インタビュー
社会活動をする上でサステナビリティの重要性がますます高まっている。観光立国推進基本計画においても、持続可能な観光地域づくりが目標に掲げられ、取り組む地域100のうち50は国際認証や表彰の取得という定量指標が設定されており、国際認証のプロセスに加わる観光事業者も増えている。
なかでも、ビーチ、マリーナの国際認証であるBlueFlag(ブルーフラッグ)、宿泊施設や飲食店の国際エコラベルGreenKey(グリーンキー)の認証はよく知られているが、それらを管理しているのは、デンマークのコペンハーゲンに本部を置き、環境プログラムを通じて持続可能な発展を目指す国際団体である環境教育基金(FEE)だ。
そのCEOを務めるダニエル・シェイファー氏が来日した際に取材し、そもそもなぜ持続可能性が重要なのか、その本質に迫った。また、国際認証、エコラベルの目的、狙いや、欧州において「当たり前」になっている持続可能性の捉え方や考え方について伺った。
▲インタビューしたFEE代表ダニエル氏と、聞き手の(株)やまとごころ代表村山
持続可能性の実現の裏に潜む、資本主義のジレンマ
― 持続続可能性については観光業でも真っ先に取り組むべき課題となっていますが、そもそもいま、私たちはなぜ「持続可能性」について考えることが大事なのでしょうか?
それについては、とても奥が深い問題です。観光の話を一度横に置いて話をします。
歴史を振り返ったときに、私たちが築いてきた経済モデル、つまり資本主義モデルと強く結びついています。
二度の世界大戦という人類の歴史に残る悲惨な出来事があったあと、私たちには2つの選択肢がありました。1つは東ヨーロッパが目指した個人の完全消滅です。もう1つのシステムはアメリカが主導し、西ヨーロッパも追随したのですが、個人を重視するというものです。つまり、共産主義的なモデルである 「私たちは皆1つの世界 」という価値感と共に生きるか、西側諸国が主導する 「個人が重要」という概念のもとで生きるかのどちらかだったのです。
後者の考え方に基づき、個人の権利、つまり人々がみな権利を持ち、個人として認められるべきという「人権」が尊重されるようになりました。
と同時に、私たちは「個人」を重視するあまり、非常に自己中心的な文化や消費モデル、そして経済システムを作り上げてしまったのです。
― より多くを消費することが、経済成長には欠かせないという資本主義モデルの中で、個人の欲求やニーズを満たすことを優先させた結果、自分以外の他者、特に遠く離れた人たちに与える影響を考慮しなくなってしまったということですね。
例えば、家電を例に挙げます。今や、仮に洗濯機が壊れたとしても、修理をせずに新しい洗濯機を買うのが一般的となってしまいました。技術者を呼んで問題を明らかにし修理してもらうよりも、新しい洗濯機を買う方が安く済むからです。これは私が住むデンマークのコペンハーゲンでも同じです。
家電に限らず、車でも洋服でも時計でも、我々が消費するものは全て当てはまります。
私たちが幼いころ、ある年齢に達すると、家族から高価な腕時計をプレゼントされるのが一般的でした。家族は、私がこの腕時計を一生大切にし、それを息子や孫に譲り、代々受け継いでいくものとして大切に扱うことを期待していました。
ところが今ではどうでしょう。私たちはネットショッピングで、より正確な時計をたった数ドルで買うことができるようになりました。
― 産業革命をへて、安価で大量に商品を生産できるようになった今、人々は簡単に物を手に入れることに慣れてしまった。価値が小さくなってしまったということですね。
そうですね。ただし、世界中どこに行っても同じというわけではありません。例えば、インドへ行けば、洗濯機もバイクも、みな路上で修理して使用しています。インドの若者と持続可能性について話した時に、「周りを見渡せば、たくさんの持続可能性の実践がある」と伝えました。彼らはそんなことどうでもいいと答えますが、昔から実践している地域はまだあります。
▲様々なサステナブルの実践にあふれるインド
ただ、先進国を中心に、新しいものを購入するという消費スタイルに慣れてしまったために、「また新しいものを買えばいい」という発想になっています。そうすれば、購入したものに対して本当の価値を見いだせなくなるでしょう。
こうしてあらゆる物事のバランスが崩れてしまっています。そのことを観光業でも考えなければなりません。
観光も「大量消費」の対象に、付加価値を付けて適正価格にすることが欠かせない
― 観光も同じで、安価で手に入るようになったことでの弊害が生まれるようになったわけですね。
私が子供の頃は、休暇を過ごすにあたって、飛行機に乗って遠くに出かけることはほとんどありませんでした。料金が高すぎて、家族で飛行機旅行が出来なかったからです。湖のほとりでキャンプをし、テントの中で兄弟喧嘩をしながら2週間を過ごしたものです。
