インバウンドコラム

訪日客の地方誘致と持続可能な観光のカギを握る、地域旅行ビジネスとは?

印刷用ページを表示する



日本各地で外国人観光客の姿を目にするようになった。実際、2023年4月の訪日外客数(JNTO発表)は、個人旅行再開後過去最高値となる195万人(2019年同月比67%)を記録、5月は同68.5%の189万9千人となるなど、着実な回復を見せている。さらに、UNWTOによれば、国際観光客到着数は2023年第1四半期にはコロナ禍前の80%に達するなど、コロナ禍の3年近い空白の時を経て、世界的に観光需要が高まっている。

なお、旅行市場の本格再開に伴い、大阪・関西万博が開催される2025年までの3カ年の方針と目標を定めた、新たな観光立国推進基本計画が閣議決定された。計画によると「持続可能な観光」「消費額拡大」「地方誘客促進」の3つキーワードのもと、「持続可能な観光地域づくり」「インバウンド回復」「国内交流拡大」の3つに戦略的に取り組んでいく。いずれも地域の観光推進に大きく関わっており、目標達成のために、そして観光を通じて人々の経験を豊かにするためにも、地域を拠点とする「地域旅行ビジネス」が、重要なプレイヤーとなるのではないかと、筆者は考えている。

 

地域を拠点とした旅行ビジネスが、持続可能な観光のカギを握る

新しい観光立国推進基本計画は、特に地域における取り組みを促す意図を感じる。たとえば基本的な方針の一つである「持続可能な観光地域づくり戦略」については、「観光振興が地域社会・経済に好循環を生む仕組みづくりを推進する」とされ、持続可能な観光地域づくりに取り組む地域を100地域、また、訪日外国人旅行者一人当たりの地方部宿泊数2泊などが、新しい目標として設定された。

ポストコロナの新しい観光を考えるうえで欠かせないのは、旅行者が地域を訪問することで得られる「新しい経験価値」である。1つは、旅行者のニーズの多様化やリピート率が高まるにつれてより一層求められる、旅を通じて日本ならではの交流や体験をすること。もう1つは、オーバーツーリズムなどが生じないように観光客受け入れと地域住民の生活のバランスを維持し、持続可能な観光地を実現しようとする地域側の意図に沿ったサステナブルな経験である。

そうした視点からも、筆者は「地域旅行ビジネス」(=Destination-based tourism business)に注目している。地域旅行ビジネスとは、DMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)や、インカミング・ツアーオペレーター、ランドオペレーターなどの事業を総称して呼ぶ筆者の造語である。観光の目的地となる地域に事業活動の拠点を置き、地域の自然・文化・歴史資源や、地域の関係者との社会関係資本を持続可能な形で活用しながら、新しい観光の経験を創造し、旅行客に提供する旅行ビジネスを指している。

一般的に、「旅行会社」といえば、暗黙の裡に「(出)発地」において、旅行を企画・販売する業態として理解されることも多く、その場合、地域旅行ビジネスは、旅行会社のサポート的な役割となるが、そうしたBtoB取引が中心となっていたことも、地域旅行ビジネスがこれまであまり知られていなかった理由の一つかもしれない。しかし実態として地域にはさまざまな旅行ビジネスの事業主体が存在している。これまでそのような事業を総称して呼ぶ名称がなかったが、「地域旅行ビジネス」と名付け、地域の持続的な観光実現のカギを握るプレイヤーとして、焦点を当てたい。

 

地域に根差した組織だからこそ提供できる、豊かな旅の経験

世界を見渡せば、地域旅行ビジネスは数多く存在し、世界各地で非常に豊かな旅の経験を旅行者に提供している。読者の中には海外旅行に出かけた際、オプショナルツアーとして現地発着のツアーに参加した方もいらっしゃるだろう。たとえば、印象派画家モネが晩年を過ごした、パリ郊外のジベルニーの庭園を訪問するツアーや、ハワイ島マウナケアの標高2000メートルで星空を観察するツアーなど、多くは知識豊富なガイド(エコツアーではインタープリターと呼ぶこともある)が同行し、ガイドブックを見ながらの個人旅行とはまた違う、記憶に残る経験ができる。


▲モネの家があるパリ郊外のジベルニー庭園をめぐるツアー(筆者撮影)

