インタビュー
「本業は保険会社、週末は日本の魅力を発信」そんな二つの顔を持つのが、訪日外国人向けに日本各地の観光地を英語で紹介するInstagramアカウント「MAP JAPAN」を運営する佐々木さんだ。
フォロワー数9万人のSNSを通じてインバウンド向けに観光情報を発信するだけでなく、福岡では民泊施設も運営。限られた時間を有効に活用しながら、多角的に地域と関わっている。今回は、活動の原点やアカウント運営の裏側、インバウンド業界への想いなどについて話をうかがった。

週末は“地域の広報”に 会社員が両立するインバウンドへの発信
― 現在のお仕事とこれまでの経歴を教えてください。
兼業・副業という形で、観光分野では主に二つの活動に取り組んでいます。
一つは、2023年春から本格的に運用を始めたInstagramアカウント「MAP JAPAN」での情報発信です。現在フォロワーは約9万人。訪日外国人向けに、日本各地の観光地を英語で紹介しています。単に有名な観光スポットや人気の飲食店を紹介するだけでなく、地域ならではのイベントや郷土料理、日本特有のマナーなど、他ではあまり見られない視点での発信を心がけています。特徴の一つは「地図×動画」のスタイルで、観光地の位置や魅力、アクセス方法をわかりやすく伝えている点です。

▲地図×動画で観光地の魅力を視覚的に伝える、訪日客向けInstagram「MAP JAPAN」
もう一つは、2019年頃から福岡市内で展開している民泊施設の運営です。
本業は、2001年から勤めている保険会社での仕事です。平日は長崎に常駐し、自宅のある福岡には週末に戻る生活を続けながら、取材・撮影・編集はその合間を活用して行っています。最近では、長野県からの依頼で、地域の魅力を海外向けに発信するプロジェクトにも携わりました。
学生時代は、バックパッカースタイルで貧乏旅行を楽しむサークルに所属しており、海外や異文化への興味はその頃から育まれてきました。今の活動にも、その経験が自然と生かされていると感じています。
― 民泊施設の運営もされているのですね。
はい、現在は福岡市内で4拠点の民泊施設を運営しています。もともと私は不動産の大家業も行っており、その一環として、博多駅へのアクセスは良いもののそこまで人気のないエリアにあった、安価で古い空き物件を購入しました。
そうした物件を、デザインの力を借りてフルリノベーションし、10人以上泊まれるような宿に変えました。もともとはインバウンド向けに始めたもので、大人数で訪れる旅行者に「コスパがいい」と好評です。
ただ、日本人の宿泊者のニーズも意識していて、清掃や清潔感などには特に気を配っています。結果的に、コロナ禍で一時的に国内利用が中心となった時期にも高評価を得られました。今では当初と比べて、同じ通り沿いに民泊施設が増えてきましたが、それによって街全体の景観が整ってきている実感もあります。
▲空き物件をフルリノベーション。デザイン性と快適性を兼ね備えた宿泊空間に
趣味の延長がインバウンド誘致の力に 9万人に届いた発信の原点
― Instagramでの日本の魅力発信を始めたきっかけについて教えてください。
Instagramを始めたきっかけは、仕事の都合で住んでいた愛媛県宇和島市での生活でした。仕事が早く終わっても、田舎なので夕方6時にはやることがなくて(笑)。宿の運用の関係で福岡への移動も多く、長時間の移動時間をどうにか有効活用できないかと考え、日本の魅力を伝える発信を始めました。編集スキルも、その移動中に少しずつ身につけていきました。
ちょうどその頃、民泊の管理を任せていた知人がコロナ禍で苦境に立ち、突然YouTuberとして海外向けに発信を始めたんです。気づけば登録者が100万人を超えるほど人気になっていて、「自分にも何かできるかも」と思えたことが、背中を押してくれました。宿の宣伝にもなるかもしれないと考え、Instagramアカウント「MAP JAPAN」を開設しました。
アカウント名は、日本のことを発信するなら「◯◯JAPAN」的な名前をいくつか考えていた中で、「さすがに取れないだろう」と思っていた「MAP JAPAN」のアカウント名が、意外にも空いていて。それならもうこれでやってみよう、と決めたんです。
国内向けの発信は競合も多いですが、自分には英語が使えるという強みがあります。それを活かして、海外向けの発信に特化することで差別化を図ろうと考えました。英語は、学生時代にフィリピンのNGOやドイツ銀行のインターンに参加した際に身につけました。ただ社会人になってからは使う機会がなくなり、「このまま使わないのはもったいない」と思っていたため、良い機会となりました。
― 発信を始めてみてどうでしたか。
正直なところ、始めた当初はデジタルに強いわけでもなく、Instagramにもあまり詳しくなかったので、「そろそろ自分も始めてみるか」と軽い気持ちでした。実際に始めてみると、海外の方々からの反応がとても良く、発信すること自体がどんどん楽しくなっていきました。
最初の投稿は今見ると本当にレベルが低くて(笑)、トリビアのような内容で、当時の投稿はかなり削除しています。でも、あの頃から続けてきたからこそ、今のフォロワー数につながっていると感じています。ちなみに、MAP JAPANとは別に国内向けに各地の魅力を発信しているアカウントも運営していて、そちらのほうが民泊の集客にはつながっています。
“地図×動画”という独自スタイルが訪日客を動かす理由
― そうした中、アカウントが伸び始めたきっかけは何でしたか?
