インバウンドコラム
2026年の観光トレンドは、派手さや競争から「内面的な豊かさ」へと明確にシフトしていきそうだ。英国を拠点とするPR・マーケティングエージェンシー、レモングラス社(Lemongrass)が発表した最新レポートによると、現代の旅行者は刺激よりも静寂を、完璧な写真よりも意味のある瞬間を求める「より穏やかで人間的な旅」を求めているという。
次世代の旅の指針として注目されるこのレポートから、今後の観光業界を占う16のキーワードを読み解く。
1. 決めなくていい贅沢がもたらす解放感
完璧な旅を自分で計画し、管理しなければならないというプレッシャーは、多くの現代人に「決断疲れ」をもたらしている。こうした負担から解放される手段として、すべての選択を専門家に委ねる旅が支持を集めている。
一例として、カリブ海のセントルシアにあるウェルネスリゾート「BodyHoliday」は、「1週間、体を預けてくれれば、心を返します」というコンセプトを掲げる。情報過多な日常から離れ、プロに身を委ねることで、心身の認知負荷をリセットすることが目的だ。
2. 流行を追わないことが、新しい価値になる
Instagramのアルゴリズムに導かれた“映える”スポット巡りへの熱狂は、終わりを迎えつつある。いま注目されているのは、あえて有名観光地を避けたり、隣接する静かな地域を選んだりする旅のスタイルだ。
たとえばベルリンを訪れた後に、観光色の薄いブランデンブルク州へ足を延ばす。あるいはマドリード観光のあと、古都トレドで静かな時間を過ごす。アルゴリズムに選ばれない場所での「本物の体験」こそが、新たなステータスとなっている。
3. アメリカ人富裕層の視線は国外へ
政治的不安や旅行費用の高騰を背景に、アメリカの観光市場には大きな変化が生じている。特に注目されるのは、裕福なアメリカ人旅行者が、自国よりも安全で文化的価値の高い国として海外に目を向けている点だ。
その旅行先として、アイスランドやタイと並び、日本が挙げられている。治安の良さ、洗練されたホスピタリティ、文化的奥行きの深さを兼ね備えた日本は、不安定な時代における「信頼できる選択肢」として存在感を高めている。
4. 規制から「誘導」へ、オーバーツーリズム対策の進化
観光地では、単なる人数制限ではなく、望ましい行動を促す仕組みづくりが進んでいる。いわば「ムチ」ではなく「アメ」によるアプローチだ。
デンマーク・コペンハーゲンでは、環境に配慮した行動を取ると特典が得られる「CopenPay」という仕組みを導入。ゴミ拾いや公共交通の利用が報酬につながる。また、北大西洋に位置するフェロー諸島では、自動運転車で観光客を知られざるルートへ誘導し、混雑の分散を図っている。
▲フェロー諸島で展開する自動運転のレンタカー
5. 成熟期に入った再生型観光
従来の「持続可能な観光(サステナブル・ツーリズム)」を一歩進め、訪れる前よりもその土地をより良い状態にすることを目指す「再生型観光(リジェネラティブ・トラベル)」が、理念段階を超えて成熟期に入りつつある。
カナダ・ニューファンドランド島にある「Fogo Island Inn」は、再生型デザインの原則に基づいた建築と、地域に利益を還元する透明性の高い経済モデルを採用している。また、ツアーオペレーター「MonMon Travel」のように、地元資本の小規模事業者のみと提携する動きも広がっている。再生型観光は、もはや理想論ではなく、具体的なビジネスモデルとして定着し始めている。
6. 人生の節目に寄り添う旅
更年期、離婚、喪失、心身の変化など、人生の繊細な局面に寄り添う「ライフステージ特化型の旅」が注目を集めている。画一的な癒やしではなく、その人が置かれている状況に合わせた設計が求められているのだ。
たとえば、更年期の女性を対象にした無理のないサイクリングツアーや、神経多様性(ニューロダイバーシティ)に配慮した休暇プログラムなどが登場している。
7. 暗闇の中の安らぎ
過剰な情報や刺激から完全に距離を取るため、「暗闇リトリート」という極端な休息法が注目されている。光や視覚情報を遮断することで、深い内省と回復を促すのが狙いだ。
アメリカの「Skycave Retreats」や、ドイツの「Evolute Institute Darkness Retreat」では、数日間を完全な暗闇の中で過ごすプログラムを提供している。あわせて、酷暑を避け、夜の静けさや星空を楽しむ「ノクトツーリズム(夜間観光)」も拡大中だ。天文学者が案内する星空観察体験など、感覚を研ぎ澄ます夜の旅が、新たな癒やしとして支持を集めている。
8. サウナは「設備」から「目的地」へ
サウナは、もはや宿泊施設の付加価値ではなく、旅そのものの目的地になりつつある。なかでも注目されているのが、デザイン性、社交性、健康効果を融合させた「フローティングサウナ(水上サウナ)」だ。
ベルリンの「FINNFLOAT」に代表されるように、サウナは自己回復を促すための“儀式”として再定義されている。豪華さを競うのではなく、心身を整える体験そのものがラグジュアリーとされる流れは、旅における豊かさの基準を書き換えつつある。
9. 政治性を帯び始めた観光行動