このような現地集合、現地解散の「着地型」の旅行・体験は「ツアー&アクティビティ」と呼ばれ、地域旅行ビジネスはそのビジネス主体となる。ツアー&アクティビティ分野の専門の会議イベント「ARIVAL」が欧州、米国、タイなどで開催されているほど、市場規模も大きくなっている。筆者は過去にタイで開催された「ARIVAL BANGKOK」に参加したことがあるが、非常に熱気のある雰囲気だったのが印象に残っている。

一方、国内旅行市場はというと、週末を利用した1泊2日の旅行スタイルが多い。そのため、北海道や沖縄のような滞在期間が比較的長い場所を除くと、これまで着地型のオプショナルツアー市場が十分に育ってこなかったことが挙げられる。また、諸外国で催行されているツアーに比べると、価格も低料金で、旅行者が得られる経験価値が十分に高いとは言えない商品も見られる。

しかし、世界中で価値ある経験をしてきた訪日旅行客は、日本でも世界と同様な経験を期待するに違いない。それは、地域旅行ビジネスを営む事業者にとっては大きなビジネスチャンスでもある。また、地域にとっては、地域旅行ビジネスが、自然や文化・歴史資源を持続可能な形で活用することを共にすすめるパートナーとなる可能性がある。

この記事ではこれから数回に分けて、日本各地で活躍している地域旅行ビジネスの事例を紹介する予定である。初回となる本稿では、まず地域旅行ビジネスを担うプレイヤーの概観を読者の皆さんと共有しよう。

 

地域を拠点とする旅行ビジネスプレイヤーの概況と成り立ち

地域旅行ビジネスの主体はこれまで様々な名称で呼ばれていたが、それぞれのビジネス範囲は重なるところが多く、また厳密に区別されずに使用され実態が把握しづらかった。そこでまず、DMCとインカミング・ツアーオペレーター、そしてランドオペレーターの概要を見てみよう。

DMC(デスティネーション・マネジメント・カンパニー)

DMCは1970年代に欧米で生まれ発展したとされ、企業から発生する会議やインセンティブ(報奨)旅行を実現するために必要な手配を、旅行先(デスティネーション)で行うビジネスとして始まった。デスティネーション・マネジメント・エグゼクティブ協会(ADMEI)は、アメリカに拠点を置くDMCの非営利団体で、MICEの専門性の認証制度や人材教育などの活動をおこなっているが、DMCをMICE業界の核となる存在であるとして、次のように定義している。

「DMCはデスティネーションに拠点を置き、専門性のあるサービスを提供する企業で、地域の深い知識や資源を専門に取り扱っている。イベントマネジメントやツアー/アクティビティ、輸送、エンターテインメント、プログラム運営などにおいて、地域での創造的な経験を提供する戦略的なパートナーとなっている」

実際、DMCはMICEを実現するためのパートナーとして、各地のコンベンション協会などとのつながりが深い。たとえば、ロンドン・コンベンション・ビューローは、ウェブサイトのコンテンツの中に、開催地(ベニュー)を探す手立てとしてDMCを紹介するページを設けている。

DMCの取引形態は基本的にBtoBである。旅行出発地でMICEを取り扱うミーティングプランナーやインセンティブハウス、あるいは旅行会社などが主な取引先となる。また取り扱い分野については、事業の発展に伴い取引先の求めに応じて、MICE分野だけでなく、テーマ性を持った観光旅行(SIT)なども扱うようになっている。地域に根差した知識やノウハウを活用して、MICE以外の旅行の手配が可能だったからである。

たとえば、タイを拠点とするディーテルム・トラベル社は、1957年設立後、現在は10カ国以上で展開し、アジアで数々の賞を受賞している老舗のDMCである。カンボジアで地域住民の生活を経験する日帰りツアー、ベトナム最北端のドンバンジオパークに行く数日間のツアーなど、個人では簡単にはアレンジできない体験を提供している。日本にも、沖縄のMICE市場の発展に貢献してきた株式会社DMC沖縄や、札幌や東京に拠点を置く株式会社DMCといった企業がある。DMCは地域側にビジネスの拠点を置くことによって、人的なネットワークも活用しながら、多様な旅行の経験をアレンジする専門性の高いビジネスである。

一方、最近日本ではMICE分野を扱うことを前提としないDMCもある。例えば、DMC天童温泉、DMC蔵王温泉ツーリングコミッティなどは、主に観光性のツアー商品を扱っている。また、観光地域づくり法人(DMO)の政策開始に伴い、DMOが営利組織の形態をとる場合に「DMC」(O=Organization:組織ではなくC=Company:企業))と呼ばれ、地域の物販を販売する商社機能を担うこともある。したがって、前者は地域旅行ビジネスであるが、後者の「DMOが営利組織の形態をとる」の場合、ここでは地域旅行ビジネスとしては含まれない。

