」という体験を求めている点である。なかには、熊野古道や中山道を歩いた経験を持ち、次の目的地として四国を選ぶ旅行者もいる。

▲ガイドさんと回るお遍路巡りの様子(提供:四国ツアーズ株式会社)

また、歩く旅に限らず、しまなみ海道でのサイクリングや直島でのアート鑑賞といったコンテンツも高い人気を集めている。最近では、台湾から50名規模のサイクリング団体の手配依頼が寄せられたこともあるという。

 

マーケティング、商品戦略と販路構築への取り組み

高付加価値・少人数制のカスタムツアーを主力に展開

四国ツアーズで取り扱っている旅行商品は、すべてカスタムメイド型である。ツアーは基本的には家族単位の2〜4名程度の少人数グループを中心に構成されている。なかでも最も人気が高いのは、約7日間かけて四国を一周するお遍路ツアーで、旅行代金は1人あたり50〜60万円程度、2人で参加すれば合計100〜120万円ほどになる。また、ホテルや旅館のグレードによっては、1人で100万円を超えるケースもあるという。

フルパッケージ手配で業務効率と単価を維持

同社のツアーはすべてカスタム対応のため、顧客ごとに個別調整が必要になる。1人の担当者が手配できるツアー本数には上限があるため、宿泊のみやガイドだけといったスポット手配には対応していない。宿泊・移動・ガイドなどをすべて含むフルパッケージとして提供することで、ツアー単価を維持しつつ、効率的なオペレーション体制を確保している。

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▲カスタムメイドで提供されるツアーは2〜4名程度の少人数グループで開催(提供:四国ツアーズ株式会社)

自社サイトの直販を軸に、海外・国内旅行会社との連携拡大

販売チャネルとしては、海外の個人旅行者(BtoC)向けには自社ウェブサイトを中心に展開している。四国ツアーズの公式サイト上ではモデルコースを紹介し、そこから問い合わせを受け、出発日や日数、行程などを顧客の要望に応じてカスタマイズする。

加えて、近年は海外および国内の旅行会社との連携も進んでいる。とくに欧州市場では、ドイツの旅行会社との契約が成立するなど、BtoBチャネルの成長も顕著だという。

他地域との連携による広域展開を模索

最近では、四国以外の地域を組み合わせたツアーの要望も増えてきている。ゴールデンルート(東京・京都・大阪)と四国をつなぐ手配に加え、四国以外の地域への手配依頼も少しずつ寄せられている。こうした動きに対応するため、四国ツアーズでは、地域に根ざした専門性を維持しながら、他地域のDMCと連携し、広域的なツアー販売を模索している。

その一環として、瀬戸内エリアへの関心の高まりを受けて「瀬戸内ツアーズ」という新たなウェブサイトも立ち上げた。現在は、広島・岡山・姫路などの旅行商品の取り扱いを進めているという。

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▲お遍路ツアーの次に人気のしまなみ海道サイクリングツアー(提供:四国ツアーズ株式会社)

 

地域DMCが持続可能なビジネスを築くための戦略と連携

DMCは旅行ビジネスの一種だが、地域に根差したオリジナルの旅行を企画し手配する「地域旅行ビジネス」として、従来のアウトバウンドの旅行手配を中心とした旅行ビジネスとは異なるノウハウが求められる。四国ツアーズの創業から事業の発展過程を通じて、DMC事業戦略に必要な要素をみていこう。

BtoB重視で営業効率と手配の生産性を両立

四国ツアーズでは、他の地域DMCと同様に、海外や国内の旅行会社(エージェント)を通じたBtoBチャネルへの営業を重要視している。エージェントを介することで、彼らが持つ顧客層に広く、しかも効率的にアプローチできるのが強みだ。中野氏はこの点について、BtoBならではの手配業務のやりやすさがあると話す。

