インバウンドコラム

【対談】サステナビリティ実践のヒント、環境、経済、人のバランスと好循環を作る(後編)

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前編では、ハワイ出身のサステナブルツーリズム専門家、JJさんとの対談を通して、日本と世界のサステナビリティに対する認識の違いが浮き彫りになりました。

続編となる本記事では、環境、人、そして経済の3つのバランスを保つことで生まれる持続的な好循環へのヒント、また日本の観光業が実践可能な具体的な取り組みについて話しています。

>>前編:今こそ正しく理解したい「世界水準」のサステナビリティ


▲広島でトレーニングも行うJJ氏

 

サステナブルに、プラスワンの付加価値を

本郷:持続可能な社会づくりの一役を担いたい者としてやっていることのひとつですが、私も東京にいる時は、いつもマイボトルを持ち歩いているし、オフィスではウォーターサーバーで補充しています。でも旅行先では仕方なくペットボトルを買うことが多くあり、毎回出るごみの量に罪悪感を感じています。例えば、他の国ではこの問題にどのように取り組んでいるんでしょうか?

JJ:ヨーロッパや北米では、給水スタンドの設置がスタンダードになってきています。多くのお店でお水がもらえますし、観光地には路上にも蛇口があるので、人々はペットボトルを買うことなく自由に水を補充しています。空港もお湯や水を提供するところが多いですね。

本郷:ジャパントラベルアワードの今回のファイナリストのひとつ、愛媛県松野町「森の国 Valley」が運営する宿泊施設では、ロビーにウォーターサーバーがあり、隣には部屋用のジャーと外出用のボトルが提供されていました。


▲ホテルに設置されているウォーターサーバー、持ち運び用のボトルが用意されているのもありがたい

「お部屋の水は飲めます」と書いてあっても、バスルームのお水って私は飲みたくなくて、いつもペットボトルの水を買ってしまうんです。だから、環境にいいことをしながら気持ちよく過ごせる、こういったわかりやすい取り組みがもっと普及するといいなと感じました。

JJ:日本の「mymizu」というアプリで、全国の飲食店やホテルなど、無料で水をもらえる場所を知ることができます。すでに設備のあるホテルや観光スポットはmymizuの給水パートナーにぜひ参加して欲しいです。

登録すれば、アプリ上で自分の施設を無料で宣伝できるので、サステナブルな選択肢を求める観光客に知ってもらえるというPR効果も期待できます。さらにはそこで働く人も職場でウォーターサーバーを使用できるようになり、メリットを感じるはずです。

本郷:特に旅先で役立ちそうなアプリですね。実は私も数年前までは、ペットボトルについてあまり考えていませんでした。でも、脱プラスチックの活動を一生懸命している友人がいて、一度考え始めたら、気になってしまって。なので、ゴミの問題や、良い取り組みが多くの人の目に留まることは大事ですね。

JJ:その通りです。ペットボトルがリサイクルされたとしても、実際に新しいものに生まれ変わるのは18%未満で、さらに1回しかできないと言われています。ガラスと金属をリサイクルすれば、何度も繰り返しリサイクルすることができます。紙も同様です。しかし、この事実を知っている人はどれくらいいるでしょう。

先日の視察で出たお弁当もプラスチック容器で正直がっかりでした。地域の美味しいものが入っていたお弁当だったので、再利用できる弁当箱かシンプルな木箱で出してくれたら、もっと素敵だったろうと思います。商品の価値を高め、環境によく、食べる人も喜ぶ、三方よしの結果を求めたいですよね。

本郷:そうですよね。実際に、私も徳島県の「にし阿波」地域を訪れた時、事前のプログラムで自分で作った藍染のランチョンマットの上に遊山箱(ゆさんばこ)が用意されていて、すごく印象的でした。遊山箱とは取っ手付きの三段重ねの重箱のことで、徳島では子どもたちが山にピクニックにいく時に持って行ってたものだとか。

もちろん何が入っているかは重要ですが、重箱ですから見た目は豪華。そして、その場限りの使い捨てではなく、場の空気も美しくする体験やストーリーは、心に残りますよね。


▲サステナビリティであることが付加価値にもなる

JJ:前編で詳しく話したサステナブルの「3つのP(Planet/地球、People/人、Profit/利益)」を追及し、さらにプラスワンの付加価値やストーリーがつけられれば、素晴らしい取り組みになりますね。

 

透明性ある第三者の評価軸で見える化を

本郷:私たちの運営するジャパントラベルアワードでも、JJさんには審査員を務めていただいていますが、審査の過程でエントリー事業者のSNSやウェブサイトなどじっくりチェックされていますよね。観光業者が取り組みを可視化することの重要性については、どうお考えですか?

