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観光業の人材不足、世界最深刻は日本。2035年に211万人が不足見込み

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世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は第25回世界サミットで、2035年に観光・旅行業界で4300万人超の人材が不足する恐れがあるとの報告書を発表した。

WTTCメンバー企業や業界関係者への調査をもとに、人手不足の実態、背景、今後求められるスキルと対応策を包括的に分析した本報告書では、業界が歴史的成長を続ける一方、その持続性を脅かす深刻な課題が明らかになった。その内容を詳しく見ていく。

 

雇用の構造変化が採用・定着を阻む

観光・旅行業界は、2024年には3億5000万超の雇用を支えるなど、世界経済を牽引する主要産業である。2035年までには、さらに9100万件の雇用が創出される見通しだ。

しかし、その成長の陰で、人材の「確保」と「育成」に関する構造的な課題が深刻化している。主な要因は以下の通りである。

採用と定着の難化:
コロナ禍の影響が長引き、多くの国で人手不足が継続。先進国では働き手の人口が減少し、スキルや意欲を備えた若年層の確保も難しい。外国人労働者の受け入れ制限も柔軟な労働市場の妨げとなっている。

働き方の多様化と現場とのミスマッチ:
リモートワークや柔軟な勤務形態を希望する労働者が増える一方、対面サービスが基本の現場とのズレが生じている。パートタイムやフリーランスへのシフトも加速中。

テクノロジーとサステナビリティ対応への遅れ:
AIや自動化技術を効率化ツールと見る企業は多いが、従業員側のスキル習得が追いつかず、持続可能な運営体制の構築にも課題が残る。

 

スキルのミスマッチが拡大、将来に向けた能力育成が急務

WTTCレポートでは、現在から今後10年間で求められるスキルと、現場の従業員が実際に持っているスキルとの間に大きなギャップがあることが指摘されている。特に以下の領域で、スキル習熟度の不足が顕著である。

技術・デジタルリテラシー:
業務のデジタル化が進む中、どの職種でもITスキルの重要性は高まっている。しかし、多くの従業員が十分に習熟していない状況にある。今も将来も非常に重要だと見られているが、どの職種でも従業員の習熟度が足りていない状況だ。その他の、役割ごとの調査結果は以下の通りだ。

管理職・経営層
論理的思考力や分析力の習得が必要とされており、今後は創造性(クリエイティブな思考力)の重要性も増すと予測される。一方、現時点ではこれらの能力の習熟度は低く、育成の強化が求められている。

顧客対応の仕事
リーダーシップやマネジメント能力が将来的に重要視されるが、現在のスキルレベルは十分とは言えない。

運営・裏方の仕事
正確さや細部への配慮、柔軟性、困難な状況からの回復力(レジリエンス)が特に重視されている。また、今後は「生涯学習(リカレント教育)」への対応力も不可欠となる。

こうしたスキルギャップは、単なる研修強化だけでは解消できず、企業・教育機関・政府が連携し、戦略的にスキル育成に取り組む必要があることを示唆している。

 

2035年に世界で4300万人不足へ、需要が供給を大幅に上回る見通し

WTTCの調査によると、観光・旅行業界では2035年までに4310万人の人材が不足し、労働力の供給は需要を16%下回ると予測されている。中でも、専門性が比較的低く自動化が困難な「低スキル職」での不足が顕著で、2010万人が足りなくなる見通しだ。宿泊や飲食などを含むホスピタリティ産業においても、860万人の労働者が不足し、供給は需要を18%下回るとされている。

調査対象となる全ての国で労働力不足が予測されているが、不足人数が最も多いのは中国で1690万人、次いでインドが1100万人、EUが640万人と続く。これらは人口規模が大きく、業界の雇用需要も高いためと考えられる。

▶︎2035年に不足する観光・旅行業界の労働者数(国別)

人材課題1

一方で、相対的な不足率の観点からは、日本が最も深刻な状況にある。日本の労働力供給は、2035年までに需要を29%下回ると予測されており、調査対象国中で最も高い不足率となっている。ギリシャ(マイナス27%)、ドイツ(マイナス26%)なども高水準だが、日本の構造的な労働力不足は突出しており、今後の雇用戦略の見直しが急務といえる。

▶︎2035年の需要に対する観光、旅行業界の労働力不足の深刻度(国別比較)人材課題2

これらの調査結果は、業界が魅力を高め、生産性を上げるための積極的な行動が今すぐ必要であることを強く示している。

 

日本は211万人の人材ギャップが予測、ホスピタリティ分野が特に深刻

日本では、高齢化と出生率の低下により、2035年までに労働力人口が大幅に減少すると予測されている。調査によると、2023年から2035年にかけて労働力の供給は600万人(-8.0%)減少する見込みだ。

