インバウンドコラム

【対談】今こそ正しく理解したい「世界水準」のサステナビリティ(前編)

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日本中で「サステナブル」や「SDGs」がバズワードのように使われ、その流れが観光業界にも広がる一方で、日本と海外の考える「サステナブル」には大きな乖離があることをご存知でしょうか?今後さらに勢いを増していく日本の観光業にとって、世界標準の「Sustainability」を正しく理解することは不可欠です。

そこで、日本に30年以上暮らし、サステナブルツーリズムの専門家として活躍するハワイ出身のジョイ・ジャーマン・ウォルシュさん(以下、JJ)に、日本における現状や課題についてお話を伺いました。

 

サステナビリティを表す「3つのP」

郷:JJさんは日本での生活は30年以上、広島を拠点にサステナビリティに特化した観光コンサルタントとしてご活躍されていますが、サステナブルツーリズムに関する活動をされているのは、ご自身がハワイ出身というのが少しは関係しているのでしょうか?

JJ:そうですね。ハワイはご存知の通り、自然環境の保護に力を入れています。それだけでなく、人気観光地としての歴史も長いので、ローカルと観光客のニーズのバランスをどう取るかという観点でも良い事例がたくさんあります。

どちらもサステナビリティの一環です。サステナブルというコンセプトは、ハワイでは長年大事にされ、私にも馴染みのあるものでした。なので、私が現在このような仕事に熱意を持って取り組んでいるのは、自然な流れなのかもしれませんね。

本郷:やっぱり、そうでしたか。ハワイといえば「自然」と「独特な文化」があって、その魅力的なコンテンツで人々を魅了し続け、人気観光地としても絶対的な地位に君臨していますよね。

ローカルと観光客のバランス、というお話がありましたが、日本では「サステナブル=環境(エコ)」という、限定的な意味で広がっているように感じます。

JJ:そうなんです。サステナビリティとは「Planet/地球」だけでなく「People/人」「Profit/利益」と、3つのPでよく表されます。「Environment/環境」「Equity/公平性」「Economy/経済」の3つのEと言われることもありますね。

つまり、私たちの生活や行動すべてに関係しています。その3つを組み合わせ、バランスがとれた観光を目指す「サステナブルツーリズム」という考え方が、世界ではますます注目を浴びています。ただ日本では一歩戻って、持続可能性とは何か?というところから考え、視野を広げる必要がありそうです。

本郷:その通りですね。しいたけクリエイティブが主催する「JAPAN TRAVEL AWARDS」(以下、ジャパントラベルアワード。JJも審査員を務める)も、アクセシビリティ、LGBTQ+フレンドリー、サステナビリティなどのカテゴリーを設けています。でも、多様な観光客に対応できることにより、多くの人に魅力的な観光が創れたら、結果として「サステナブル」です。だって、お客さんがたくさん来てくれたら、売上も上がり、雇用をつくったり地域への還元もできます。そのサイクルをつくれたら、強いですよね。だから、サステナビリティというのは本当に広い視点で見ないといけません。

JJ:同感です。私もグリズデイルさんとの対談を読んで「なるほど」と思いましたが、バリアフリー化を進めることで、車椅子ユーザーだけでなくベビーカーや重いスーツケースを持っている人、高齢者、そして配達の人や働くスタッフにも目に見えるメリットがあったり経済効果にもつながりますよね。結局のところ、サステナビリティとは誰もが快適で安全に暮らせるモデルをつくることなんだと思います。


▲バリアフリーもサステナビリティに欠かせない要素の1つだ

 

地元重視の観光戦略

郷:コロナの規制もなくなり、日本への旅行を待ちに待っていた潜在訪日層にアプローチするチャンスが訪れています。一方で、観光客が集まりすぎるオーバーツーリズムへの懸念も出てきています。観光客が増えるのは嬉しいですが、観光のせいで地域の人の暮らしに悪影響があるのでは「持続可能な観光」とは言えません。

