インバウンド事例
里山の文化とアートで海外からの旅行者を魅了する「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018」(前編)
2018.09.04
事例のポイント
- 海外アーティストが滞在し、地域の価値を発掘
- 国境を超えたネットワークで自然にプロモーション
- 外国人ボランティアの活用
- HPでチケットやツアー購入までワンストップで販売
- 車がなくてもオフィシャルやセレクトツアーで楽しむ
「瀬戸内国際芸術祭」は多くの海外メディアにとりあげられ、外国人旅行者が押し寄せ、「アートによる地域振興」のモデルケースとして紹介されている。しかし、この「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、「瀬戸内国際芸術祭」に先立つこと10年。7回目の今年はさらに海外からの注目、ゲストを集めているという。実際に里山をめぐって、その魅力と現状を探ってみた。
広大な里山が舞台の「大地の芸術祭」
2000年に第1回が始まり、以降3年に一度のトリエンナーレ形式で開催され、今回の2018年で7回目を迎えるこの芸術祭。新潟県十日町市、津南町という約760キロ平方メートルの広大な里山に、44の国と地域から作家が手がけたアート作品378点(うち過去に制作された恒久作品206点)が点在し、世界最大級の国際芸術祭となっている。東京23区(620キロ平方メートル)がすっぽり入るというから、そのスケールの大きさがおわかりになるだろう。
「越後妻有」と呼ばれるこの地域は、日本でも有数の豪雪地帯。冬場は平均で2.5m、多いときで4mを越す積雪があり、平坦な土地も少ない。創意工夫と智恵を凝らして用水や土木工事を行い、狭い傾斜地に棚田を築き、日本一の米どころと言われるまでになった。参加アーティストは、集落に足を運び、気候や風土、植生、農業の方法、食べ物などの特色を発見し、地域の人と協働しながら作品を作り上げていく。
この芸術祭では、点在するアートをめぐりながら、「越後妻有」の棚田をはじめとする美しい里山の風景や雪国の食文化、地域の人々との触れ合いを全身で体感し、楽しむことができる。
交流人口が急激に増加。海外からは中華圏メイン
前回2015年の第6回の来場者は51万人で、今回会期スタート3週目で21万人を達成しており、前回同時期と比べても108%という好調な出だしだという。外国人は前回にも増して多く、台湾、香港、中国と中華圏のゲストがほとんどだという。
日本人は会期終了に近づくにつれ多くなるが、中華圏は「まだ(自国の人が)訪れていない最初の頃に行くことに価値がある」と思うようで、スタートした7月は日本人より多く見られた日もあったそうだ。筆者が取材した数日でも2割くらいは外国人ゲストだと感じられた。
さらに、この芸術祭で注目を集めるのは、国内外からのボランティアの多さだ。「こへび隊」と呼ばれる公式サポーターは、2653名の登録(2018年8月10日)があり、毎日最低でも30人、多いときで80人ほどが稼働している。首都圏の学生や社会人、地元の方が中心だが、7割近くを外国人が占める。その他、行政が管理しているボランティア、香港など海外の大学の教授からすすめられて期間中サポートしている学生など構成は多様で、外国人ボランティアは数百人規模にのぼるという。
今回の取材で出会ったJhin-Han・Liさんは台湾から来日しており、この芸術祭の期間中、中国語スタッフとして稼働。なぜボランティアに参加するのかきいてみると、「台湾では瀬戸内と並んで、この芸術祭はとても有名。実際にとても素晴らしい。台湾人や中国人が多いので、少しでもお役に立てれば嬉しい」と笑顔をみせた。当日も中国人の母娘に、雪国の冬の暮らしの写真展示をみせながら対応。長い時間説明をきいていた娘は「今度は雪が降る冬に来てみたい。人々の生活がみてみたい」と語っていた。中国語での説明が、雪国の生活を心に深く刻みつけられたようだ。
なぜこんなに世界へ周知できたのか
芸術祭施設の多くを運営するNPO法人越後妻有里山協働機構里山の事務局長・薮田尚久さんは「海外のプロモーションに特に注力をしたわけではなく、海外からのアーティストが参加し、地域で交流することで、国境を超えたネットワークが蓄積されていったことから自然と広まった」と現状を分析する。例えば、アーティストの滞在および活動拠点として2009年からの「オーストラリアハウス」に加え、今回新たに「中国ハウス」「香港ハウス」が完成。これらを含め本芸術祭の情報は、アーティストや関係者が地元で記者発表や広報することで、メディアに取材されるという好循環となった。特に、中国は2018年5月8日に北京で記者発表会が開催され、中国の主要メディアやアート関係者など総勢130名が参加したという。
日本語の他、英語、繁体字、簡体字、韓国語でも通年情報を発信している「大地の芸術祭の里」のホームページには、芸術祭の特設ページもある。概要、どのように楽しめるか、外国人目線での交通アクセス、パスポートやツアーのチケット購入まで非常にわかりやすい。ツアーに関してはasoviewで予約、購入までできるようになっており、「オンライン上で内容がわかり、予約まで完結できるのが、海外のお客様の利用も増えた要因」と薮田事務局長は分析する。多言語の閲覧では繁体字ページへのアクセスが最も多く、次いで簡体字、英語となっている。
この地の魅力を求めて、芸術祭の期間以外でも訪れる人は少なくない。台湾の旅行会社「ライオン・トラベル」は、昨年の秋に3,000人規模のインセンティブ旅行を送客。1日かけて美術館や恒常的に設置している作品を含め、越後妻有そのものを楽しみ、新潟県内や近隣県に宿泊したという。
20年以上かけての取組やネットワークに加え、わかりやすい情報提供が海外からの旅行者をさらに誘引している。その辺については、後編で詳しくみていこう。
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