インバウンドコラム
世界最大級の旅行博であるITBベルリンが、2025年3月4日から6日まで開催された。今回の出展者は170カ国超から約5800団体、来場者数は約10万人だったという。筆者が参加するのはこれで10回目ほど。一般社団法人JARTA代表理事として、サステナブル・ツーリズムの観点から、ITBベルリン参加の様子をレポートする。
なお、今回はツーリストシップで知られる田中千恵子氏と行動の多くを共にすることになった。若い世代の方と意見交換をしながら世界の動きを見ていくことで、多くの収穫があったように思う。
観光の多様性を反映した展示会に
ITBのブース出展では、アジア太平洋、アフリカといった地域別のパビリオンに加え、様々な形態の観光を象徴する「Segments」というパビリオンがあった。この中に、アドベンチャー+レスポンシブル・ツーリズムや、LGBTQ+ツーリズム、ラグジュアリートラベル、メディカル&ヘルスツーリズム、文化観光などの特定のテーマ型観光、キャリアセンター、トラベルテクノロジーなどのブース出展もあった。観光の多様性がより大切にされ、専門ブースが増えていることが伺える。
地域別のパビリオンでは、アジアゾーンでタイ政府が圧倒的なプロモーションをしかけており、サステナブルツーリズムについての情報が多い。また、トルコやセイシェルなども特別に情報を提供するなど「Segments」以外でもサステナブルツーリズムの主流化をアピールするブースが以前より顕著になってきている。
アドベンチャーツーリズムも台頭してきており、中国でもアドベンチャートラベルに特化した旅行会社が出展するなど、以前に増してより身近になってきている。
なお、日本は政府観光局(JNTO)とは別に東京都が単体で出展していたが、コロナ前に勢いのあった沖縄県などは見かけなかった。
▲レスポンシブル・ツーリズムや、LGBTQ+ツーリズムなど、様々な形態の観光を象徴する専門ブースが並ぶ「Segments」
ITBベルリンで見えた国際認証関連機関の新たな動向とその影響
実は、2024年から、持続可能な観光の国際認証関連機関はざわついていた。その主な理由は、GSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)の観光事業者や観光地を対象にした認証機関の多くがGSTCから脱退したことである。
この背景には、GSTCが、基準を保持する機関に向けて第三者認証の徹底を促したものであり、それに応じることができなかった26機関が、結果としてGSTCから抜ける形となった。
一方で、新しい組織Tourism Sustainability Certifications Alliance(観光におけるサステナビリティ認証アライアンス:TSCA)が組成された。TSCAに加盟すると、今後は欧州連合(EU)を含む本拠地を登録している欧州各国政府が、認証機関を正式に認定をする。このため、GSTCを経由せずとも、これまでのように認証事業を継続することができるようになる。TSCAは欧州のみならず、オーストラリアや米国・カナダの機関も関わっており、世界における認証機関のあり方が変わりつつあることに気づかされることとなった。
主要機関との会合から読み解くサステナブルツーリズムの未来
以降、ITB Berlinに参加し、持続可能な観光を推進する主要な組織や国際認証機関のトップ、ないしは責任者との会合を通じて得た、持続可能な観光を取り巻く動向について、紹介する。
サステナブルツーリズムの認証機関、ITBベルリンでの商談会の規模を拡大
・ツアーオペレーター、旅行会社を対象とした国際認証団体Travelifeの動向
オランダを拠点に、ツアーオペレーターや旅行会社向けのサステナブルツーリズムの国内認証を手掛けるトラベライフは、これまで、欧州を起点に、東南アジア諸国・中東・アフリカ・ラテンアメリカなどに向けて、政府交付金などを利用したトラベライフ認証取得の支援をしてきた。その取り組みがひと段落した2025年は、ITBでの商談会の規模を拡大しているという。
今回の商談会では、トラベライフの国内認証を取得した旅行会社やツアーオペレーター約50社が共同でブースを構え、ITB参加事業者と商談会をしていた。日本においても、国際認証を取得した事業者がこの商談会に参加できるというビジネスメリットがあるのでぜひ、検討してもらいたい。
▲Travelife商談会の様子
国際認証GSTC基準の曖昧さに警鐘
・シンガポールのGSTC認定団体コントロールユニオン(CU)の動向
ホテルやツアーオペレーターなどの観光事業者の他、農業や食品、繊維、林業、バイオエネルギーなど幅広い分野での国際認証やコンサルティングを手掛けるコントロールユニオンとの会合を通じて、国際認証を判断する審査員の技量や基準のばらつきが、国際的な問題となっていることがわかった。
筆者も以前、GSTCの審査員研修を韓国で受講した際、産業向け基準の評価項目に曖昧さを感じたことがあるが、例えば、宿泊施設を対象にしたエコラベル認証制度グリーンキーでは、宿泊施設のシャワーヘッドの流量を具体的に1分間に9リットル以下と具体的な数値で定めている一方、GSTCは節水に関する測定結果や次年度の削減目標などの根拠を示すだけでよく、具体的な数値目標を求めておらず、評価が難しくなっている。
こうした状況を踏まえて、コントールユニオンは、GSTC基準の次回改訂において、評価項目をより明確に定め、審査員や審査団体による差がでないようにする重要性を訴えたという。
認証機関の横連携を強化
・観光業界における持続可能性と企業の社会的責任(CSR)を推進するTourCertの動向
1990年に発足した老舗の認証機関であるTourCertは、認証機関が単体で動くのではなく、アライアンスを活用し、各認証機関が共通の基準や方法を用いて計測することの重要性を長年訴えており、2022年頃からTourism Impact Allianceという国際プロジェクトを発足させている。
