インバウンドコラム

タイのビーチリゾート・タオ島で実践、地元住民主体の「暮らし」と「観光」を両立させるサステナブル・トラベル

2023.07.21

帆足 千恵

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コロナ禍の期間中、世界中の観光地では、訪問客の減少に伴いそれまで抱えてきた様々な地域課題が改善されるという声がよく聞かれた。例えば、ビーチリゾートでは、観光客が減少し「海の透明度が上がった」などといった具合である。そうした状況も追い風となり、サステナブル・トラベルが以前に増して大きな潮流になっている。

タイのビーチリゾート、タオ島は、世界のダイバーの憧れの島として知られる場所だが、20年近く前から地域住民が主体となり、環境保全のための様々な取り組みが行われている。コロナ禍を経て、サステナブル・トラベルがより一層注目されるなか、こうした取り組みを国内外へPRしようと、訪問客が地域住民と共に環境保全活動に参加したり、地域の文化体験をできるイベントが始まった。ここでは、筆者が今年開催されたイベントに出席して体験した、タイ・タオ島での暮らしと観光を両立させるサステナブルな取り組みをレポートする。


▲タイ、タオ島でのアクティビティに関わる地元の漁師の方たち

 

欧州旅行者が8割、タイ・タオ島でのサステナブルな取り組みは1軒の宿から

タイのビーチリゾートはプーケットやクラビをはじめ、欧米豪から、なかでもヨーロッパの旅行者から人気が高い。タイ・バンコクのスワンナプーム空港から飛行機で1時間のサムイ島も同様に、欧米豪からの旅行者で賑わいをみせる。タオ島へは、サムイ島からさらに定期船に乗り、2時間かかる。それにも関わらず、定員約500名の定期船は満員だった上に、8割以上は欧米豪からの旅行者で占められていた。


▲ゆったりした時間が流れるタオ島

南北に7km、東西に3kmの小さな島・タオ島は、ジンベイザメに遭遇できるスポットもあり、20年ほど前からタイ有数のダイビングスポットとして人気になってきた。ダイバー向けのバンガローからラグジュアリータイプのホテルまで、島内に200軒ほどの宿泊施設が揃う。そんな小さな島が、サステナブル・ツーリズムを体現する島として、近年注目を集めている。

タオ島のサステナブルな取り組みは、15年くらい前に一軒の宿から始まったという。島の中心であるサイリービーチ沿いにあるリゾートホテルで、ダイバーにも向いた格安ドミトリータイプからプール付きのヴィラまで揃う「Ban’s Diving Resort Koh Tao」、ここのオーナー・ラムルック・アッサバシンさんが始めたビーチクリーンやゼロウエイストなどの環境保全の行動が島民に広がったそうだ。

「タオ島の経済は主に観光業と漁業で保たれています。海の中の魚を魅力とし、ダイビングスポットとして名を馳せながら、並行して漁業もという一見相反するこの二つによって生活が成り立ちます。自分たちの海を自分たちで守らなければという意思が根強く島民の中にありました。まず、ごみ処理場がないこの島ではいち早くゴミを減らす取り組みから始めました」とラムルックさん。

一例を挙げると、一昔前、タイではコンビニなどでペットボトルのお水を買うと必ずプラスチックストローがついていたが、この島では、ストローをいち早く無くしたという。

「可能な限りリデュース・リユース・リサイクルをし、再生しづらいプラスチックの利用を根本から減らそうと努力しました」(ラムルックさん)。今ではタイ全土でプラスチックのストロー自体をあまり見かけなくなった。


▲ダイバーにも人気の宿(左)レストランでは鉄製のストローでジュースを楽しむ(右)

このように、島の一人ひとりが当事者意識をもって島を守る、はたまた自分たちの生活を守るという意識から、タオ島では、タイ政府が推進するバイオ経済、循環型経済、グリーン経済(経済、社会、環境のバランスを保ち、持続可能な開発につながる経済活動 )の3つの考え方を統合したBCG経済モデルを取り入れ、成功した例と言える。


▲タオ島ではペットボトルのキャップを再生加工してできたコースターが販売されている

 

タオ島が自発的に取り組む環境保全活動を体験できるイベントをスタート

2022年6月には、タオ島が今まで自発的に取り組んできた環境保全活動をマーケットやワークショップとして観光客も体験できるイベント「Spotlight Koh Tao @World Oceans Day 2022」がスタート。観光業と漁業で島民の暮らしが成り立っていたため、コロナ禍は観光客が激減、人が少なくなった日々を自然の再生期間と捉え、今までの取り組みを国内外にPRしていこうとして企画された。

2022年のイベントに大変興味を持っていた筆者は、2023年4月7日〜9日に行われた「Spotlight Koh Tao 2023」に参加。今年は、タイ国政府観光庁アジア太平洋地域の各事務所を通じて、メディアやインフルエンサー、旅行業関係者など約100名が集まった。

4月7日のオープニングには、タオ島発の製品や食品、SDGsな取り組みの紹介などを行うマーケットもたち、もてなす側の島民や楽しむ島民、一般の旅行者も参加。タオ島の名物ともいえるサンセットから夜までを楽しみながら過ごしていた。

 

