インバウンドコラム

【対談】消費パワーは国内で5兆円超!? 観光業がLGBTQ+ツーリズムに取り組むメリット

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今回は「ダイバーシティ&インクルージョン」の視点の一つ、「LGBTQ+フレンドリー」に注目します。訪日観光客再来への注目と期待が高まる中、市場価値が高い分野の1つが、LGBTQ+を対象としたLGBTQ+ツーリズム。

LGBTQ+(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング・クィア)という言葉そのものは日本社会に浸透して久しいですが、観光業界の現場で、果たして適切な対応は取られているのでしょうか?ゲイの当事者として、自身のPodCast、LOVE CHAT with GEORGIEなどを通して日本社会でのLGBTQ+可視化に取り組み、Japan Travel Awards(以下、ジャパントラベルアワード)の審査員を務める市川穣嗣さん(以下、ジョージー)に、日本の観光業がLGBTQ+ツーリズムに取り組む重要性、そしてそこから生まれる好循環についてお話を伺いました。

 

日本の観光業が今すぐLGBTQ+ツーリズムに取り組むべき理由

郷:ジャパントラベルアワードの中核となる価値、そして4つの受賞カテゴリーには「アクセシビリティ」「サステナビリティ」「インバウンド」そして「LGBTQ+フレンドリー」があります。日本国内では約9%の人がLGBTQ+のいずれかに属していると言われ、そのような人々を歓迎し、積極的にアライ(味方・支援者)であることを示すLGBTQ+ツーリズムは必須だと考えているからです。しかし、圧倒的に情報が不足し、関心が薄いのが日本の現状。そこをなんとかしたいと強く思っています。だからゲイの当事者として活動するジョージーさんにこのアワードに審査員として参加してもらえることは、私たち運営側にとって大きな意義がありました。

ジョージー:Mr Gay Japanの運営代表として、LGBTQ+の可視化に積極的に取り組んでいきたいなと思っていた時、しいたけクリエィティブのジャパントラベルアワードの審査員にならないかという声がかかったんです。

本郷:誰もアワードの存在を知らない初年度から、快く審査員として参加してくれましたね。

ジョージー:ジャパントラベルアワードの部門賞のカテゴリーにしっかりと「LGBTQ+部門」が存在することが大きな決め手でしたね。LGBTQ+の可視化をしていくにあたり、このような活動は個人1人でできるものではないと私は思っています。だから他の団体であったり個人であったり、同じように声を上げてくれる人たちと一緒に手を繋いで進んでいくというのはとても大切だと思っているんです。

それに加えて自分もミックスルーツとして様々な経験をしたので、そういう面でもっと外国の方、そして日本の方も含めてより日本のことを理解する機会や、文化の交流にも繋がるのかなと思いました。

本郷:世界や多くの日本人に知られていない、「感動地」を改めて知る機会でもありますね。

ジョージー:文化そのものが変化したり、世界が変化し続けている中で、その変化に対応できるのか、アップデートできるのかという力が試される。それを常に繰り返さないと、3年後には社会から取り残されているかもしれないですよね。だからこそ、よりスピード感を持って取り組んでいく必要があります。そういう意味でも、アワードにエントリーする地域や事業者の取り組みは毎年楽しみにしています。


▲左:しいたけクリエイティブ 代表 本郷誠哉、右:市川穣嗣(ジョージー)さん

 

消費パワーは国内で5兆円超!? LGBTQ+市場の可能性

本郷:アワードを始めた当初に特に多く言われたのが「日本ではひどい差別もないのに、特別にLGBTQ+に取り組む必要なんてあるんですか?」という言葉です。

ジョージー:観光業の人はみんなビジネスをやって、お金を儲けたいんですよね。まず「差別はない」というのは一旦置いておいて、海外の経済学では『ピンクマネー』という言葉があるくらい、LGBTQ+の人たちの購買力は高く、ビジネスの売り上げ向上に大きく繋がるということがよく知られています。

日本でも電通が2020年12月にLGBTQ+に対する意識や知識の調査を実施していて、ここでも「国内のLGBTQ+層の消費パワーをはかる19カテゴリーの市場規模は5.42兆円」(電通LGBTQ+調査2020)と報告されています。コロナ禍真っ只中の調査でそのような結果が出ている一方で、2023年のインバウンド市場予測は4.96兆円(野村総合研究所)と、経済規模としてすでにLGBTQ+市場がインバウンドを上回っていることがわかります。

