インバウンドコラム

宿泊需要を生み出す体験設計とは? 地域旅行ビジネスの未来をつくるDMC天童温泉の戦略

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インバウンド市場の急速な成長や旅行者ニーズの多様化が進む中、地域誘客に貢献する、地域に根ざした旅行ビジネスの役割が注目されている。地域の体験価値を商品化しビジネスとして展開、宿泊需要へとつなげるしくみづくりは、今や観光地経営の重要な柱となっている。

そうした中、山形県天童市に拠点を置く株式会社DMC天童温泉は、2017年の設立以来、宿泊事業者が自ら出資して立ち上げたDMCとして、地域旅行ビジネスの実践を重ねてきた。

ここでは、株式会社DMC天童温泉の設立者の一人であり、旅館「ほほえみの宿滝の湯」の代表でもある山口敦史氏へのインタビューを通して、地域資源の磨き上げから宿泊誘導、インバウンド対応、県内DMCとの連携まで、同社の取り組みを通して、持続可能な地域観光のあり方と、環境変化に強い観光経営のヒントを探る。

TENDO DAYSのれん▲DMC天童温泉(TENDODAYS)が運営するトラベラーズラウンジ(提供:株式会社DMC天童温泉)

 

宿泊業の視点から生まれた地域DMCの先駆け

地域外での経験がもたらした原点の問い

山形県天童市に拠点を置く「株式会社DMC天童温泉」は、地域に根ざした現地発着型旅行商品の企画・販売を主軸とする、いわゆる地域旅行ビジネスを担うDMC(Destination Management Company)である。設立は2017年。当時、DMCという形態が地域で広く認知されていたとは言い難く、その先進性は際立っていた。
このDMCを立ち上げた中心人物が、天童温泉の老舗旅館「ほほえみの宿 滝の湯」の四代目社長である山口敦史氏だ。山口氏は、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の青年部部長を務めた経験を持ち、旅館が持つ国際的な可能性を感じ、国内外でのプロモーション活動を積極的に行っていた。

イベント型まちづくりの限界から立ち上がったDMC構想

一方で、外向けの活動に力を注ぐ中で、「地元に何を還元できているのか」という問いが生まれ、その思いから、地域の若手経営者とともにまちづくりの活動に着手。「たびまち天童」というNPO法人を設立し、天童駅前でのイベントなどを展開したが、次第にイベント開催そのものが目的化し、地域の課題解決には十分につながっていないと感じるようになった。

その反省から、地域の価値を持続的に高める新たなしくみの必要性を実感し、DMC構想を本格的に描き始めた。当初は構想に懐疑的な声が多かったが、丁寧に仲間と対話を重ねることで徐々に理解を得ていった。ちょうどその頃、旅行業の実務経験を持つ鈴木誠人氏との出会いもあり、共感を得たことで構想が大きく前進。こうして約3年の準備期間を経て、2017年1月、DMC天童温泉の設立に至った。

 

宿泊に結びつくツアー造成という哲学

狙うは宿泊者増、明確な目的に立脚した着地型体験ツアー事業

DMC天童温泉は、地域発着の体験型ツアーの企画・販売を中心に事業を展開している。多くのDMCが利益確保のため地域物産の企画販売を手がける中、同社は「宿泊客を増やすこと」に明確に軸足を置き、旅館経営者らによる出資で自立的に設立された。その方針のもと外部資金には頼らず、自ら旅行業(第二種)を取得し、旅行商品の造成から販売・運営までを一気通貫で担う体制を構築している。

設立初期に手がけた「朝摘みさくらんぼツアー」は、早朝のさくらんぼ収穫体験を通じて宿泊に誘導することを意図して企画された。もともとは山形で開催されたデスティネーションキャンペーンをきっかけに始まった旅行商品であったこともあり、DMC天童温泉として企画販売した初年度から300人以上を集客し、宿泊増にもつながった。旅館の経営者自らがバスに同乗し顧客の声に直接触れたことが、DMC事業への理解を広げるきっかけにもなったという。

さくらんぼ狩り▲「朝摘みさくらんぼツアー」を通じて宿泊需要を創出(提供:株式会社DMC天童温泉)

価格を約3倍に、体験価値を高めるための工夫

この成功を機に、商品の改良と価格の見直しにも着手。開始当初はキャンペーンの一環として2500円で提供していたが、演出や内容を充実させ、価格を7000円に引き上げた。現在では、味わえるさくらんぼの品種を増やすほか、「朝シャン」と称してシャンパンとともに味わう演出も導入され、体験価値を高めている。
こうした取り組みの背景には、「地域の魅力を発掘し、体験に仕立て、宿泊につなげる」という明快な事業哲学がある。失敗や試行錯誤を繰り返しながらも、その方針は一貫して揺らいでいない。

 

