インバウンド事例
【旅館:湯平温泉・山城屋】大分の小さな旅館が大手口コミサイトのランキングで「3年連続トップ10入り」を果たした理由
2018.09.27
事例のポイント
- 小さな家族旅館を「3年連続トップ10」に導いた経営手腕とは?
- 不便な土地だからこそ「熱烈なファン」が増えていった!?
- 地元の大学に通う“中国人留学生”が発案した集客手法を実際に運用
- 半分旅行・半分営業で香港へ。その約2年後に「予約殺到」の理由
大分県の温泉地といえば、別府や由布院を思い浮かべる人は多いだろう。いずれも、日本人客だけでなく、外国人観光客にも人気がある街である。しかし今回紹介するのは、別府や由布院ではなく、湯平〈ゆのひら〉温泉にある山城屋という小さな家族経営の旅館。ここ数年、7つある客室の稼働率は100%に近いという同旅館は、宿泊者の8割以上を外国人観光客が占め、世界最大の口コミサイトであるトリップアドバイザーによるランキングでは、3年連続TOP10入りを果たしている(2016年4位、2017年3位、2018年6位)。
山城屋がある湯平温泉は、別府からは自動車で1時間近くかかり、由布院からは10キロ以上離れている。さらに最寄り駅であるJR九州久大本線湯平駅からも、歩いて1時間、タクシーで10分弱かかる(路線バスは廃止)。そんな立地であるにもかかわらず、なぜ山城屋には外国人客が間断なく訪れるのか。『山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由』(あさ出版)の著書も持つ代表の二宮謙児さんに話を聞いた。
小さな家族旅館を「3年連続トップ10」に導いた経営手腕とは?
実は、かつて湯平温泉は別府温泉に次ぐ九州の温泉地として隆盛を極めていたという。しかし昭和50年代以降、由布院温泉の発展に逆行するように客足が遠のき、温泉地としての地位は下がっていった。当然のことながら、外国人客からも相手にされず、「旅館の数は全盛期の三分の一にまで減った」と二宮さんは語る。
そうした状況下、二宮さんは先代から引き継いだ山城屋や湯平エリアが、かつての賑わいを取り戻すには「外国人観光客を積極的に受け入れるべきだ」と考え、2006年ごろからさまざまな施策に取り組んできた。その結果、山城屋は「外国人に人気の旅館」になり、口コミサイトでは並み居る有名・老舗旅館よりもランキングで上位にいることがあたりまえとなった。
その要因について二宮さんは、大きく「家族経営という小さな旅館だからこそ備わっている魅力を、外国人へ積極的に情報発信してきたこと」と、「徹底した接客サービスの向上と環境整備の改善に努めたこと」の2つを挙げている。
情報発信については、韓国の観光ポータルサイト「九州路」での情報提供に始まり、多言語によるホームページの作成、2011年からはフェイスブックやインスタグラムといったSNSをフルに活用しているという。さらにオンライントラベルエージェント(OTA)にも登録済みだ。二宮さんは次のように語る。
「旅館やホテルによっては、特定のOTAだけ対応しているというところがありますが、うちの場合は、できるだけ多くのOTAに掲載してもらうようにしています。できるだけ販売窓口を広げるというか、間口を広げておくという意味合いがあります。自社予約は2割程度で、8割がそういったOTAなどからの予約です」
さらに、接客サービスの向上では、口コミサイトへの投稿を参考にすることも少なくないという。たとえば同旅館では、外国人観光客のニーズに合わせて「素泊まりプラン」や「1泊朝食付きプラン」を新設する旅館が全国的に少なくない中、1泊2食付きにこだわっているが、その理由について二宮さんは言う。
「素泊まりプランも出来ないことはありません。でも、当館の口コミサイトに投稿された評価を読んでみると、多くが料理に関することなんです。つまり、お客様に満足していただくには、料理は外せない要素だと考え、1泊2食にこだわっています」
そのほか、「宴会場に机と椅子を導入してレストラン形式に変えた」「館内全域でWi-Fiを受信できるようにした」「休憩スペースに県内各地の多言語パンフレットをなるべくたくさん取り揃えている」「入浴やトイレの使い方を動画で説明している」「翌日までのスケジュールのアドバイスを個別に行う」といった、きめ細やかな接客サービスも行っている。これらは「大浴場を新たにつくる」「和室を洋室にリノベーションする」といった大掛かりな施策ではないため、山城屋のような小規模な家族旅館でも無理なくできるのだという。
こうした複合的な取り組みが、山城屋を外国人に人気の旅館足らしめているのである。
不便な土地だからこそ「熱烈なファン」が増えていった!?