もう少し視野を広げることができれば、収入も大きくなります。同時にそこを訪れるLGBTQ+の人たちが幸せになるというWin-Winの結果が得られるのですから、この取り組みを広めようとするのに何が問題なのかと私は思うんですけどね。

本郷:本当にそうですね。これは他のインクルーシブな取り組みにも同じことが言えます。例えば、アクセシビリティ。車いすの人が通りやすいスロープができると、観光客はスーツケースを楽に押せる、小さな子ども連れはベビーカーでも行ける、足が悪い高齢の人も通りやすくなり、さらには宅配業者の人たちもカートを移動しやすくなるといった好循環があるんですよね。

そういうだれもが享受できるメリットがたくさんある上に、誰かを幸せにする。それがインクルージョンという考え方です。よりインクルーシブな社会を目指すためにも、日本が抱えるLGBTQ+における課題を、しっかりと理解し、解決していかなければなりませんね。

 

10年前よりLGBTQ+の普及進むも、理解に後れ

本郷:日本とイギリスにルーツを持つジョージーさんは、今から約10年前、イギリスから日本へ拠点を移しましたね。10年前と比べて、LGBTQ+の人を取り巻く状況は変わったように見えますか?

ジョージー:帰国した当初は複数の人から、「初めてゲイの人に出会った!」というようなことを言われました。先述のように9%程度LGBTQ+のいずれかに属する人がいることを考えると、カミングアウトできない人が多いということですよね。
でもそれから10年経って、政治家の中でも「男女不平等や性差別をやめよう」だったり、「LGBTQ+の人たちが受けている差別を禁止しなきゃいけない」といった言葉を発してくれる人が増えているのは大きな変化です。また普通にテレビを見ていても、LGBTQ+という言葉が当たり前に使われ、その言葉自体を知らない人たちが段々少なくなってきました。

本郷:なるほど、状況は大きく前進したと言うことでしょうか。

ジョージー:10年前と比べると、私達の存在が可視化されてきているようには感じます。一方で、もう差別がないかと言われれば全くの見当違いです。差別がなかったら、なぜ私達はLGBTQ+の可視化を目指すような活動を未だにしているんでしょうか。愛する人と結婚ができない、住宅ローンを一緒に組めない、相方が死ぬ時に病院に入れないといったような、異性愛者は当たり前に持っている権利が私たちにはないんです。法律を整備することはもちろん必要ですが、それ以前に、観光業、行政、それぞれの立場の人ができることもたくさんあるはずです。

 

観光業界ができること、当事者に寄り添う気持ちと学ぶ姿勢

郷:「行動したいけど何から始めればいいかわからない」という観光業に従事する方々がまずできることって何だと思いますか?

ジョージー:LGBTQ+の人に対して、彼らを受け入れるためにかかるコストって、実は「自分の心」だったり、勉強する気持ちだったり、経営者や従業員一人一人が持っている自分のマインドだけだと思うんです。先ほどのアクセシビリティに関していうと、何かしらコストがかかってしまうことも多々あると思うんですよ。スロープをつけるにも、エレベーターを作るにも、お金がかかりますよね。でも、LGBTQ+を受け入れるための準備にかかる費用はほとんどありません。例えば小さなレインボーフラッグをお店の入口に置いて、私達はあなたみたいな人たちを歓迎しますよっていう、意思表示をする、まずはそれがスタートだと思うんです。

本郷:その通りですよね。ただ、これをやったら逆に当事者を傷つけちゃうかもしれない、差別していると思われちゃうかもしれないみたい、といったように懸念している人が多いのも事実だと思います。その不安を払拭するためには、何をすればいいと思いますか?