「稼いで、還元する」地域密着型経営の実践

雇用こそが地域への責任

DMC天童温泉の事業には一貫した経営哲学がある。それは「地域で稼ぐ」ことの意味を、雇用と利益の再投資という形で具体的に示してきた姿勢に表れている。

設立当初、山口氏は地元の市長(当時)から従業員数を問われ、「まだ0人。全員ボランティアでやっている」と答えた。すると、「それでは会社とは言えない。人を雇ってこそ会社だ」と指摘されたという。この言葉に深く共感し、翌年には初の新卒大学生を正社員として採用。「中途半端にやってはいけない」という覚悟を新たにしたエピソードだ。

もう一つ、山口氏の経営観に影響を与えたのが、山形県出身で株式会社JTBの元社長である舩山龍二氏の「DMCは儲けた金で次のプロモーションをすべきだ」という指摘だった。つまり、利益は内部留保や給与にとどめるのではなく、地域の価値をさらに高めるために投資すべきという考え方だ。この言葉を受けて以来、DMC天童温泉では「稼いだら地域に還元する」姿勢を徹底してきた。

たとえば、旅の出発前のワクワクや、ツアー後に旅の余韻を楽しめる場としてトラベラーズラウンジを整備したり、500万円をかけて送迎用のワゴン車を購入したりと、具体的な投資に踏み切っている。道路交通法の改正により白ナンバー車両でも無料送迎が可能となったことで、ツアー商品の展開にも広がりが生まれた。こうした柔軟な展開を可能にするためにも、利益を出し、それをどう使うかが経営の核心となっている。

トラベラーズラウンジの様子▲旅の前後を彩る交流・待合スペース「トラベラーズラウンジ」(提供:株式会社DMC天童温泉)

更なる拡大を目指した投資

DMC天童温泉は、これまで小さく始めて試行錯誤を重ねながら事業を積み上げてきたが、今後はより多くの宿泊客を迎えるための体制強化に向け、具体的な準備も進めている。たとえば来年度の新卒採用を視野に入れ、現在の2人体制から3人体制でツアー造成数の拡大を目指すほか、トラベラーズラウンジの常設オープンや観光案内機能の充実も構想している。雇用については、初期段階では「地域おこし協力隊」制度を活用し、その実績をもとに将来的な正規雇用へつなげることも検討している。

 

また、一般的に「ふるさと納税」のような収益化手法もあるが、DMC天童温泉ではあくまでも宿泊増に直結する取り組みかどうかを基準に事業を選定している。事業の手を広げすぎず、明確な目的に集中することで、地域旅行ビジネスの本質を見失わないようにしているのだ。

 

インバウンドを宿泊に変えるしくみ

閑散期を埋める着地型商品の手応え

天童温泉では、山形県内でも比較的早い段階からインバウンドに取り組み、約25年前から海外向けのプロモーションを継続してきた。特に冬期は国内客が減少するため、閑散期対策としての訪日客の存在は重要であり、この時期は宿泊者の50〜75%をインバウンドが占めている。

現在の主力商品は、冬に銀山温泉を訪れる「トワイライトトリップ」や蔵王の樹氷ツアーなど。なかでも銀山温泉ツアーは年間約2300人が参加し、うち7割はFIT(個人旅行者)だ。こうしたツアーが台湾や香港の旅行会社の目に留まり、グループツアーにも展開されるようになったことで、「天童に泊まり、銀山を訪れる」という旅行スタイルが定着しつつある。

銀山温泉ツアー▲訪日客に好評の天童発、銀山温泉夜景ツアー(提供:株式会社DMC天童温泉)

今後は、グリーンシーズン(4〜9月)にも対応できる商品の造成や、欧米市場への対応も進めていく計画だ。山形には1400年以上の歴史を持つ精神文化や山岳信仰が多く残されており、欧米の旅行者にとっても大きな魅力になり得る。すでに欧米市場からのツアー造成リクエストも増えており、インバウンド向けのツアーを展開している「The Hidden Japan」などと連携しながら、県全体への波及も見据えた体制整備を進めている。

次の成長に向けた視野の広がり

ツアー参加者の外国人比率はまだ1割程度で、現時点では日本語対応が基本である。今後は、地域内外の英語ガイドや、英語が堪能だが今は働いていない人材を活用したガイド付きツアーの実施も計画している。ガイド活用にあたっては、無償ボランティアではなく報酬を支払うプロフェッショナルな体制をめざしている。

ツアーの販売はすべて自社サイトで行い、OTA(オンライン旅行会社)は現状活用していない。かつてはOTAも併用していたが、現在は自社だけで十分な集客が可能となった。直販することにより、直接ゲストとつながり、販売における改善を即座に行えることが利点で、高速でPDCAが回せる要因にもなっている。

▲季節の旬のフルーツを体験できるツアーは人気コンテンツの1つ(提供:株式会社DMC天童温泉)

 