観光におけるサステナビリティ認証アライアンス(TSCA)のメンバーでもあるTourCertは、今後認証機関同士の横の連携を密にして、KPIの一本化を目指すという。
デスティネーション認証に加え、企業向け認証にも注力
・観光地に対するアワード、国際認証組織グリーンデスティネーションズの動向
これまで、グリーンデスティネーションズ(GD)は観光地のアワードや認証の啓発に注力してきたが、最近は、観光ビジネスを対象にした民間企業向けの認証Good Travel Sealの普及に向けて、別組織を立ち上げて取り組んでいるという。
また、グリーンデスティネーションズのTOP100ストーリーアワードでは、今までデスティネーションが主な対象であったが、新しく始まった事業者向けのGood Travel Seal(GTS)の参加企業が受賞するケースもあり、認証プログラムの拡がりが見えた。日本からは岩手県遠野市が文化カテゴリーでトップ入選し、大洲市と並ぶレベルでの受賞となった。またタイ、ラオス、フィリピン、台湾などアジアでもグリーンデスティネーションズへの機運が高まっており、日本の継続的な取り組みが期待される。
世界最大のアドベンチャーツーリズム団体もサステナブルツーリズムを強化
・アドベンチャートラベルの国際団体、Adventure Travel Trade Association(ATTA)の動向
世界最大のアドベンチャーツーリズム団体であるATTAは、筆者が代表を務めるアジアエコツーリズムネットワーク(AEN)とのパートナーシップを提携しているほか、宿泊施設向けの環境認証制度グリーンキーや、ビーチ、マリーナの国際認証であるブルーフラッグの生みの親であり、環境教育に力を入れる、国際環境教育基金(FEE)とのパートナーシップを発表した。
ATTAはサステナブルツーリズムを実践する世界の各団体と連携することでブランドを確立し、実際のアクションに繋げる戦略を取っていることが伺える。
タイDASTAの持続可能な観光へのコミットメント
・タイ王国持続的観光特別地域開発管理機構(DASTA)の動向
タイ王国持続的観光特別地域開発管理機構(DASTA)は、2003年に設置されたタイ内閣府直轄の公的機関で、観光地の統合的管理、地域コミュニティとの連携強化、持続可能性基準の策定・普及などを目的として、タイの持続可能な観光の推進に向けて、グリーンデスティネーションズの取組みやGSTC導入などを推進している。
DASTAはITBで、旅行会社などにタイ国内のサステナブルツーリズムについての情報を提供した他、2025年からはEU事業の一環として造成されたタイ国内の低炭素観光商品の販売強化も行っている。このような持続可能な観光への取り組みは、日本よりも具体的なものである上に、実践に向けた手法の確立や予算も格段に充実しており、今後注目していく必要がある。
▲DASTAブースの様子。タイ国内のサステナブルツーリズムについて紹介されている
2026年のグリーンウォッシュ禁止法施行に向けた取り組み
・環境教育に力を入れる国際環境教育基金(FEE)との会合
国際環境教育基金の代表でもあり、欧州発の観光におけるサステナビリティ認証アライアンス(TSC)の副代表を務めるダニエル氏によると、GSTCとの関係性は気薄になり、現在はほぼ実質的な関係性がなくなったという。
一方で、EU加盟国では、2026年よりグリーンウォッシュ禁止法が施行され、根拠のない「環境にやさしい」などの表示が禁止されるなど、規制が強化される。そのため、マニュアルの作成や関連団体の研修を行い、第三者認証制度をより客観的根拠のある確固たるものとするための体制構築を急いでいるそうだ。
着実に拡大するサステナブルツーリズム市場
観光業界は日本に限らずインバウンドが活況であり、楽観的な雰囲気に満ちている。またデジタル活用やDXの加速が目覚ましく、世界中どこからでも配信、集客ができるうえ、オーバーツーリズム対策を含む訪問者のマネジメントや環境課題での見える化もできるようになり、ITBでも利用者と出展者の増加が著しい。
一方、FITニーズが増加するにつて、OTA利用が主流となり、旅行会社を利用する機会の減少が懸念されているが、アドベンチャートラベルやアクセスビリティーなど専門性の高い旅行を取扱うエージェントの需要は高まると期待されている。
今回、サステナブルツーリズムを含む特定の分野に特化した「セグメント」ツーリズムは、ITBベルリンにおいてはパビリオンが別棟に分かれていることもあり、マーケティングの予算が潤沢に計上された国、地域ごとの本会場と比較すると見劣りした。
さらに、3日間のために建設したブースの撤去時に排出される大量の廃棄物に対して冷ややかな態度を示している。
ITBへの出展、商談会に参加する観光関連事業者の目的は、プロモーションにはとどまらない。地域の経済活性化や雇用創出、脱炭素や脱プラなどの具体的なアクションの結果報告の場になっていることに加え、同じ志を持つ個人や組織の交流の場としての価値も非常に高くなっている。
また、トラベライフやグリーンデスティネーションズなどの持続可能な観光に関する認証団体によるイベントやセレモニーの参加者数と認証申請数は確実に増加しており、日本がまだ十分に把握していないマーケットがより確固たるものとなっている。日本において持続可能な観光を実践する、責任ある旅行会社アライアンスであるJARTAとしては、継続的にこのセグメントの先導的役割を日本で加速するためにも、各組織とのネットワークを活用して展開していく重要性を再認識した。
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