JJ:ハワイには「Kamaʻāina(カマアイナ)」という、住民、つまり地域の納税者であれば、IDを提示することでホテルやレストランで割引を受けることができる仕組みがあります。日本ではまだ見たことがないのですが、日本でもこれを応用して、地元の人たちが納税者としての価値やメリットをもっと感じられるようになればいいですね。

人気観光地では、地元の人々が税金を払うばかりで、そこに住むメリットを享受できないと憤りを感じているケースが多々あります。例えば、観光地を地元の住民だけに開放する時間を設けるのも素晴らしい取り組みになると思います。


▲今回インタビューを受けてくださったジョイ・ジャーマン・ウォルシュさん

本郷:国内で地元住民に配慮したオーバーツーリズム対策としてわかりやすいのは、鎌倉の江ノ島電鉄の取り組みです。観光客が集中するシーズンには駅の外にまで長蛇の列ができ、地元の人が電車を利用できないと問題になっていました。

その対策として、地元住民に対し「駅への優先入場」ができる取り組みを行い、住民からは歓迎されています。まだ実証実験段階とのことですが、地域の人が大切にされていると感じてもらうのは持続可能な観光をつくる上で重要だと改めて考えさせられました。

2022年のジャパントラベルアワードでサステナブル賞を受賞した田辺市熊野ツーリズムビューローのブラッドさんも “Happy Locals. Happy Tourists” と話していて、「ローカルファースト」で観光開発をしています。地域の方にもお話を伺う機会がありましたが、観光をポジティブに捉えていたのが印象的でした。

JJさんは広島に長く住んでいますが、広島県内で目を見張る地域はありますか?

JJ:最近、広島では尾道市が特に際立っている気がします。しまなみ海道ができてからは愛媛や大三島、その他の島々にも波及して、サステナビリティを意識した起業家やビジネスが成長しています。世界中を旅した人たちが、尾道に可能性を感じて戻ってきたことで、ブルワリーやデニムプロジェクトのような新たなビジネスが生まれているんです。

本郷:同じ尾道で、 今回のジャパントラベルアワードのファイナリストに残っているONOMICHI U2 は、古い倉庫を再利用して、サイクリングポートに、レストラン、ベーカリーなどを備えて地域の若者や観光客に人気の複合施設になっていますよね。

JJ:ええ、すごく盛り上がっています。伝統的な文化と、新たなカルチャーが共存することで、雇用の創出に留まらず、地元の人にとっても街の魅力を再発見し、より地元愛を深められる好循環が起こる素晴らしい例ですね。

 

世界から “5歩” 差をつけられる、日本のサステナブルツーリズム

本郷:では、世界に視点を移しましょう。今、世界のサステナブルツーリズムを牽引しているのはどこだと思いますか?

JJ:北欧です。特にスウェーデンは進んでいます。再生可能エネルギーの導入が積極的に進められていて、首都ストックホルムの全てのバスや電車は再生可能エネルギーで走りますし、レンタカーでさえEVです。また、人も地球も喜ぶ食文化、地産地消や地場産業を大切にする価値観に加え、自然に寄り添った暮らしを体験してみたいと感じる旅行者を魅了しています。

2030年までに「イノベーションに基づく世界で最も持続可能で魅力的な目的地」になるという目標も定めていて、スウェーデンは日本より1歩どころか、5歩は進んでいると言えるでしょう。

本郷:私も2023年の夏にフランスとイギリスに行ったのですが、パリではデパートに給水スタンドがあり、マクドナルドでもポテトや飲み物は使い捨てではない容器に入っていました。


▲使い捨てが主流の日本に比べて、再利用可能な容器で提供する点にも大きな差が…

イギリスは多様性への取り組みが際立っていて、ロンドンの観光名所の一つ「マダムタッソー」の広告では車いすユーザーが当然のように映っていたり、6月(プライド月間)だったので街中にLGBTQ+のアライ(サポーター、味方)であることを表すレインボーフラッグや広告が溢れていたのに感動しました。

