インバウンド事例

インバウンドに大人気 京都のラーメン店が、コロナ禍でパン業界へ参入したわけ

2021.12.23

印刷用ページを表示する



訪れる者を丼から立ち上がる炎が出迎えるラーメン店「めん馬鹿」や、ラーメン作りから体験できる「ラーメンファクトリー」など、京都市でインバウンド向け飲食店を運営するのは、ジャパンフードエンターテイメント株式会社。「エンターテイメント」という社名にあるように、ただ食事を提供する「飲食業」ではなく「観光業」というスタンスを大切にする同社の取り組みは、数々の海外メディアに取り上げられ、2020年11月には「めん馬鹿」シンガポール進出など、その勢いは止まらない。 一方で、新型コロナウイルス感染症の影響でインバウンド客ゼロとなり売上大幅減となった同社は、新たにパン業界へと参入。開業からわずか1年あまりで、京都市内を中心に急速に店舗数を拡大させている。なぜラーメン店からパン屋へと業態転換を図ったのか、その取り組みを伺った。

 

インバウンド客にターゲットを定めたラーメン店、客単価は3倍に

「35年前に父がスタートした小さなラーメン屋が、2015年頃から外国人観光客に注目されるようになりました。最初は台湾の人たちが中心だったと思います。当時はまだ『インバウンド』って言葉もなかった時代です」と、懐かしむように語るのは、ジャパンフードエンターテインメント株式会社の代表取締役社長である宮澤心氏。

大学卒業後に上京し、不動産業界に身を置いていた宮澤氏。実家であるラーメン店を外からサポートできれば、との思いだったが、悪化する経営状況を受けて、店を継ぐ腹を決めた。修学旅行生やファミリーなどターゲットを模索していくなか、いち早くインバウンドに着目。アジア圏から欧米へと狙いを広げ、2016年に爆発的集客を実現させた。

「日本人のお客様は、ラーメン一杯に500円~800円しか払いたくない。味がどう、接客がどうと文句を言う人も少なくない。それに対して、外国人観光客は1杯1000円でも1500円でも気持ちよく払ってくれるだけでなく、感動して喜んでくれる。そういった姿を何度も目にして、いいお客さんになってくれるのでは?と思いました」

客層の変化を肌で感じていた宮澤氏は大幅に店内を改装し、ねぎラーメンだけで勝負に出た。「テーブル席では目玉となる炎のラーメンが提供できなかったので、そのラーメン目的で訪れる人たちはカウンター席が空くのを待つ。結果、テーブル席はほぼ稼働しないまま、という状況が当たり前にようになり、思い切ってテーブル席をなくしてカウンター席だけのお店にしました」。26あった席数は半分以下に減ったが、空席の無駄がなくなり、回転率を上げることに成功。客単価は最終的に3倍まで増えたという。大きな手応えを得て、まだまだこれからだと確信していた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態に襲われた。

▲「めん馬鹿」ねぎラーメン(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

 

「飲食業」ではなく「観光業」だからこその柔軟な発想でパン屋へ

「めん馬鹿のお客様が減ったのはもちろん、体験型のラーメンファクトリーも大変でした。ダイヤモンドプリンセス号の報道あたりで中国の人たちが来なくなって、それでも4月の桜の季節は大丈夫やろ……と思っていたのが、キャンセルが相次いで、8割減。インバウンドの売り上げは当然ゼロ。緊急事態宣言もあり店舗は休業せざるを得なくなり、月1000万円あった売上はゼロに、あっても決算お利息2円だけという月が続きました」

ショックだったが、立ち止まるわけにはいかない。先行きを案じるなか、「改めてラーメンという商品について考えてみると、テイクアウトにもデリバリーにも向かない。我々はこんなにも危うい商材を扱っていたのか……、と痛感しました。お弁当をやろうと工場も探しましたが、物件が見つからずに断念。いろいろと悩みましたが、やっぱり対面での商いが自分たちらしいという思いから、パンはどうか?と考えたんです」

そこには、パン消費量日本一という土壌を踏まえての判断に加えて、「ラーメンという商材を扱っていますが、飲食業だと思ってなくて。自分たちの事業は観光業だと捉えている」からこその、ラーメンに固執しない柔軟な姿勢があったという。宮澤氏曰く「いい意味でのこだわりのなさ」だ。


▲宮澤社長(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

 

ラーメン店での経験をもとに、パンで付加価値創出

パンの消費量が日本一を裏付けるように、京都にはありとあらゆるタイプのベーカリーショップが点在する。人気のチェーン店から店主夫妻が営む小さな町のパン屋まで。

「既存のお店と同じことをしていては勝ち目がない。だから、何かに特化する必要性を感じていました。私はクロワッサンを推したんですが、社員たちの賛同を得られず……結局、ベーグルになりました。でも、この選択がよかった」

(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

取り扱う商品には付加価値が不可欠だ。その付加価値をエンターテインメントと捉えよう。それこそが、ジャパンフードエンターテインメントの武器となる。

「めん馬鹿では、少しずつ外国人観光客が増え始めたのと同時に、ベジタリアン対応を進めてきました。まずは、とりあえず肉抜きメニューからスタートするという手探り状態。当時は、『豚を触った手で調理しないでくれ』と言われてもピンとこないくらい、ムスリムにも無知でした。インバウンドのお客様は、4~5人で来られると内1人は肉が食べられないのが当たり前。そうなると、別れて食事ではなく、全員で別の店へ行ってしまう。それを食い止めるためには、しっかりとしたメニューづくりが求められます。そこからいろいろと勉強しました」

