インバウンドコラム

【経営者レポート】富裕層トラベルデザイナー永原氏に聞く、唯一無二の高付加価値商品の作り方

2023.07.11

村山 慶輔

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観光庁が2023年3月に閣議決定した「観光立国推進基本計画」のなかで、量から質への転換を念頭に置いた目標を掲げています。この量から質への転換は、拙著『観光再生』(プレジデント)で挙げた28のキーワードのうちの1つでもありますが、それを実現するためには観光(インバウンド)産業の高付加価値化が不可欠です。

あらゆる観光地や事業者がそうすべきだとは言いませんが、高付加価値化を実現する1つの切り口として、富裕層(ラグジュアリー)の受け入れがあります。しかし、「富裕層を受け入れるといっても具体的に何をしたらいいかわからない」「そもそも会社で取り組むべきか判断できない」といった声も聞かれ、一部の事業者や地域以外は、まったく対応が追いついていないのが現状です。

そこで、弊社が2021年から主宰している「観光バリューアップ実践会」では、欧米を中心とした富裕層(ラグジュアリー)に対して地域特有の自然や文化遺産などを生かした唯一無二のストーリー性をもった旅行をデザインするDeneb株式会社の永原聡子氏と、同社のパートナースタッフで四国在住のトラベルデザイナーSean Brecht(ショーン・ブレヒト)氏を講師として招き、富裕層を取り込むために不可欠な唯一無二の高付加価値商品の作り方について聞きました。

本稿では、その一部を紹介していきたいと思います。

 

デネブ・永原氏が考える「ラグジュアリー層向けの商品作り」で不可欠な要素

観光庁の高付加価値化事業の有識者も務める永原氏は、アトリエ・ラパズ(Atelier LaPaz)とデネブ(Deneb)という2つの会社の代表をしています。

前者は、一言でいうと「観光資源をプロデュースするコンサルティング会社」。

「サステナブル・ラグジュアリーという理念のもと、世界中にいるラグジュアリーマーケットに熟知した専門家集団が、文化・伝統・自然・ウェルネスを中心に観光資源を磨いていくサポートを行っています」と永原氏。具体的には、ラグジュアリーホテルの開発や運営、マーケティング・コミュニケーション、セールスなどの支援であったり、観光地の観光戦略をつくったり、価値あるものを未来に繋げていくための文化・芸術分野におけるプロジェクト企画を行ったりしていると言います。

コスタリカにおけるサステナブルツーリズムの構築に貢献したLa Paz Group(1996年設立)に起源を持つ同社は、2013年に永原氏によって日本で設立されたパートナーオフィスです。

後者のデネブは、「欧米を中心とした超富裕層向けのトラベルデザイン会社」。簡単に言えば、富裕層の顧客に対して、旅程の提案・作成・手配を行う会社で、プライベートバンカーやホームドクターのイメージに近いと永原氏。「あえてデザインという言葉を使っているのは、従来のトラベルエージェントや旅行会社という言葉から連想される商品作りとは一線を画するものだから」と言います。

具体的には、「既存のパッケージングされた旅行商品をカスタマイズして商品提供するのではなく、顧客のニーズを聞き取ったうえで、その顧客のためだけにゼロから旅程を作っていくところに違いがある」と永原氏。顧客の願いや思いを実現するために、本当にありとあらゆる可能性を探って、ストーリーとして縫い合わせていくイメージに近いのだとか。

 

ラグジュアリー層が作る旅行トレンドの全てに対応しなくてもよい

そんな永原氏は、観光事業を担う経営者や事業責任者がラグジュアリートラベルを念頭に置いた高付加価値化を進めるにあたり、考えるべきことがあると断言します。それは、「そもそもラグジュアリートラベルとは何なのか」を各々で考えること。

  • たとえばJNTOの定義では、『費用の際限なく満足度の高さを追求した高消費額旅行を実施する市場』とし、定量・定性調査をもとに『旅行先における消費額が1人あたり100万円以上/回』と位置付けています。ただ、これはあくまで1つの考え方であって、議論の余地がすごくあるところ。たとえば私たちは、〝Luxury sets the price; price does not set luxury〟という言葉を大切にしています。つまり価値あるものが価格を決めていくのであって、価格がその商品の価値を決めるものではない、という基本スタンスを取っています。価格の高いものに価値があると思われがちですけれども、そうではなくて、実際に良いものを集めていったら、結果的に価格の高いサービスや高付加価値な商品になっているということです。

他方で、ラグジュアリートラベラーが旅行のトレンドを作っているということも言われています。この議論について、永原氏は肯定的ではあるものの、すべてのトレンドに対応する必要はまったくないと主張します。

  • 毎年のように、世界中から様々なレポートが出てきます。近年ですと、ウェルネスツーリズムやグリーントラベルなどでしょうか。各地域や各事業者においては、自分たちに合ったものであれば、それが響くお客様に対して磨き上げ、訴求していけばいいのであって、すべてのトレンドに条件反射的に対応する必要はないと思います。そもそもトレンドと言われるだけあって、3年後にはどうなっているのかわかりませんよね。

ただ、そうした前提のうえで、健康増進や幸福度を高めるようなウェルネスの分野は、「日本と相性が良いもの」として大きなポテンシャルがあると考えていると語ります。

さらに永原氏は、高付加価値な商品作りに必要な3つの要素である「目利き、ストーリー、実行力」の詳細な説明をしたうえで、顧客体験の価値向上とはどういった工夫が重要なのかを紹介しました。