でも今の時代は、飛行機に乗って、どこへでも行くことができます。私の11歳の娘のクラスの子どもに聞くと、「昨年はアメリカに行ってきたの。来年はニュージーランドに行く予定」というような答えが返ってきます。
観光も大量生産大量消費の仕組みの中に組み込まれ、消費されるだけの商品となってしまいました。安価で遠くに何度も行けるようになったために、旅行が特別なものではなくなってしまい、旅がもたらす本来の価値を知ることが難しくなってきています。
― 資本主義経済において、観光も「消費」の対象となってしまった今、どうすればよいのでしょうか。
観光も消費市場の上に成り立っています。そのため人々はツアー料金を支払うという形で、観光を消費しますが、決して消費すること自体に反対しているわけではありません。ただし、これからの時代、私たちはより持続可能な形で、観光を消費する必要があります。
私たちは消費するものに対して、本来の対価を支払っていないことが、大きな問題であり、それを変えていくことが必要だと考えています。
例えば、私が代表を務めるFEEの本社があるコペンハーゲンからロンドンまで、LCCの航空券を購入すれば、20ポンド(約3500円)に満たない金額で移動できます。でも、この価格には、例えばCO2排出などによる環境コストをはじめとした様々なコストが一切考慮されていません。
そのため、これからは、安くなってしまった商品やサービスに、持続可能性に繋がる付加価値をつけ、適正価格にしていく必要があります。
― 具体的にどのようにして、付加価値を高めていけばいいのでしょうか。
観光においては、例えば訪問税を徴収して、価値があると考える観光客だけが訪問できるような仕組みにすることも1つ考えられます。
また、飛行機においては、カーボンオフセットの考え方を採り入れることもできます。FEEでは定期的に、事業に関わるパートナーの方を世界中から集めて行う全体総会や、ブルーフラッグ、グリーンキー、エコスクールそれぞれの総会を開催しているほか、メンバーは世界中を飛び回っています。そこで、世界森林基金を設立し、世界中を飛び回るメンバーが移動する際には、最低でも飛行機によるCO2排出量相当の金額を基金に入れるカーボンオフセットに取り組んでいます。
世界森林基金HP(https://www.gff.global/)
― 基金に集められたお金はどのように使っているのでしょうか。
植林活動を行うプロジェクトにかかる費用に充てたり、環境教育に関わる教材制作費に充てるなどしています。
ここで私たちが重視しているのは、消費者を教育するということです。今は、学校での環境教育の基礎としての教育に取り組んでいます。ただし、学校教育だけでは十分ではなく、大学やビジネスマン、政策立案者など、様々なステークホルダーに対して幅広く行い、彼らが十分な教育を受けたうえで、正しい判断や行動ができるようにしなければいけません。そのためには、支援活動や、ときには政治レベルでのロビー活動も必要だと考えています。
なぜ私たちが教育に力を入れるかというと、例えば植林活動1つをとっても、なぜそうした活動を行う必要があるのか、理解のないままに植林活動をしていては、本質的な改善には向かわないからです。
持続可能な観光実践のために、国際基準が必要となる2つの理由
― FEEでは、環境教育の事業と同時に、宿泊施設やレストラン向けのエコラベルであるグリーンキー、ビーチ、マリーナ向けの国際認証ブルーグラッグも手掛けていますが、なぜ、こうした認証やラベルが必要になるのでしょうか。
先にそれぞれの認証の説明をします。
グリーンキーは、環境に配慮したホテル、レストラン、キャンプ場などに付与される国際的なエコラベルです。2023年現在、世界66カ国、4000施設以上でエコラベルを取得しており、日本国内では4施設となっています。
ブルーフラッグは、ビーチ・マリーナ・観光用ボートを対象とした国際認証制度です。①水質、②環境教育と情報、③環境マネジメント、④安全性・サービスの4分野、30数項目の認証基準からなっており、2023年5月現在、世界51カ国、5036カ所が取得しており、日本では11カ所が取得しています。
このような国際認証が存在する理由は、大きく2つあります。まず消費者の考え方や選択が変化しており、それらに対応する必要があるという点です。人々は旅行先やホテル、行きたいビーチなどを、特定の指標に基づいて選ぶようになっています。そこで、何を基準に商品やサービスを選択するのか、判断するにあたって指標となるものが必要となります。持続可能であることは、消費者のニーズに応えるということであるのを忘れてはいけません。
また、例えばデンマークやスウェーデンなど北欧に住む人々は、電車で行けるなら休暇を計画するけれど、飛行機では行きたがらない。それが今の若者です。そうした行動変容は、観光業界全体にも影響を与えるので、考慮する必要があります。
