インタビュー
観光・インバウンドの最前線で挑戦を続ける人々に迫るインタビュー連載。今回は、訪日外国人向けのツアーガイドとして全国で活躍する、ジュピター石田さんにお話を伺った。英語・スペイン語でのガイドに加え、俳優やSNSでの発信など幅広く活動する石田さん。
今回は、世界67カ国を旅し、異業種から観光の世界へ飛び込んだ彼が語る、ガイドという仕事の本質、ゲストの心に残る時間を届けるための工夫、観光業界への思いなどについて語っていただいた。

世界や国内中を旅して、日本を伝えるガイドに
― 現在のお仕事とこれまでの経歴を教えてください。
現在は東京を拠点に、訪日外国人向けのツアーガイドとして全国で活動しており、英語・スペイン語に対応しています。個人旅行(FIT)や団体旅行のお客様をご案内し、大型グループのスルーガイドから政府関係者、大企業の社長、映画監督、俳優、ファミリーまで、幅広く対応しています。
出身は岐阜県で、学生時代は野球に打ち込みました。大学進学を機に上京し、旅番組の影響で海外に強い関心を持ち、学生時代にはバックパッカーとして約50カ国を巡りました。その中で「自分は日本を知らない」と気づき、ヒッチハイクで日本一周を敢行。100日かけて全国を回り、人の温かさに触れて「日本っていい国だな」と実感しました。
その経験から地域活性に関心を持ち、2015年に大学卒業後、ヤフーに新卒入社。EC事業を通じて地域の魅力発信に携わります。4年半後にベンチャー企業へ転職し、ECコンサル業務に従事。IT業界で7年間キャリアを積んだ後、30歳で長年の夢だった俳優の道に挑戦するべく、2021年にカナダに渡ります。2023年に帰国後、俳優としての活動を続けながら、ガイド業をスタートし、現在もその両軸で活動しています。
▲カナダの演技学校で演技を学び、俳優としてのキャリアを本格始動させたジュピター石田さん
― 俳優やSNSでの発信など、ガイド以外の活動もされているのですね。
はい、SNSは、Instagram、TikTok、YouTube、X(旧Twitter)などで発信しています。海外向けにも発信していますが、戦略というより、「楽しそうな自分」をそのまま出すことを大切にしています。
中でも、私が日本のグルメを食べているだけの動画がバズったのは意外でした。美味しそうに食べている姿に共感が集まり、フォロワーが一気に増加。「何を伝えるか」より、「どう伝わるか」が大事だと実感しました。
俳優としての活動は、コロナ禍をきっかけに「やりたいことは急に出来なくなるかもしれない」と痛感し、今やらなければ一生後悔すると感じたことから始まりました。昔からの夢だった「海外で暮らす」と「俳優になる」を両立させたく、カナダに渡り、現地で演技を学びながら活動をスタート。これまでにインド、カナダ、日本の映画作品に複数出演してきました。
▲日本だけでなく、インドやカナダの映画にも出演。国境を越えて演技の幅を広げている
「インド映画出演」が導いた、ガイドという天職
― ガイドのお仕事を始めたきっかけについて教えてください。
カナダから帰国後、「また会社員に戻るしかないのかな」と悩んでいた頃、ご縁がありインド映画に出演する機会を得ました。その際、インド映画に出演するためのビザ取得をサポートする旅行会社の社長と出会い、「インドのお客様向けにガイドをしてみない?」と声をかけていただいたことが、ガイドを始めたきっかけです。
あの出会いがなければ、この仕事には出会えなかったと思います。本当にラッキーでした。
団体も個人も、国籍もさまざま。広がるガイドの現場
― ガイドのお仕事の状況について教えてください。
現在は、団体とFIT(個人旅行)の両方を担当していて、割合は団体が6割、FITが4割ほどです。以前は9割が団体でしたが、「もっとFITに力を入れたい」と思い、徐々に増えてきました。仕事はすべて旅行会社経由で、現在は5社ほどとお付き合いしています。
お客様の国籍は多様で、それぞれに合わせた対応を心がけています。ガイド1年目はインドのお客様専門でしたが、現在も約3割がインドからで、そのほかアフリカ、アメリカのお客様も多くいらっしゃいます。国によって楽しみ方やリアクションが異なるため、ガイドのスタイルも柔軟に調整しています。
団体では2週間ほどの長期ツアーを担当することもあり、最後は友達のような関係になることも。FITは1日限りのこともあれば、3日間ずっと一緒に行動することもありますが、少人数と過ごすため、まるでご家族の一員のような、より密な関係が築けるのが魅力です。
▲現在もインドからのゲストのガイドを担当する機会が多いという
心に残る体験を届けるために
― ガイドのお仕事をする上での心がけを教えてください。
日々の現場での経験を通じて、自分なりの大切にしたい姿勢ができてきたと感じています。
「一緒に時間を過ごせてよかった」と思ってもらうために