個人客と直接やり取りをする(BtoC)場合には、移動距離や観光にかかる時間などに対する感覚がつかみにくい顧客も少なくない。現実的ではない要望が出てきたり、提案内容を説明して納得してもらうまでに時間がかかったりすることもある。とくに、ひとつの提案をまとめるまでに50〜100回もやり取りが続くことがあり、大きな負担になることもあるという。

その点、訪日を取り扱う旅行会社は、日本の旅程の調整にも慣れており、旅程の企画から見積もり、手配、出発までの業務全体を通じてスムーズに進めやすく、実務の面でも無理がないと感じている。

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▲海外エージェントを経由した訪日旅行者の受け入れの方がスムーズに進められる(提供:四国ツアーズ株式会社)

国内旅行会社との協業が販路拡大の鍵に

また中野氏は、インバウンドの販路拡大にあたり、海外エージェントへの営業だけでなく、国内旅行会社との協業も有効であると話す。特に、東京や大阪など都市部に拠点を置く大手インバウンド旅行会社は、一定の販売量を見込める「ゴールデンルート」の販売に注力せざるを得ないため、四国や中国地方といった地域への対応は難しいのが現状だという。

そのため、中野氏は、地域に根ざしたDMCがこうした地域の手配を担う存在として、重要な役割を果たすべきだと強調している。実際に四国ツアーズでは、大手旅行会社から一括手配を受け、四国一周ツアーや、藍染などの地域資源を活かした商品の企画・手配を進めている。こうした協業によって、DMC側も実務経験を積み重ねることができるという。

以上のような理由から、行政やDMCのなかには、「インバウンド販路拡大には海外営業が必須」と考える向きもあるが、中野氏は、地域DMCに関しては、BtoB営業の相手として国内のインバウンド旅行会社も十分に視野に入れるべきだと述べている。

行政受託はDMCにとって基盤強化の機会

DMCが地域旅行ビジネスとしての事業拡大していくうえでは、行政からの受託事業に取り組むことも、事業基盤の強化につながる。四国ツアーズも設立初年度の2020年は、コロナ禍の影響で訪日需要がほぼゼロとなり、売上も100万円に満たなかった。しかし翌年からは、行政からの委託を受けてコンテンツ開発やモデルコースの造成、ファムトリップの実施などに取り組み、事業を拡大させてきた。

行政案件を通じて、四国各地の観光資源を見て回る機会が得られたことに加え、地域で体験型コンテンツを提供する観光事業者とのネットワークも構築できたという。


▲ファムトリップの受け入れなど行政案件にも取り組む(提供:四国ツアーズ株式会社)

現在、国は地方創生の一環として、インバウンド観光を活用した地方誘客に注力しており、補助金や助成金などの制度も整っている。中野氏は、DMCがこうした公的支援を上手に活用し、行政と連携して取り組むことも重要だと指摘する。とくに、事業立ち上げ期のDMCにとっては、行政との協業が、事業遂行に必要な知識やノウハウを身につけるうえでも有効であるという考えだ。

 

インバウンドDMCに求められる人材像

実務経験と語学対応力を備えた人材が重要

人材の確保は、地域DMCにとっても大きな経営課題のひとつとなっている。中野氏は、インバウンド事業を担ううえでは、ツアーオペレーションの実務経験と語学力の両方が求められると指摘する。日本の旅行業界では長らく、交通と宿泊を組み合わせた海外旅行(アウトバウンド)商品の販売が主流であったため、着地側でのツアーオペレーションを経験した人材は多くない。また、DMCは海外の旅行会社を顧客とするため、英語をはじめとした語学対応力も不可欠となる。

専門性を活かす役割分担と補完体制

四国ツアーズではこの点をふまえ、インバウンド専門会社での経験を持つ中野氏が実務面を担い、共同創業者である英国出身のロッド・ウォルターズ氏が海外とのコミュニケーションを担当するなど、役割分担を工夫してきた。このように、限られた人材の中で知見と機能を補完し合う体制づくりも参考になりそうだ。

