インバウンド事例
【海島遊民くらぶ】地域の魅力を高める体験型コンテンツの在り方とは?
事例のポイント
- 体験型コンテンツは「フィールド」が命!
- 自然、地域、観光客、ガイドの4者の幸せが必須
- 新規事業者を受け入れつつも、地域のルールは徹底してもらう
- 地域で人材の交流を進めると、通年雇用が可能になる
地域のインバウンドが盛り上がってきて、まさにこれからというタイミングで、コロナウイルス感染症の影響を受けている観光業。本当に大変な時期であるが、こんなときだからこそ、地域としての魅力を高める体験型コンテンツについて考えてみるというのはどうだろうか。三重県の伊勢志摩エリアで、自然をフィールドにした体験コンテンツを提供する「海島遊民くらぶ」の代表でありながら、エリアとしてのマネジメントにも携わる江崎貴久氏に、体験型コンテンツの在り方について聞いた。
こちらの記事は、書籍インバウンド対応 実践講座 「エリア目線」で成果を最大化する成長戦略でご紹介しています。
フィールドを大切にすることが絶対的に必要
「外国人観光客が集まり始めたが、なかなか滞在時間や消費額が伸びない」と頭を抱える地域・エリアが少なくない。
その打開策の1つとして、着地型商品と呼ばれる体験型コンテンツを造成し、提供するという方法がある。「コト消費」としても注目を集める体験型コンテンツは、その地域独自の自然や文化、暮らしを体験に昇華したものである。別の言い方をすれば、従前より地域・エリアにあったものに対して、付加価値をつけることで、滞在時間も地域での消費額も大きく伸ばすことが可能だといえる。
ただし、地域の自然や文化、暮らしを利用するという商品特性がある以上、守らなければいけないことがあるのも確か。儲かるからといって、野放図に商品が広がってしまうと、地域の自然を破壊してしまったり、住民の暮らしを脅かしてしまったりして、後戻りできない状況に陥ることもある。
では、具体的にはどういった点に気をつけなければいけないのか。江崎氏は「フィールドを大切にすることが絶対です!」と声を大にして言う。
「体験型ツアーは、地域の方々が暮らす場所をフィールドとして使うことが多いと思います。私が主宰する海島遊民くらぶならば、漁師さんや海女さんが漁業を営む海で釣りやカヤック、シュノーケリングをしたり、地元の買い物客が行き交う商店街やお店を使った街歩きをしたりといった感じです。ですから地域に暮らす住民とフィールドとなる自然に対しては、十二分に配慮すべきです」
その心構えがなければ絶対にうまくいかないと断言する江崎氏。その理由について、次のように語る。
「外国人を含めた観光客は、ただ単に風景が美しいからとか、ただ単に自然が豊かだから来てくれるわけではありません。美しい自然に加えて、この土地に暮らす人びとの文化があるからこそ、心が動かされます。ですから住民やフィールドとなる自然に対するリスペクトがなければいけないし、持続可能なものにはなりません」
さらに江崎氏は、これは1つの体験事業者だけの問題ではないと指摘する。
「エリア内の体験事業者が1つでも漁業関係者と揉めてしまったら、そのエリアのあらゆる体験事業者に影響を及ぼします。ですから、各事業者が地域のことをきちんと考えるのは当然のこと、エリアとして全体をマネジメントすることも大切です」
エコツーリズム協議会に、一次産業の関係者にも入ってもらった理由
実際、そうした思いがあるからこそ、江崎氏は2010年に立ち上げた鳥羽市エコツーリズム推進協議会や2018年に設立された伊勢志摩国立公園エコツーリズム推進協議会で陣頭指揮を取ったり、鳥羽市観光協会などの各種団体とも折衝をするなど、積極的に地域全体のマネジメントに取り組んでいる。
具体的にはどういったことをしてきたのか。
1つは、体験事業者と各産業の関係者のリレーションを築くことであると話す。
「主に体験事業者で構成されるエコツーリズム協議会には、観光協会はもちろん、漁協や農協、森林組合、観光協会にも入ってもらっています」そうすることで、体験事業者にこうした1次産業を担う人たちのことを知ってもらうだけでなく、きちんと挨拶をする、ルールを徹底するといったことを守ってもらうことができる。
さらに、1次産業の人たちにも、体験事業者のことを知ってもらうようにしているのだと江崎氏。
「うまく共存共栄していけるように気を配っています。たとえば、一次産品を使ったお土産を作る際には、うまくガイドの感性をマーケティングに利用できたらいいですよね。両者がつながることで、相乗効果が生まれ、地域の魅力を挙げていくことができると思っています」
つまり、江崎氏は同じ地域にいる異なる業種の人をつなぎ、ウィンウィンの関係になろうという提案を双方にしているのである。