ガイドをする上で、何よりも大事にしているのは「お客様と一緒に楽しい時間を過ごす」ことです。観光地や歴史の解説も大切ですが、それよりも「このガイドさんと一緒にいて楽しかった」と思ってもらえるかが重要だと思っています。
自分が楽しんでいないと、その空気は伝わってしまうので、何度訪れた場所でも“初めて来た友達と旅する”ような気持ちで向き合います。お客様にとっては、人生で一度きりかもしれない特別な時間だからこそ、笑顔とポジティブな空気を大切にしています。
特に団体ツアーでは、その日話す日本人が私だけということもあるため、私の対応が「日本っていい国だった」と感じてもらえるかに直結するケースもあるんです。
“最初の数分”に全力を注ぐ
また、初対面の印象が、ツアー全体を左右すると感じています。空港やホテルでお迎えする瞬間に「感じのいい人だな」と思ってもらえるよう、第一印象には特に気を配っています。
旅行会社の許可が出れば、アレルギーにも配慮した日本のお菓子や、季節の小物などのウェルカムギフトを用意して、さりげなくおもてなしの気持ちを伝えています。
ツアーの冒頭に「あなたがハッピーだったら、私もハッピーです」とお伝えします。そうすることで、「一緒にこの時間を楽しもう」という空気が自然と生まれます。最初に信頼関係が築ければ、天候や渋滞などのトラブルも笑って乗り越えられることが多いです。
▲「このガイドさんでよかった」と思ってもらえるよう、常に全力でツアーに臨んでいる
キーパーソンを早めに特定する
ファミリーやグループツアーでは、早めに“空気を左右する人”を見極めるようにしています。たとえばファミリーなら、まず子どもが楽しんでいるかをチェック。子どもがご機嫌なら、親もリラックスでき、ツアー全体の雰囲気も良くなります。
カップルや三世代旅行では、キーパーソンを見つけて、その人に合わせて接し方を変えています。こうした「空気を読む力」は、現場で自然と身についた感覚です。お客様の雰囲気を感じ取りながら柔軟に対応することで、より深い信頼関係が築けると思っています。
“期待値コントロール”で、体験をスペシャルに
他に、体験をより特別に感じてもらうために、「期待値のコントロール」を意識しています。
例えば富士山ツアーでは、「絶対きれいに見えます!」と煽るのではなく、「見える確率は半々くらいです。でも、見えたら超ラッキーです!」とあえてハードルを下げておきます。当日きれいに見えたら「今年5回行って綺麗に見えたのは初めてです!」などと盛り上げて、体験の価値を高めます。
食事でも、精進料理のように好みが分かれそうな場合は「これは味より文化体験です」と伝えることで、満足度が変わってきます。期待値を上げすぎず、でも“いいこと”が起きたときは全力で盛り上げる。この緩急が印象に残る体験につながります。
世界中に友達ができる、ガイドならではの醍醐味
― ガイドをしていると多くの出会いがあると思いますが、特に印象に残っている出来事があれば教えてください。
ガイドの仕事では本当に多くの出会いがありますが、特に心に残っているのは、子どもとのツアーで涙のお別れになったときです。
FIT(個人旅行)では、東京だけ数日ご一緒して、その後は別のガイドに引き継ぐことも多いのですが、あるとき「なんで石田さんは京都に来てくれないの?」と、本気で泣かれたことがありました。ご両親からは「ホテルでもずっと“ジュピター石田が…”と話している」と聞き、胸が熱くなりましたね。
また、私はいつもツアーの最初に「今はお客様かもしれませんが、ツアーが終われば最後は友達です」と伝えるようにしています。実際、ツアー後もつながりが続くことは多く、例えばスペインのお客様とは、私が現地を訪れた際にご自宅に泊めていただき、俳優や芸能関係者まで紹介してもらいました。
インドを訪れたときも、かつて案内したご家族が自宅に招いてくれ、日常の暮らしを体験する機会をいただきました。こうしてご縁が広がっていくのは、ガイドという仕事の醍醐味。世界中に友人が増えていくような感覚は、「案内役」を超えた価値だと感じています。
すべての人生経験が“ガイド力”としてつながっている
― これまでの経歴や俳優としての活動がガイド業に活かせていると感じるポイントを教えてください。
これまでの経験はすべて、ガイドの仕事に活きていると感じています。
例えば旅好きなインバウンドのお客様にとって、私自身が世界67カ国ほどを旅してきたことは共通点になり、「あの国、行ったことあります」「その料理、おいしいですよね」と話すだけで一気に距離が縮まります。大学時代にヒッチハイクで日本一周をした経験も強みです。各地で出会った人々との交流を通して、日本の文化や温かさを実体験として語れるのは、大きな価値だと思っています。ヒッチハイクにもかかわらず、100日間で5キロ太ったのは、ご飯をご馳走してくれる方が本当に多かったからです。こうした体験談から「日本人の優しさ」をリアルに伝えられます。
