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中国で加速するAI観光 旅の全行程に広がる活用、企業・行政も本格参入

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中国人旅行者の間で、旅行計画や現地案内、SNS投稿におけるAIツール活用が急速に拡大している。中国を本拠とするマーケティング・ソリューション会社であるドラゴン・トレイル・インターナショナルがこのほど発表したレポートでは、中国の主要OTAによるAI導入や活用の動向と、AIが旅行体験を変革しつつある3つの分野をまとめている。

 

中国OTAはなぜAI導入を加速させたのか?

2024年時点では、中国の旅行者にとってAI活用はまだ現実的ではなかった。ドラゴントレイルが2024年8月に1000人以上の中国人旅行者を対象に実施した調査では、AIツールを実際に役立てたと答えたのはわずか5%にとどまり、約90%が積極的な活用に否定的な姿勢を示していた。

しかし、それから1年も経たないうちに状況は大きく変化した。2025年1月、中国のAIスタートアップ企業が開発したDeepSeekによるチャットボットの登場をきっかけに、中国の主要OTA各社がAI導入をこれまで以上に加速させている。旅行業界専門メディアSkiftは「AI旅行ツールの世界的リーダーは中国」と報じており、スタンフォード大学の「2025年AI指数レポート」でも、中国はAIに最も前向きな国とされている。

▶︎中国人のAIに対する姿勢:期待が大きく、不安が少ない(AIを活用した製品・サービスに関する各国の意見)
 縦軸不安を感じると答えた回答者の割合 横軸:期待していると答えた回答者の割合

AIが変える中国旅行市場1

ここからは、中国の主要OTAのAI活用に関する取り組みを見ていく。

 

主要OTA5社の戦略に見るAI活用の動向

Trip.comグループ:Ctrip(携程旅行網、シートリップ)、Qunar(去哪儿旅行、チューナー)
Trip.comグループは、音声とテキストに対応したAIアシスタント「TripGenie」を2023年から提供している。ユーザーの要望に応じた旅程提案や旅行商品の検索が可能で、最近では位置情報を活用したレコメンド機能や、メニュー翻訳機能なども追加された。グループ傘下のQunarも同様のAIを導入している。

Fliggy(飛猪、フリギー)
アリババグループ傘下のFliggyは、2025年4月にAIアシスタント「AskMe(聞一聞/Wenyiwen)」を発表。アリババの大規模言語モデルQwenとFliggy独自の旅行データを組み合わせ、予算設定や地図付きナビゲーション機能などがあり、RedNote(小紅書)上でも話題を集めている。方言やスラングにも対応する多機能型ツールとして知られている。

Tongcheng(同程旅行、トンチョン)
2024年9月より、訪中外国人をターゲットに9言語対応のAI旅程プランナーを提供。2025年2月下旬にAIアシスタントをDeepSeekと統合した最初のOTAとなった。

Tuniu(途牛、トゥニウ)
2025年4月にAIアシスタント「Xiao Niu」をローンチ。AlibabaのQwenとDeepSeekの両方を併用している。

Mafengwo(馬蜂窩、マーファンウォー)
シンガポールや貴州省など、目的地向けにローカライズされたAIアシスタントを順次展開しており、2025年2月にDeepSeekとも統合を完了している。

 

旅行計画、現地体験、SNS活用で進むAI導入

2025年6月時点で、AIがすでに中国の観光業を変革しつつある3つの分野は次のとおりだ。

1. AIで進化する旅行計画、行程表も自動生成に

中国で最も進んでいる観光分野のAI活用は、旅行計画の分野である。すでに多くの消費者が、AIを活用して自分のニーズに合わせた旅行の計画や予約を行っている。こうしたツールでは、視覚的に見やすく整理された行程表が作成でき、時間や費用の節約にもつながっている。

さらに、訪問先のリストだけでなく、天気予報や荷物の準備に関するアドバイス、最新の為替レート、その他の便利な情報も提供されるなど、より実用的なサポートが可能になっている。

▶︎FliggyのAskMeツール
 タンザニアへの10日間の旅行計画の提案

AIが変える中国旅行市場5

 

2. 旅先での活用:バーチャルガイドとサポート

現地での体験もAIによって変わりつつある。観光地の案内やチケット情報、ルート提示、翻訳対応など、バーチャルガイドが提供する情報は多岐にわたる。たとえば、中国で山岳景勝地として有名な黄山では、DeepSeekと連携し、入場チケットの情報やハイキングルート、最寄りのトイレ情報などを提供しているほか、上海博物館では、エジプト展で多言語AIガイドを試験的に導入した。また、Trip.comの生成AIであるTripGenieでは料理メニューの翻訳支援も導入されており、外国語に不慣れな旅行者の不安軽減に貢献している。

▶︎旅先でのAI活用の様子 
 左より、即墨古城のAIツアーガイド、上海博物館のAIガイドによる翻訳、メニューアシスタント

AIが変える中国旅行市場3

3. SNSでもAIが主役に、発信と演出の進化

SNS上でのマーケティングにも、AIは大きな役割を果たしている。画像生成ツールを使って、旅行写真を加工・演出したり、地域の食や風景をユニークに表現したりする手法が拡大している。

日本では「スタジオジブリ風」のフィルターが人気だが、中国では街の風景をスイカに変えたり、旅行をテーマにした画像を作ったりするAIツールが流行した。

また、ぬいぐるみブランド「ジェリーキャット」を活用したマーケティングも注目されており、たとえば、中国の都市で「八百屋さん」や「漢方薬局」をテーマにしたポップアップストアを開くなど、独自のローカライズ(現地化)が成功している。

こうしたトレンドを受けて、地域の料理などをジェリーキャット風の画像にAIを使って加工したり、街のランドマークをぬいぐるみ風に変えるなどといった動きも増えており、観光局や教育機関での活用も進んでいる。

中国からの海外旅行者の94%がSNSで旅の様子を少なくとも1日に1回は投稿しており、AIは写真やVlogの生成補助でも重要な役割を果たしている。

▶︎中国のソーシャルメディアにおけるAI活用
左より、旅行計画のAI活用術、ガイドツールの活用、旅行写真や動画の加工、都市の魅力紹介やビジュアル効果の活用

AIが変える中国旅行市場4

【編集部コメント】

中国OTAが加速させるAI旅行の進化、日本の観光戦略への示唆

中国の観光市場では、AI活用が旅行計画から現地ガイド、SNSマーケティングまで急速に浸透している。Trip.comの「TripGenie」やFliggyの「AskMe」など、主要OTAはAIを活用して個別化された旅程提案や多言語案内、画像生成型のSNS支援まで提供している。

2024年にはAI活用に慎重だった消費者が、わずか1年で積極的利用に転じた背景には、DeepSeekという高度な生成AIの普及がある。今後は、中国人旅行者がより効率的かつSNS映えする旅を志向し、日本滞在中の情報取得や消費行動にも影響するだろう。日本の観光事業者は、現地体験や情報発信のAI対応をどう組み込むか、早めに検討する段階にある。

(図版出典:Dragon Trail International, How AI Is Transforming Chinese Tourism

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