JJ:可視化は不可欠です。自らの取り組みを誇りを持ってウェブサイトやSNSに掲載することはもちろんですが、第三者による評価は効果的です。より身近なものではGoogle Mapです。車椅子でアクセスできるかが表示されたり、利用者のレビューも大切ですね。また多くの宿泊施設や航空券の予約サイトでは、サステナビリティの取り組みに対する評価を得ることもできるようになってきましたね。

そのほか、持続可能な観光のためのグローバル基準を定める「グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)」や、世界で注目を浴びている「B Corp認証」を取得するのもいいでしょう。外部機関による審査で、客観的に評価されていることを周知できます。
(注:B Corp認証とは、アメリカの非営利団体「B Lab」による民間認証制度のことで、社会課題や環境問題に関わるあらゆる側面において高い基準を持って行動している企業に与えられる。日本では現在33社が取得)

ジャパントラベルアワードも第三者による評価基準のひとつですね。細かなフィードバックでトレーニングのような役割を果たしながら、アワード受賞により信頼性と透明性の向上を担っています。

本郷:そう言ってもらえるのは嬉しいです。私たちは観光向けの広告やコンテンツ制作をしている会社なので、正確には観光業の人間ではありません。その分旅行者に近い立場にいるため、そんな第三者の評価によって、日本の観光全体をアップデートしたいという思いで行っているアワードです。

また、審査の一環としてファイナリストは現地審査を実施するのですが、エントリーシートやウェブサイトにはいいことが書かれていても、実際に訪問するとそうではないケースも残念ながらあります。また、その逆もあり、どこにも書いていないのに、実際に訪れて体験してみると素晴らしい体験や取り組みだったというケースもあります。

そういう時は、みなさん「普通にやっていることだし、わざわざ言うことじゃないと思っていた」と仰るのですが、だから外部の視点って大事ですし、常に更新していく作業が必要だと感じますね。

JJ:わかります!ある博物館のコンサルティングをした時のことですが。事前に調べた情報が良かったので大きな期待を持って現地を訪れたのですが、その博物館には女性に関する展示が一切なくがっかりしたんです。彼らが語る歴史は100%男性のもののようで、残念でした。

本郷:マジョリティだけで構成されているグループでは、何が欠けているかに気づくことがなかなかできません。これは、私たちが関わる仕事で常に多様性を求める理由のひとつでもありますし、観光が社会にポジティブな影響を与えられると考えている理由です。様々なバックグラウンドを持つ人を巻き込むことは、成長への近道と言えるかもしれません。


▲ロンドンの博物館での展示

 

完璧を目指さず、持続的な探究を

本郷:持続可能性、という言葉はとても広義なので、何から始めたら良いかわからない方々も多くいらっしゃると思います。サステナビリティ・ツーリズムのコンサルタントとして、JJさんが観光に携わる自治体、観光協会、DMO、あるいはホテルや体験アクティビティなどの事業者に対してアドバイスをするとしたら、何から始めるべきだと思いますか?

JJ:私の考える「観光デスティネーションのための10のサステナブル戦略」から始めてみて欲しいですね。これまで話に上がったような、給水スタンドの設置やベジタリアンの食事オプションを用意するなど、あらゆる人を受け入れる準備が必要です。短期間、ローコストで取り組めるものも多いです。

しかし、すべてを完璧にこなすことにこだわってはいけません。なぜなら常に改善が求められ、さらに新しい技術やアイデアも次々生まれてくるからです。観光業においても、サステナビリティを探究し続けることが、地域環境、人々が観光地で過ごす質の高い時間、そして経済効果を循環させることにつながるのです。

本郷:この話を聞いて触れたいのが、今回のアワードの審査で訪れた島根県松江市にある老舗旅館「なにわ一水」です。100年以上の歴史を持つ旅館ですが、「本当にここ車いすOKなの?」と思うインテリアや数々の趣向凝らしたアイデアで、バリアフリーのイメージを覆されましたが、本当に衝撃を受けたのが「お客さんにひとつバリアフリーを提供したら、ひとつ従業員にもバリアフリーを提供」していることです。


▲なにわ一水のバリアフリールーム

段差をスロープにしたり、施設内を遠回りしなくて良いように文字通り壁を取り除いて、重い荷物を運ぶスタッフの負担軽減や作業効率向上に繋げたそうです。すると結果として「バリアフリーは全員にメリットがある」ことが社内認識として浸透し、今では従業員が自発的にサービス向上に努めてくれるようになったと仰っていました。

「“have to”(しなければならない)」ではなく、自分を含む全ての人の役に立つことを実感しているから、歓迎され定着していったという模範例ですね。


▲なにわ一水では、点字の館内マップを用意している

JJ:今、本郷さんが言った “have to” という言葉。「しなければならない」という考えではなく、「“want to”(そうしたい)」という自発的な意志につながることがとても重要ですよね。サステナビリティの3つのPをしっかりと理解し、誰もが快適で安全に過ごせる場所をつくるという考えに到達すれば、あとはスムーズに実現されていくものです。

一貫して言えるのは、これらは具体的な目標にすることが大事で、最初は従業員や地域の人たちから反発を受けるかもしれませんが、きっと最終的には「ありがとう」と言ってくれるようになるでしょう。

本郷: 環境はもちろんのこと、旅行者、地域住民、そこで働く人々など、より多くの人々にとって有益な「本当にサステナブルな観光」が日本中で見られるようになれば、私たちの意識や生活も大きく変わるかもしれません。

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