インバウンド特集レポート
これまで、中国KOL(インフルエンサー)のライブ中継による越境ECや中国の決済端末プラットフォーマーの進出など、現在の中国らしい販売手法の新動向についてご紹介した。このようなライブコマースの課題とは、そして「新世代」「女性」「教育旅行」という今日の中国人の海外旅行シーンを特徴づけるテーマを考察してみよう。
プロモーションと販売を同時に行うライブコマース
ライブコマースの画期的なところは「これまで別物だったKOLプロモーションと販売が同時に行える」ことだという。この手法を日本企業向けに提案するに至った経緯について、JPクーパ合同会社の佐々木代表は次のように語る。
「日本で中国人観光客によるインバウンド消費が騒がれるようになったのは2010年頃から。国内メーカー各社はこぞって中国向けに情報配信を開始した。早い時期からKOLを起用したプロモーションは全盛だったが、企業が知りたかったのは何人に情報が届くか。当時は、届いた情報を見たユーザーが日本に旅行に来て購入することが前提だった。
その後、越境ECの普及で中国在住の消費者に直接販売できるようになった。だが、多くの場合、中国の大手ECモールへの出店には出店費用やプロモーション費用が数千万円単位で必要といわれている。これでは中小企業の参加は難しい」
それからしばらくして、KOLによるライブコマースが中国で話題になり始めた。
「ライブコマースのしくみを使えば、中国に直接進出せず、費用面でも大手ECモールに出店する1/10以下で始められる。商品のマーケティングも兼ねられるため、将来的に中国進出を目指す企業にもハードルが低く、取り組みやすいはずだと考えた」
ライブとSNS販売の2本立て
これまでKOLに求められた役割は、商品を広く認知させることだけだったが、ライブコマースを使えば、彼女たち自身が販売してくれるうえ、売れ筋を探るためのマーケティングも兼ねられると一挙両得だ。
競合するブランドとどう差別化していくべきかについても、KOLの意見を聞くだけでなく、視聴者の声も拾うことができるのだとすれば、試してみたいという企業もいるはずだ。
課題はある。それはライブコマースで盛り上がった商品をどうやって安定的に販売していくか。基本的に、佐々木代表らが取り組むこの販売手法は、KOLによるSNSを使った日常的な販売と2本立てであり、両者をいかに連動させていくかが重要になる。今後、そのための新たなしくみを稼動させる予定があると彼は話している。
▲販売のしくみは「生中継」と「SNS」の2本立て
もっとも、すでに述べたとおり、セーラームーンさんたちのように多くのファンを持つKOLは、自分がいいと思ったブランドしかライブコマースを行わないので、まず彼女らに選んでもらう必要がありそうだ。実は、ここがいちばんのハードルかもしれない。
MUJI人気に象徴される日本の好評価
さて、昨年日本を訪れた中国人観光客の数が初めて800万人台(838万人)になったが、今日の中国の人たちの生活水準の向上や嗜好の変化が大きく影響している。背景には、日本の生活文化に対する好評価がある。その象徴とも言うべき存在が無印良品である。
中国人が好むのは、無印良品の体現する生活観、あるいは世界観といっていい。昨年1月深圳のショッピングモール「深業上城」内にオープンしたMUJI HOTELと隣接する無印商品のショップを訪ねると、それは何かが見えてくる。
▲MUJI HOTELは若い中国人カップルに人気
▲深圳は工業都市から文化デザイン都市へと変貌しつつある。MUJI HOTELが隣接する深業上城は、よくある海外有名ブランドではなく、中国の新進デザイン企業のショールーム兼ショップやアパレルメーカーなどが入店している
無印良品が扱うのは、日々の生活をより良く快適にするために欠かせない、余分な要素をそぎ落としたシンプルな美学を体現した商品群だ。これがいまの中国の若い世代にフィットする。彼らは、これまでの中国によく見られた見掛け倒しのゴージャスや過剰なデコレーションを好まない。その結果、日本人の嗜好や価値観を支持するようになったといえるだろう。
現地のデザイン関係者は「シンプルモダンであることが無印良品の人気の理由だ。中国では日本以上に積極的に支持されている。あれほど広範囲に生活商品を揃えている店は少ないし、最近の中国では安心や安全、デザイン、そして性能重視が消費者のキーワード。若い豊かな世代が育ってきたので、自分たちの好みで商品を選び始めている」と分析する。
▲セーラームーンさんも銀座の無印良品でお買い物
「新世代」「女性」「教育旅行」が注目を集める
中国オンライン旅行社大手Ctripとマスターカード社が共同調査した「2018年中国越境観光消費報告」によると、今日の中国人の海外旅行シーンを特徴付けるキーワードは「新世代」「女性」「二、三線都市」だという(人民網日本語版2018年11月29日)。
ここでいう「新世代」とは、1990年代や2000年代生まれの都市在住の若者を指す。彼らは2000年代以降の中国の豊かさしか知らない新世代である。また同記事では「自由旅行に占める女性の割合が年々上昇し、2018年は58%になり、男性を16ポイント上回った」という。中国の女性の旅行意欲が男性より高いのも、日本と同様だ。
「二、三線都市」というのは、貴陽、常州、南昌、昆明、太原などの内陸都市発の海外旅行市場がいまもなお拡大していることを意味している。個人旅行化が進んだ中国だが、これらの都市からはまだ団体ツアーが主流であり、これからもバスに乗った中国客のグループの姿は見られるだろう。
さらに、最近の中国では教育旅行が人気である。背景には、中国の厳しい大学入試の現状がある。すでに「80后」と呼ばれた中国初の消費世代である1980年代生まれが親となる時代を迎え、せめて自分の子供には受験勉強に偏重した公教育だけでなく、もっと自由な学びを体験させたいと彼らは考えている。そのため都市部では、学習塾ではなく、ピアノなどの音楽教室が大流行だ。
彼らは子供と一緒に海外に出かけ、音楽コンサートに行ったり、同好の趣味や学業以外の学びで結ばれた外国の子供たちと自分の子供を交流させたいと考えている。これは以前からあった学校単位の教育旅行とは少し違う。中国の旅行関係者と話していると、日本の音楽団体や教育団体とつないでほしいという話をよく聞かされるようになった。
こうして中国では次々に訪日旅行の新しいニーズが生まれている。彼らの声にどこまで耳を傾けることができるかが問われている。
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