ヤフーでECや決済事業に携わっていた会社員時代の経験も、ビジネス経験豊富な富裕層のお客様との会話において、大きな強みとなっています。また、営業時代に多くの飲み会の幹事をした経験も現在のガイド業に活きています。たとえば、良いお店の予約や二次会の場所の確保、カラオケのマイクの調整、スムーズな飲み物の注文など、全ての経験が役立っていると感じます。
俳優の経験は、ガイドの“表現力”に大きくつながっています。相手の気持ちを想像し、どう伝えれば届くかを考えるのは、役者もガイドも同じです。ビジネス層には信頼感ある立ち居振る舞いを、ファミリー層には子どもと全力で遊ぶ柔軟さを。お客様に合わせて自分を自然に切り替えられるのは、演技の力です。ガイド中は100%素のままとは限りませんが、それも含めて“お客様に寄り添う表現”だと考えています。
▲多様なキャリアや俳優経験で磨かれた気配りと表現力が、ゲストの心に残るガイド体験につながっている
食の壁や若手不足、ガイドが感じる課題と展望
― ご自身が観光業界で活躍する中で感じている課題はありますか。
まず一つは、日本全体がもっと「ウェルカムな空気」に包まれてほしいということ。わざわざ遠い日本まで来てくれる方の多くは、日本の文化に深い興味を持っているのに、ガイド中、日本人の方に「うるさいな」といったネガティブな言葉を耳にすることもあります。もちろん混雑やマナーの課題もありますが、それ以上に「来てくれてありがとう」という気持ちが社会にあふれていてほしいと思います。
もう一つは「若いガイドの少なさ」です。私は現在34歳ですが、それでも業界では若手と見なされます。ガイドは楽しくてやりがいのある仕事ですが、英語ができる若い人ほど商社や外資などの企業が選ばれている印象です。通訳案内士の資格のハードルの高さなど制度面の課題もありますが、本当に必要なのは「自分の暮らしや経験を自分の言葉で伝える力」だと思っています。もっと多様な人が活躍できる業界になってほしいですね。
実際、現場では「お寿司って毎日食べるの?」「日本の学校はどんな感じなの?」といった、“リアルな日常”への関心が高いです。そんな何気ない話に驚きや感動が生まれる瞬間に、日本人としての暮らしや文化そのものが、価値ある体験になると実感します。
また、「食の多様性」への対応も大きな課題です。宗教や文化により制限がある方も多いのに、対応が十分とは言えません。例えば「ヴィーガンOK」と出された味噌汁が鰹出汁だったというケースもあります。ガイドがいなければ気づかずに口にしてしまうかもしれません。私はなるべく事前に確認を取り、明確なメニュー表示のあるチェーン店を案内するなど、少しでも安心して食事を楽しんでもらえるよう工夫しています。
理想のツアーを、自分の手でつくるために
― 今後、どのような活動を展開していきたいと考えていますか?
自身の旅行会社(株式会社ニュータビー)を最近立ち上げました。今後、インバウンドに特化したツアーを企画・ガイドしていく予定です。「ジュピター石田にガイドしてほしい」という声に、直接応えられる仕組みをつくりたいと考えています。
また、縁のある富山、地元・岐阜県多治見市、生まれ故郷の兵庫県丹波篠山市などを旅程に入れたり、観光地を巡るだけでなく、地域に暮らす人々の温かさや日常にも触れられる、より深い日本体験を届けたいと思っています。
俳優としての活動も並行して続けるつもりです。表現力や感情の伝え方など、俳優として培った力はガイド業にも活きており、両方の活動を相互に高め合えるようなスタイルを目指しています。
▲お気に入りの富山の旅を紹介するYouTube動画を多数投稿している石田さん。街中で声をかけられることもあるそう
誰もが“ちょっとしたガイド”になれる社会へ
― 観光の現場に立つお立場から、今この業界に関わっている方、そしてこれから観光業界を志す方に向けて、伝えたいメッセージがあればお願いします。
ガイドは本当に楽しく、やりがいのある仕事です。だからこそ、「やってみたい」と思う人がもっと増えたら嬉しいです。
私の理想は、日本に住むすべての人が“ちょっとしたガイド”になれる社会。仕事でなくても、道に迷っている外国人に「大丈夫ですか?」と声をかけるだけで、その人にとっての旅の印象は大きく変わります。
そして何より、日本に来てくれる方々は、貴重な時間と高いお金をかけてこの国を訪れてくれています。そんな方たちに少しでも心地よく過ごしてもらえるよう、観光業に携わる人はもちろん、それ以外の人も、できる範囲で「Welcome」の気持ちを伝えていけたら、日本はもっと温かい国になるはずです。みんなで、日本を「来てよかった」「また来たい」と思ってもらえる国にしていきましょう。

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