インバウンド事例
【飲食店:浅草つる次郎】普段遣いできるサービスを、強力な集客ツールにする仕組み
事例のポイント
- 日本人客と外国人客の二兎を追うことは可能だ
- 普段遣いできるサービスでなければ意味がない
- 「スピード」が伴わなければ使えるサービスだとは言わない
- 「笑顔」や「喜び」は伝播していくもの
前編では、TripAdvisor(トリップアドバイザー)の「浅草のレストラン(316軒)」で第1位に選ばれている浅草つる次郎、その集客のコツを伺った。後編では、インバウンド客から圧倒的な支持を受ける接客サービスについて紹介していく。
持続可能な接客サービスは普段遣いできるサービス
前編で紹介した店長の浜田さんが考える“普段遣いできるサービス”として、浅草つる次郎が実施しているサービスには、どんなものがあるのだろうか。外国人客への接客として、最大の壁となるのが「言葉」である。この言葉の壁を突破するための施策が複数ある。まず、お好み焼きやもんじゃ焼き特有の案内について、浜田さんは説明する。
「他のお店でも同じだと思うんですが、自分で焼くか、お店側で焼いて提供するか、お客さまに選んでいただきますよね。これを口頭で説明するとなると、ある程度の言語力が必要になります。うちのスタッフは若い人もいればベテランもいますし、ときには新人のアルバイトもいます。その全員が対応可能にするために、すべての席にあらかじめ英語での案内を置いています」
そこで指差しで会話すれば、誰でもすぐに接客ができるようになっている、というわけだ。それ以外にも、「マヨネーズは必要か」「無料で水か温かいお茶を提供しているが、どうするか」なども、指差しで簡単に対応可能にしている。また、会計時に必要な指差し英会話はレジに置き、案内時に必要な指差し英会話は入口付近に用意してある。もちろん英語のメニューも置いている。
「英語のメニューも置いています。そこにはどんな料理なのか、どんな味なのかといったことに加えて、何が入っているのか、お客さまがイメージしやすいよう写真とともに載せています。こうした多言語のメニューや案内は、すぐに出せるようテーブルの数だけ用意しています。レジやデシャップ(厨房とホールをつなぐ窓口)などに保管して、必要になったら取り出すという方法だと、時間ばかりがかかり、普段遣いになりませんので」
「スピード」が伴わなければ使えるサービスだとは言わない
「普段遣いできるサービスか」は言い換えれば、「スピードが伴っているかどうか」である。浅草つる次郎の特徴的なサービスの一つに、「来店記念として写真撮影をして、その場で現像してお渡しする」というものがあるのだが、いかにも普段遣いは難しそうなサービスである。現場スタッフの負担になってはいないのだろうか。たとえば店内が満席になっているような混雑時には、対応が難しそうである。しかし、浜田さんは自信を持って次のように答える。
「普段遣いできるサービスにまで昇華しているので、問題ありません。具体的には、撮影からプレゼントまで2分未満で済むようにシステムを構築しています」
最初にこのサービスについての案内を、各テーブルに用意した紙で周知する。そのうえでスタッフが使い慣れている自分のスマホを使ってスナップ写真を撮影し、直後にお店のライングループにアップする。お店のパソコンもこのライングループに入っているので、間髪入れずに画像が共有される。あとはスタンバイされたパソコン上でテンプレートに画像をはめ込み、ボタンを一つ押すだけで、現像されたものが出てくる。これらの一連の作業は、滞ることなく非常にスムーズに進むようになっている。
「この写真には、店名と口コミサイトにリンクさせたQRコードを載せています。もちろんお客さまの思い出の品にもなるのですが、加えてお店の集客ツールにもなるんです。実際に口コミサイトへの投稿は、目に見えて増えました。かつては2〜3カ月に1件程度だったのが、現在は月に10件あることも珍しくありません」
こうしたサービスは諸刃の剣になりがちである。つまりサービスに時間と手間がかかるため、別の客とりわけ常連などの日本人客から不満が出てきやすいといえる。たとえば、「そんな写真はいいから、こっちの水を入れてくれ」といった不平不満である。そうしたデメリットを極力なくすために、スタッフ全員が使い慣れているスマホやラインを用いて、「撮影→データ転送→現像→プレゼント」の一連の流れを2分未満で済むようにしているということである。
「笑顔」や「喜び」は伝播していくもの
外国人客へのサービスを手厚くすることで、自分たちにしわ寄せが来てしまうと日本人客からはクレームが出やすい。しかしながら、しわ寄せさえいかなければ、“手厚いおもてなし”による笑顔は伝播していき、相乗効果で店の雰囲気は良くなっていくと、浜田さんは考えている。
「先ほどの写真のサービスは、お誕生日や何かの記念日の場合には日本のお客さまにも行っていますが、基本的には海外からのゲストに対して行っているものです。もちろんそうしたサービスによって、日本のお客さまへの接客を疎かにしてしまえば不満につながっていきますが、そうでなければ問題ないと思っています」
浜田さんは、むしろ日本人客へも良い印象を持っていただくことができると考えている。
「私もよく従業員に言うのですが、接客というのはその人と自分との間でだけやっているのではなくて、そのやり取りを他のお客さまも見ているということ。だから困っている外国のお客さまに丁寧に接したり、先ほど説明したようなサービスを施したりすることによって笑顔が店内に増えることは、店全体の印象を上げることにつながるんですね。実際、インバウンド対策を行うことで、日本人のお客さまの笑顔も増えていると感じています」
飲食店がひしめく浅草はライバルが多いエリア。こうしたノウハウを披露することで、周囲の店舗に真似をされてしまう懸念はなかったのだろうか。浜田さんは最後にこう締めくくる。
「うちは2007年のオープン以来、多店舗展開することなく個店として歩みを続けてきました。そして、そんな小さなお店にも拘らず、海外のお客さまにも日本のお客さまにも選んでいただけるようになりました。大手さんがやっていることだと、どうしても“大手だからできるんでしょ”ってなりがちじゃないですか。ですから、少しでも個人でやっているみなさんの励みになればと思って、メディア対応をさせていただいております」
そうした前置きがあったうえで、もちろん「自分たちのメリットにもなる」という考えも持っている。
「普通に考えて、海外のお客さまはうちだけでご飯を食べるわけではありません。つまり、インバウンド客の方々に、もう一度日本に来たいと思っていただくには、僕らのような最前線で接するところが変わらなければいけないと考えています。最終的な目的は日本が世界でトップクラスの観光立国となること。そうなれば、これからもたくさんのお客さまが浅草つる次郎に来店してくださいますからね」
(取材協力:浅草つる次郎)
浅草つる次郎の取り組みについては、
『インバウンドビジネス入門講座 第3版』でも紹介しています。
ぜひそちらもご覧ください。
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