日本であれば「観光」の中でも「ユニバーサルツーリズム」や「サステナブルツーリズム」「LGBTQ+ツーリズム」など、枝分かれした小さな形での取り組みこそありますが、国として、街としてやり切れている例はほぼ見たことがありません。そこに世界との差を感じましたし、近い将来そんな日本が見られたら良いなと思いました。


▲プライド月間期間中のロンドン、マダムタッソーの広告

 

成功例ばかりもてはやすニッポン

郷:サステナブルトラベルに関するランキングでも北欧やヨーロッパ諸国がトップを独占していて、日本はトップ20にも入っていません。日本と世界の差はどういう点にあると思いますか?

JJ:上位にランクインするヨーロッパ諸国との違いは、野心的な目標の設定と、そして実現に向けた積極投資、そして何よりも社会の意識、つまりマインドセットの違いではないでしょうか。持続可能性がより質の高い生活につながり幸福度を上げると考える人、そして従来の価値観にとらわれずに変化できる人がもっと増えなければなりません。

でも人々の意識を変えることはそれほど難しいことではないんです。例えば主要メディアで日常的に、日本で実践可能な取り組みについて話したり、海外の例と比較したりするなど目に触れやすくするのもひとつの方法だと思います。

本郷:そうですね。でもそこで私が気になるのは、日本の多くのメディアでは、日本がいかにうまくいっているかを語ることが多い点です。成功例を紹介したり、「SDGs Week」 のような特集を組むのは最近目にしますが、それがグリーンウォッシュやSDGsウォッシュ(環境やサステナビリティに取り組んでいるように見せかけて、PR効果を得ようとすること)に近いものばかりなのは問題です。

日本は「外国人が愛するスゴーイ日本!」みたいなコンテンツが大好きですし、「日本は和を尊ぶ文化があるから、サステナブルだ」という主張もよく目にします。でもそれって本当?と思うようなものが多いのも事実です。

JJ:海外の良い取り組みから学ぶという姿勢も大事ですね。例えばレジ袋の話で言えば、日本は2020年にレジ袋を有料化しましたが、有料化だけではうまく行っていません。ハワイでは2015年にレジ袋を禁止し、ペットボトル入りの水の販売禁止も議会で議論されています。

▲パリの百貨店ギャラリー・ラファイエットで見つけたウォーターサーバー

プラスチックが海に流れ込み海洋生物に多大な影響があるのは、主要産業である観光業にも影響するのは想像にたやすいですから、このような変化も受け入れられるのでしょう。日本でも伝統的な工芸技術を活かして、地域の織物や古い着物をアップサイクルしてプラスチック袋の代わりにしたら面白いかもしれませんね。

本郷:それは面白いですね。そうなれば新しい産物や雇用も生み出すことができますね。ホテルでは、アメニティを部屋に置かないところが増えてきましたが、そういった取り組みについてはどう思いますか?

JJ:それはいいことですが、ロビーに行けば無料でもらえるシステムではなく、もう一歩進んで、必要な場合は購入できるようにすべきです。使い捨てではなく、長く使えるものに変えていく方が持続可能です。一時的なコストは高くなっても、長い目で見るとそれ以上の価値があるはずです。

 

サステナブルツーリズムによる好循環をいち早く

多様化する社会で、輝き続ける事業者の共通点は、広い視野と、変化を取り入れる柔軟な姿勢ではないかと思います。持続可能なサステナブルツーリズムを正しく理解するだけでなく、常にアップデートし、実践していくことです。

国内外の素晴らしい事例などから、実現可能な取り組みを地域のニーズに合わせていく工夫が求められます。後編では、具体的な取り組みのポイントについてお話しします。
 

>>後編:サステナビリティ実践のヒント、環境、経済、人のバランスと好循環を作る
 

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