インバウンドコラム
2026年春の香港市場では、桜需要に小さな変化の兆しが見え始めている。
SNSでは例年通り、日本各地の開花予想や早咲き桜の情報が共有されている。しかし、その情報量の多さに比べると、予約の立ち上がりはやや穏やかだ。
訪日回数を重ねた成熟市場において、桜は依然として強い吸引力を持つ一方で、それだけで旅行を決定づける要素ではなくなりつつある。2026年春の訪日需要はどうなると予測されるのか、紐解いていく。
▲香港国際空港近くでも桜の開花が話題に
香港市場の変化「花を見る」から「桜を体験する」へ
香港各社へのヒアリングによると、2026年の春商品の動きだしは少し遅めだ。「旧正月期の訪日予約も昨年よりスタートが遅かった」との声も大きい。かつては桜を逃さないよう早めに旅行を決める傾向が強かったが、桜を何度も見てきた香港人は、必ずしも桜シーズンに強くこだわらなくなっている。航空運賃や宿泊費のコストパフォーマンスを重視し、旧正月後から桜シーズン前に渡航するケースも増えているという。
一方で、桜に関連した消費の広がりも起きている。香港では「桜デザインの御朱印」「御守り」「紐ブレスレット」などが、見た目の美しさやデザイン性の高さから話題となり、SNS上で共有されている。中には桜関連のグッズがファッション関連メディアで取り上げられる例もある。御朱印帳や限定御守りは桜と信仰文化を掛け合わせた「体験型消費」として注目度が高く、旅行者の消費スタイルは「花を見る」から「桜を体験する」へと広がっていることがうかがえる。
成熟市場である香港では、桜そのものが新鮮な魅力ではなくなりつつある。旅行者の意思決定に影響する要素は「価格」「利便性」「体験の付加価値」へとシフトしているのだ。
香港人の旅行動向「桜+物語性」が差を生む
香港人にとって定番の桜スポットは、東京の千鳥ヶ淵や上野公園、京都の嵐山や龍安寺、九州の小倉城や別府鶴見岳、沖縄の与儀公園などが挙げられる。これらの名所は旅行会社のパンフレットやSNSで頻繁に取り上げられ、香港市場において王道として定着しつつある。
一方でユニークな桜スポット情報も拡散されている。例えば、アニメの聖地で桜スポットとして知られている函館の「五稜郭公園」を『名探偵コナン』『ラブライブ!』のファンたちがアップしていたり、青森・弘前公園で見られる「ハート型桜」のような名所もSNSで拡散されている。アニメや芸能人といったソフトコンテンツとの連動が訪日意欲を刺激しているのだ。
成熟市場においては、「桜がきれい」という訴求だけでは差別化が難しく、「桜+物語性」が新しい訴求力を生み出しているのかもしれない。
▲SNSで話題となり、香港からも多くの旅行者を惹きつけた青森・弘前公園の桜。満開の花々が描き出すハート形の景色
また、時間に余裕のある定年後の世代や長期滞在者は「桜を追う旅」を好み、3月下旬から4月初旬にかけて日本各地を巡るパッケージツアーやクルーズ商品が人気だ。EGL、WWPKG、永安旅游などの香港の大手旅行会社はダイヤモンド・プリンセスを利用した「桜クルーズ」を複数設定するなど、桜をテーマにした長距離商品が定番化しつつある。
桜商品の進化と、海外桜スポットという競合
特に、EGLやWWPKGなどの訪日大手旅行会社は「直行便+桜名所+地方体験」を組み合わせた商品を多数展開している。2025年の地震情報の拡散により直行便が休止してしまった南九州への送客を実現させようと、EGL社はイースター休暇(4月3日〜7日)にあわせ、鹿児島へのチャーター便を2本組み込んだ。また、永安旅游社の商品では「九州春日花祭、6天温泉之旅(九州春の花祭りを巡る6日間温泉の旅)」と題し、桜観賞に温泉、さらにJリーグの試合観戦までを組み込んだ旅行商品も登場した。
九州の主要都市(福岡・鹿児島・宮崎)に加え、その他の地方都市の桜名所を組み込んだツアーも増えている。沖縄の早咲き桜を組み込んだ商品も人気があるという。
▲香港の訪日大手旅行会社による広告。イースター休暇や桜シーズンに合わせたチャーター便は鹿児島と関西方面へ設定された
さらにSNSの投稿を見ると、最近、桜や列車の写真の中に、「この景色はこれまでみたことがない」と思う写真を見かける。テキストを丁寧に読むと、日本ではなく、日本風に作りこまれた海外の観光スポットの情報が意外と多いことに気がつく。