旅行者は、自分たちが払ったお金が、どの国の、どのような政策や価値観を支持することになるのかを、これまで以上に意識している。旅の選択が、単なる消費ではなく「意思表示」へと変化しているのだ。
たとえばサウジアラビアで進められている巨大都市構想「NEOM」は、持続可能性を掲げる一方で、人権や環境面からの批判にもさらされている。こうした事例に象徴されるように、予約行為は一種の「政治的投票」となり、観光業界にはより高い倫理性と透明性が求められている。
10. 冒険の主役はシニアの女性
50歳以上の女性は、いまや旅行市場における最も影響力のあるセグメントのひとつだ。高い購買力を持つ彼女たちは、「穏やかなシニア旅行」という従来のイメージを覆し、より大胆で身体的な挑戦を求めている。
カヤックや氷河トレッキングなど、冒険性の高いアクティビティを積極的に選ぶ姿勢は顕著だ。北米市場だけでもこの層は巨大であり、彼女たちの価値観やライフスタイルを正確に捉えることが、今後の観光ビジネスの成否を左右する。
11. 鉄道旅行の再評価とロマンの復活
気候変動への意識が高まるなか、鉄道は「環境に優しい移動手段」を超え、「旅の体験そのもの」として再評価されている。速さを重視する航空機ではなく、景色や時間の流れを楽しむ鉄道の旅が支持を集めている。
「Byway」のような鉄道旅行プラットフォームが示すのは、低炭素であること以上に、ストレスの少ない移動プロセスそのものが贅沢であるという価値観だ。目的地に急ぐのではなく、道中を味わう──そんな旅のあり方が静かに広がっている。
▲Bywayのサイト、欧州を巡る鉄道の旅が提案されている
12. ラグジュアリーの再構築
世界的な不安や格差が可視化される時代、大袈裟な富の誇示は次第に敬遠されるようになっている。現代のラグジュアリーは、見せびらかすものから、控えめで本質的な価値を重視する「クワイエット・ラグジュアリー」へとシフトしている。
職人と過ごす特別な時間や、その土地に深く入り込む体験など、お金だけでは手に入らないオリジナリティが重視されている。2026年における贅沢とは、量や派手さではなく、どれだけ深く心に残るかで測られる。
13. 観光の成功を測る新たな指標
訪問者数や観光収入といった従来の指標は、もはや観光の「成功」を十分に表しているとはいえない。代わって注目されているのが、地域社会全体の幸福度や持続性だ。
オーストリアのウィーンが導入を進める「Optimum Tourism(最適観光)」では、住民満足度、環境の回復力、住宅の可用性といった指標が重視されている。観光は単なる経済活動ではなく、「公共の利益」としての質が問われる段階に入った。
14. AIの役割は裏方にある
AIの真価は、目を引く演出ではなく、地味だが重要なインフラ改善にある。スペインのホテルグループ「Iberostar」では、AIの導入によって食品廃棄物を28%削減することに成功した。
テクノロジーが効率化を担うことで、人間はより温かみのある接客や、質の高いホスピタリティに集中できる。AIは人を置き換える存在ではなく、人間らしさを取り戻すための土台となりつつある。
15. ヴィーガン料理の高級化
ヴィーガン料理は、もはや妥協の選択肢ではない。ミシュラン星付きレストランが競って植物由来の料理を主役に据え、倫理性と美食性を高い次元で融合させている。
サイドメニュー的な存在から脱却し、創造性の最前線へ。植物性由来をベースとした料理は、現代のガストロノミーにおける新しいスタンダードとして確立されつつある。
16. 自然体験のラグジュアリー化
自然の中での滞在は、過酷さを伴うものから、洗練された快適さを備えた体験へと進化している。
スウェーデン北部にある「Arctic Bath」は、川に浮かぶ水上ホテル兼スパとして、北極圏の自然と現代的デザインを融合させた滞在体験を提供。イタリア・トスカーナ州の自然保護区内に位置する「Oasyhotel」は、生態系の保全を前提に設計されたエコラグジュアリー施設で、自然への介入を極力抑えた滞在が特徴だ。
手つかずの自然景観とハイエンドなデザインを調和させ、不便さを楽しむキャンプとは異なるかたちで自然を再解釈している。自然そのものが、現代的なラグジュアリーとして再定義されている。
▲スウェーデン北部にあるArctic Bath
【編集部コメント】
「静かさ」が価値になる時代の観光再設計
本レポートを貫くのは、「派手さ」や「効率」から距離を置き、人間らしさを取り戻そうとする明確な潮流だ。映えや過剰な選択に疲れた旅行者は、安心感、内省、倫理性といった目に見えにくい価値を重視し始めている。再生型観光やオーバーツーリズム対策、AI活用が理念に留まらず、具体的なビジネスモデルとして成熟段階に入っている点も見逃せない。量や派手さで測る成功指標は揺らぎ、体験の質や地域・人への配慮が問われる時代だ。自社の提供価値は、旅のどの場面で「負荷を減らし、意味を残せているのか」。静かな変化の中に、次の競争軸を見出す視点が求められている。
(出典:Lemon Grass Annual Trend Report 2026)
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