インバウンドコラム

持続可能な観光ビジネスの一手、サイクルツーリズムでインバウンド需要を掴む方法

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新しい観光手法として注目を浴びているサイクルツーリズム。自転車を活用して行う観光や旅行のことで、自転車活用推進法の施行に伴い、全国各地でさまざまな取り組みがされるようになった。コロナ禍が明けその動きはさらに加速している。世界ではサイクリングツーリズム、バイシクルツーリズムなどと呼ばれ、非常に多くの愛好者・利用者が存在する。とりわけ自転車が生まれたヨーロッパでは人気が高い。最近は、東アジア、東南アジアからの旅行者からも注目されている。

筆者は全国各地でサイクルツーリズムの造成に関わっているが、自治体、観光関連業者に関わらず「サイクルツーリズムを推進したいが具体的になにをすべきかわからない」「導きたい結果のイメージが掴めず苦労している」「自転車関連事業者に委託したものの、観光とはかけ離れたスポーツイベントになってしまった」といった声をよく聞く。

そこで、ここではサイクルツーリズムとは何か、その基本的な内容や特徴、旅のスタイルを紹介しながら、日本でサイクルツーリズムを推進するにあたって必要な基礎的な情報を解説する。

 

自転車に乗りながら五感を味わう、サイクルツーリズムの魅力

サイクルツーリズムとは、自転車を活用して地域探訪や観光地を巡る観光スタイルである。商店街や地域の集落など比較的狭い範囲を巡るものから、国土の広範囲に渡るもの、国をまたいで長距離移動するものまで、さまざまなスタイルが存在する。

いずれも自転車を使うが、といってバスや電車、タクシーなどのように単なる移動手段として自転車を使用するものではない。身体を動かして風や路面からの振動、周囲の音や匂いなどを感じること自体が目的の一つだ。つまり自転車に乗ることがまず一番の楽しみなのである。ハイキングや登山と、単なる徒歩とでは意味がまったく違うのをイメージしていただくと理解しやすいだろう。

サイクリングの目的地については、自然豊かな場所や、走りやすく交通量の少ない快適な道路とその周辺地域、大量送客には向かない地域などに存在するスポットを設定することが多いようである。狭隘な道路や集落、脇道など、自転車でないと辿り着けない場所や、小規模な観光地に送客することができるのが大きな特徴だ。またそれら目的地で、歴史や文化、習俗などを学び、地域を感じながらサイクリングするようなマイクロツーリズム的な観光の手段として採り入れられることも多い。


▲観光スポットや名所を巡り、解説しながらローカルな場所をめぐる

さらに身体を動かすことによって健康増進にもつながり、スポーツとしても楽しめるのも特徴の一つだ。観光とスポーツの二つの要素の構成比を変化させることで、観光としてもスポーツツーリズムの手段としても活用することができる。

 

インバウンド需要獲得に、サイクルツーリズムが有効なわけ

さてつぎに地域で取り組むメリットについてであるが、まず既存観光地以外での地域観光資源の活用が図れることが大きい。上述のとおり自転車で走ることが適しているロケーション、自転車でないと辿り着けないような場所や小規模な観光地などに送客することができる。つまり観光の分散化を図ることができるのだ。

つぎに注目したいのはサステナビリティに親和性が高いツーリズムであること。自転車は温暖化ガスの排出が極めて少ない上に、地方での宿泊滞在や消費を喚起することができ地域経済に貢献できる。地域事業者での消費を促すことで経済リーケージを防ぐこともできる。世界的に取り組みが盛んになっている持続可能な観光開発の手段としても有効なのである。

またフードツーリズムやウェルネスツーリズムなど、親和性の高い観光手法と組み合わせることでシナジー効果も期待できる。

とりわけインバウンドの需要獲得の手段としていま大変注目を浴びているのだ。

 

サイクルツーリズムの多様なスタイル

サイクルツーリズムには、乗車スタイル、車種、目的地、走行環境、人数、日数などの構成要素で多種多様な楽しみ方が存在する。まず乗車スタイルについてはインバウンドでの需要として主要なものは以下のものがある。

スポーツライド
個人やグループで、自転車走行に適した道路や地域をスポーツ走行を目的に訪れること。快適にスピーディーに走れる環境を好むサイクリストが多い。琵琶湖一周、淡路島一周など湖や島を一周するサーキットライドと呼ばれるものもこれに含まれる

マルチデイライド
地域や観光地、レストランやカフェ、自然の豊かな場所など、目的地を決めそこに向かって複数日にわたって走行すること。そのために事前にルートを計画し、信号や交差点を避け、他交通とのハレーションが少ない道路を選び、走行自体を楽しみながら移動する。純粋なスポーツライドとは違い、観光的要素を多く取り入れているのが特徴。ある程度長い走行距離になることが多く、旅をしている実感を得ることができる。