中国本土では、武漢の東湖磨山櫻園、無錫の黿頭渚、青島の嶗山、北京の玉淵潭公園、貴州の平壩農場などが桜の名所として知られているほか、韓国でも、ソウル、釜山などの桜並木が紹介されている。興味深いのが、こうした地域の景色が、日本の観光地を思わせるアングルで紹介されるケースが増えていることだ。さらに韓国の桜スポットで撮影されたK-popアイドルの写真をまとめてリポストする動きも見られる。
投稿へのリアクションを見ると、日本の桜関連投稿と比較するとまだその数は少なく、現時点で大きな影響が出ているとは言えない。「桜=日本」という認識が強いことに変わりはないものの、菜の花や梅など他の花との組み合わせで訴求される日本以外の観光地情報も増えてきたことを日本側は意識して次の手を考える必要がある。
そしてもう一つ見逃せないのが、市場そのものの成熟だ。以前は、「桜の開花がずれてしまったので飛行機を取り直さなくては!」「もう1回行かなくては!」という声もよく聞かれたが、訪日回数が増えるなかで、桜のシーズンを何度も経験した香港人も増えている。その結果、こうした声は少なくなった。日本に行くことが定番の選択肢になった今、桜シーズンを取り込むためには何が必要かが問われている。
「桜+α」をどう設計するか、実践にあたっての3つのポイント
開花リスクに備える代替提案の設計
ここ数年、香港の旅行会社関係者からは、「桜の開花時期が読めない」との声が上がっている。桜は同じエリアでも標高差によって開花時期が多少異なることもある。そのため、時期がずれた場合の代替案を事前に提案できれば、旅行会社にとっては行程を組む際のリスクが下がり、そのエリアをコースに組み込みやすくなる。
先日、香港の旅行会社と岡山県内の桜の話をする中で、「後楽園」はまず最初に挙げられる定番スポットであった。しかし、後楽園の見頃時期に合わない可能性がある場合、内陸部で標高がやや高く、岡山市より遅れて咲く約1000本の桜が豪華に咲き誇る「津山城」も選択肢となる。
また、見頃の時期が後楽園と重なるものの、岡山市の「砂川公園」のようなローカルなスポットの提案は、混雑を避け、ゆったりと桜の写真を撮りたいリピーター層にとって有益な情報となる。
桜体験を深化させる食の演出
さらに、地方都市を含めた都市であれば、香港人が訪日で重視する「食」に結びつけるのも一つの方法だ。桜をテーマにしたコース料理やアフタヌーンティー、桜の香りや色合いを取り入れた華やかな食体験が、各地のホテルやレストランで展開されている。
こういった日本人向けの季節商品が香港人の琴線に触れる可能性は非常に高い。「春だからこそ展開される企画」に関する詳細情報を、繁体字で発信していくことも、桜の時期に訪日意欲を高めるきっかけになるだろう。
“桜+α”で差をつける情報発信
香港市場では現在、Instagram、Threads、YouTube、FacebookなどのSNSが主要な情報源だ。桜の開花予想や現地のライブ映像が拡散され、消費者の旅行意欲を刺激している。特に上述の通り、「芸能人やK-popアイドルの桜写真」「アニメ聖地と桜の組み合わせ」は高い反応を得ている。単体の風景ではなく、複数の要素を組み合わせた情報発信に力を入れることも念頭に置く必要がある。
訪日が当たり前となり、桜が“定番”となった香港市場では、桜にさらに何かを掛け合わせた情報発信が必要となる。SNSで拡散されやすい「穴場スポット」「ユニークな桜景観」を積極的に発信することも重要だ。「香港人が知らない桜のスポット」の紹介は、香港人の訪日意欲を呼び戻すきっかけとなり、どの地域にとってもまだチャンスが残されている。
成熟市場だからこそ「新鮮さ」「付加価値」「代替案」「食との結びつき」といった要素が求められる。桜を中心に据えつつも、体験型消費やSNS拡散力を意識した情報発信が、今後の訪日香港市場の春需要を支える鍵となるだろう。
Compass Communications Managing Director
木邨 千鶴
東京都出身。広告代理店「クオラス」入社。2007年より香港に移り住み、香港フリー雑誌勤務を経て独立。コンパスコミュニケーションズインターナショナルを設立し、自治体や企業のレップ、また現地日系企業などの広告・広報業務に従事。自社メディア「香港経済新聞」を運営し日々街の変化を捉えながら、香港のメディアリレーションを軸に、幅広いマーケティング支援を行う。
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