ジョージー:まず何からやるって、「勉強」だと思いますよ!だって、ビジネスでもなんでも、知らないことには始まらないですよね。初めは何も知らなかったとしても、やりながら学んだりしていくことは、何をしても求められることですよね。

なので、不安はあるけどLGBTQ+に関して何かやりたいという方には、まずLGBTQ+とは何かという本を2、3冊読んでみたらいいと思います。少しずつ勉強することによって、接し方や用語、プロナウン(ジェンダーを表す he/she/theyのような代名詞やMr/Ms/Mxなどの呼称)やジェンダーアイデンティティ(性自認)などについて知ったり、どのように可視化していくのが大切なのかがわかると思います。間違えたらその場で謝り、今後どうすればいいか対話していくことが大事だと思います。

本郷:そうですね、本当にインクルージョンのことを考えれば考えるほど、これって「知性」なんだなと私も感じています。優しい人だから相手を思いやれるのではなくて、知性として備わっているから、知識として知っているから行動に移せる。ある意味、御作法というかマナーに近い感覚です。

ジョージー:2つ目は、どのようにして可視化、外に向けて見せていくかですね。別に私たちはホテルのHPをレインボカラーにしてほしいとは思っていません。そのようなことではなく、HP上の写真の一部を同性カップルの写真にすることは、簡単にできて、大きなインパクトを持ちます。他にも、世界各地でLGBTQ+の権利を啓発する活動やイベントが行われるプライド月間(Pride Month)が始まる時に、SNSに「いらっしゃい」って投稿をするような簡単なことです。お花見の時は何する?入学式の時は?それと同じように考えて、少し調べて「私たちもプライドの日を歓迎していますよ」という気持ちを見せるだけで大きな違いがあります。

本郷:6月がプライド月間であるということは、日本でも普及し始めていますね。そういう中で、どういう発信を自分たちでしていくか考えたり、勉強することは大事ですよね。旅行をする時には事前にWebサイトやインスタを見ると思いますけど、そこにレインボーフラッグだったり、アライ(LGBTに代表される性的マイノリティを理解し支援する人・考え方)であることがわかる何かしらの発信があるのとないのでは全く違いますよね。

ジョージー:やはり可視化が大事。いろいろ勉強して理解し、その上で自分たちが取り組んでいることをどんどん見せていく、ということが大事ですね。

 

LGBTQ+はSDGs実現への一歩、行政主導で地域全体のボトムアップ

本郷:この対談記事は、行政の方々にも多く読んでもらえると思います。行政の立場で取り組むべきことはどうでしょうか?

ジョージー:まず平等であるということを示すために、LGBTQ+の人々を受け入れる社会だという姿勢を示す、つまりはパートナーシップ制度を導入することが一番わかりやすいと思います。それはすぐには実行できなくとも、行政の中で差別をなくすために頑張っている人たちがいるのであれば、そこが可視化されると良いですね。そして、そこで可視化に活躍するのが「観光」の持つ力だと思います。

行政の意識が変わってきたら、その自治体でパートナーシップ制度ができ、地域の旅館ではどうしようか、地域向けにどういう勉強会をしようか、どういう風に対応しようか、という話につながっていくはずです。

本郷:勉強会のような教育の機会を行政主導でやって、各事業者も変わっていかないといけませんよ、平等ってこういうことですよっていうのを言い続けることですよね。それにプラスして経済的メリットもあるよっていうことを、行政が旗振り役になって周知し、進めていくのが大事かもしれないですね。

SDGsのバッジをつけている人はたくさん見ますが、ダイバーシティ&インクルージョンがSDGsやサステナビリティの一貫だと理解していない人が本当に多いです。SDGs = エコみたいな認識ですよね。

ジョージー:そうですね、サステナビリティを謳うのであれば、しっかり多様性にも取り組んでほしい。多様性に関する勉強会を開いているのなら、自分たちの取り組んんでいることを発信して外に出してほしいです。これはLGBTQ+だけでなく、例えばホテルでのアメニティの脱プラにしてもそうです。

行政をはじめ、様々なオピニオンメーカーの人たちがリードしてやっていかないと、社会は変わらないのかなと思います。やはり公平性を重んじるはずの行政こそ、そういう点に取り組んでいく必要があると思うんです。

 

旅先での対応の差が、異なる未来を導く

郷:ジョージーさんは国内外でたくさん旅行していますが、日本と海外などで違いを感じることはありますか?