湯平温泉ならびに山城屋は不便な土地にある。しかし、不便な土地にあるからこそ、「熱烈なファン」が増えていったという面もあるように思われる。
既に書いたように、湯平温泉の最寄り駅である湯平駅には路線バスはない。駅から山城屋までは、約3.5キロあり、歩けば1時間近くかかる。タクシーも「駅前に1台止まっているかいないか」という状況だという。そこで山城屋では、駅までの送迎サービスを行っている。このときにグッと外国人客の心を掴んでいるのだ。
「湯平駅は無人駅で、列車は二両編成のワンマンカーなんです。だから一両目の一番前のドアからしか出ることができません。ひじょうにわかりづらいので、当館にお泊りいただくお客様には、漏らさずその旨をお伝えしています。そのうえで、私たち旅館の人間は駅まで迎えに行ったら、車両の中まで覗き込んで、ちゃんと一両目の一番前まで来ているかを確認し、必要があれば誘導もします」
▲宿へのアクセスは、博多からの電車の乗り継ぎや湯平駅での降車方法について動画で案内。ホームページ上で英語、韓国語、中国語の字幕と共に公開している
旅行者、とりわけ異国の地を旅する外国人観光客にとって、「移動」には常に不安がつきまといます。そうした不安な精神状態のときに、こうした親切な対応を受ければ、一気に心が奪われることは想像に難くない。しかも二宮さんは、送迎を行う予定の相手以外にも気を配っているというから驚きだ。
「私は毎日といっていいほど駅の送迎を行っていますが、送迎する方以外にも、お困りの方がいないかを必ず確認するようにしています。無人駅ですし、タクシーがいないことも多いので、もし困っている観光客の方がいたら、多の旅館のお客さまであっても、予約されている旅館に電話をするか、タクシーを代わりに呼んであげるなどの対応をしています。近くの旅館であれば、お送りすることもあります」
こうした対応は、お迎えの際だけでなく、お見送りの際にも同じようなきめ細かな心遣いがある。
「無人駅ですから、お見送りの際も、車から降ろして終わりというわけにはいきません。切符ではなく整理券という分かりづらい仕組みで運賃を支払わないといけないので、お客さまが列車に乗る最後の最後まで気が抜けないのです」
そこまで親切にされたら、「またここに来たい」と思う人が多いのもうなずける。実際、山城屋にはリピート客が少なくなく、「1年に4回来館してくださる人もいる」という。
地元の大学に通う“中国人留学生”が発案した集客手法を実際に運用
既に触れた接客サービスの向上について、もうひとつ特筆すべき施策がある。それは、オリジナル絵葉書の郵送サービスだ。宿泊者に無料で山城屋オリジナルの絵葉書をプレゼントし、宿泊者の友人や家族宛にメッセージを書いてもらったうえで、山城屋が郵便ポストに投函するというサービスで、郵送費も山城屋が負担する。宿泊者ももちろん嬉しいが、それ以上に異国の地からその絵葉書が届いた友人や家族にとっても嬉しいサービスだ。
「その絵葉書を書いた人だけでなく、受け取った人も『自分もそこに行ってみたい』と思ってくれるので、当館にとってもお客さまにとってもメリットのあるサービスです。実際に、その絵葉書を受け取った方が来館してくださることもありますし、絵葉書を書いた人と受け取った人が一緒にくることもあります。郵便料金はサービスで当館が払っているのですが、実はハガキは世界どこでも一律70円(※航空便の場合。船便は60円)。郵便局も近所にあるので、ほとんど負担にはなっていないんです(笑)」
実は、このサービスを考えたのは山城屋の二宮さんではない。地元・大分の大学に通う中国人留学生からのアイデアだ。
