インバウンドコラム

【現地レポ】欧州一高い旅行者税を徴収するオランダ、オーバーツーリズム回避の取り組みと観光戦略

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観光・ホスピタリティ・イベント研究の国際的な学術学会「THE INC2024」での研究発表のため、2024年6月3日から8日までの6日間、オランダ・アムステルダムを訪問した。

欧州内でも屈指の人気を誇るアムステルダム。市の中心部に位置する、17世紀に築かれたシンゲル運河内側地区が世界遺産に指定され、2023年は1510万人の日帰り観光客が訪れるなど、観光地としても人気の場所である一方で、コロナ禍以前からオーバーツーリズムが話題になっている。現在アムステルダム市は長期的なビジョンを掲げ、観光客数の制限や、Stayaway(こっちにくるな)キャンペーンなど、地域住民の生活と観光のバランスをとるためのさまざまな政策を講じ、他のEU諸国のモデルになるとも言われている。学会参加の合間に見たアムステルダムの市街地の現状をレポートする。

 

欧州一高い旅行者税を徴収するアムステルダム

学会会場に隣接するホテルにチェックインすると、宿泊料とは別に旅行者税が徴収され、さっそくオーバーツーリズム対策の洗礼を受ける。アムステルダムの旅行者税は、2024年1月に7%から12.5%となり、欧州一高いといわれる。

なお、税金の名称を宿泊税ではなく旅行者税としたのは、オランダ語でtoeristenbelasting(英語でtourist taxに相当)を訳したからである。英語では一般的にツーリスト税と表記されることも多く、宿泊に対する課税ではあるが、課税対象はホテルではなく、旅行に対する税金であることが示される。

フロントのすぐ隣には、宿泊施設などに対する国際的なサステナブル認証であるグリーンキー認証を取得していることをアピールする掲示がされていた。


▲GREEN KEY取得施設であることがホテル入口の看板に提示されていた

 

クレジットタッチ決済でさらに便利になった公共交通機関

市街地での移動に欠かせないトラム(路面電車)は、クレジットカードのタッチ決済で乗降可能となっており、乗車の都度切符を購入する必要がなく便利だった。


▲市内の移動に便利なトラム。クレジットカードのタッチ決済でも乗車可能になっている。

オランダは、2023年1月に、鉄道、トラム、地下鉄など国内すべての公共交通機関で、デビットカードやクレジットカード、デジタルウォレットなどの非接触型(コンタクトレス)決済が使える、世界最初の国となった。もともと交通系カードOV-Chipkaatがトラムを含むほぼすべての交通機関で共通に使用でき、日本のようにタッチするだけで乗降はできたが、カード購入時にデポジットが必要となっており、旅行者などの一時滞在者向けではなかった。

これまで観光客はトラム乗車の際には、自動券売機で切符を購入するか、購入できない場合には乗車してから車掌から購入する必要があった。しかし路上にあるトラムの駅には自動券売機がないか離れた場所に位置することもある。また切符購入に人が列をなし、ちょうど来たトラムに間に合わないこともある。また、すべての車両に車掌がいるかどうかは観光客にはわかりづらくあてにはできない。クレジットカードやモバイルアプリなどのタッチ決済により、事前に切符を購入する手間が省け、混雑している市街地でも、大人数がスムーズに短時間で乗降できる。

三井住友カードによると、日本では現在全国30の都道府県で、バス、鉄道を含む100以上の交通事業者にタッチ決済が導入されており、たとえば首都圏では昨年4月江ノ島電鉄(江ノ電)全駅で可能になるなど普及に拍車がかかっているが、オランダはその先を行く。

短期滞在の観光客にとって、慣れない国や場所で公共交通機関の利用することは意外に難しい。乗車前の切符の購入のほかに、目的地までの交通機関やルートの確認、発着時刻の検索など、いくつもの手順を踏まなくてはならない。そのような複雑な経験をスムーズにするためには、統合的にデザインされたソリューションが必要だろう。利用者視点からみたとき、オランダの公共交通機関は、体系的で非常に優れている点があると感じる。

また、乗り降り自由の交通パスは短期滞在の観光客には便利であるが、アムステルダムには購入するのに迷うほど多様なタイプが用意されている。


▲短期滞在者用の様々なパスが用意されている

まず、市街地内の利用には1日券から7日券まで滞在期間に合わせて用意されている。さらにスキポール空港と市内の往復の鉄道も乗れる1・2・3日券や、アムステルダム郊外の鉄道まで乗れる1・2・3日券がある。

トラムや地下鉄、鉄道、バスなどの駅・バス停などでは、到着時間がリアルタイムに表示されるので、観光客は安心して待つことができる。世界標準の公共交通データフォーマットであるGTFSのデータが約10年前に公開され、社会実装が進んだからである。