▲欧州では、環境負荷が相対的に少ない鉄道での移動がより一般的になりつつある
2つ目ですが、観光業界に対しては、持続可能性の実現に向けて何を実践すればいいか、どう行動すればすればいいのか、明確な道筋が求められています。「サステナビリティの実践が大切」と言われても、それが何を意味するのか、また実現に向けてどう行動すればいいのか分からない人、組織がいます。そうした人たちに、明確な基準を提示し、それに則ったトレーニングを提供することで、業界の前進に繋がります。
▲グリーンキー研修の様子
― グリーンキーやブルーフラッグの認知が高い国、地域はどのようにして認証を活用しているのでしょうか。
ブルーフラッグに関して言うと、スペインのマドリードが良い例です。スペインでは約700カ所がブルーフラッグを取得しており、毎年ブルーフラッグの受賞発表は全国ネットのテレビで生中継されます。UNWTOが参加するほか、約200人のメディアが取材に訪れます。
ブルーフラッグはスペイン国民にとって、自治体や地域が正しく機能しているかどうかを確認するための重要な指標となっています。ブルーフラッグは公共資産を可能な限り最良の方法で管理することにつながる政治的なツールとなっているのです。
― 今後、ブルーフラッグやグリーンキーのような国際ラベル、国際認証がどのように発展することを望んでいますか。
今後、グリーンキーやブルーフラッグといったエコラベルや国際認証を目指す施設が増えていくでしょうが、それと共に、危惧していることがあります。
ある地域や事業者が認証取得に挑戦したけれども、結果的に取得がかなわなかった、あるいは更新の際に基準を満たせず、認証が取得できなかったとしても、メディアやSNSで「どの施設が、認証が取れなかったのか」「なぜ取れなかったのか」を批判するようなことです。こうした状況になることは、望んでいません。
今日、私たちは誰もが相手を陥れたり、誰もがソーシャルメディア上で簡単に批判したり叩くことができる世界に生きていますが、それは本質ではありません。もし取得できなくても、また翌年挑戦してもらいたいと考えています。なので、仮に取得できなかったとしても、批判されないようなアプローチが大切です。
認証取得に向けた挑戦への扉を常にあけて、彼らに何ができるかを示すことが大切だと考えています。
遠く離れた地、50年、100年後の地域の未来を想像して、今できる一歩から
― 最後に日本の観光事業者にメッセージをお願いします。
先ほど述べたように、これまで何十年もの間、資本主義経済の中で、社会は人々に対して「私」という個人は世界で最も重要な人であり、「私」の望みが尊重されるべきで、「私」は何でもできる、というメッセージを与えてきました。
そう言われ続けてきた私たちにとって、「個」を尊重する価値観を断ち切るのはとても難しいことです。ただ、私たちが直面している問題、特に持続可能性に関わる問題は、世界共通の課題です。
今の私たちは、自分自身とその身の回りのことだけでなく、遠く離れた世界で起こっていること、そこで直面している問題に目を向けること、つまりグローバルな視点を持つことが大切です。
そして、自分自身が選択する行動が、世界に対してどのような影響を与えるかを想像して、自身の行動を見つめ直す。そのうえで、様々なことを判断して行動することが求められる時代になっているのです。
― 持続可能性について考えるのであれば、自分たちの地域のことだけ、日本国内のことだけを考えるのではなく、より広い視点をもって、国際基準にも取り組む必要がありますね。
そして、持続可能性に取り組むツールの1つとして、国際基準に従うことが挙げられます。国際基準に従うということは、観光業に対しても、大きな影響を与えると思います。というのも、持続可能性とは、人々が将来にわたり、地域の観光を楽しむことを促進するからです。
ただ、一朝一夕にできるものではありません。観光を考えるとき、私たちは常に地域の外に目を向け、域外からくる旅行者の期待やニーズを踏まえて、どのようにして人を呼び込むか、そして外貨を稼ぐかを考えてきました。
今後、持続可能な観光を推進するにあたっては、5年後、10年後だけでなく、50年後、100年後も日本の国内観光が継続的に発展するため、またそこに住む地域住民の幸せのために何をするのかを考えて、行動することも大切になります。
― グローバルな視点をもって、遠く離れた世界に想いを馳せること、そしてローカルな視点をもって、50年、100年後の地域の未来を想像したうえで、いま何ができるのか、小さな一歩に取り組むことが大切ということですね。
貴重なお話をきかせていただき、ありがとうございました。
▲左から順番に(株)やまとごころ代表村山、FEE代表ダニエル氏(中央)、インタビューのコーディネートを務めた(一社)JARTA代表高山氏
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