タオ島に根付くサステナブルな取り組みを、地元の人と交流しながら深く体験

このイベントの醍醐味は、事前に申し込んだ体験プログラムで、地元の人と交流しながらタオ島の取り組みを楽しみながら学ぶことができることにある。計12の体験プログラムのなかでも特に注目したいのが、「地元漁師たちと漁礁装置(魚を多く集めるための装置)を作るアクティビティ」だ。

漁礁は自然由来のものを使っているところが特徴。タオ島に多くあるココナッツの木や葉、また竹を用いて作る装置は海藻のような役割を果たし、魚がその装置に集まるようになる。すると、その魚を求めて大きい魚も集まるようになるという仕組みだ。「魚が住みやすい環境を作り、そこに魚が集まる=海が健全に保たれる」という、環境の維持に繋がるのが大きなポイントといえる。

また、ダイビングスポットと漁のスポットを分散させることで、お互いが気持ちよく海をシェアすることに寄与している。生態系や多様性の保護、複数のエリアにダイビングスポットや漁のスポットを共存維持できるなどのメリットがあるという。


▲(左)竹で漁礁装置を作る様子(右)地元の漁師でリーダーのチャルンスック・スックポンさん

コンビニでもシャンプーなどは量り売りがされていて、珈琲の出がらしやフルーツの皮から石鹸やボディーソープなどの製品を生産するショップもある。島民自体がサステナブルであることを理解し、それが当たり前という環境で育つのは非常に重要だ。このような考え方そのものが、欧米豪からの旅行者に愛される理由だと思う。

“Spot Light 2023”で実施された体験プログラム

<自然、海の保全>
・サンゴ礁のリハビリテーションケア
・サンゴ礁のモニタリング
・ブイのメンテナンス
・水中クリーンアップおよびビーチクリーンアップ
・地元の漁師との漁礁装置づくり
・地域森林のリハビリテーション

<再生や自然素材を利用して楽しむ>
・タイダイ染のワークショップ
・シーグラスを使ったワークショップ
・ナチュラルクリーニング製品のワークショップ
・プラスタオでのペットボトルを再生利用するワークショップ(常時 店舗で受付)
・エコプリントのワークショップ

<暮らしと食文化を楽しむ>
・ゼロウエイストのタイ料理教室


(左)海岸に落ちているガラス材を利用してアクセサリーにするシーグラスワークショップ(右)地元の方とお話ししながらの料理作り

 

サムイ島で聞いた「過度な成長」よりも「身の丈にあった成長」という考え方

タオ島に向かう前に1泊、帰りに6時間ほどサムイ島に滞在した。サムイ島は別名“ココナッツ・アイランド”とも呼ばれ、欧米豪の旅行者が好む落ち着いた雰囲気とダイビングやシュノーケルなどのマリンアクティビティが人気。ここでも、島の自然、文化を守り、未来につなげていきたいとサステナブルな動きをしている人に出会った。

オーガニックレストラン「The Nature Samuiザ・ネイチャー・サムイ」のオーナーは、日系の企業に勤めていたが、サムイ島の自然、文化の魅力を伝えたいとレストランをオープン。広い自家菜園の中でとれたオーガニックな食材でタイ料理を提供してくれる。タイ南部、サムイ島の文化を伝えるため、タイ料理教室なども開催しており、海外の旅行者にも人気を博しているとのことだ。


▲オーガニックレストランでのメニュー

今回訪問した際、レストランのオーナーが、前国王ラーマ9世が唱えた「足るを知る経済」の話をしてくれた。

「足るを知る経済」は、「欲しいものを求めすぎての過度な経済競争による貧富格差の助長や、古き良き伝統を軽んじるのではなく、まずは身の丈に合った中で経済を回すことで、いがみ合いがない、よりよい社会を形成すべき」という考えに基づいて提唱されたものである。

今回の訪問に際し、サムイ島を車で回ってみたが、やはり欧米豪、特にヨーロッパからの旅行者を多く目にする。先述のレストランに連れてきてくれたガイドの方も、地域に根付いた文化を深く伝えたいという意思を持っていたので、「これだけ多くの旅行者に対して、ガイドの数と質の担保はできているのか」ときいてみた。

「サムイ島には、島の自然を保全し、その落ち着いた魅力を愛する良質で本質的な旅を求める旅行者が集まり、特にヨーロッパからのシニアを含めたカップルが1カ月、2カ月と長期滞在することが多い。そんな人達が適宜ガイドを活用するのと、サムイ島、タオ島があるスラータニ県で100名ほどのガイドがおり、育成も行っているので、数もクオリティも担保されている」との答えが返ってきた。

やはり自然や文化への深い物語を知り、体感するには、地元の人との交流とそれを十分にわかる言語できくことが必要である。ガイドは旅行者と地元をつなぐにあたって大切な役目を果たし、満足度を高め、リピーターにつなげるのに重要なポイントだと思われる。


▲タオ島でのアクティビティ、水中のクリーンアップ

本来は日本もタイも世界中のどのエリアも、地域で手に入る食材、素材を可能な限り使い、再生し、サステナブルな生活をしなければ成り立たなかったのだと思う。現在の各地のサステナブル・ツーリズムは元々の生活や自然環境、暮らしや文化を見直し、保全し、そこでしかないストーリーを紡いで、旅行者にそれを体感してもらえるようにしていることが多いように思う。タオ島、サムイ島を訪ねて、改めて筆者の地元である九州のストーリーを見つめ直したいと思った。

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