10年前の経験では、到着時刻が表示されるものの、その通りに列車が到着せずストレスだったことを思い出す。今回の訪問では、表示される到着時刻はほぼ正確で困ることはなかったが、まず社会に導入し、利用しながら完ぺきなものに仕上げていくという発想だったのかもしれない。

 

現金決済はわずか2割、キャッシュレス社会が浸透

市街地ではキャッシュレス決済がさらに進んでいた。

日本のラーメンの普及が進む欧州の中でも、アムステルダムは欧州屈指のラーメン激戦区といわれている。早速、宿泊ホテルの近くにある札幌ラーメン屋を訪れると、現金での支払いお断り、であった。クレジットカードお断りではない。その逆である。

実はオランダでもかつてはカード決済による手数料支払いに反対し、カード決済を導入しない小売店や飲食店はよく見られた。しかし現金の取扱いにも大きなコストがかかっていることなどの調査分析や金融業界との対話を続けることによって、合意形成が図られたという。また消費者側に対してもキャッシュレス決済の利用を積極的に呼びかけ、今では欧州内でもキャッシュレス決済が最も進んだ国となっている。キャッシュレス決済と現金を併用するよりもキャッシュレス決済だけにしてしまえば、店舗にとって現金を取り扱うコストは不要になる。こうした政策の思い切りのよさがオランダの合理性を表しているかもしれない。


▲人気フードコート「フードハーレン」でもキャッシュレス決済

なお、オランダ中央銀行の調査レポートによれば、2023年の現金決済比率は約2割、8割はデビットカードやクレジットカード決済であった。さらに、非接触型決済も普及しており決済手段全体の72%を占め、スマートフォンやスマートウォッチによる決済も43%におよぶ。

 

アムステルダムにおける観光地経営の新しい姿

アムステルダムは、いうまでもなく欧州の中も人気の高い観光地の一つであるが、観光地域すべてが混雑しているわけではない。たしかに2023年には、年間宿泊者数940万人、2210万人泊、と過去最高を記録、中心市街地の一部地域には1年を通じて旅行客で混雑し、迷惑行為もしばしばみられる。しかし中心部から少し外れれば静かな地域が広がっており、国立美術館やゴッホ美術館のある美術館広場や、今回筆者が宿泊したホテルがある市の西側のレンブラント公園付近も、アムステルダム中央駅までトラムで18分という便利な立地であるが、人があふれるようなことはなかった。


▲観光客もゆったりくつろげる美術館広場

市は近年、観光と地域住民の生活の質とのバランスをとるための施策を積極的に展開しており、観光政策「アムステルダム観光ビジョン2035」を設定した。

具体的な施策としては、先に述べた観光税の引き上げのほか、民泊の上限設定、ホテルや観光客向けの店舗の新設禁止、リバークルーズの制限などである。2023年には「ステイ・アウェイ(こっちに来るな)キャンペーン」により、大麻目的の観光客を排除するメッセージを発信した。

こうして、従来アムステルダムに付きまとう「自由」というイメージを刷新し、成長や、創造性、起業家精神などといったことを訴求することで、本当の意味での自由な社会の実現を目指している。また、中長期的な視点で、アムステルダムが抱えるオーバーツーリズムによる悪影響を緩和し、活気に満ちた魅力的なデスティネーションにしようという意向も感じられた。

 

メディアの報道を鵜吞みにせず、客観的な根拠をもとにした対策を

メディアに取り上げられるオーバーツーリズムや観光公害に関する言説は、その実態と原因を覆い隠してしまう危険性があり、観光政策を適切に進めるためには、その言葉自体を安易に使用すべきではないと考える。実際アムステルダム市の観光政策では、市として受け入れられる観光客の上限を2000万人と設定し、1800万人を超える場合は、行政が対策を講じる義務があることや、生活の質を維持するため、迷惑行為を引き起こす観光の防止策に取り組むことなど、事象と対策を具体的かつ丁寧に説明していることが伺える。

また昨年度、日本のある自治体からの依頼に基づきオーバーツーリズムの実態調査を行った際、地域住民に話を聞くと「たしかに人は多いが最低限のコントロールはできている」と認識しており、当時のメディア報道の過熱ぶりとのギャップを感じた。

政策を立案する際には、裏付けとなる客観的事実(エビデンス)に基づき、他の事象を比較参照しつつ、原因と対策を合理的に把握、分析することが重要であり、そして、着実に実践し結果を検証する。そしてそのようなプロセスが、観光地経営の新しい姿を描きだすことにつながる。アムステルダムの観光政策はまさしくそれを示している。学会の合間に感じたのはそんなことであった。

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