そのうえで、デネブがこれらを実行するなかで欠かせないと考えている「トラベルデザイナー」という仕事の役割に関し、同氏は次の3点を挙げています。

  • ◎富裕層のタイプやニーズは多岐に渡り、特別な体験・上質な宿・個々の要望に合わせたアクティビティ手配などをするにあたり、広範囲にわたる専門的知識、経験、柔軟性が必要
  • ◎国籍・人種・宗教・年代・職業によって様々な対応が必要であり、顧客との対話や、経験に基づいた的確な対応や、要求に対するサービスが求められる
  • ◎高価な商品を売ることが目的ではなく、顧客それぞれの希望に沿ったオーダーメイドの旅行を造成するのがトラベルデザイナー

 

高付加価値化を阻害する、日本のホスピタリティ産業にありがちな「5つの失敗事例」

加えてデネブで働くトラベルデザイナーの1人であるショーン氏が、典型的な5つの失敗事例を紹介。「それらはいずれも高付加価値な商品作りの弊害になる」と同氏は指摘しています。

失敗事例1 「仕方ない」という概念

1つ目は日本でよく聞く〝仕方ない〟という概念。〝今日は予報になかった雨が降ったから、楽しめなかったのは仕方ない〟といった考え方ではダメだということ。とくに日本でショーン氏が様々な場面で感じるのは、集団意識の強さに伴う融通の利かなさ。マニュアル通りにしか対応できない商品・サービスでは、高付加価値化は難しいということだ。

失敗事例2 お客様が、サービス提供者の都合にあわせる

2つ目は「Who does my vacation belong to?」。「その休暇は誰のものなのか」と頭を抱えてしまう場面が多々あるとショーン氏は言います。たとえば日本の宿泊施設では、朝食の食事時間帯をチェックイン時に選択するよう要求することがあります。しかし、そもそも何時に起きるのかや、目が覚めてすぐに朝食を摂りたくなるのか少しリラックスしてから朝食を摂りたくなるのかは、その日の体調次第のこともあるでしょう。最小限のリソースで最大数のゲストに対応するためのオペレーション上の戦略なのかもしれませんが、これでは高付加価値化は実現できません。「休暇はあくまで旅行するゲストのものでしょう。少なくともラグジュアリーな旅行では、ゲストが自分たちのサービスを〝理解〟してくれることを期待するのはNG」とショーン氏は肩をすくめます。

失敗事例3 コーヒー提供のタイミング

「すぐにコーヒーが出てこないこと」をショーン氏は3つ目に挙げる。一見すると、ささやかなことかもしれないが、いろんなことを象徴しているので、あえて声高に言いたいと同氏。特に朝食時に、顧客が「コーヒーが飲みたい」と言ったら、それはすぐ(遅くとも5分以内)にフレッシュなコーヒーが出てくるものだと期待しているのだけれど、日本のレストランではそれ以上待たされることが多いため、「顧客から不満を耳にすることが多い」と言います。その理由は、朝食を提供する際の「標準的な順序」に縛られていること。トーストやサラダといったいくつかのものを提供した後に、コーヒーや紅茶などを提供するように決めつけられているからだと指摘します。待たされた挙げ句、コーヒーが冷めていることすらあると言い、「然るべき順番とは何か」をいま一度考えてみてほしいとのことです。

失敗事例4 「正しい文化を教育」しようとする、押しつけのおもてなし

おもてなしのコンセプトは、とても称賛すべき伝統であり、文化であるけれども、ときにそれが間違った方向にいくこともあると、ショーン氏は訴えます。端的に言えば、「日本の旅行業界には、外国人旅行者に対して、日本の〝正しい文化を教育〟しようとする習慣が根付いてしまっている」ということ。ゲストは、あくまで〝自分だけの特別な日本での体験〟を求めているのであり、〝正しい体験を教育されたくて日本に来ている〟わけではないということ。その基本が置き去りにされてしまうと、楽しむことやリラックスできず、退屈になったり、窮屈さを感じたりしてしまうのだと同氏。「相手が楽しんでいるのか、本当に興味があるのかを観察することを忘れないでほしい」と言い、そのうえで、「情報が足りていないのかもしれないと心配する必要はほとんどありません。なぜなら欧米のお客さんは、知りたいことや興味があることは必ず質問するから」と付け加えます。

失敗事例5 全く役に立たないスーツケーススタンド

5つ目の事例は、スーツケーススタンドやラゲージラックと呼ばれるもの。ショーン氏は、日本のホテルを利用した顧客から、「なんでそもそも狭い部屋に、あんなよくわからない邪魔なものが置いてあるのか」と指摘されることがよくあるとのこと。小さいサイズのスーツケースや30年以上前の標準だった片開きのスーツケースであれば便利なのかもしれないけれども、ほとんどの外国人旅行者が使っているスーツケースのサイズでは、まったく使い物にならない。そうしたものが、地方の宿泊施設を中心にいまだに置きっぱなしになっている。こうした過去の決まったもの(スタンダード)を見直し、新たな提案や改善を行っていく力が日本のホスピタリティ産業の全体で足りていないと感じると言います。

私が主宰する「観光バリューアップ実践会」では、こういった勉強会を定期的に開催しています。
今回は、永原氏の話の後には、参加者の方々から様々な質問が飛び交い、これらに対して丁寧かつ具体的な回答をしていただきました。また、勉強会のあとには懇親会も行い、リアルの場でも交流も出来ました。
コロナ禍も明け、インバウンドがかつての賑わいと同等か、それ以上の勢いを見せてきているなか、リアルタイムで参加し、直に話を聞きたい、登壇する識者に直接疑問を投げかけてみたいという方がいれば、ぜひ入会も検討してみてください。

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