インバウンド事例

岐阜長良川の流域文化を再定義、高付加価値の和傘が繋ぐ技術継承と持続可能な地域づくり

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日本三大清流の1つとして知られ、岐阜県中央部を流れる長良川。かつては上流と下流を結ぶ水運の道として、木材や美濃和紙、海産物など様々な商品が運ばれたほか、現在も鮎漁を中心に川漁が盛んだ。また、川沿いには町が形成され、豊富な資源を活かして和紙や提灯、和傘などの伝統産業が誕生するなど、岐阜は長良川を中心に、経済的にも文化的にも栄えてきた。

このように豊かさを持つ地域でありながらも、「うちには何もない」と考える地域住民が多く、シビックプライドの低さや、担い手不足により伝統産業が消滅する危機にあるなど、様々な課題を抱えている。

こうした課題に向き合い、地元岐阜を自慢できる場所にしたいと、長良川流域の地域づくりに取り組んできたのが、NPO法人ORGAN理事長の蒲勇介(かば・ゆうすけ)氏だ。

地域資源の発掘と可視化を積み重ね、鵜飼と座敷遊びを掛け合わせた1人2万円以上の貸し切り船遊び体験を販売。また、伝統産業の「和傘」のブランディングに取り組み、高単価の和傘を年間500本程度販売するなど、付加価値の高い商品づくりとサービス提供、販売を通じて、伝統産業や技術の継承に取り組んでいる。

今回は、まだ道半ばと話す蒲氏に、20年以上にわたる長良川流域での持続可能な地域づくりへの取り組みを伺った。

 

地域の魅力を発掘するフリーペーパー発刊から「地域づくり」がスタート

岐阜県郡上市出身の蒲氏は、地元の国立岐阜工業高等専門学校を卒業後、九州芸術工科大学に編入。大学在学中からデザイン業務に従事、その後、地元に戻り、仲間と共に地域づくりNPOを創業した。当時、岐阜の若者は「岐阜なんて何もない」と口々にいっていたが、蒲氏は地元を自慢したいという思いからある行動をおこす。当時、自慢しようにも地域の魅力を知らなかった蒲氏は、地元の長良川流域で活動する様々な人を訪ねていった。地域の人々と触れあうなかで、自身のデザイン力を活かして地域の文化を伝えようと、岐阜の魅力を発掘する季刊フリーペーパー「ORGAN」を創刊する。

そして、蒲氏はフリーペーパーで紹介する岐阜の魅力を調べていくなかで「水うちわ」と出逢う。日本では「打ち水」に代表されるように水を使って涼をとることが昔から一般的に行われてきた。水うちわも同様に、水に濡らしてあおぐことで、通常のうちわよりも涼しい風を感じることができる。長良川上流で作られる「美濃和紙」を使用しており、半透明で見た目も美しい魅力的なものだが、材料入手が困難で製造技術も継承されておらず18年以上も作られていなかったという。

そこで、うちわ職人や和紙メーカーとの協力のもと、蒲氏は産地を飛び回り、素材や技術をコーディネートし水うちわの商品化にこぎつける。1本4000円以上と、当時としては高額ながらも完売に繋げた。


▲長良川上流で作られる美濃和紙を利用した水うちわ

「この経験が、文化的な背景、希少性や意味性をしっかりと伝えられれば、多少高くても欲しいと思って貰えるという自信になった」と語る蒲氏。

地域の人との出逢いを通して文化を知り、それを形にして値付けし販売することで、観光客にも地元にも喜ばれるという成功体験が、この後の、長良川流域の魅力掘り起こしと商品、サービス化、高付加価値な商品づくりへとつながっていく。

 

長良川の水運で繋がる流域文化を醸成し、滞在型の観光地づくりへ

蒲氏がフリーペーパーに掲載するべく様々な場所に足を運び取材するなかで、課題も見つかった。それは地域ごとに様々な伝統技術の継承や周知活動などを進めてはいながらも、それらが個々の活動になってしまい、長良川流域における地域連携の輪が断ち切られていることだった。

蒲氏は、かつては上流地域で和紙をすき、中流地域で和紙と竹を加工して和傘や提灯などの商品にするような長良川の水運で繋がるソーシャルキャピタル=流域文化があったはずと考えるようになった。そして「各地域にある文化や伝統技法を長良川流域という括りでひとつに再構成することで、長良川流域に回遊性がうまれ、日帰り客が中心のスタイルから滞在型の観光地にできるのではないか」という仮説を立てた。

