インバウンドコラム
2022年10月の入国規制の緩和以降、急速にインバウンド復活の兆しが見えてきました。私のもとには「高付加価値化を実現するためにはどうしたらいいでしょうか?」「戻ってきたインバウンドをうちにも呼び込みたい」といった声が届いています。
そうしたなか、株式会社やまとごころでは2022年11月に、北海道宝島旅行社の鈴木宏一郎代表を招いて「観光バリューアップ実践会」のオンライン勉強会を実施しました。「アドベンチャートラベル推進のススメ〜地域主体の持続的な観光地域づくり」と題したこの勉強会には、地域の事業者にとっての高付加価値化の実現やインバウンドの呼び込みに関するヒントが散りばめられていました。そこで今回は、特別にその内容をお伝えしたいと思います。
経営者レポートはこちらも
1億円稼ぐなら「1人1万円x1万人」より「1人10万円x1000人」
2007年に、リクルート出身の鈴木氏らが始めた北海道宝島旅行社は、「北海道内の約350事業者、1200以上の体験プログラムを掲載・販売する予約サイト『北海道体験』の運営、ならびに「地域ならではのプログラムの開発」や「地域と連携した観光地域づくり事業」に加え、東南アジアや欧米豪を中心とした富裕層インバウンドに対して、フルオーダーメイドのツアーサービスの提供に力を入れています。
その狙いについて鈴木氏は、「極端なことをいえば、1人1万円のお客様を1万人呼び込んで、1億円を稼ぐのだったら、10万円のお客様を1000人呼び込んで、1億円を稼ぐということを追求すべきだと考えているため」と言います。
なぜか。それは「地域の負荷が小さいこと」「高い満足度が得られるサービスを提供できること」といった理由があるそうです。では、具体的にどうすれば高付加価値化が実現できるのでしょうか。鈴木氏は「地域主導」の重要性を強調します。
- 付加価値を上げるために必要なことを弊社の16年間の歩みから考えてみました。まずは地域主導でなくてはだめということ。外からやってきた誰かが何とかしてくれるということはありません。
うちの地域はこうなりたいから、こんなお客様に、このくらい来てほしいということを決めないといけない。地域にある本物の暮らしに価値があるので、何かむちゃくちゃな体験を新たにつくる必要はなくて、地域の本物の暮らしや活動のなかに、お客さまをどう入れていくか、ということのほうが大切だと思っています。それにはコーディネート能力をもったガイドの存在が必要です。
地域経済循環をつくるためには、『漏れバケツ』にならないことも大事。使っている食材や燃料は別の地域からバンバン買っているし、地元の人ではないガイドが案内しているし、ということにならないようにしないといけません。
先ほどコーディネート能力ということを言いました。これは、突然の荒天時にプランB、プランCを提案したり、そのときのお客様の体調に合わせた対応や調整を行ったりといった臨機応変さです。
PRやマーケティングの切り分けと、バリューチェーンの確立が不可欠
他方で、PRやマーケティングを通じて観光客を呼び込む作業については、地域だけで進めていくのはあまりおすすめできないと鈴木さんは語ります。
- 地域のDMOやDMCがそれぞれにホームページをつくって、そこだけでお客様を呼び込もうというのはナンセンスですよね。例えば県ごと、市町村ごとといった細かなエリアごとに〝うちのホームページを見て遊びに来てください〟なんていうのは、まどろっこしいだけです。もちろんホームページそのものが不要だと言っているわけではなくて、自己紹介のツールとしては必須です。
この点について、とある地方都市からの参加者から、「どうコンテンツを売っていったらいいか見えてこない」という主旨の質問が出ていました。それに対して、鈴木さんはこう答えています。
- たまたま弊社は、北海道という規模の大きな島で活動していますので、広さのパワーとして6~7県分あります。だから数日間以上の総合コーディネートの需要があります。でも、そうではない規模の県や市町村が単独でウェブサイトをつくって勝負しても、正直難しいのではないかと思います。たとえば富裕層を呼び込みたいという地域の狙いがあるのならば、単独でBtoCに着手するのではなく、富裕層に強いエージェントと組むところから始めることが望ましいのではないでしょうか。