あるとき「MAP JAPANという名前なのに地図の要素がない」と気づき、観光マップにおすすめルートや「ここに何がある」という情報を手描きで説明した動画を投稿してみたんです。すると、それまで再生数が100回前後だったのが、1万回ほど再生されて。「これかもしれない」と手応えを感じました。
▲地図上でルートを示しながら実際の場所の様子も見せるスタイルが好評
地図上に「ここにこういう場所があります」と示すことで、訪日客の方々にとってはすごくわかりやすく、興味を引くのではないかと考えたんです。実際にそういった投稿は、他のアカウントでもあまり見かけなかったので、独自性もあると感じていました。
今ではスタイルは少し変えていますが、「場所と情報をわかりやすく結びつけて伝える」という軸は、今も変わらず大切にしています。
観光情報だけで終わらせない 行動を促す+αの工夫
― Instagram発信する上で心がけていることを教えてください。
MAP JAPANでは、大きく二つの視点を大切にしています。一つは「これまでにない切り口で価値を届けること」、もう一つは「社会の役に立つことを意識すること」です。
いわゆる「バズる投稿」は、流行のフォーマットや強いインパクトを使えばある程度作れますが、私が伝えたいのは、そうした一過性のものではなく、新しい視点や体験を加えた発信です。例えば「朝4時の渋谷」を撮影した動画では、いつも混雑する場所を“時間”という切り口で見せたことに手応えがありました。誰もいない渋谷という意外性が、多くの関心を集めたのです。
▲朝4時の渋谷がテーマ。時間軸で切り取った新しい視点の投稿となっている
他にも印象に残っているのは、成田山の投稿です。成田空港を利用する外国人旅行者の多くはそのまま東京へ向かいますが、実は空港の隣駅・成田駅には、風情ある参道や名物の鰻を楽しめるお店が数多く並んでいます。そのことを地図を添えて投稿したところ、300万回以上再生され、「立ち寄ってみたよ」というコメントも多数届きました。地元では当たり前の情報でも、訪日客や他地域の人にとっては新鮮な発見になる。そうした“見過ごされている魅力”を掘り起こすことこそ、MAP JAPANとしての役割だと感じています。
▲空港の隣駅・成田にある鰻の名店を紹介。訪日客にとっての意外な立ち寄り先を提案
また、京都の裏路地にある、まるで水族館のような無料の展示スポットを紹介した投稿では、単に「面白い場所がある」と紹介するのではなく、「維持のために募金を」といったメッセージも添えました。こうした行動につながる発信は、単なる観光情報の紹介を超えて、その場所や人を応援することにもつながると思っています。
▲スポット紹介にとどまらず、寄付やマナー啓発も含めた「行動につながる発信を意識
社会の役に立つ発信の一環として観光マナーへの啓発も、時折投稿に織り交ぜています。例えばとある観光地を紹介する際は「池にコインを投げないで」「飲み水なので子どもを入れないように」といった内容を、国籍を問わず観光客全体に向けて、なるべく柔らかい表現で伝えるようにしています。
私自身、「インバウンドの一翼を担っている」という意識を持って運営しています。だからこそ、ルールを破ってまで目を引かせるような投稿には慎重です。楽しさや新しさを伝えると同時に、社会的な視点や思いやりも含んだ発信でありたいと考えています。
もちろん、フォロワーを増やすために軽めの投稿をすることもあります。でも、「この人を応援したい」「この地域の努力を知ってほしい」と思うときには、再生数に関係なく発信します。
“逆張り”で光を当てる観光地 誰も見ないタイミングを狙え
― 先ほどの「これまでにない切り口」といった着眼点は、普段どのようにして見つけているのですか?