そして、流域文化の再生による持続可能な地域づくりに向けて、地域のプロデューサーとしての活動を広げていく。

▲NPO法人Organが掲げるミッション

 

オンパク手法で、地域の事業者や住民が主体となった体験コンテンツを造成

蒲氏は、地域の分断を解消し連携を図るべく情報収集をするなかで、「オンパク手法」と出逢った。

オンパクとは、地域に眠っている資源を小規模のワークショップを通じて「体験プログラム」化。それらの複数のプログラムを「地域の人たちが主体となって同時期に実施」するイベントとして開催し、「話題づくりと集客」へと繋げて地域観光の活性化を図る手法のことだ。もともとは別府温泉で生まれた温泉泊覧会の略称だが、温泉地・観光地以外の全国各地で取り組まれている。

蒲氏はこれまでの人脈を活かし、オンパク手法を活用して長良川温泉泊覧会「長良川おんぱく」の開催をすべく準備を進めていった。

開催にあたってはまず、長良川おんぱくを通じて体験プログラムを提供したい事業者を募り、2時間半程度の説明会を兼ねたワークショップを実施する。そこで、各自がやりたいプログラムを「何のために」「誰をターゲットに」「どういう伝え方をするのか」といった視点でブラッシュアップ。そのプロセスを通じて、彼らのマーケティング目線での商品タイトル作りや値付けなどプログラムを磨き上げていく。


▲ワークショップの様子

体験プログラム提供者は多くの場合、それぞれ農業、小売など何かしらの本業を持っている。そのため、オンパクという環境が、本業に絡めた新規事業の立ち上げや新規顧客獲得にあたってのテストマーケティングの場として活用できることを訴求している。

「それぞれがオンパクを活用する理由は違っていていいし、提供するプログラム自体も小規模でも構わない」

と蒲氏が話すように、1つ1つが小さくとも、オンパク開催期間の1ヶ月半~2カ月程度、短期間で集中してプロモーションすることで集客が高まり、地域の回遊にもつながる。そして、地域でオンパク繰り返し開催することで、プログラムが改善され、定常的な商品ができ、仕事が生まれていく。

蒲氏は、2011年の長良川おんぱく初開催時から、年間100〜180の体験プログラムの構築と実施を支援。その後、10年にわたって企画と運営に関わった蒲氏だが、オンパクにおける最大の効果は「地域のひとに主体性が生まれる」「地元に自信が持てるようになる」ことだという。すなわちこれは地域の人々が「シビックプライド」を持ち、モノゴトを自分事として見るようになれるということだ。

現在は、全国でのオンパク手法による地域活性化支援のためにセミナーや勉強会を行っている蒲氏だが、各地域でプログラム提供者を募るにあたって「誘いはするけどお願いはしない」と話す。何事もやらされ感では上手くいかないことを踏まえて、主体性を誘発するきっかけとして、この言葉を敢えてセミナーの冒頭で伝えているという。

実際、長良川でも地域間での交流が生まれ、地域資源の可視化、地域の事業者や住民が主体となった体験コンテンツが創出された。これらが、旅行客向けのツアー商品にもつながっていく。

 

オンパクでの体験プログラムを観光客向けに、高単価でも高い満足度を獲得

長良川おんぱくでの体験プログラムが定番商品化したツアーの1つに、長良川名物の鵜飼と芸舞妓とのお座敷遊びを1度に楽しめる「長良川船遊び」がある。

鵜飼は、手縄に繋がれた鵜を鵜匠が操ることによって鮎を獲る伝統的な漁法のことだが、その発祥は古く1300年前ともいわれ、古事記・日本書紀にも記述がある。また、長良川流域には、芸妓や舞妓との御座敷遊びができる花街の歴史がある。蒲氏は、これらが融合した「長良川船遊び」を観光商品としてパッケージ化し販売している。

芸舞妓と一緒に乗船し船上でお弁当や地酒を愉しんだ後、鵜飼を観覧するという約3時間のコースだ。


▲長良川船遊び-舞妓による船上でのお座附(舞)

長良川船遊びは現在、主に団体旅行客を対象に、20名定員の船に12~13名が乗船して1人2~3万円という価格で提供している。しかし、コロナ禍を経てより一層、個人旅行化が進むなど旅のスタイルが変化するに伴い、少人数向けの貸し切りプランを作った。4~5名の規模で1人当たり4~5万円程度の価格設定にし、国内富裕層やインバウンド向けの展開を推し進めている。