高付加価値化に欠かせないもう1つのポイントとして、鈴木氏は「バリューチェーンの確立」を挙げます。ここでも地域が主体となった「生産性のアップ」「観光関連就業者の生活改善」「地域経済波及効果」「環境の維持」「地域生活の豊かさの創出」といったバリューチェーンをつなげていくべきだと言います。
- 観光ではバリューチェーンという言葉をなかなか聞きません。それも、大手企業や東京資本ではなくて、地域資本の中小企業が主体的になったバリューチェーンが必要です。いかに生産性をアップさせ、関連就業者の給料を上げるか。私たち(北海道)も、人材不足が顕著で、募集をかけても人が来ない。観光事業者は、お客様に“夢”を売らなきゃいけないのに、給料が安くて休みが少なくてでは、うまくいくはずもない。
観光関連就業者の生活改善、地域経済への波及効果、環境を維持しながら生活を豊かにするっていうことをしていかなきゃいけないと思っています。そのためには、廉価で、団体で、物見遊山で、という旅行受け入れはもうやめましょうよ、と。きちんと高いお金を払ってくれる個人のお客様を募集型でなくて受注型で受け入れていく。僕はもう、地域の観光が取り組むべき道はこれしかないのかなと思っています。
旅行者の満足度は、出会った地域住民の数に比例する
こうした地域主導で高付加価値化を目指していく考え方は、北海道宝島旅行社を創業して約16年の歩みの中で出会ったアドベンチャートラベルやサステナブルツーリズムの理念から学んできたことでもあると鈴木氏は言います。そして、さらにこう続けます。
- アドベンチャートラベルを進めていくなかでも勉強してきたことですが、やはり観光に携わる様々なプレーヤーにおける仕事の細分化と再定義、さらには役割分担と地域マネジメントをしていかないと、誰がどこでどんな付加価値をつけるのかが見えてこないですよね。もっといえば、地域の資源をどうデザインするかによって価値は変わってくるということです。
たとえばアドベンチャートラベルでは、通訳であり、インタープリターであり、エンターテイナーでもあるスルーガイドの存在が欠かせませんが、彼らが何でもかんでも説明すればいいわけではありません。よりそのミクロな地域に根を張っているアクティビティガイドや地域の住民を通して説明をすることで、その価値は高まっていきます。そのあたりの連携が取れていればいるほど、感動を与えられるし、泣いて喜んでもらうことだってできます。
既出の鈴木氏のコメントにあった「うちの地域はこうなりたいから、こんなお客様に、このくらい来てほしい」という地域が持つべき共通認識は、各プレーヤーの連携を強くし、ひいては旅行全体の満足度を高める〝潤滑剤〟としての役割を果たすといえるのかもしれません。実際、とある参加者からの質問に対する答えとして、鈴木氏からは次のような言葉もありました。
- インバウンドに対してオーダーメイドでツアーを作るときに大事なのは、お客様の期待をちゃんとヒアリングすることですね。徹底的にコミュニケーションを取って、彼らを空港に迎えに行くときには、そのすり合わせがもう基本的にはできていること。これが満足度を上げるため最も大事なところの1つだと思っています。
また、ツアーオペレーターとしての旅行商品の造成をする時の秘訣は、あえて大雑把に言いますが、お客様の満足度は会わせた地域の人の数と比例すると思っているので、どれだけ地域との接点をつくれるかが勝負の分かれ目になります。
極端にいえば、誰にも会わずに景色だけ見ていると0点。ガイドさんがそこをご案内すると40点。ガイドさんがその景色を守っている地域の農林漁業者の方に会わせてくれたら、60点、そこで一緒におにぎり食べたら80点、仲間やその子どもたちが5人、10人と出てきて、みんなで和気あいあいと時間を共有できたら100点みたいな、そんなふうに考えています。
ここまで紹介してきたこと以外にも、具体的な値段の付け方や観光事業に対する思い、これまでの苦労話なども交え、2時間近くの濃密な勉強会となりました。
「観光バリューアップ実践会」では、こういった勉強会を定期的に開催しています。リアルタイムで参加し、直に話を聞きたい、登壇する識者に直接疑問を投げかけてみたいという方がいれば、ぜひ入会も検討してみてください。
最後は宣伝になってしまいましたが、今回はインバウンドが復活するなか、全国的に注目度が高まっているアドベンチャートラベルの先駆者的な存在でもある、北海道宝島旅行社代表の鈴木宏一郎氏を招いて行ったオンライン勉強会の要素を紹介しました。最後までお読みいただきありがとうございます。