「人がやっていないことを発信したい」「少し変わった切り口で届けたい」という感覚は、自分の中に常にある感覚です。もともと「企画すること」が好きで、学生時代には『地球の歩き方』のホームページコンテストで準優勝した経験もあります。世界中で土下座をするという少し変わったテーマでサイトを作ったのですが(笑)、誰もやっていないアイデアを考える癖はこの頃からあった気がします。
ただ、現在のMAP JAPANの投稿ネタは自分だけで探すというより、協力者とのやりとりから生まれることも多くあります。
例えば、先ほど紹介した京都の裏路地にある“まるで水族館のような無料スポット”の投稿は、Instagramでつながりのあった京都在住の方から教えていただいた情報です。
私はフォロワーの中でも、特にサブスクリプション登録をしてくださっている方とは、できるだけ直接お会いして交流するようにしています。サブスク限定の発信では、おすすめスポットの裏話や旅の工夫、撮影の舞台裏など、より深い情報もシェアしています。
また、MAP JAPANはインバウンド向けのアカウントですが、日本人のフォロワーも多く、国内でお会いできる方とは積極的に交流しています。こうしたつながりが、日本各地の地元の人しか知らないような場所に出会うきっかけになっているのかもしれません。
「人と違う着眼点」という意味では、あえて“逆張り”を狙うこともあります。例えば、万博の投稿は開催中ではなく終了後に訪れて撮影しました。誰も注目していないタイミングだからこそ、発信する意味があると考えたんです。
▲万博終了後の会場をあえて投稿。視点をずらして生まれる“逆張り”の情報発信
「こう見せたら面白いかも」「この伝え方なら伝わるかも」といったアイデアが自然と浮かんでくるので、そうした“企画力”は自分の強みだと感じています。
発信が信頼を生む時代 SNSが生んだリアルな人とのつながり
― インバウンド向けのアカウントを運営していて、どのような時にやりがいを感じますか?
MAP JAPANはもともと、民泊の宣伝になればという思いで始めたアカウントでしたが、今では「自分を知ってもらうための名刺代わり」として大きな役割を果たしています。フォロワーが増え、発信に一定の影響力を持てるようになったことで、「この人に会いたい」と思った方に実際にお会いできるようになり、発信を通じて信頼や関心を持っていただけていると実感しています。
取材先のお店などには、「少しでも宣伝になれば」という思いで発信していますが、それが実際に役に立っていると感じられることも、大きなやりがいの一つです。
もちろん「日本の良さを伝えたい」という想いは活動の前提にありますが、やはり一番の原動力は「自分が楽しいから」。その楽しさが誰かの役に立ち、つながりを広げていく今の状況には、心から感謝しています。
次の舞台は社会貢献、1000万円を寄付で集める挑戦
― 今後のInstagramアカウントの運営はどう展開していきますか。
MAP JAPANはこれからも自分で運営していくつもりです。構成を考えたり編集したりするのが純粋に楽しくて、もはや「やらないと落ち着かない」くらい習慣になっています。やっぱり、好きじゃないと続けられないですよね。
一方で、MAP JAPANから派生した新プロジェクト「10Million Donation(テンミリオンドネーション)」も立ち上げ予定です。これは成功者の方々から不要品を提供してもらい、それを販売した収益を全額寄付に回すというチャリティ企画です。まずは1000万円の寄付を目指します。
ゆくゆくは「10Million Dollar(約15億円の寄付)」、「10Million People(1000万人からの寄付)」へと広げ、社会課題に取り組む人を支援・表彰できる仕組みにしていく構想です。MAP JAPANの次に続く、地球規模の社会貢献を目指しています。
今後も「誰かの役に立つ情報発信」をしながら、自分だからこそできる形で社会に貢献できることを一歩ずつカタチにしていきたいです。
「インバウンドは地域の力になる」 発信でつなぐ、地域と世界の架け橋
― 今後、観光業界でどのような活動をしていきたいと考えていますか。
これからも、自分なりのかたちで観光やインバウンド分野に関わっていきたいと考えています。最近は長野県など自治体からの依頼で撮影に行く機会も増えてきました。
私は普段、民間企業に勤めながら副業も行っており、発信活動は「誰かの役に立ちたい」という想いから続けているものです。そのため、報酬の有無にはこだわっておらず、旅費など最低限のサポートがあれば、全国どこへでも伺いたいと考えています。自治体や地域の観光関係者の方々と一緒に、インバウンドの可能性を広げていけたらうれしいですね。
とはいえ、現状ではまだ「インバウンド=特別なもの」と捉えたり、「外から人が来るのはちょっと…」と構えてしまっている地域も少なくありません。以前、愛媛県に住んでいた際には、地元の観光課に「フォロワー5万人のアカウントを運営しているので、地域の魅力を海外に紹介できます」とお伝えしたのですが、返事すらもらえず。正直なところ、それはとてももったいないと感じました。一方で、今暮らしている地域では、地元商店街と連携した取り組みの話も進みつつあり、地域ごとに温度差があるのも実感しています。
私は、観光やインバウンド業界には、経済的にも社会的にも地域を元気にする力があると本気で信じています。だからこそ、今後も地域に根ざした活動を続けていきたいと思っています。自分一人の力は小さいかもしれませんが、発信を通じて少しでも誰かの役に立ち、「インバウンドってこんなに面白くて価値があるんだ」と感じてもらえるきっかけを届けられたら、うれしいです。
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