インカミング・ツアーオペレーター

一方、インカミング(インバウンド)・ツアーオペレーター(注)は、観光性の高い旅行を取り扱い、消費者へ直接販売する(BtoC)ことを主としている。BtoCビジネス、という点では「ツアーオペレーター」(つまり旅行会社)そのものであるが、違いは事業拠点が観光地側にあることである。

たとえば、島根県の隠岐の島にある隠岐旅工舎は、隠岐四島を楽しむための旅行を専門に提供している。同社のウェブサイトには、「隠岐四島ぜ~んぶ、のんびり周遊3泊4日」や「海士町 後鳥羽上皇 歴史探訪ツアー」といった地域発着のプランが並んでいる。また「突き牛さんぽ体験ツアー」は、隠岐の伝統行事の闘牛のために育てられた突き牛のさんぽに同行する体験で、地域の人的ネットワークを活用できる地域旅行ビジネスならではのツアーである。
また、アドベンチャートラベルを地域で催行する会社も(インカミング・)ツアーオペレーターと呼ぶこともある。

インカミング・ツアーオペレーターは、ツアー商品の販売先として旅行出発地の旅行会社を活用する企業もある。その結果、観光性の高いツアーを扱うことや、BtoB取引を行う点において、DMCのビジネス形態と重なる部分もあり、両社の境界が明確ではないのはこの点から来ているものと思われる。


▲冬の知床を満喫するアドベンチャーツアー(筆者撮影)

ランドオペレーター

旅行業界でランドオペレーターといえば、一般的に訪日旅行や海外旅行において、旅行出発地でパッケージツアーを企画するツアーオペレーターからの委託(BtoB取引)により、宿泊、交通、ガイドなどの手配を行うビジネスを指している。取り扱い分野は主に観光性の高い旅行が主であるが、SITやMICEなどを取り扱うこともある。また、委託業務といっても受け身的なスタンスだけでなく、デスティネーションの新しい商品などをツアーオペレーターに対して積極的に提案する役割も担う企業もある。
日本では、2018年から始まった旅行サービス手配業の登録制度により、訪日旅行におけるランドオペレーターの存在が注目されるようになった。
また、海外旅行の場合にはランドオペレーターではなく「ツアーオペレーター」と呼ぶことがあり、実際、「一般社団法人日本海外ツアーオペレーター協会」(OTOA)という業界団体が存在している。これは海外旅行が自由化されたころに、ランドオペレーター業務(現地手配業務)をツアーオペレーターが担っていたという、事業の発展の歴史が関わっていると考えられる。もしご興味をお持ちの方は、こちらを参照いただきたい。「観光地域を拠点とした旅行サービス事業の概念整理:小林(2022)」。

以上をまとめると概略は次の図のようになる。取り扱い分野、取引形態は、個別の企業によって異なるため、あくまで概念図としてご覧いただきたい。

▶地域旅行ビジネスの流通チャネルと取り扱い分野の概念図(筆者作成)

 

地域旅行ビジネスは、地域に事業拠点を置くことで、地域のネットワークや人的資源を活用しながら訪問客に対して価値の高い経験を提供することができる。まさしく地域の一員としてのビジネスであり、地域旅行ビジネスの市場や事業の発展が、多くの起業機会や雇用創出につながることが期待される。記事を通じて、地域旅行ビジネスが、地域の観光の発展に欠かせない役割を果たしていることや、今後果たすと期待されることを理解いただけたら幸いである。もし、読者のなかで地域の素晴らしいDMCやインカミング・ツアーオペレーターをご存知であれば、情報をお寄せいただきたい。

(注)ツアーオペレーターは消費者に対して旅行商品を企画販売するビジネスであり、日本では一般的に、旅行会社と呼ばれている。ツアーオペレーターの中で、DMCと同様、地域に拠点を置くツアーオペレーターのことを、インカミング(インバウンド)・ツアーオペレーターとする。「インカミング(インバウンド)」という語を使用せず、単にツアーオペレーターと称することもあるが、本稿では旅行出発地に拠点を置く従来のツアーオペレーターと区別するために、インカミング・ツアーオペレーターと記載する。

 

最新記事