現段階では、既存のネットワークを介してのテストマーケティングの段階だが、貸し切りで自分たちだけにサービスが供される特別感を味わえると満足度は高いという。

実際、長良川船遊びを体験したフランス人旅行者は、郷土料理と地酒、見たこともない衣装と踊り、芸舞妓と一緒に楽しむ歌と遊び、鵜匠の技に魅了され「言葉はいらない」と感動したそうだ。

「船遊びは長良川流域の粋を集めた新たなスタンダードであり総合芸術」と蒲氏が表現するように、古くて新しい観光資源として再生したモデルケースの1つと言えるだろう。

 

地域産業の再生と持続可能な地域づくりに欠かせない高付加価値化

ここまで、蒲氏が地元を自慢したいとの想いから、地域のことをより深く知るために街づくり団体を訪ねることから始め、長良川おんぱくによる地域資源の可視化、観光プログラムの造成と活用と話を進めてきた。ただ、蒲氏曰く、「体験ツアー」だけでは、地域の文化や伝統の継承には不十分だという。

安定的な経済循環を生み、地域に持続可能なモデルを構築するためには、地域の産業を再生させることが必要で、そのためには「名産品」の存在が必要不可欠だ。

蒲氏は、水うちわを復活させた後、地域で昔から作られてきた和傘に注目した。

当時、和傘は趣味や文化的なモノとして需要はあれど、日常的に使われるものではないため、生産数も少なく作り手である職人も高齢化が進んでいた。和傘の柄と骨をつなぐ部品「ろくろ」を作ることができる職人が日本でただ1人という窮状に陥っており、業界関係者の中でも「このままでは和傘が作れなくなる」という危機感が高まっていた。

蒲氏が和傘が衰退した背景を探り、構造化するなかで、解決すべき根本の課題は「職人が後継者を育てて食わせる自信がない」という点に辿りつく。需要がなければ和傘の生産は減り、売上も儲けも右肩下がりで後継者も育ちにくい状況となる。要するに、食わせる自信がないから子どもにも継がせないし、後継者として弟子をとることにも積極的になれないということだ。

蒲氏はさらにこの問題の本質を追求し、現在の悪循環を好循環へと変化させるための「レバレッジポイント」として「担い手を増やすこと」と「価値を伝えること」が必要と考えた。


▲NPO法人ORGANの『変化の法則』

そこで蒲氏は、担い手を増やすために和傘業界各社と連携し「一般社団法人 岐阜和傘協会」の設立を支援、和傘職人の育成を進めていった。現在までに、傘骨職人として1名が独立、ろくろ職人1名が研修中だ。また、和傘をはじめとする長良川流域の伝統工芸の価値を伝えるべく、実際に商品に触れられる専門店「長良川てしごと町家CASA(カーサ)」をオープン。商品の魅力を肌で感じてもらえる機会を作り、販売促進を行いながら、和傘の価値を高めるための広報活動を行っていった。

時を同じくして、岐阜和傘の若手職人のホープである”仐日和”河合幹子さんが、映画『メリー・ポピンズ・リターンズ』の主演であるエミリー・ブラントさんへプレゼントのために製作した「桜和傘」が話題となった。その後も、和楽器バンドのライブでも使用されてさらに話題となり、20万円で一般向けに商品化。これまで40本ほど販売し、現在も受注生産を行っているという。


▲SNS上で話題となった「桜和傘」

こうした1本数十万円する高額の和傘だけでなく、日常使いできる和傘を購入する客層が様々に広がってきた。特に男性の購買者が多いことに驚いているという。

また和傘の認知が高まるにつれて、和傘の製造技術を継承する若手の職人が誕生したことで、伝統技術の継承にも一歩進んでいる。

この和傘における課題は、長良川流域に限った話ではない。日本全国の神社の祭礼、歌舞伎の演目や芸舞妓など数多くの日本文化とも密接に関わっている。

地域の眠れる資源を掘り起こし可視化、その歴史を紐解き物語として伝えることで、機能性を持つモノとしての価値を超えた、存在意義あるブランドとしての認知を高めていくことができる。

そして、付加価値の高い商品やサービスを作り、物販、体験、サービスなど様々な要素を掛け合わせながら顧客に価値を伝え提供することで、好循環を生み出す。それが地域産業の再生と持続可能な地域づくりへと繋がることを、長良川流域の事例が教えてくれる。

(写真提供:NPO法人ORGAN)

文:冨山晃

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