▲海島遊民くらぶには、ガイドが案内するツアーと、漁師さんや海女さんなども一緒にもてなしてくれるツアーがある
新規事業者を外から受け入れることも大事である
また、観光客がその地を目的地に選ぶ際には、幅広い商品ラインナップと価格帯があるほうが望ましいといえる。その意味で大事なことは、「1社だけでなく、複数の事業者が地域にいること」と江崎氏は言う。
実際、海島遊民くらぶがスタートした2001年は同社しか体験事業者はいなかったというが、今は多くの体験事業者がいることで相乗効果が生まれ、同エリアの観光客への訴求力は高まっている。
「地域としてある程度の商品ラインナップが揃うまでは、新規事業者を受け入れる土壌をあえてオープンにしておくのも手です。具体的には〝このエリアには、新規でもビジネスチャンスがあるんだよ〟ということを知ってもらうのです」
地方だとどうしても窮屈というイメージが先行して、新規事業者は入りづらいもの。そこで、この地域には協力していく態勢が整っているということを、先行者が伝えていくことも大事なのだと言う。
「体験事業を始めたい人はたくさんいます。たとえば東南アジアでダイビングインストラクターをしている日本人の中には、日本に戻って事業をやりたいと考えている人もいます。そうした人に対して、『ここならできるよ』と伝えるのです。もちろん、チャンスを伝えると同時に、最低限の守るべきルールも教えないといけませんけども」
そういった外から新規事業者が来ると、他の効果もあるのだと江崎氏。
「地元の人では気付けない視点を持ち込んでくれるので、余計にエリアとしての魅力を上げていくことができると思います。あとは地方には人口減少という課題もある中で、移住してくれたら、地域としてもありがたい話ですよね」
業種を越えた人材マネジメントで、地域おこしはもっとうまくいく
江崎氏には、先に挙げた自然や地域(住民)、そして観光客だけでなく、ガイドも幸せにならなければいけないという持論があるため、商品造成の段階でも気を配っていることがある。
「組織とか枠を作ってから、その中身を後から作るのはダメ。だから、商品造成の段階から、ガイドにもがっつり入ってもらって、一緒にプログラムを構築するよう心がけています」
ガイドの生活という意味では、地域の中で通年の仕事があることも大切だ。特に自然を用いた体験型コンテンツには、季節ごとの繁閑の差が大きいものも多い。そうした中、ガイドのオフシーズンをどうマネジメントすればいいのか。江崎氏には1つの考えがある。
「これはこれから取り組んでいくことですが、オフシーズンもこのエリアで稼いでもらうための仕組みづくりをしたいと思っています」たとえば、ガイドの仕事が減少する冬は漁業が忙しくなる時期で、人手不足が慢性化している。その仕事をガイドにやってもらえばいかと考えているのだ。
そうしたマッチングを地域としてやっていくべきではないかと江崎氏。それには理由がある。
「もちろん人材不足を補えるということもありますが、それだけではなくて、先ほども言ったような各業種のリレーションを深めることで、いろんな相乗効果が生まれて、エリアの魅力を上げることができます。それに加えて、地域の人の目線でいうと、オンシーズンだけ地域にいてガイドの仕事をするという人は、『よいときだけいて、それ以外のときには地域にいて努力をしない人』と見られがちです」
もちろんガイドにも生活があるので、オフシーズンで仕事がなければ、別のエリアに行くということは否定されるものではない。しかし、やはり地域の人の目からはそうは映らない。
「だから、そこをうまく組み合わせたら、地域と体験事業者の関係性はよりよくなると思っています。これは持続可能な地域を作っていくという意味で、すごく重要なポイントではないでしょうか」
なぜなら、江崎氏は「観光客が多ければいいわけではない」と考えているからだ。
「観光客が増えることはいいこと。でも、それで地域の内部がかき乱されていたら、成功とはいえません。そもそも観光は地域がよくなるための手段であって、目的ではないからです。その地域に住む人がいなくなったら、それはその地域の失敗ともいえます。だからこそ、エリアとしての調和性といいますか、みんなが幸せになるような仕組みづくりというのが、欠かせないと思っています」
人口減少という課題を抱えている地域にとって、観光はますます重要な位置づけになることは目に見えている。そうした中、江崎氏が指摘するように、地域に新しい風を吹き込む観光事業者が、きちんと地域の自然や住民と関係性を築いていくことは、持続可能な観光コンテンツをつくっていくうえで、非常に大事であるといえる。
取材協力:海島遊民くらぶ http://oz-group.jp/
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