ワンデーライド
主に1日で観光地を巡るサイクリング。マルチデイライドと違う点は、比較的簡単でカジュアルなサイクリングのスタイルであるということだ。したがって概念的に固定されたものはなく、自転車の種類も走行の仕方も多種多様であり、歴史的スポットや田園風景から大都市の繁華街まで目的地化することができ、汎用性が高い手法だ。

こうした走り方をソロの個人旅行として自身でプランをして楽しむサイクリストも多いが、昨今ではツアー商品として販売されることも増えてきた。ツアー商品としては人気があるのは以下のものがある。

オーガナイズドツアー
専門業者がコース設定からサイクリスト向けの宿の手配を行うパッケージツアーのことである。サイクリングガイドやアシスタントカーが帯同し、メカニックトラブルや補給食、給水などをアシストするフル装備のツアーもある。

個別サービス
オーガナイズドツアーに含まれるなかで、サイクリングガイドだけのサービスや、アシスタントカーだけのサービスなども存在する。

e-BIKEツアー
文字通りe-BIKEを乗ることを目的としたツアー。e-BIKEとはペダル踏力をモーターでアシストするスポーツ自転車で、坂道をアシスト力により楽に快適に走ることができるうえに、自転車のふらつきを抑え安全性が向上する。よって従来、年齢や体力の問題で走行を諦めていた利用者もサイクリングができるようになった。なによりいままで自転車では辿り着けなかった急勾配を上った先にある絶景の見える場所などを目的地にすることができるのが大きな特徴だ。世界中でe-BIKEは爆発的な広がりを見せており、新たな観光手段として注目されている。


▲e-BIKEだからこそ急な上り坂の先に広がる景色も見に行くことができる

 

訪日したサイクリストが期待すること

コロナ禍を経て日本に続々とサイクリストが訪れているのをご存知だろうか。SNSやブログ、そしてサイクリストに人気の地図アプリ上では、日本のサイクリングが話題となっている。

SNSなどで目立つのは自分自身でルートを考え、荷物をたくさん自転車に取り付けて日本中を走る「バイクパッキング」という手法を使うFITのソロサイクリスト。観光でいうところのバックパッカーに似ている。航空券の手配から宿の手配、はたまたキャンプでの宿泊など、全て自分自身で行うスタイルである。SNSや地図アプリ上では実際に走行したときの様子や写真、印象などがシェアされ、それが呼水となってさらなるサイクリストが来訪するという構図になっている。

エージェント、旅行会社経由でのマルチデイツアーもコロナ禍を経てたくさん行われるようになってきた。日本の風光明媚な地方の風景やその場所ならではの体験を行いながらホッピングで各地を巡っていくツアーである。メンテナンス工具や補給食などを積載したアシスタントカーが同行しゲストのケアにあたるのが特徴で、非常に重要な役割を担っている。それゆえ専門知識と技術が必要である。弊社で行っているインバウンド向けサイクリングツアーのうち大半がこうしたアシストを行うサービスである。


▲オーガナイズドツアーで活躍するアシスタントカー

 

今後の需要増が期待されるワンデーツアー

とりわけ日本の原風景サイクリングツアーとして、日本の田園風景や情景の中を走るコースが人気だ。比較的富裕層のゲストが多く、異国情緒を楽しみたいという一般観光とスポーツであるサイクリングが融合している形となっている。

ワンデーツアーはこれから盛んになっていく分野と考える。サイクルツーリズムの増進ということで全国各地の自治体がこの分野に力を入れている。その先駆者といえば、飛騨の株式会社美ら地球であろう。日本人が考えそうなプロダクトアウト型の団体観光スタイルではなく、あくまでインバウンドゲストの目線に合わせた地域の紹介と体験、そしてそれを実現する手段として選んだのがサイクリングである。飛騨古川の素晴らしいロケーションと地域の住民との触れ合いが最大の特徴であり、かわりにガツガツと走るスポーツサイクリングの要素は少なくなっている。したがってサイクリングファンやスポーツ愛好家ではなく、広く一般的な観光客を呼び込むことにつながっている。そしてスタッフ全員が英語に堪能である。最も成功している例であろう。

これらを購入するのは、自転車を文化として、また生活として体感している国々のゲストが多い。具体的にいうとヨーロッパ、アメリカ、オセアニアからの訪日観光客だ。ヨーロッパにはEuroVeloという物理的に分離された自転車専用路が存在し、ソロサイクリングやグループライド、オーガナイズドツアーで楽しまれている。

またe-BIKEはヨーロッパから発生し普及してきた。日常的にe-BIKEに慣れているという点も大きい。彼らにとってサイクリングは最もポピュラーなアドベンチャーアクティビティーであり、コストがかかることも理解しているだろうし、自転車というハードウェアが高価なものであることも理解している。

そして遠く離れた日本を訪れ、さらには都市部ではない地方に行きたがるということは、そこに存在する日本らしい風景や異国情緒を感じ取りたいからであろう。そういう意味でもこれらの国々からのゲストがサイクリングにフィットすることは間違いない。

 