地域に精通した人材に活躍の機会あり

中野氏は、これまでアウトバウンド業務に携わってきた人材にも、インバウンドの現場には大きなチャンスがあると語る。特に、日本国内の地域や観光地に詳しい人材であれば、「日本を売る」インバウンド事業において、その知見が強みとなる。

学ぶ意欲があれば、多様な人材に可能性

一方で、アウトバウンド経験に限らず、日本の地域資源に関心を持ち、学ぶ意欲のある人材にとっても、インバウンド分野は可能性を広げられるフィールドになりつつある。今後、地域を世界に紹介する役割を担う地域DMCやインバウンド旅行会社は、旅行業界を志す人材にとっての新たな活躍の受け皿となっていくだろう。

四国ツアーズが提供するツアーの様子4▲日本の地域資源に詳しい人材もインバウンド業界で活躍のチャンスあり(提供:四国ツアーズ株式会社)

 

今後の展開と、地域DMCが担うべき役割

食文化の魅力を伝えるガイド育成に注力

四国ツアーズが今後強化したい分野として、中野氏は「食のガイド育成」を挙げている。世界的に日本食や日本酒への関心が高まっている一方で、それらを十分に説明できるガイドはまだ少ないのが実情だという。とくに、富裕層に人気の高い割烹や懐石料理では、ガイド自身が十分な経験を持っていないこともあり、料理や背景にある文化まで深く伝えきれない場面もある。

また、日本料理は加工や調理を経て提供されることが多いため、素材の“もとの姿”が見えにくくなってしまう。そのため、たとえば調理前の魚の姿や、食材そのもののかたちを見せながら説明すると、旅行者の理解や満足度がより高まると中野氏は語る。こうした視点から、今後はガイドに対する食文化研修をさらに充実させていきたいと考えている。

 

観光人材の育成には行政支援が鍵

中野氏は、DMCやガイド業で安定して生計を立てられるようにするためには、国や地方行政の支援、そして観光を「産業」として育てていく政策的な視点が欠かせないと話す。たとえば明治時代、日本が西欧に追いつくため、多くの若者を海外に留学させ、産業技術を学ばせた歴史がある。そうした経験を通じて得た知識やスキルが、その後の日本の国力の基盤となってきた。現代においても、農業や工業には専門職員が地方自治体にも配置されているが、観光分野にはまだ十分とはいえない状況があるという。

そこで中野氏は、観光においても実地研修のような仕組みが必要だと指摘する。「たとえば、ガイド育成のために、ニュージーランドのアクティビティ会社に1〜2年派遣し、ラフティングやサイクリングの技術を学ぶと同時に英語力も高めてもらう。そうした人材を毎年10人、20人と送り出せれば、日本の観光は大きく変わるはずです」と力を込める。そして最後に、「観光立国を目指すなかで、観光を本気で産業として育てていく必要がある」と結んだ。

現場で実感する仕事の意義と地方誘客への貢献

インタビューを通して特に印象的だったのは、中野氏が語ったDMCビジネスの「楽しさ」だ。「顧客からサンキューレターが届いたり、帰国後のアンケートでほぼ満点をもらったりすると、この仕事をやっていて本当に良かったと感じる。心から“やるべき仕事だ”と思う」と話す。

地域旅行ビジネスは、戦後、パッケージツアー商品の開発などを通じて、誰もが気軽に安価に旅行に行ける社会の実現に貢献してきた。現在、旅行者ニーズは多様化しインバウンド客も増え市場環境が大きく変化する中で、地域にある独自の資源を持続可能な形で活用し価値のある旅行経験を提供できる旅行ビジネスへの変革が求められている。

四国ツアーズのような取り組みが各地に広がり、地域を基盤としたDMCが次々と立ち上がっていくことで、地方誘客にもつながり、日本各地の観光がさらに豊かになることを期待したい。

四国ツアーズ株式会社 代表取締役会長・中野氏
▲今回話を伺った、四国ツアーズ取締役会長の中野氏(提供:四国ツアーズ株式会社)

 

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