ジョージー:私自身よく経験することなのですけど、私がパートナーと一緒にどこかへ旅行へ行くとします。で、国内だと2人の男性を見た時点でそれがカップルだと思ってくれる可能性が少ないんですよね。海外で2人でホテルに泊まる時に、ホテル側が頑張ってツインベッドにすることはないです。

日本ではダブルで予約しているのに、「すみません男性の方2人ですね!ツインに代えさせていただきます」みたいな会話が始まるんですよね。そのままでいいですよって言う時もあれば、こちらも面倒になってもういいやって思うときもあります。そこでもまた戦わなきゃいけないの?ってね。つまりその時私は、本来自分が欲しくないサービスにお金を払ったんですよね。受付の人のせいでもないし、説明すればわかってくれるけど、いちいち私はもう1回自分のことを説明しなきゃいけないんですかって。

本郷:その通りですね。逆にここでは臨機応変な対応やいいサービスを受けられたと思う「感動地」はありますか?

ジョージー:2022年度のジャパントラベルアワードでホスピタリティ部門を受賞した「ふふ 河口湖」は100%お勧めしますね。最初からカップルという前提で受け入れてくれたし、何か要望があったときも「それはできません」ってすぐ断るのではなく、「確認しますね」というワンクッションがあったんです。何というか、考えている、という雰囲気があるのはすごい大切なのかなと思うんです。すぐに対応できるわけではないと思うんですけど、こういう意見があったとことをチーム内で共有すれば、改善に向けた次のステップに繋がると思うんです。やはり、先ほど話したような残念な受付対応のところは再訪しないですよ。逆に気持ちよく滞在できた場所は、レビューを残したいなと思うし、友人にも勧めたいですよね。

リピート客を求めない、ワンタイムオンリーのビジネスをやっているのであれば別にそれでいいんじゃない?って思います。でも、口コミの力は相当強いですよね。知り合いから「あそこでこういう対応された」と聞いたら、そこにはわざわざ行きません。反対に、ポジティブな口コミを波及させられるような経験を提供できたら良いですね。

 

鍵は、グローバルスタンダードをどう取り込むか

郷:日本で展開する外資系ホテルが先進的な取り組みをしていると「それは外資系だからできる」「欧米だからやるのであって、日本は文化的に違う」というような諦めや開き直りのような言葉も耳にします。

ジョージー:もう日本と世界という境界線はないはずです。世界中のあらゆる顧客を相手に商売をするのであれば、グローバルスタンダードのいい点を取り入れていくのが、誰にとっても好循環に繋がるのではないでしょうか。そういうグローバルスタンダードと呼ばれるものをどう噛み砕いて、ローカライズして自分たちにより合う形にしていくという点が大切です。

本郷:LGBTQ+の人でも、外国の人でも、共通するのはお客さんに「興味を持つ心」を大事にして、常にアップデートしていくということですよね。

ジョージー:やはりサービス業っていうのは、自分たちがコミュニティを作っていかなきゃいけないものだと思うんです。コミュニティを広げるにあたり、他がこうしているからという理由で物事を決めるのか、それとも自分たちの価値や意志を広げていきたいのか。それは消費者には伝わってしまうので意志を持って臨まなければなりません。

本郷:観光業の人にとってわかりやすく言い換えるなら、誰がお客さんなのかと考えたときに、お客さんは日本人だけではないし、年配カップル、子供連れ、障がいのある人など、様々な人と接しているはずですよね。そこに対して意識的に勉強しながら、常にアップデートしていくマインドセットが大事ですね。

ジョージー:5.42兆円以上にのぼるLGBTQ+市場において、まだまだ発展途上にある国内のLGBTQ+ツーリズム。変化を恐れずにチャンスに挑み、日本の観光業界をリードするような取り組みが生まれ、そしてしっかりと社会に可視化されていくことに期待します。今取り組めば、きっと多くの注目を得られ、経済的メリットも多くあるはずなので、観光業界からのさまざまな取り組みを楽しみにしています。

本郷:インバウンドが復活してきた今がチャンス。コロナ前と同じことだけをしていたのでは、ダメですね。この記事を読んでいただいた観光に携わる方々にはぜひ、観光からより良い社会をつくる動きをしていただけたら嬉しいですね。

文:村角恵梨

 

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