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スマホ完結・顔認証が広がる一方で、課題も。IATA2025年調査が示す旅行者の意識変化

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世界中で、スマートフォンを起点とした旅のニーズが加速し、デジタルIDや顔認証といったテクノロジーの活用にも前向きな旅行者が増えている。

こうした傾向を明らかにしたのが、国際航空運送協会(IATA)が2025年10月に発表した「2025年世界旅客調査(Global Passenger Survey 2025)」だ。調査は200を超える国・地域の1万人以上を対象にオンラインで実施され、スマホによる自己完結型の旅の定着、生体認証の普及意欲、地域・世代ごとの意識差などが浮き彫りとなった。

ここでは、その調査結果をもとに、急速に進む“デジタル前提の旅行体験”の現状を整理する。

 

スマホ1台で完結する「自己管理型の旅」が新常識に

調査では、旅客の78%が「スマートフォン1台で旅の予約・管理を行いたい」と回答。搭乗券、パスポート、支払い、ロイヤルティカードといった各種機能の統合ニーズが高まっている。

航空券の予約方法では、「航空会社のウェブサイト」が依然として最多(31%)だが、2024年の37%から減少。一方で、「航空会社のモバイルアプリ」は16%から19%に上昇しており、特に25歳以下の若年層を中心にモバイルシフトが進行している。

決済手段にも変化が見られる。クレジットカードやデビットカードの利用は依然として主流(72%)だが、2024年の79%からやや低下。その一方で、デジタルウォレットの利用は20%から28%へと大幅に増加しており、IATA Payなどの即時決済サービス(2024年6%、2025年8%)も徐々に普及が進んでいる。

こうした動向は、旅行者がスマートフォンを“旅のハブ”と位置付け、シームレスで自己完結型の体験を求める流れが加速していることを示している。

 

顔認証やデジタルIDの導入に前向きな旅客が拡大

旅客の約半数(50%)が「空港での生体認証をすでに経験している」と回答し、その満足度は85%に達した。特に利用が多かったのは、保安検査(44%)、出国審査(41%)、入国審査(35%)の場面で、2022年以降、生体認証の活用は約20ポイント上昇している。

また、旅客の74%が「パスポートや搭乗券を提示せずに済むなら、生体認証情報の共有に前向き」と回答しており、利便性に対する期待の高さがうかがえる。現在は消極的な層の中でも42%が、「プライバシー保護が保証されるなら再考する」としており、信頼性が鍵を握る状況だ。

空港での生体認証の導入事例も広がっている。日本では、羽田・成田空港にて「Face Express」の名称で、チェックインから搭乗まで顔認証のみで通過可能な仕組みが導入されている。米国では、政府運営の「TSA PreCheck」や、民間の有料サービス「Clear」が、指紋・虹彩認証を使った迅速な本人確認手段を提供。アジアでも韓国・仁川空港が「ICN SMARTPASS」を導入し、登録済みのデジタルIDにより、最大5年間シームレスな移動体験を可能にしている。


▲羽田空港国際線のFace Express、利用者はまだそれほど多くはないようだ

レポートはデジタルIDと生体認証の普及には、信頼性の高いデータ管理体制とサイバーセキュリティの強化が不可欠と指摘。IATAのオペレーション・安全・保安担当上級副社長のニック・カリーン氏は、「現在、多くの旅客がチェックインから搭乗まで顔認証を利用しているが、真に国際旅行をデジタル化するには、各国政府によるデジタルパスポート発行が必要だ」と述べた。

現時点では正式にデジタルパスポートを発行している国はないが、カナダやオランダなどで試験的プロジェクトが進行中である。

 

地域・性別・年齢で分かれる旅の意識、アジアは最もデジタル志向高く、欧州は保守的

調査では、地域別・性別・年齢別にデジタル技術への志向に顕著な差が見られた。

地域別では、アジア太平洋が最もデジタル志向が高く、スマートフォンの活用やデジタルウォレットの利用が突出している。顔認証やデジタルパスポートへの関心も高い一方で、実際の体験に対する満足度は他地域よりやや低めだった。

欧州では、予約手段として航空会社のウェブサイトを利用する傾向が強く、生体認証の利用・導入意向は最も低い。北米では、乗継時間や移動距離といった利便性を重視しながらも、顔認証やスマホ活用には関心があるものの、技術の信頼性に対する懸念も残る。

中南米では、有人対応のサービスを重視しつつも、生体認証への期待が高く、中東ではアプリやウォレットを積極的に活用し、旅の快適性や特典、サービス品質を重視する傾向が見られた。アフリカでは、航空券予約にオフィスや電話を用いる傾向が強く、ビザ取得や入国の難易度を課題とする回答が多かった。

こうした地域ごとの差異は、国際的な航空会社や空港運営者が、エリアごとの特性を踏まえた施策を検討する必要性を示している。

性別による違いでは、男性の方がデジタル技術の採用に積極的であり、アプリや顔認証を用いた旅行に対する関心も高い。特に「スマホで旅行を完結させたい」という志向が強い。

一方、女性はやや慎重な傾向を示しつつも、アプリの活用が着実に広がっている。航空会社を選ぶ際には評判や実績を重視し、「安心感」や「信頼性」を重要視する傾向が目立った。

年齢別では、26歳以下の若年層が最もデジタルに積極的で、アプリ経由での予約や書類に代わるウォレット・生体認証を好む傾向が顕著。ただし、プライバシーやセキュリティへの懸念は強く、技術活用の一方で旅行体験の満足度は最も低い層でもあった。

 

「スマホ×簡素化」がカギに、訪日対応で求められる3つの課題

IATAの調査は、旅行者が「スマートフォン」と「デジタルID」を前提とした旅を求めていることを示している。特に訪日客の大多数を占めるアジア太平洋地域の旅行者はその傾向が最も顕著であることを踏まえると、日本が国際競争力を高めるためには、以下の3点での対応が急務であるといえるだろう。

1)スマホで完結する体験設計(UXの統一)
予約、チェックイン、移動、支払い、観光案内までをモバイル1つで完結できる体験設計が求められる。個別のスマホ対応にとどまらず、観光地、交通、宿泊、店舗などが連携し、分野横断的にUX(ユーザーエクスペリエンス)を統一することが重要だ。

2)入出国の顔認証・デジタルID対応の強化
日本の空港でも顔認証ゲートの導入は進んでいるが、今後は国際基準に則った事前登録型デジタルIDの仕組みが必要になる。これにより、旅客の利便性向上だけでなく、IATAが提唱する「信頼できる旅行者」の認証にもつながる。

3)決済・交通インフラの統一と簡素化
現在の日本では、交通系ICやQRコードをはじめとして、複数の決済手段が混在し、訪日客にとって分かりづらい面がある。AlipayやApple Payなどの国際的な決済への対応を明確にし、旅行前から「自分のスマートフォンがそのまま使える」と認識できる環境づくりが必要だ。

【編集部コメント】

スマホとデジタルIDが旅の常識に──IATA調査が示すインバウンド対応の次なる焦点

スマホ完結型の旅とデジタルIDの活用が、世界的に「当たり前」になりつつある。IATA調査では、アジア太平洋地域を中心にその傾向が顕著で、訪日客対応にも変革が迫られる。特に、決済・認証・移動の簡素化が求められており、異業種が持つデジタル技術が大きな価値を発揮しうる領域だ。自社の強みが、どのフェーズで旅行者の課題解決に貢献できるか──今こそ想像してみる時ではないだろうか。

(出典:2025 IATA’s Global Passenger Survey

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