「大分県で“ソリューション型インターンシップ”という大学生が企業の問題を研究して、解決案を提案するというものがあり、当館では中国人の留学生に、どのようにしたら中国のお客様にもっときてもらえるようになるか、どういった効果的なPR法があるかという問題をお尋ねしたんです。そうしたら、その中国人留学生の方が、『オリジナル絵葉書』というものがいいんじゃないかとご提案してくださったんです。中国の方というのは、良い旅館やホテルに泊まったら、自分の家族や友人などに、『私はこんなに幸せだ』ということをアピールしたいという傾向にあり、そのハガキを受け取った側も、単純に羨ましがるだけでなく、『私も行きたいわ』という気持ちになりやすいことを教えてくれました」
こうした地元にいる外国人のアイデアをうまく採り入れて、集客につなげている例は全国的に見てもそこまで多くない。まして、こういった小規模な家族旅館に限れば、ほとんど例がないといってもいいかもしれない。良いと思ったものは実行に移すという柔軟な姿勢が山城屋にあるからこそ、成功した施策である。
そして大事なことは、お金がほとんどかかっていないという点、そして留学生にとっても実際のビジネスに携われるという側面で有益である点だ。「地域の小規模な事業者×留学生」という組み合わせには、まだまだ大きな可能性が秘められているといえそうだ。
半分旅行・半分営業で香港へ。その約2年後に「予約殺到」の理由
最後に紹介したい山城屋の取り組みは、「半分旅行・半分営業」で香港を訪れたというものだ。元々のきっかけは雑誌の特集だ。今から3年前の2015年に、香港のU Magazineという出版社が由布院と黒川の温泉特集で取材に来ることを聞きつけた二宮さんは、すぐさまPR文書を送り、湯平でありながら山城屋も大きく取り上げてもらえたという。
そのときの御礼を伝えるために、香港に行くことにした二宮さんだが、「せっかく行くなら」と、JNTOの香港市局を通じて紹介してもらった別の雑誌社やテレビ局にも足を運ぶことに。
「香港に行ったのが2016年の2月で、2017年の7月になって、いきなり香港のテレビ局の方から電話があって、『やっと九州に行くことになったので、山城屋に行きたい』ということで、実際に11月にきていただくことができました。その番組のテレビ放送が夜の10時だったんですが、そのあと朝の6時までの間に、通常の1日の予約数の5倍の予約が入りました。もちろん全部香港。それまでも香港のお客さまは少なくなったのですが、それ以来、ずっと香港の方々はたくさん来館してくださっています」
こうした海外への直接の営業活動は、代理店などの業者を利用すると、費用がかさむケースが多い。しかし、自分たちで個人手配すれば、ちょっとした旅行感覚でいける。二宮さんは言う。
「実はあまり経費もかかっていませんからね。私と妻と2人で行きましたけど、香港に行って普通に2泊して帰ってきただけですから。もちろん観光もしました。だいたい営業と半分半分くらいです。出版社もテレビ局も行けば行ったらで歓迎してくれて、夜は地元の人たちしか知らないような美味しいローカルレストランに連れて行ってくれたりしました」
たとえば自治体や商工会議所などが取りまとめて、PRのために海外へ行くケースもあるだろう。そうした場合、どうしても「複数の事業者の中の1つ」となり、相手の印象には残りづらい。そういった意味でも、二宮さんのように個人で行く価値は大いにあるといえる。
今回ご紹介した山城屋の取り組みは、全国各地にある中小規模の旅館や民宿などで、応用できるものばかりである。大きな費用がかかる施策は一つもない。だから、「ダメ元でやってみて、失敗してもリスクはほとんどない」ともいえる。参考にしてみてはいかがだろうか。
山城屋の二宮さんは、地元でインバウンドを推進する同志による「インバウンド推進協議会OITA」のコアメンバーとしても活躍。詳細は下記の記事に掲載しています。
→やる気あるメンバーでつながる「横連携」がカギ! —インバウンド推進協議会OITA
(取材協力:湯平温泉・山城屋)
「湯平温泉・山城屋」の取り組みについては、
『インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
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