地域旅行ビジネスの未来を支える、3つの視点

1.地域間ネットワークによる柔軟な連携体制

地域に根ざした旅行商品の造成・販売を担うDMCにとって、他地域との連携は事業の広がりを生む鍵となる。DMC天童温泉でも、考え方や志を共有する地域事業者との連携を大切にしながら、山形県内外の12〜13のプレイヤーと協力関係を築いている。個々が自立しつつも連携する「ネットワーク型」の関係は、柔軟で持続性が高く、各地の強みを生かした旅行商品の共同開発や販売を可能にしている。

現在は、こうした横のつながりをさらに強化すべく、県内のDMC同士の商品を横断的に購入できるWebプラットフォームの構築を進めており、宿泊とのセット販売や一括予約も可能になるしくみを整備中だ。


▲盆栽づくり体験など、様々なコンテンツが展開されている(提供:株式会社DMC天童温泉)

山形県とも連携して3年後の本格稼働を目指しており、日本国内ではまだ整っていないこのしくみを先行して実装しようという取り組みだ。これは、ヨーロッパで30年前から存在する「ロマンチック街道」のような広域観光のモデルに着想を得たもので、DMC間で利益が公平に循環することを前提に、持続可能な観光地域づくりを目指している。

2.地域旅行ビジネスを支える人材の受け皿づくり

もうひとつ、地域旅行ビジネスにおいて欠かせないのが人材である。山口氏は、地域にはまちづくりに高い志を持つ若者が多く存在していると感じているが、そのような人材を受け入れる体制が整っていないことが課題だと語る。すぐに正規雇用が難しい場合でも、経済産業省や総務省の制度や補助金などを活用し、まずは若者を迎え入れる“器”を用意することが第一歩となる。

特にDMCのような地域に根ざした組織にとっては、地元で長く事業を続けてきた人々の存在が重要であり、そうした人々が次世代を受け入れる橋渡し役になることが望ましいという。地域ごとに文化や人間関係の構造が異なるため、外部からの一律な支援やノウハウ移転ではなく、地域内部から主体的に動ける人材を育てることが必要である。山口氏は、自身の役割は、そうした人材が地域に入っていける「入り口」を整えることであり、DMCを含む地域の受け皿が担うべき責務だと考えている。

DMCにおける若い人材を受け入れる器の重要性▲地域旅行ビジネスの持続には、若い人材を迎え入れる“器”が必要だと指摘する山口氏(提供:株式会社DMC天童温泉)

3.行政と民間の役割分担と未来志向の投資

地域旅行ビジネスの発展には、行政と民間の適切な役割分担も欠かせない。山口氏は、民間が担うべき事業に行政が過度に関与することや、行政しかできない中長期的な施策が後回しになっている点を課題に挙げる。

たとえば、インバウンド6000万人時代を見据えた際には、大都市の空港だけでは対応しきれず、地方空港の国際化や交通インフラの整備は行政の責務である。一方で、競争が激化するチャーター便や港湾クルーズ誘致など短期的な施策は、費用対効果の面で検証が不十分な場合も多い。持続的な地域旅行ビジネスの基盤づくりのためには、市民生活と観光の両面に資する公共投資、たとえば新幹線の利便性向上や交通ハブの整備などに注力すべきだという。また、観光振興に関わる制度や既得権益の見直し、柔軟な規制緩和も、地域の挑戦を支える環境づくりに不可欠である。

 

変化に強い観光地経営というアプローチ

限られた資源を活かす、柔軟な事業の立ち上げ

DMC天童温泉は、国のDMO政策とは少し距離を置きながらも、地域資源を活用し、宿泊事業者自らの出資によって明確なミッションを掲げて事業をスタートさせた。その結果、いまや観光地経営に欠かせないプレイヤーとなっている。

山口氏へのインタビューを通じて、近年経営学やアントレプレナーシップ研究で注目されている「エフェクチュエーション(effectuation)」という概念を思い起こした。これは米国のS.サラスバシー教授が提唱した、起業家が不確実な状況下で意思決定を行うための理論である。事業を合理的に計画・実行する「コーゼーション(causation)」に対し、エフェクチュエーションでは、限られた手持ちの資源をもとに「何ができるか」を出発点にし、柔軟に行動を重ねながら成果を導く。

DMC天童温泉代表の山口氏▲今回話を伺った、DMC天童温泉代表の山口敦史氏(提供:株式会社DMC天童温泉)

不確実性をチャンスに変える観光事業者の力

観光業界もいま、インバウンド市場の急拡大やテクノロジーの進化、生成AIの台頭など、大きな変革の渦中にある。そのような中で、観光地の未来を切り拓き、顧客に価値を届ける主体は、第一線で実践する観光事業者であり企業家精神である─そのことを今回の取材を通じて強く実感した。そして、DMOや行政はそうした事業者を後方から支える存在であるべきだ。

これは、海外の観光先進地でエコシステムとして機能し、競争力を高めているしくみにも通じる。DMC天童温泉の取り組みは、その観点から見ても、日本の地域旅行ビジネスにおける先進的な事例のひとつといえるのではないだろうか。

 

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