▶︎労働力供給と失業率の変化
 左より、国名、労働力供給の変化(2023-2035年予測)、失業率の変化(2023-2035年予測)人材課題3

一方で、観光・旅行業界の労働需要は、経済全体と比較しても高い成長が見込まれており、需給バランスの崩れが深刻化する可能性が高い。2035年時点での人材ギャップは、絶対数で211万人、供給が需要を29%下回るとされ、調査対象国の中で最も大きな不足率となっている。

中でも、宿泊・飲食業を中心とするホスピタリティ分野の不足が際立っている。日本ではこの分野の労働力供給が需要を30%下回るとされており、ドイツ(27%)と並んで、世界的にも深刻な水準だ。

 

自動化が困難な職種で深刻な人材不足、低スキル職が課題に

また、スキル面での人材ギャップも見逃せない。レポートでは、2035年までに低スキル職で2010万人の人材不足が生じると予測している。これらの職種は需要が根強く、AIなどによる自動化が難しいため、人的対応が引き続き求められる。

この点においても、日本は特に厳しい状況にある。低スキル人材の供給が需要の40%不足するとされており、調査対象国の中で最も深刻なスキルギャップを抱えている。

 

人手・スキル不足への処方箋 業界・政府・教育機関が果たすべき役割

観光・旅行業界の持続的な成長のためには、企業、政府、教育機関が連携し、優秀な人材を呼び込み、育成し、定着させる戦略が不可欠である。レポートでは、人手不足とスキル不足の両面に対する具体的な提言が示されている。

・人手不足への対策

若年層を呼び込むには、業界のイメージを改善し、キャリア選択肢としての魅力を高めることが重要だ。教育プログラムへのアクセスの向上も併せて求められる。

また、リーダーシップ研修や明確な昇進ルートの整備を通じて、キャリアアップを支援し、従業員の定着を促すことが効果的とされる。

さらに、競争力ある給与や福利厚生の提供、多様性を尊重した協力的な職場文化の構築も、人材確保の基盤となる。

テクノロジーの活用も不可欠であり、AIなどのデジタルツールを業務や教育に取り入れ、生産性向上と人材育成の両立を図るべきだ。

加えて、海外人材の受け入れ拡大やパートタイム勤務の組み合わせによる柔軟な雇用制度の導入、さらには専門業務のアウトソーシングを通じて、必要な時に即戦力を確保できる体制を整えることも求められる。

調査によれば、アウトソーシングの主な理由はコスト削減(58.7%)だが、需要の不規則性(55.4%)やスキル不足(52.1%)といった戦略的な要因も上位に挙がっており、企業には柔軟かつ即応的な人材戦略が必要とされている。

・スキル不足への対策

業界における教育機会の拡充も重要である。講座の種類や数を増やし、無料または補助金付きの研修を重点的に提供することで、学習機会のハードルを下げる必要がある。

また、企業と教育機関が連携し、実務に即した研修内容を設計するとともに、学生に現場での実践経験を積ませる取り組みも有効である。

さらに、メンター制度やオンライン学習、リーダーシップ研修などを通じて、従業員が継続的にスキルを高められる環境づくりが求められている。

 

観光業の未来を支える「人材」戦略が急務

観光・旅行業界は、労働力とスキルの両面で大きな壁にぶつかっており、このままでは成長のチャンスを逃すことになる。この人手不足は、主に若者の業界離れ、定着率の低さ、そして必要なスキルの不足が原因だ。

企業は努力しているが、政府や教育機関の継続的な協力が不可欠である。

レポートは、この課題を解決するためには、政府が若者への研修支援や、外国人労働者の受け入れをスムーズにする政策で企業を支え、教育機関が、業界と協力して研修内容を改善し、将来の労働力をしっかりと育てていくことが求められている、と結んでいる。

 

【編集部コメント】

観光の成長を支えるのは“人” WTTCレポートが示す人材危機の現実

観光・旅行業界の人材不足が「世界規模の課題」として可視化された今回のWTTCレポート。中でも日本は、労働力供給が需要を29%下回る見通しと最も深刻な状況だ。少子高齢化と若者の業界離れにより、地域観光の担い手が減ることは、単なる労働力の問題にとどまらず、「地域の持続性」を脅かすリスクでもある。自治体・DMOとしては、外国人材の活用や教育機関との連携、リスキリング支援などを組み合わせた総合的な人材戦略が求められる。今後、地域ごとにどんなスキルを重視し、どのように“観光の職を魅力あるもの”にできるかが問われている。

(出典:WTTC, Future of the Travel & Tourism Workforce)

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