サイクルツーリズム推進に欠かせない旅行会社・自転車事業者の役割

サイクルツーリズム推進には、旅行会社と自転車事業者(サイクリングガイド、レンタサイクル事業者、サイクリングアシストサービスなどを専門に扱う事業者)の相互理解と連携が不可欠である。最大の理由はゲストの安全を確保するためである。弊社は旅行業と同時に自転車事業者としてフル装備のオーガナイズドツアーを実施できる体制を整え運営しているが、ビジネスをする中で経験してきたことを述べたい。

まずエージェント、旅行会社は基本的なこととして、自転車事業者の仕事の内容、装備のコストなどを理解することが必要だ。サイクリングは特殊で高価な機材を使用するアクティビティーであり公道で行うものである。そこには専門技術と知識が必要であることに十分な理解が必要だ。さらに商品の特性に対し、ゲストの身体能力などを適合させて募集する必要がある。弊社では、ツアー当日になって「自転車に乗ったことはないけど乗れると思う」というゲストの方がおられ、その時点でグループ全体のツアーが中止になってしまったという苦い経験がある。

また一回のツアー人数も考慮しておくと良いだろう。道路交通法に則って自転車を公道で走行させる場合、車間としては2車身ぐらいが必要となる。自転車の車両が1.9m未満ぐらいなので、1名あたりの走行空間は6mほど必要だ。サイクリングガイド付きツアーの場合、ガイド1名につき5〜10名が適正人数だ。できるだけ安価にと、ガイド1名で50名をケアするツアーなどという商品はナンセンスと言える。


▲参加者に対して、必要なガイドをアサインし、適性な規模のツアーにすることが大切だ

つぎに自転車事業者の役割であるが、ツアーの成功の可否は自転車事業者にかかっていると言っても過言ではない。自転車先進国から来訪した人々にとって、日本の交通環境は大変奇異に映ると思う。交差点でレーンチェンジができない、二段階右折、歩道走行、そして自転車レーン上の路上駐車など、日本独自のルールである上に、自動車が自転車の走行スペースを取らない場合が多く、大変危険に映ることと思う。よって道路交通法を熟知し、それをゲストに周知できるような専門知識と技術が必要だ。サイクリングガイド付きツアーの場合は、安全、安心のためのガイド技術を専門機関にて受講し体得しておく。

そして何よりレンタサイクルの整備や運用の技術が必要なのは言うまでもない。もしくは自転車専門店での定期的な整備は不可欠である。
また単にレースやスポーツ走行ができるだけでは観光ビジネスに参入することは難しい。観光の知識や技術も自転車と同様に備えておかねばならない。

 

世界のサイクルツーリズム需要を獲得するためのポイント

これらの旺盛なインバウンドのサイクルツーリズムの需要を獲得するための重要なポイントは、関連する自治体、観光事業者、自転車事業者それぞれにサイクリングとスポーツ自転車への理解を深めることである。

日本では自転車は廉価な乗り物というイメージだが、サイクリング先進国では全く違う。ママチャリは存在せず、ほとんどの自転車がスポーツ用自転車である。e-BIKEや最新の素材やテクノロジーが詰め込まれた工業製品であり、嗜好品としても非常にステイタスの高い製品という認識なのだ。この点においてまず認識を正しく持つことが重要だ。

サイクリングガイドやアシスタントカーの運用などは、専門技術と知識をもった自転車事業者が安全と安心の確保を行うことになる。こうした自転車事業者の育成がなによりも大切だ。モデルルートの設定やサイクリングマップ、PR動画も大切だが、それよりもまず事業の担い手を作ることが必要だ。観光ビジネスとしての自転車事業という観点を持った事業者の育成が大切だろう。

さらにはツアー中に立ち寄る宿泊施設やレストランなども、こうした自転車やアシスタントカーの機材保管を考慮したところを選ぶ必要があり、事前に周知と協力をお願いしていくことが重要だ。


▲ツアー中に立ち寄ってのんびりするのも、サイクリストの楽しみの1つ

これらはつまり世界のスタンダードとしてのサイクルツーリズムの品質を確保するということにつながる。現状の日本人の一般的な自転車への認識では、サイクルツーリズムの品質は確保できない。冒頭に書いた通り,自転車を単なるチープな移動手段として認識したのではサイクルツーリズムは成功しない。薄利多売で利益を得ることは無理な構造なのである。

まず世界のスタンダードとしてのサイクリングと自転車に対し理解を深め、価値あるツーリズムであることを認識し、必要不可欠なものが備わった商品づくりを行うことが第一ステップであろう。それを続けることが結果的に高付加価値な商品につながっていくと筆者は確信している。

 

株式会社ライダス 代表取締役 井上 寿

地域探訪型サイクリングツアーの催行、プロフェッショナルなサイクリングガイドの養成、旅行業法に基づく旅行業、メディア事業、動画・静止画事業などを行う。持続可能な観光開発にも注力しており、一般社団法人 日本サステナブルサイクルツーリズム協議会の代表理事、一般社団法人JARTAの副代表を務める。
八重洲出版「旧街道じてんしゃ旅」シリーズ 執筆・撮影

 

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