 

宗教や国をこえて、皆が一緒に食事ができる喜びを「ベーグル」で

インバウンド対応として少しずつラーメンのメニュー改良を重ねるなかで、宮澤氏が行き着いたコンセプトがある。それは、「宗教や国をこえて、同じラーメンを一緒に楽しく食べられるって素晴らしい!」という思いから生まれた「ONE TABLE(どんな人もひとつのテーブルを囲える)」というものだ。ベジタリアン向けのラーメンを作ったり、ラーメンファクトリーではムスリムでも食べられるようにハラル認証も取得し食の多様性への対応を進めてきた。 ラーメンからパンへ発想を転換するなか、ベーグルはその考え方にピッタリの商材だった。

ベーグルはポーランドに移住したユダヤ人から生まれた、という説が有力だ。東欧の一部の人々が日曜日の朝食に食べるのが一般的だったが、その後、ロシアやポーランドの多くの人々がニューヨークへ移住したことをきっかけに、人気に火がつき、世界中へ広まった。日本でのブームは2000年頃だ。

▲ベーグルをつくる様子(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

「お肉と乳製品を同時にテーブルに並べてはいけないというユダヤ教の戒律の中で、どうにかしてパンを食べられるようにとの思いから生まれたといわれるベーグルは、卵や牛乳、バターなどの動物性食品を使わずに作られます。 ヴィーガン向けだけでなく、アレルギーをもつ子どもの親御さんにも喜んでもらえたんです」

どんな理由があるにせよ、同じものを一緒に食べられることの幸せを思えば、予想外の反応はうれしいものだったに違いない。

 

フードロスの削減やSDGsにも注力、新スタイルのベーカリー

老舗ホテルのベーカリー部門で働いていた職人の監修のもと、試行錯誤を重ねて完成させたベーグルは、ほどよい大きさで食べやすく、もちもちとした食感としっとり具合がちょうどいい仕上がりだ。「固くて大きい」といったベーグルのイメージを払拭する。

味における追求はもちろんのこと、フェアトレードコーヒーやプラスチック蓋を使わないバタフライカップ、食べられるストローの採用など、SDGsへの取り組みにも注力している。

「外国人は日本人に比べて環境意識が強く、まだプラ容器使ってるの?と指摘されることもしばしば。言われて考える。そこから次の行動が見えてくることも少なくありません」

「パン屋はフードロスとの戦い」だとも、宮澤氏は言う。

「店内にずらっと商品を並べるのは、にぎわい感を演出する目的もあります。購買意欲を高めるためにも、棄てる覚悟でパンを焼く店も少なくありません。それはやりたくなかった。また、コロナ禍で感染予防対策への意識も高まったことも踏まえ、KAMOGAWA BAKERYではタッチパネル式非接触スタイルのオーダー方式を採用しています」

これは、本店に続く膳所駅前店や北大路駅前店も同様だ。

▲オーダー用タッチパネル(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

 

ラーメンとパンの二刀流で「ONE TABLE」を目指して

2020年10月31日の本店オープンからわずか1年で、膳所駅前店、北大路駅前店、阪神梅田店と直営店を伸ばし、2021年10月29日には堀川五条店が誕生。こちらは、記念すべきフランチャイズ1号店となる。破竹の勢いだが、その資金繰りは?と素朴な疑問が頭をもたげることだろう。

「もちろん、複数の補助金を申請しました。正直、コロナじゃなかったら資金調達できてませんね」と苦笑する宮澤氏。銀行借入れはコロナ前に比べて0が一つ増えた。

「銀行さんからもこれ以上はちょっと……って言われたので(苦笑)、ここからはフランチャイズの加盟店開発やブランディングに力を入れていくつもりです。本店は、御所南・御所東という立地の良さが決め手でした。2号店となる膳所駅前店も、膳所というエリアが本店周辺の雰囲気に通じるものがあり、客層が似ていたんです。KAMOGAWA BAKERYが提供したいのは、デイリー仕様の商品。パンって日常の食材だからこそ、よっぽどでないと、わざわざ買いに行ったりしない。だからこそ、店舗を増やして、届けていきたい」

「パンではなくビジネス(製造を含む)を売る」という視点に立てば、フランチャイズ化は必然だ。

「これで利益ベースに乗せることができたら、そのとき初めてコロナがあってよかったと思えるでしょうけど……いまはまだまだ無理ですね」と、苦笑い。柔軟性を強みとした宮澤氏の挑戦はまだ始まったばかり。売るべきものが明確に見えているからこそ、ブレずに前へ進める。そんな当たり前だが見失いがちな信念を、ラーメン屋からパン屋への転身に見た。残念ながらいまはラーメン業は休業状態だが、二刀流で「ONE TABLE」の精神を伝えていける日は、そう遠くはないだろう。

▲「KAMOGAWA BAKERY」本店外観(提供:ジャパンフードエンターテインメント株式会社)

(取材/執筆:椿屋 山田涼子)

 

最新のインバウンド事例